第46話 噂話
あのとんでも生物、龍を撃退してから1年が経った。
相変わらずバーバラからの無茶振りや厄介ごとは絶えないが、ここ数日は珍しく平和そのものだ。俺は激動の日々の中で渇望していたそれを噛み締めるように謳歌していた。
何故突然平穏が訪れたのか、それはバーバラが危険な依頼や近場の凶暴な魔物を狩り尽くした……というのももちろんあるが、1番の理由はバーバラが実家に里帰りをしたからである。たまには実家に顔でも出せと手紙が届いたらしい。
元いた世界と比べると移動手段が徒歩、騎馬、馬車となりかなりの時間がかかるので頻繁に会うというのは難しい。そして恐らくだが、人の寿命は長くて60ぐらいと思われるので尚更、無理にでも理由を作って親が元気な内に顔を見せるというのはいいことだと思う。
(まあ、それはそれとして、顔を見せるだけとは言わず1、2ヶ月ぐらい向こうに滞在してくれてもいいんだからな〜? うんうん、親孝行は大事、大事〜)
実家までは大体往復1ヶ月程度かかるらしいので1ヶ月もあっちにいてくれればなんと2ヶ月も自由な時間が生まれてしまうのだ。
(おお、これは休みの間に何をする迷ってしまうなぁ。何せ2ヶ月だからな。なんでもできてしまうぞ)
おっと、うっかり親子の時間をダシに休暇を伸ばせた場合に何をして過ごそうかと思わず妄想してしまった。
あれだけ目まぐるしい日々を送ったのだ。2ヶ月ぐらいのんびりさせてくれたっていいじゃないかと思う。
まあどれだけ望んでも実際には一ヶ月ちょっともすればあっさりと帰ってきてまたどこからともなく厄介な依頼を拾ってくるのだろう。そのことを考えると今から憂鬱になってきた。
+ + + + +
昼時になり腹が減ったので俺は冒険者ギルドの酒場で情報収集も兼ねて食事をすることにした。酒場は冒険者や商人、クエストの依頼人等が情報交換を行う場となっている。機密性の高い話についてはギルドの個室で行うため聞くことはできないが、酒場の席で聞き耳を立てているだけでも十分に貴重な情報や面白い話を聞くことができるのでよく俺は酒場に足を運んでいる。
そしてこの酒場ではなんとおばちゃんに頼めば古くなった食材や肉の切れ端、野菜くずなどを格安で提供してもらえるのだ。と言っても多分食事代を浮かそうとして人間が真似しても普通に料理を注文して下さいと断られると思うので、これは常連かつ動物である俺の特権ってやつだ。
「はいよ、これいつものやつね。たーんとお食べ」
(キタキター!)
お金を地面に置いて待っていると、ごとりと目の前に野菜と生肉がごちゃ混ぜになった皿が置かれた。味付けは一切されておらずただ盛られただけなのだが、とても美味そうだ。ただ、何かいつもより肉が新鮮かつ量が多い気がする。代金を拾って厨房まで戻っていくおばちゃんを目を丸くして見ているとこちらの目線に気が付いたようでウインクを返してきた。
どうやらサービスをしてくれたみたいだ。肉が多いのはとてもありがたい。おばちゃんのご厚意で今日の昼食がかなり豪勢になった。
生肉が出た場合いつもは自前の鉄板プレート(動力も自前)で熱してから食べるのだが、今回はせっかく肉が目に見えて新鮮なので生で頂くことにした。(※この魔物は特殊な訓練を受けております。いくら新鮮だからと言って肉は生で食べないでください)
(頂きますっと。うまー)
早速山から嘴を使い肉を引き抜いて肉を咀嚼する。肉から全く臭みを感じないし脂もしっかり乗っていて噛む度に旨みを含んだ脂が……っていかんいかん食べ物にばかりがっついて集中していたら周りの声が聞こえてこない。引き続き皿のごちそうを啄みながらも俺は噂話に耳を傾け始めた。
「……そういえばさ、最近バーバラさんが実家帰ったって話あったじゃん?」
「あぁ、ここ何日かなんかギルドが静かだと思ったらそうだったのか。でそれがどうかしたのか?」
「それがさバーバラさんと入れ替わる感じで森に龍が出るようになったらしくてよ」
「まじかよ、やべーじゃん! その龍が暴れ出したら誰が止めるんだよ。多分龍とまともに戦えるのバーバラさんとこのパーティぐらいなもんだろ? エルフの魔法使い、斥候のやつも里帰りしてるらしいし、それに加えてリーダーも不在となると……残るはペットの亀か? あいつもつえーらしいが主人不在ではなぁ」
(なぬっ!?)
おい、メリーとレイが帰ってるってのは知らなかったぞ!? なんか一言かけていってくれたらよかったのに薄情な奴らだ。
……まぁいい、とりあえず意識を会話に戻そう。
「それがさ今のところ姿を見せるだけで全然被害出てないってよ。ギルドもあんまり刺激しないように、遠目から監視してるみたいだ。お前も森に入るときはうっかりで龍の尻尾を踏まないよう、気をつけろよ」
「ばっか、お前そんな話聞いて森に行くわけねーだろ!
俺だってまだ命は惜しいっての! まだ彼女だってろくにできたことないのに」
「お前まだ諦めてなかったのか、お前もいい歳だろ? いい加減諦めろって」
冗談を言い合いギャハハっと笑い合う冒険者二人。
早速有用な情報だ。なるほどしばらく森には行かない方が良さそうだな。今のところ大人しいらしいが、野蛮で狡猾な龍のことだ。いつキバを剥いてくるかわかったものではない。
前なんて船の上で別の魔物と戦闘中に突然の不意打ちをかまそうとしてきたのだ。あの辺りに龍の縄張りは確認されていないとのことなので俺たちが縄張りを荒らしてしまったから襲われたということではない。可能性としては縄張りを追い出されて出てきた流れの個体かこれから巣作りをする場所を探している個体の可能性が高い……らしい。
「たまたま龍が近くを飛んでいて、そいつがたまたま気が立っていてしかも知能の高い龍が威嚇行動も無しにいきなり襲いかかってくるなんて珍しいですね。でも、大丈夫です! そんなことは滅多に起きるものではないので心配しなくていいですよ!」
そうギルドの受付嬢が自信満々に語ってくれたのだが、実際に体験してしまったことにより悪いが全く信用できない。龍の目撃情報は要チェックだ。
(さて、他にも面白い話してるやつらは……可愛い娘が居る酒場、誇張された武勇伝の自慢大会、可愛い……(以下略)、誇張……(以下略)、あーやっぱりこんなんばっかだよな。おっこれなんか良さげな気がする)
「……おい、緊急の依頼見たかよ」
「見た見た! こんな辺鄙な町で誰があんな依頼受けられるだっつーの。あーでも、CランクでもBランクの依頼までは受けられるんだっけか。それでも狭き門だけどよ」
「俺初めて採取依頼でBランクとか見たぞ」
「依頼受けず、勝手に採りに行って直接代理の依頼人に売っ払うか?」
「上手く行けば億万長者だな。もっとも生きて帰れたらの話だが」
「にしても太っ腹なことだな。龍血草……だっけか? そいつを取ってくれば、王家の名にかけて言い値で買い取るってよ」
「そんだけ切羽詰まってるってことか。なら金が手に入るってんだけじゃなくて恩だって売れそうだな。夢があるぜ」
「ここ最近燻ってた下の王女が不治の病だって噂もあながち間違いじゃなさそうだな」
ふーん、Bランクねぇ。バーバラがCランクって話だったからあいつがいたら面白そうという理由で間違いなく俺たちがその依頼を受けることになっていただろう。危ないところだった。
にしても採取依頼でBランクは俺も初めて見た。龍血草とやらはどんな魔境に生えているものなのやら。
引き続き俺は情報収集を行い続けた。皿の中を食い終わり、食後の一休みを終える頃には、少しは新たな情報も手に入ったのでまとめておく。
・龍の目撃情報
・王家の依頼(緊急)
・町にお偉いさんが来訪
大きなものはこれくらいだろう。有名な甘味処の支店が開店するなど個人的に気になる情報はあったが、割愛する。
龍の目撃情報は聞いていなければ俺はいつも通りに能天気に森の中に足を踏み入れていただろう。魔力探知を使えば、入る前に龍がいることに気付けるだろうが、あれは四六時中使っている訳ではない。そして気付かず入っていた場合日向ぼっこやら川を泳いだり、木の実等をつまみ食いをしたりして森での生活を楽しんでいる際にあの恐ろしい龍とうっかりエンカウント。その先は……考えるだけでしんどい。
王家の依頼はバーバラがいないと受けられないし、依頼外で勝手に採りに行くつもりもないので大きい情報ではあるが俺との関連度は低い。
問題は3つ目だ。阿呆な冒険者達が話していたことなので具体的にどこまで偉いやつが来るのかが判断できなかったが、何でも権力者のドラ息子がこの町に視察にやってくるらしい。そいつはこれまで色んな所で揉め事を起こしているらしく悪い噂に事欠かない奴らしい。
そいつが町を去るまで森で暮らそうかなとも一瞬思ったが、森に行けば龍に見つかる可能性があるのだった。うーん、ままならない。




