第45話 覚悟
少しばかり昔、とある王国で悲しい出来事が起こった。
職、身分問わず、皆から愛されていた第二王子が病に侵されたのだ。
王子は恵まれた魔法の才を持っていたが、決してそれに驕ることのない努力家で、身分の低い民にも分け隔てなく接するその姿から多くの人に慕われていた。
「なんとかならないのか!?」
「恐れながら、過去に発生した病の症状は洗いざらい照らし合わせてみましたが、これまでにこのような病の例は無く……」
「そんな……」
「母上!」
普段から冷静沈着で滅多なことでは揺らぐことのなかった偉大なる王が今は声を荒げて医者に詰めかけている。
普段の姿を知る隣国の王が見れば、呆気に取られるだろう光景もこの国に根差し、僅かでも王子と関わったことがある者ならば何ら疑問に思うことなどない。疑問を持つ者が居るとすれば、それは人の形をした畜生未満のゴミクズだけだろう。
息子が不治の病を患ったという事実を知り、ふらふらと膝から崩れ落ちそうになった王妃を第一王子が支えた。
その王子の表情もまた、やはり悲しみで歪んでいた。
「ゴホッ、悲しまないで。僕は……こんなにも想ってもらえて幸せ者だ」
本当は声を出すことすら辛いはずだが、それでも皆に心配をかけまいと振る舞う姿が尚のこと痛々しく感じさせる。
皆の心がどうしてこの心優しい子が苦しまなければならないのかという気持ちで溢れた。
少しの間が空き、王子は息を整えるといいことを思いついたとばかりに話を切り出す。
「そうだ……ねぇ、お医者さん」
「はい!」
「僕でこの病気に効くかもしれない治療法を片っ端から試してみてよ。そしたら、僕がダメだったとしても次にこの病気にかかった人が助かるかもしれない」
なんと王子は自らを実験台に未知の病の治療法を探してくれと言い出した。
正解に辿り着くまでには有効ではない治療法を試すことにもなるし、それらの中には苦痛を伴うものもあるだろう。これ程勇気が必要なことに対し、僅かな間だけで決意を固めてしまえるなど王子は小さいながらにして既に、王家に名を連ねる者として恥じない傑物だった。
王宮に呼ばれた腕よりの医者はまだ成人すらしていない王子の立ち振る舞いに心からの敬意を覚えた。医者の瞳に炎が宿る。
「承知致しました! しかし、私は諦めませぬ! 次とは言わず、貴方様の命も救って見せます!」
「はは、頼もしいや」
その日から王子の長く、辛い闘病生活が始まった。
医者は言われた通り古今東西のあらゆる治療法を試した。中には苦痛や激しい副作用を伴う施術もあったが、王子は決して弱音を吐かなかった。
その甲斐もあり謎の病に対しての治療法は大きく前進した。しかし、あと一歩というところで壁にぶつかってしまうこととなる。そして、その状況を嘲笑うかのように王子の症状も悪化し始めた。
「あと、あと少しなんだ! どうしても最後の何かが見つからない」
医者は頭を掻きむしる。こうしている間にもいつとも知らない、しかし、決してもう長くはないだろう刻限は刻一刻と迫っている。何もできないまま、ただ焦りだけが降り積もってゆく。
しかし、もう自分の取れる手段は出し尽くした後であり、いくら脳を酷使して虐め抜こうが、新しいものは出てこなかった。
「私は無力だ」
「そんなことはないよ。何もわからない、とっかかりすら無い中僕たちは、間違いなく前に進んだんだ」
今にも掻き消えてしまいそうな程か弱い、しかし確かに強い意志を宿す声が八方塞がりで項垂れていた医者の耳を叩いた。
ベッドの方を向くともうずっと寝込んでいたはずの王子がいつの間にか起きていた。寝転んだままだが、目は薄らと開かれており右腕を天に伸ばし何かを力強く掴むような素振りを見せた。
その姿は夕焼けも相まって医者の目には眩く、神秘的なものとして映ったが、同時に王子の最期の輝きのようにも見えて……
「お、王子殿下、今は休まれていた方、が……」
「でも、そうだな。やっぱりもっと、もっと生きたかった、な…………」
「王子殿下……? 王子殿下ーーーー!!」
高々と挙げられていた腕が静かに落ち、それっきり王子は動かなくなった。
医者は慟哭し、その悲しみは王国全土に広がった。
王子は最後の最後でようやく望みとも言えないちっぽけな願いを表に出し、永遠の眠りについた。
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ハッとシールドは眠りから覚めた。何か夢を見ていた気がする。とある心優しい、しかし勇気も持ち合わせていた王子を襲った悲劇。運命に抗い、敗れ、せめて何かを残そうとした物語。兄と共に生き、見聞きしたものがシールドにとっての全てだったはずが、身に覚えのない光景が、何故かシールドの心を締め付けた。
『さて、と。じゃあ、早速始めるとするか』
強大な存在がシールドの心の中に語りかけてくる。
シールドはぼんやりとしていた頭を覚ますように頭を左右に振ると、こくりと首を縦に振る。強くなるためであれば、何が来ても怖くない。
例え、その過程で毒を飲む必要があったとしてもシールドは躊躇わないだろう。
『お前の兄は一冬で一段と強くなった。何を生き急いでいるのか普通の魔物が踏むはずの段階をすっ飛ばし、駆け上がった。お前だって成長はかなり早い方だが、それでも肩を並べるには全く足りん』
それは、シールド自身痛い程感じていることだった。いくら努力しようとも憧れの背中は遠のく一方。自分の中で革新的なことが起ころうとも兄もその間に進んでいるので距離は大きく変わらない。
『努力なんかしなくてもお前はまだまだ強くなる。だが、兄が窮地に陥った時にその強さが間に合うとも限らん。だから、戦って戦って戦って強くなれ。戦いの中で魔力を扱う感覚を学べ。そうすれば実戦よりも魔力制御に傾倒している兄にも別方向から近づくことはできるだろうさ』
厳しい戦いに身を置き続けることへの覚悟はとっくに固まっているシールドだが、果たして本当にそれだけで追い着くことができるのか不安になった。
『なに心配するな。元々の魔力量はお前の方が多い。食っちゃ寝してれば勝手に魔力の容量は増えていくし、魔力の扱いや立ち回りさえなんとかなれば、相当に化けるはずだ。目標はそうだな……【ハングリーベア】を倒すまで、としたいところだが、それでは足りんな。そうだな……島の中心に洞窟があるんだが、そこで眠っているあいつに一撃喰らわせることを目標にしよう』
「あいつ?」「倒すのではなく一撃?」と頭の中が疑問でいっぱいになった。そしてどんな恐ろしい条件を出されるのかと身構えていたシールドはそんなことでいいのかと考えた。
『私とは違う方向で強くなったやつだ。舐めてかかると痛い目を見るぞ。もっとも、今の時点では油断していなくても瞬殺だろうがな』
ごくりと喉が鳴る。今の自分を苦もなく倒すとすれば、それは間違いなくあの兄よりも格上の相手であるはずだから。




