第43話 殴り合い
いつ龍が起きて追い付いてくるかと冷や冷やしたが、なんとかその前に港まで戻ってくることができた。
これで慣れない船上とはおさらばである。波で揺れているせいで足場が不安定だったし、ある程度大きい船であったとは言え、考え無しに動けば甲板から飛び出してしまいそうで余計に動きが鈍った。
亀だから水中でも大丈夫と思われるかもしれないが、生憎俺は淡水生まれ淡水育ちなのだ。だから、海へ落ちたとして上手く戦えるかは全くの未知数なのである。
それをよりにもよってクラーケンやら龍やらの強敵相手にぶっつけ本番で試してみるなどごめん被る。
そして今思うと、バーバラが船酔いでダウンしてなかったら……
「そう言えばお前、ずっと陸にいるから忘れてたけど水棲生物だったな。だったら海に落ちても平気なんじゃねぇか? ちょっとそこら辺に潜んでるクラーケンにちょっかいかけてこいよ」
とか言って船から投げ出され、生き餌にされていても不思議じゃなかった。
言い出しっぺが何も働かず、楽? をしているのは腑に落ちなかったが、その点ではバーバラに余裕が無くなったのはラッキーだったのかもしれない。
船から降ろされ横になっているバーバラとメリーの頭に手をかざす。そして、手からなるべく本人の波長に合わせた魔力を流すことで回復を促すと少しだけ2人顔色がマシになった。ついでに乱れた魔力を正常な動きに戻したのも良かったかもしれない。
リンゴもどき……もとい、ステアの実を食べたときも魔力を乱されて酔った感じになり、魔力が正常に戻るとその症状は無くなったのでもしかしたらと思い試してみたが、上手くいってよかった。
三半規管と魔力の状態に何か関係があるのだろうか。
何はともあれ、これならもう少しで起きてくるだろうと一息ついたところで、強い気配を海の方から感じた。
『レイ、多分龍が起きた。バーバラとメリー、ジャベリンさんを連れて少し避難しといてくれないか?』
(……お前はどうするんだ?)
『あの龍が港まで来ないように注意を惹きつける。そんで、あわよくば撃退、それが無理そうならとりあえず時間を稼ぐ』
(バーバラさんの無茶を耐え抜いた者同士、お前の実力は理解してるつもりだが、相手は龍だぞ? 大丈夫なのか?)
『まあ、時間稼ぎぐらいなんとかなるだろ』
本当に死にそうになったらなりふり構わず逃げるし、というのはカッコ悪いので言わないことにした。
(わかった。バーバラさんたちが起き次第、僕たちもそっちに向かう。あと、言われなくてもそのつもりだろうけど危なくなったら逃げろよ。逃げに徹したお前を捕まえられるやつなんてそうは居ないからな)
そうだった。こういう時に隠した言葉は言わなくても何故か見透かされてしまうんだった。言わなくても通じるというのは便利なのやら隠し事ができなくて恥ずかしいやら。
『案外俺だけでもなんとかなったりするかもな。まあ、そうなったらそうなったで、バーバラが怖いんだけど』
(アハハ、確かに。「龍なんてお前……なんで無理やりにでも起こさなかった!?」って感じで)
『言うだろうなぁ……』
声こそそこまで似ていないものの妙に特徴を捉えた物真似だったので余裕で脳内再生されてしまった。龍なんて強く、珍しい魔物とバーバラ抜きで戦ったと知られれば、バーバラは死ぬ程悔しがるだろう。最悪次の遠征先が龍の巣窟とかになりかねない。
(じゃあそろそろ僕たちはここを離れる。絶対に死ぬなよ!)
『了解』
レイはそれだけ言ってジャベリンさんに事情を説明したあと2人でバーバラとメリーを担いで避難しに行った。
レイから信頼と心配の籠った有難いお言葉を貰って気合の入った俺は目を閉じ、神経を集中させる。
龍と戦うにあたって魔力なんぞあればあるだけいいだろう。だから俺は魔石がはち切れんばかりの魔力を急速に溜め込む。それこそ空気中に漂う無尽蔵の魔素の濃度が局所的に薄らいでしまうのではないかというぐらいに。
+ + + + +
(……来たか)
程なくして、猛スピードで動いていた大きな存在が近くまで来て停止したのを感じ、静かに目を開く。
一度こちらを見失ったはずの龍が何故一直線に俺の陣取る場所、つまり町がある方まで飛んでこれたのかは謎だが、俺をスルーして町の方へ向かわさそうなのは幸いだ。注意を引く手間が省けた。
ちなみに注意を引く方法として考えていたのは顔面に魔法で作った泥をぶち当てるというものだ。顔に(物理的に)泥を塗られれば誰でもブチギレるだろうとの考えだったが、せずに済んで良かった。
さて、改めて龍とご対面だ。元々めちゃくちゃだった今日と言う日を更にめちゃくちゃにしてくれたやつの顔を存分に拝んでやろう。
恐竜めいた顔つき、黄金の瞳、鈍く光る並の攻撃などものともしないであろう灰色の鱗、触れただけで切り裂かれそうな鋭い爪や牙、それら以外にも様々な龍的特徴を持ったやつがバッサバッサと羽ばたきながらゆっくりと地上まで降りてくる姿は……こう、何というか、俺の中のなにかを絶妙にくすぐってきた。
(く〜、悔しいけどなんかカッコいいな〜)
こんな状況にも関わらず、見入ってしまっていたが、龍が地響きを上げて着地したことで我に返った。着地というチャンスを逃してしまったが、今回は見逃してやることにする。
ただ、次からは着地だろうと変身だろうと隙を晒せば容赦なく狩る所存。卑怯とは言うまいな。
「ゴアアアアアッ!」
咆哮が辺りに鳴り響き、ビリビリと俺の耳を打つ。ちょっと前の俺なら間違いなく尻尾を巻いて逃げ帰っていただろう、ものすごい迫力だった。
しかし、今の俺には多少なりとも理由がある。
体表を魔力が迸り身体が燃えるように熱くなる。限界まで魔力を体に巡らせることで身体能力が飛躍的に上昇する。体に多大な負荷がかかるが、バーバラが持ってきた依頼をこなす上でこの状態にならずに済んだことなどほとんど無かったので、かなり安定したように感じる。魔力の刃しかり、身体強化しかり、俺は無茶な技ばかり習熟していっている気がする。
あれもこれもみーんなバーバラが面白そうという理由だけで軽々しく身の丈以上の依頼ばかり持ってくるせいだ。
熱くなった体を冷却するための水魔法を身に纏い、準備が完了したところで龍が突進してきた。
少しの助走を経ると、その勢いのまま地面を離れ、地を舐めるような低空飛行でこちらへ向かってくる。サイズに見合わぬ俊敏な動きだ。俺のように無茶をしている様子はないので、素の身体能力であの動きを為しているのだろう。
対する俺は地面を蹴り、自分でも頭がおかしいと思う程の加速で一瞬にしてトップスピードにまで達する。そして、大振りな爪による攻撃をすり抜け、横っ腹へすれ違いざまに爪を走らせた。
普通なら有効打となるはずの一撃。しかし、手には何か硬いものを引っ掻いたような感触しか残らず、皮や肉を引き裂いた感覚は全くしなかった。
龍の強靭な鱗は切れ味を強化された爪であっても小さな傷しかつけられないようだ。
(硬った! これはまともに切りつけない方が良さそうだな)
あんなのを何度もまともに切れば反動で手首がイカれてしまう。無理はせず、いつも通り少しずつ削っていこう。元から倒せない場合は時間稼ぎをするつもりだった訳だし。
速さ、重さ、力、硬さ、肉弾戦においておおよそ必要だと考えられる全ての能力が軒並み高い。特に重さや力などは俺と比べてしまうのがおこがましい程の差があり、バーバラやレイのように俺より多少大きい程度であれば、やはり龍にとっては誤差みたいなものだろう。
しかし、俺には小さな身体を活かした身軽さ、バーバラとの模擬戦で多少は鍛えられた技術や目がある。何より生まれてこの方ほぼ比肩すらされたことのないこのスピードを用いさえすれば、恵まれた身体能力に奢った、大ぶりな攻撃など見てからでも避けられる。
(よっと)
迫りくる巨大な腕、その丁度上まで跳び、そこへわざと掌で触れることでその力を利用し、凄まじい勢いで回転、何度も爪で懐を切りつける。
「グガアァァァッ!?」
流石の龍もこれには目を剥き、後ずさった。
ガリガリと鱗へ爪を突き立てたお陰で回転が弱まった俺は猫のように華麗なる着地を決めるつもりが、想像していたよりも回転が凄まじく、少し目が回ってしまいふらっとした。
初めて後退した龍は体中に付けられた細かい傷とは違い、血が滲きた箇所を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
(ようやくダメージが通ったか。あー、怒ってる、怒ってる)
龍がギロリと睨んだ。
自らの攻撃を利用され、攻撃をもらってしまったのだ。攻撃の届く範囲内でうろちょろとする俺の動きも相まって最高に苛立っていることだろう。
そして片腕で傷を抑えたまま、掬い上げるような腕が地面を抉りつつくる。まだ少しふらついていた俺はそれを避けることができず、岩壁に叩きつけられ、込み上がってきた血を口から吐き出す。
(がはっ! けど、耐えられないことも……ない)
鉄っぽい味と身体の内部に鈍い痛みを感じる。頑丈な甲羅に守られた内臓にまでダメージを与えるとはすごい力だが、身体強化により防御力すらも上がっている俺を一撃で沈めることは流石にできないようだ。
その後もたまたま鞭のようにしなる強力な尻尾がクリーンヒットしたりその他の強烈な一撃をもらうこともあったが、その頃には身体の回復が間に合いギリギリ動けなくなるまでのダメージには至らない。ほぼ無尽蔵の魔力、回復力、身体能力の強化、痛覚の鈍い身体全てが噛み合っていた。
(おっ、後ろを取れたぞ!)
完璧に背後を取った。しかし、俺の中の第六感とも言えるなにかが違和感を感じ取った。まるでそこに場所に誘い込まれたような……
その時不意に尻尾による、なぎ払いがきた。パンッ、グチャッという何かが弾け、水っぽいものが地面に叩きつけられたような音が続いた。
「?」
一瞬、不意打ちが決まって喜んでいた様子の龍だったが、あれだけ攻撃を受けて無事だった敵がこんなに脆いはずがないと思い返し、トマトの様に弾けたはずである獲物の方を見たが、そこにはボロボロになった薄っぺらい皮のようなものが地面に張り付いているだけだった。
そう、これは俺が尻尾により弾けた音ではない。破裂するほど強く地面に打ち付けられ、見るも無惨な姿を晒しているのはシルエットや色を本物に近づけた水人形だ。大方、視界の端で動いているものを狙ったのだろうが、そっちは外れである。
今頃龍は予想に反して俺が呆気なく潰れたことに驚いていることだろう。
本命は頭上からの奇襲攻撃だ。龍が俺を見失っている内に真上から目を狙い飛び掛かった。
しかし、策が完全に決まったという俺の感覚とは裏腹に龍は咄嗟に目蓋を閉じることで浅い傷に済まされた。
頭に降り立った俺は龍に首を思い切り振られ、振りとばされる。
決定的な隙だっただけに決め切ることができず、歯噛みした。視界を奪えればかなり大きかったのだが、これは龍の勘か反射神経かを褒めるしかない。
また膠着状態に逆戻りかと肩を落としかけたが、何やら皆が避難した方向から何かが凄い速さで近づいてくるのを感じた。
そいつは一際高いジャンプで俺の頭上を飛び越し、ダンッと目の前にかっこいい着地を決める。膝に悪そうだ。
「おい、アタシ抜きで随分とお楽しみだったみたいじゃないか。アタシも混ぜろよ」
『混ぜろよじゃねー! 遅いぞバーバラ! 今回の依頼の言い出しっぺの癖して眠り呆けてんじゃねーよ』
これで終わりの見えなかった戦いも、もう終わりだ。既に獣化を済ませ、やる気満々のバーバラが目の前に現れた。




