第41話 必殺技を喰らえ!
「なんか今日はジャベリン号の調子がいいな! 港まで逃げ切るぞ!」
「ああもう! 泳ぐか、触手を出すのかどっちかにしろよ!」
騒ぎを聞きつけ、急いで甲板まで登るとジャベリンさんが俺が勝手に補充しておいた魔力をふんだんに使ってすごいスピードで動く船を操縦しているのが見えた。そしてレイは【クラーケン】が引っ掛けようとする触手を持ち前の素早い短剣捌きによって防いでいる。しかし、レイのようなタイプにとって敵と真っ向から戦うのは苦手なはずなので、いくら【クラーケン】が全ての触手を攻撃に回せない状態とは言え、このような状況はかなり辛いだろう。
「おい! ぼーっと見てないで早く手伝ってくれよ!?」
俺が「大変そうだなぁ」とか「おっ今の動きすごい!」と他人事のように感心しながらその光景を眺めているとレイに怒られてしまった。レイに言われた通り少しばかりぼーっとしていた俺はレイの切羽詰まった声で我に帰り、慌てて触手を防ぐ戦いに参戦する。
レイだけでも辛うじて防げていたのだ。俺が加われば船にコイツの触手が届くことなどあり得ない。
【クラーケン】は諦めが悪く、更に多くの触手をだそうとするが、その分泳ぎに回す触手の割合が少なくなり速度が落ちてきた。【クラーケン】がこの船に追い縋れなくなるのも時間の問題である。
「ジャベリンさん、このまま振り切ってしまわずに【クラーケン】を港まで引きつけましょう! そうすれば僕たちは万全な状態でコイツを叩けます!」
「付かず離れずか。わかった、やってみよう!」
なるほど。バーバラやメリーが陸に着いたからと言ってすぐに万全の状態に戻れるとは思えないが、とりあえず俺とレイは船の上という不安定な場所で戦わずに済むようになる。【クラーケン】はかなり獲物への執着心が強いので命の危険を感じない限り、陸まで追いかけてくるはずだ。
レイの申し出通り、ジャベリンさんは船のスピードを調整して【クラーケン】を引きつけ続けた。【クラーケン】が近づいてきてはジャベリンさんが船の速度を上げつつ俺とレイが群がる触手を片っ端から切り裂くのを繰り返す。
そしてしばらくこの硬直状態が続くと【クラーケン】が焦れたのか全ての触手を引っ込め、勢いを付けて体当たりをしかけようとしてきた。
「ヤバい!」
「後もう少しってとこまで来てんのに! うおおぉぉっ!」
ジャベリンさんが全速力で船を動かすが、泳ぐのに徹した【クラーケン】は全く離されてはくれない。この速度と重量でぶつかられては並の船など海の藻屑だ。そこそこ大きいジャベリン号でも無事では済むまい。
(ここまで追い詰められたら仕方がない。気は進まないけど、あれを使うしかないか……)
目を閉じ、意識を集中させると俺の右腕に限界まで魔力が集まっていく。これは無差別破壊、オーバーキル、魔力の無駄、反動が怖い、様々な理由でこれだけは出来れば使いたくなかった最終兵器ではあるが俺の中で唯一の遠距離で大ダメージが望める、なんだかんだ言ってピンチとなると頼らざるを得なくなってしまった技、《魔刃》である。
バーバラと行動を共にしていると普段からハードな依頼を受けることになるのだが、時折そんなものが比にならないぐらいとんでもない依頼が舞い込んでくることがある。それを知らずに受けて死の危機に瀕した際にこれまで辛うじて命が助かってきたのは自惚れかもしれないが、俺はこの技のおかげだと思っている。
高密度な魔力の塊を鋭い刃状にして飛ばす、聞いただけならシンプルなこの技は普段は不必要なぐらい威力が絶大で燃費がとても悪いが、その代わり真っ向から戦うには不釣り合いな格上の魔物だろうと当たれば余裕で葬ってしまう。打つのに多少の時間がかかるもののバーバラたちがその時間さえ稼ぎきってくれれば放つことのできるこの技は標的を貫いても勢いが止まらず《魔刃》が通った跡は大抵滅茶苦茶になる。
余談ではあるが俺が冒険者ギルドに睨まれることになった原因はこの技らしい。
そんな打つ場所と状況を選びまくる必殺技だが、ここは海の上で巻き込むものも無く、辛い反動を嫌がっている場合でもない。
(覚悟完了! さらば、イカやろーー)
「なんだあれは!?」
腕に集めた魔力を爪まで移動させ、いざ《魔刃》を発射しようとしたその時だった。レイの向いている斜め上の方向を吊られて見てみると遠くに黒い影があった。その影は段々と大きくなっており、なにやら巨大な何かが近づいてきているように見える。じっと目を凝らしてみると、段々全貌が明らかになってきた。
(なになに、あれは灰色の……ドラゴン!?)
灰色の鱗を身に纏い、皮膜の羽で風を切り、凄まじいスピードで飛来してきているのはなんとドラゴンだった。架空の存在だと認識していたドラゴンを目にして思わず気分が高揚してしまうが、ただ見惚れている訳にはいかなくなった。
「なんで龍種がこんなところに!? クインス、あっちを先に狙ってくれ! このままじゃこの船に突っ込まれそうだ!」
確かに灰色のドラゴンは気の所為でなければこちらの船に狙いを定めている気がした。このままでは船が【クラーケン】より先にドラゴンにタックルを受けて沈むことになる。
俺はレイにコクリと頷いて見せると狙いを【クラーケン】からドラゴンに切り替えて腕を振りかぶった。溜まっていた魔力が解放されると同時に反動で足元の甲板が凹み、《魔刃》を放った右前足はもちろん、それを支えていた他の足にも鈍い痛みが走る。
しかしこれでも受けるダメージはマシになった方だ。過去に何回も使うはめになった分寸止めをして目標を変えるという無茶をしてもなんとか安定して放つことができた。
コントロールは我ながら完璧でドラゴン自身のスピードも相まっていかに頑丈な鱗だろうとこの《魔刃》を阻むことはできないだろう。
「なに!?」
(マジか!?)
しかし、数秒後にはズタズタになっていたであろうドラゴンは予想外の動きに出た。まるで《魔刃》の恐ろしい威力を予め知っていたかのような、空中で体制を崩すのもお構いなしの大袈裟な回避を見せてきた。
そこまで大回りをせずとも避けることはできていただろうが、この一撃は全力で避けるに値するものだとこのドラゴンは判断したのだろう。野生の勘か魔力を感知しての行動か分からないが、明らかに偶然からの動きではない。
(くっ、もう少しだったのに。まあ軌道は逸らせたから良しとするか。そんな動きをして無事に済むはずないし)
このドラゴンは今、僅かな姿勢の変化で空気抵抗の影響をもろに受けてしまう高速飛行状態である。そうであるにも関わらず、無茶な動きをしたのだ。その対価は支払わなければならない。体制を崩したドラゴンはその速度のまま海へと真っ逆さまとなる。
そして、ドラゴンが変えた向きは俺たちにとっては運良く、【クラーケン】が迫ってきている方向だった。ドラゴンが【クラーケン】に勢いよく激突する。
「うわああぁぁ!?」
「うおおぉぉ!?」
(くっ!)
凄まじい水飛沫が立ち、船が立っていられないぐらい大きく揺れて傾く。俺とレイは船から身を投げ出されてしまわないよう必死に掴まれるものにしがみつく。
そうしているうちになんとか船の揺れがある程度収まってきたのでもう転覆する心配はなさそうである。
安心して手摺から離れると、ふと下でダウンしている船酔い2人のことを思い出したが、ただでさえピンチだった2人が先程の船の高速移動とこの大揺れを経てどうなったかまで思い至りそうになり、途中で考えるのをやめた。
「あ、あぶねー、なんとか無事に済んだか。じゃあ、今のうちに行ってしまうぞ!」
ドラゴンと【クラーケン】の姿が海上から消え、船が安定するとひたすら沈まないように船を制御していたジャベリンさんが再び船を動かし始めた。2体の生死は不明だが今は港まで逃げるしかない。
そうして船が2体の沈んだ場所から離れて間もなく白色と灰色の巨体が浮き上がってきた。白色の方である【クラーケン】は胴体が大きくひしゃげていてピクリとも動かない。魔力の反応を探ってみても魔力に動きが感じられないので衝突の衝撃で死んでしまったと見て間違いないだろう。過程はどうあれ、結果的に依頼を達成することができた。
反対に残った灰色の方のドラゴンは動きこそしないものの魔力の動きが活発だ。今は気絶しているだけで近いうちに普通に起きあがってくるだろう。
あの衝撃で死なないとはタフ過ぎて笑えてくるが、今は目を回している。せめて港に着くまでは眠ってくれているといいのだが。




