第40話 恐れていた事態
毎度のことながら更新が飛び飛びですみません。
ちくしょう、何をするにもやる気が出ねぇ!
「新しい依頼を取ってきたぞー」
バーバラが笑顔で羊皮紙をピラピラとさせながら俺と2人がいる席まで歩いてくる。
はぁ、と無意識にため息が出てきた。バーバラの取ってくる一筋縄ではいかない依頼に俺が嫌な顔を返すのは最早定番になっていた。ハードな依頼にヘトヘトになり休日は下手をすればそれよりもハードなバーバラとの戦いを強いられる生活を数ヶ月も送らされていたのだ。俺がこんな顔になるのも仕方のないことだろう。
「今日はどんな依頼を取ってきたんですか?」
「僕はもう大量発生した【キラーアント】の駆除みたいな大規模な依頼を僕たちだけでやるみたいなのはごめんですよ?」
こんな激動の日々を嫌だと感じていない、意外に精神がタフなメリーと違いレイは俺と同じようにバーバラがどんな依頼を取ってきたのかと戦々恐々としているようだ。
確かにあの依頼は辛かった。本来ならある程度まとまった数の討伐隊が組まれるような依頼をわずか4名でこなしたのだ。あれは久々に死ぬかと思った。物量は正義という言葉を聞いたことがあるが、本当の意味でそれを体験したのはあれが初めてのことだった。メリーが炎の魔法で広範囲を焼き尽くしてくれていなければ俺たちは全滅していた可能性すらある。
「安心しろ。流石にアタシもあんなのは一回で懲りた。まああれはあれで面白かったが、次の依頼はこれにする!」
バーバラがバンッとテーブルの中心に羊皮紙を叩きつけると、全員の視線がそこへ集まる。
年季が入っており色褪せた羊皮紙には船の船体に絡みつくイカらしきものが描かれている。そのイカは船に比べてかなりサイズが大きい。その長い触手を使えば少し大きいぐらいの船なら風呂に浮かべた小舟のように簡単に沈めてしまえるだろう。
(【クラーケン】か……)
『うわぁなにそれ、絶対強いやつじゃん』
数ヶ月も人間社会にいたおかげで俺もようやく少しは話している言葉がわかってきたのだが、今は意味をあやふやではなく、ちゃんと理解しなければいけないときなのでいつものように《念話》で全員の頭の中を繋げた。そうするとレイが早速難しい顔をしてこの怪物の名らしきものをつぶやくので今回もしんどい依頼であることが確定してしまった。
(ここから一番近い漁港の近くにかなりでかい【クラーケン】が住み着いたらしい。できれば討伐して欲しいようだが、撃退でもいいそうだ)
撃退は果たしてでもと言ってしまってよいものなのか甚だ疑問ではあるが、それ以前に依頼に取り掛かるにあたって根本的な問題があるだろう。
(船はどうするんですか?)
メリーの言う通りだ。俺たちに【クラーケン】を討伐するための戦力が備わっていたとしてもその戦力を運ぶための足が無い。まさか泳いで【クラーケン】が居る所まで行く訳ではあるまい。
(勇気のある漁師が1人居るみたいでな。依頼を達成できるだけ強い冒険者なら自前の船で乗せてってくれるんだと)
漁師にとって【クラーケン】に居付かれてしまうことが死活問題であるとは言え、自ら貧乏クジを引きにくる人が居るとは……。なんと立派な漁師だろう。この依頼に対して少しモチベーションが上がった。
(それはすごいですね! その人のためにも早くなんとかしてあげたいです!)
(そうだね。でも僕、船に乗ったことないんだけど、大丈夫かな?)
(そんなのアタシも乗ったことないさ。でもまあなんとかなるだろ)
(私も乗ったことないです。なのでちょっとワクワクしますね!)
まさかこの中の4分の3が船に乗ったことが無いとは。まあ確かに船に乗る機会なんてそうそう無いか。かく言う俺も船は修学旅行とか何かで数回乗ったことがあるだけだし。
しかし、そうなると不安なことがある。まあ確実にそうなると言う訳ではないし、気にしても仕方のない事ではあるのだが、この不安が杞憂に終わってくれることを切に祈る。
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時は進み、ここは船の上。無事、俺たちは漁師の人のお眼鏡に叶い船に乗せてもらうことができた。この勇気ある漁師ことジャベリンさんはよく日に焼けた肌をしており、めちゃくちゃムキムキだ。その強靭な肉体は主にハードな漁師生活で築き上げられものらしいが、漁師であると同時に武闘派でもあるらしく、バーバラやレイの姿勢や身のこなしから強さを感じ取ったのだと言う。そういうこともあって実力を示せだとか面倒くさいことは言われずに、手っ取り早く見極めが済んだのはとても有難かった。
今日は朝から天気も晴れ、絶好の船出日和だ。何もかもが順調に進み、この依頼ももしかしたらあっさり解決できてしまえるのではないかとさえ思えた。
しかし、そうは問屋が卸ろしてくれないようだ。世界が俺たちに簡単に物事を進ませはしないと言っているかのように風が出てきた。それにより、大荒れとまでは言わないが、それなりに波が高くなって船はかなり揺れている。そうなると当然起こることのある現象がある。
「ううぅ……」
「うっ、気持ち悪いぃ……」
バーバラとメリーが船の内部にある簡易的な寝床の中で青い顔をしてうなされている。そう俺が恐れていた事態とはつまり、船酔いのことである。揺れが小さかったときは「こんなものか、楽勝だな」だとか「潮風が気持ちいいですね」と呑気にのたまっていた2人だったが、段々と高くなっていく波と比例するかのように元気が無くなっていき最後にはこの有様である。
船に乗ることを楽観視していたバーバラや楽しみにしていたメリーは船酔いになり、逆に不安がっていたレイは船酔いにならなかったというのは、なんとも皮肉なことだ。
これには笑顔が豪快なジャベリンさんも思わず苦笑いである。
「おいおい、レイの兄ちゃんとペットの亀しか無事じゃねぇじゃねぇか。もう【クラーケン】が出没するエリア内なんだが……」
「ははは……。この亀は【クロウタートル】のクインスと言いましてバーバラさんと同じくらい強いので頼りにはなりますよ。まあその同じぐらい頼りになるバーバラさんとメリーがダウンしているんですけどね……」
「ほう、あのちっこいのはそんなに強いのか! そりゃあ頼もしい。でもまあ、それでも今日のところは引き上げた方が良さそうだな。俺も命と命と同じくらい大切な船が懸かってるんでね、あんた達の強さは信用しているが、万全の状態で挑んでもらいたい訳よ」
俺が海の様子を見に上まで登ってくると甲板の上でレイとジャベリンさんが話をしていた。どうやら一旦漁港まで戻るようだ。ジャベリンさんはかなりの人格者であるようでこのような事態になっても困っている顔はしているが全く怒っている様子がない。生理現象なので仕方のないこととは言え多少は腹を立ててもおかしくないだろうに。
せめて少しでもこの無駄になってしまった分を軽くしなくては、そう思い至った俺は登りかけていた甲板から引き返し、船の動力部へと向かった。
この船は魔石から取り出した魔力を動力源としているらしい。正確には魔石の魔力を変換器を通してバッテリーのような部分に溜め込み、それを消費することでモーターを回しているとのことだ。
帆はあるものの、畳まれていてどうやってこの船を動かしているのかと不思議に思いレイとレイ越しにジャベリンさんに尋ねたところ、この船の仕組みを知ることができた。普段は漁で網を回収するためだったり、帆を開いたり畳んだりするための船員がもっと居るらしいが、ジャベリンさんが気を使ってその人たちを休ませたのだ。なので今この船を動かすために風が無い時や風向き的に行きたい場所に行けない場合などの時に使われる魔力モーターを使ってくれているという訳である。
魔石は空気中の魔素を集めてくれる性質を持つが、魔物の体の中にある状態と違い魔力が抜き出しされると劣化してしまう。しかし、俺があらかじめバッテリー内を魔力でいっぱいにしておけば魔石の消耗は少なくて済むはずだ。
俺は目を閉じ、バッテリーに手を触れ魔力の流れを読んだ。その結果、特に変な機構は見つからなかったのでこれならば魔力の波長を合わせれば問題なく魔力を補充できそうである。早速俺が貯めに貯めた魔力をバッテリーに注ぎ込んでいく。注ぎ込んでいく度に魔力は空気中から補給しているので魔力が欠乏してしまうということもない。バッテリーの残量を表しているであろうメーターがMAXになったところで魔力の供給をストップする。
船を動かすために魔力をどれ程使うのかは知らないが、これで今回の分の魔石の消耗は最小限で済むはずだ。俺はいい仕事したぜとばかりに右腕で額を拭う振りをする。別に汗は掻いていないが、完全に気分である。そうして満足感に浸っていると看板の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「ちくしょう! 間の悪いことに【クラーケン】のお出ましだ! 振り切れるかっ!?」
「メリーはともかくとして、言い出しっぺのバーバラさんがなんでこんなときにぃっ!」
どうやら俺が魔力を供給している間に【クラーケン】が近づいてきていたらしい。戻ろうと判断するのが僅かながら遅かったようだ。




