第4話 進化
何か食べるものは……と周りを見渡すと散乱した卵の殻が目に入った。
「じゅるり……」
知らぬ間によだれが垂れていた。
(何これ、すげー美味そう……)
魔物としての本能か、これらが自分の糧になるものだと直感で分かる。
少し不思議なのがあの見るからに強そうな狼が噛み砕けなかったものを何故食べられるのだと確信できるのかだが、本格的にお腹が空いてきた俺はそんな疑問はすぐさま放りさって一心不乱に殻をガリッとかじった。
食べていて驚いた。力がどんどん沸き出してくる。
(やっぱり、これが魔力ってやつか……)
狼に食べられた弟妹達の分の殻を全て美味しく頂いて満足した俺は、改めて周りを見た。
するといつの間にかいくつかの卵にヒビが入っていて今にも子亀が生まれてきそうだった。
また新たにできそうな卵の殻を見て非常食として収納して行こうかとも思ったのだが、生まれてきたばかりの子亀にとってそれが大事な栄養源なのだとすると、流石に持ち主が存命である殻までは食べるのは悪いと思い、殻を横取りしようとするのは思い留まった。
また狼などの外敵がここを狙ってきたら嫌なので、俺は足をシャカシャカ動かして再び池に飛び込んだ。
(ん? この池こんなに狭かったか? それに、さっきより体がスムーズに動いたような……)
明らかに池が狭まったように感じるのと、誕生したばかりとは思えない自分の運動能力に驚いた。
(まさかこんな短時間で成長したのか!? ……卵の殻のせいか!)
普通は一匹につき卵の殻一つ分のところをあれだけ摂取したのだ、変化が出て当然かも知れない。
体が大きくなったことに意識を向けると全身がムズムズしてきた。
前足を見てみると白い皮が少し剥がれてひらひらしていた。もう脱皮が始まったらしい。
必死に古い――といっても生後数十分だが――皮を沈んでいた石になすりつけて剥ごうとしていると遅まきながら気付く。
(皮だって体に触れてるんだから《アイテムボックス》で回収出来るんじゃね?)
試しに前足だけ収納してみると目論見通りにいったので、続けて後ろ足、尻尾脱皮を完了させると、ついでとばかりに甲羅の皮も収納した。
すると今度は頭の中にすさまじい量の情報が流れてきた。頭が痛くなるということはないが起こったのが突然であったことと、処理能力を超えた情報量を前にしたこと、とで一時的に頭がフリーズしていた。
幸い俺はフリーズする前に池に潜っていたので無防備を晒さずに済んだ。
意識が回復した俺は急に頭の中に出現した“進化先の情報”に、というか《進化把握》の発動の仕方に困惑した。
(え~こんな感じで作動するの……ピンチのときにこんな状況になったら生き残れる気がしない)
このスキルの発動の仕方がこのままなら成長を実感したら安全な場所を探して留まらなくてはならないだろう。一番初めの進化で選択肢が多くかったという理由なら次からは大丈夫かも知れないが、そう決めつけるのは早計だと思う。
さて少し早い気はするが、念願の進化だ。
俺は気持ちを切り替えて真剣な表情を作った。
ここで進化先の判断を誤れば取り返しが付かなくなるかもしれない。
ゲームのように一回退化して進化し直すとかそういうのは出来ないだろうから。。
(とりあえずそれぞれ特徴とか並べてみるか……)
【クロウタートル】
小型犬ぐらいのサイズで鋭い爪を持った亀。体が軽く、とても素早い。
【ミミックタートル】
周りの環境に合わせて体表面を変化させる事ができる。咬む力が強く優れた擬態性能を持つ代わりに、足が遅い。
【アクアタートル】
泳ぐ能力に特化した亀。水中ではより強い力を発揮する。陸でも一応活動はできる。この進化を選ぶと、今後の進化先全てが水棲の亀となる。
【ストーンタートル】
今回の進化先の中で最も硬い甲羅を持つ亀。甲羅が重いので少し足が遅い。今後の進化先が全て鉱石系にの亀となる。
【ミディアムタートル】
ワニぐらいの大きさの体を持つ亀。力が強く、重いのでシンプルに強い。
【ミディアムトータス】
同じくワニぐらい大きい亀。水中での生活を完全に捨てた進化。泳げない代わりに【中亀】より少し強い。今後の進化先全てが陸上の亀になる。
亀というだけあってどっしりとした進化先が多い印象だ。
【アクアタートル】と【ミディアムトータス】は行動範囲が水中、地上と狭まってしまうので少し選ぶのをためらってしまう。
【ミミックタートル】はじっくり獲物が来るのを待つタイプで忍耐力を試されそうだ。
【ミディアムタートル】と【ストーンタートル】は俺の想像していた重くて硬くて力が強いという亀の魔物のイメージ通りで単純に強そうだ。
しかし、俺はそれほど我慢強くない。
今の俺の精神はこの体に寄っている感じだが、人間であった頃の感覚が全て抜けているという訳ではない。
俺の性格は割とのんびりした方だが、いざ体を動かすとなった時自分の体が全く思い通りに動かせないというのは俺の人間部分の精神に多大なストレスをかけると思う。現代っ子である俺はゲーム等でも少しのロードや待ち時間にイライラしてしまうのだ。
それに体が大きくなりすぎると今みたいに隠れられなくなりそうというのもある。
そうなると残ったのは亀っぽくない性能を持った【クロウタートル】となるのだが、
(なんか名前の字面が弱そうなんだよなぁ……)
字面で強さが変わるということはないはずだがパッとしない名前に思わず雑魚感を覚えた。
(まあ他の進化はちょっと精神的に辛そうだし、格上に当たったとき逃げにくいよな。硬くても足が遅かったら囲まれてひたすらサンドバッグにされそうで怖いし……)
消極的な理由で自分を納得させた俺は進化を開始するために強く念じた。
体のどこかで何かがドクンと脈打ったかと思うと次の瞬間進化が始まった。
体が熱い。体がどんどんと作り変わっていくのを感じる……。悪くない感じだ。体の大きさはそれほど変わらないので変化するのは爪や体表面などの一部だけだと思っていたが、予想に反して筋繊維の一本一本から骨の芯に至るまで全身に進化の影響は広がっていく。
まるで時間が極限にまで引き延ばされたような感覚だったが、ようやく変化が収まった。
とても充実した気分だった。この感覚を得るためだったら俺は頑張れる気がする。
清々しい気持ちで進化した自分の体を見た。
鋭い爪が手足から生えている。普段からこれだと少し不便だなと思うと長い爪が引っ込んだ。邪魔に感じたら猫の爪のように好きにしまうこともできるみたいだ。手足の筋肉も力強く正確な動きができるように、甲羅も《進化把握》に載っていた姿を思い返してみれば空気抵抗の少ない滑らかでシャープなものに変化している。
力が漲ってくる。進化前とは比べものにならない。今なら走り回ったり、周りの木などを利用して軽業なんかもできそうだ。
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