第38話 休暇
「そ、そこまで事態が悪化していたとは……完全にこちらの調査不足です。申し訳ありません。そして対処していただき、本当にありがとうございました。もう少し遅れていれば、森が【ビッグスパイダー】で溢れ返るところでした」
受付嬢が何やら真面目な顔をして頭を下げた。それに対してバーバラはそこまで気にしていないとばかりに軽い様子で応える。
「ああ、今回はたまたま余裕だったからいいが、次からは頼むぞ。それより、報酬は色付けてくれるんだよな?」
「もちろんです! これだけ立派な糸玉と魔石の2セットを見れば上も報酬の上乗せに納得するでしょう。こちらに不手際があったこともあり適正の金額よりもかなり高くなるはずです」
「それは良かった。買い取りの方も期待してるぞ。微妙だったらじーさんの方に売りに行くからな」
「そ、それは困ります! わかりました。なるべく努力はしてみます……」
冗談めかしたバーバラに受付嬢が慌てた様子を見せた後、苦笑いを返している。
それを見て一瞬、バーバラが何かの嫌味を言ったのかと思ったが、互いの雰囲気が悪くなっていないのできっとジョークでも言ったのだろう。
これは映画を観て得た情報なのだが、海外ではジョークが日常的に飛び交っているらしく西洋風のこの世界でそうあったとしてもなんらおかしいことはない。というか自分が映画のワンシーンに入り込んでいるような感覚がして少し嬉しい。
バーバラがホクホク顔で俺と2人が居る席まで戻ってきた。きっと取引は上手くいったのだろう。俺は報酬を貰っても使うことができないので直接は関係ないが、ご飯が豪華になるぐらいのご褒美はあるだろうから報酬が多く貰えるに越したことはなかった。
ところで、冒険者はハードな依頼の後は多少の休みを取るらしいのだ。【ビッグスパイダー】はかなりの強敵だったはずなので明日は恐らく休みに違いない。お金に余裕がない場合はそのように休みを取っている場合ではないが、バーバラの顔を見ると多少の余裕ぐらいは生まれるような報酬は得られたような感じがする。
そう考えて、「明日は気兼ねなくダラダラできる!」という結論に至った俺は期待に胸を膨らませているとバーバラが俺の甲羅をトントンと指先で叩いてきた。
(レイ、メリー明日から2日間は休みだ。明日の朝、ギルドで受け取った報酬を山分けしたら解散して各々自由行動にする)
(わかった)
(わかりました)
『わかっ……え? 俺は?』
何故か俺だけ名前を呼ばれなかったのでキョトンと首を傾げながらバーバラの方を見ると、
(クインス、お前はアタシと実戦訓練だ。【ビッグスパイダー】が思ったよりあっさり過ぎて全く満足できてねぇからな。憂さ晴らしに付き合え)
『ええー。俺も疲れたから休みたい』
(何言ってんだ。昨日までで十分休みは取っただろう? それにお前が働いたのって今日1日だけじゃねぇか)
露骨に嫌そうな顔で嫌そうな声を上げてみるが、バーバラは呆れたようにそう言うと少しだけ残っていた肉料理を全て平らげて席を立ってしまった。それを見た俺はバーバラの泊まっている宿に住んでいる都合上、一緒に帰れなければ締め出しを食らってしまうと思い、皿に盛られた肉や野菜の切れ端を急いで腹に収めていく。
なんとか皿が空になったので慌ててバーバラの背中を追いかけようとするとメリーとレイが手を振ってきた。メリーは明るい笑顔で送り出してくれるような感じで、レイは精々頑張れよというような軽い手の振り方だった。
俺も軽く手を振り返すと、心なしかウキウキした様子のバーバラの元へ駆けて行った。
+ + + + +
「おい! 起きろ!」
床で眠っていた俺は大きな声とともに体を激しく揺すられて半分目を覚ました。
『ん〜〜……あと5分……』
「……早く起きないと手が出るぞ?」
頭上から悪寒を感じて防衛本能により完全に意識が覚醒した俺はバッと飛び起き、すぐさまそれの発生源から距離を取る。するとそこには拳を振り上げた状態で固まっているバーバラの姿があった。
「なんだ、すぐに起きれたじゃないか。じゃあ行くぞ」
バーバラは拳を引っ込めると、既に用意されていた装備や荷物を身につけて部屋から出て行った。
残された俺はひとまず、思い切り伸びをして固まった体を解す。
今ので眠気は消し飛んだが、昨日酒場で言われたことを全て思い出し夢の世界に戻りたくなった。しかし、それをすれば今度こそ鉄拳が頭に振り下ろされることは確実なので渋々バーバラの後に続き、部屋を出た。
『どこまで行くんだ?』
(多少うるさくしても迷惑がかからない場所までだ)
バーバラはどうやらかなり本気で戦うつもりのようだ。【ビッグスパイダー】で物足りないと言うぐらいなのだから当然と言えば当然だが、どうして俺がわざわざ味方になった今でもバーバラと戦うことになっているのか。もうこんな厄介な奴とは戦わずに済むと思っていたのに。
(と言うかバーバラって朝が弱かったはずだよな? なんで今日は俺よりも早く起きれてるんだ?)
体感的に今の時間はかなり早い。日が昇ってからまだそこまで時間も経っていないだろう。こう言う時だけは早くから目が覚めるなどなんとも都合のいい体である。
バーバラと俺は宿を出てしばらく歩いた。門番が詰めている街の出入り口から出て、随分遠くまで来るなぁと感じてきたそのときようやくバーバラの足が止まった。
(ここまでくれば大丈夫だろう。さてやろうか)
バーバラが鞘から剣を引き抜いて構えた。剣身に朝日が当たり、鈍く光が走る。
『真剣でやんのかよ!?』
(安心しろ。刃は落としてある。当たりどころが悪くなければ死にはしないさ)
狼狽える俺にバーバラは剣の刃がある筈の所を手にポンポンと当てて見せた。確かにバーバラの手は切れていない。あれならば当たってもほとんど切れなさそうだ。しかし剣身はれっきとした金属であり、しっかりと重いので鈍器としての脅威がまだ残っている。だから頭に剣がクリーンヒットしようものなら最悪の場合、天に召されてしまうかも知れない。
『それでも怖いなぁ』
(剣の材質と重さが変わると感覚が狂うからこれ以上安全にするのは無理だ。お前は別になにかを制限する必要はないぞ?)
『……それは流石にフェアじゃない。それなら俺だって爪に纏わせる魔力に丸みを帯びさせて戦う。その方が気兼ねなくやれそうだし』
乗り気ではなかった俺だが、まるで正面対決ならばお前の攻撃など当たらないと言われたように感じてついカチンときてしまった。もし俺をその気にさせるために言ったのなら効果的面である。
(お前が本気を出せるのならなんだっていい。分かっているとは思うが、こいつは刃引きしていない剣と思って動けよ。刃引きしているのに甘えた被弾なんてされたら興醒めだからな)
『分かった』
あくまで、実戦形式でということらしい。俺は本物の剣を装備したバーバラと戦うことを想定して戦わなければならないし逆もまた然りである。
(話はここまでだ。行くぞ!)
この前とは逆でバーバラが先に突っ走ってきた。やはりバーバラは動きが速い。このスピードを万全な体勢で剣に乗せられるとまずいので俺は口の前に小さな石の礫を魔法で作り出しては射出を繰り返して足を遅らせようとする。
しかし、バーバラは俺の素人じみた牽制など完全に見切っているようで最小限の動きで躱し、打ち落としてくる。
「どうした? こんなノロマでアタシは止まらねぇぞ!」
多少遅くても石ころが飛んできたら恐怖を感じるはずなのに全く減速する様子を見せない。それどころかむしろ加速しているような気さえする。試しに撃ってみた石の礫はバーバラみたいなやつに対しては効果が薄いようだ。
速度を全く殺せなかったので受けはあり得ない。となると避けるしかないのだが、今の状態ではどう避けても、避けた方向に対応されそう気がする。
(もう本気を出さなきゃなのか。いくら実戦形式とは言えウォーミングアップという概念を知らんのか……)
目を爛々と光らせ突撃してくるバーバラ。小細工など挟ませる暇もなく俺を本気の状態に追い込みたかったのだろう。お望みの通り俺はその手段を取らざるを得なくなった。
一瞬で身体中に限界に近い魔力が巡り、発生した異常な熱が冷却のために魔法で纏った水をすぐに蒸発させていく。同時に高められた身体能力が爆発的な初動を生む。
「目ではギリギリ追えるんだがなぁ……。やっぱ、はえぇな」
バーバラの剣は強化された俺を捉えること叶わず、振り下ろされた状態のまま見当違いの方向に向いていた。




