第37話 俺は別に遅くない
「や、やってしまった……」
糸から助けようと慌てて放った魔法をもう少しで味方に当ててしまうところだったメリーは申し訳なさでいっぱいになっていた。
これまでは動いている物だろうと狙えば百発百中で魔法を当てていたメリーだが、それは状況が切迫しておらず、落ち着いて魔法を放てていたからだった。どんな状況でも冷静に物事を運べる程、メリーは経験を積んでいなかった。
「気にすんな。あれは油断していたアイツが100悪い。あの糸程度を避けられないようならアタシやレイが何回も殺している。それに、あそこまで威力を抑えてたなら糸は切れてもアイツ自身はほぼ無傷だっただろうよ」
だから今は目の前のことに集中しろとバーバラは言う。
ハッとして顔を上げたメリーの目に映ったのは、いつの間にか現れたおびただしい数の子蜘蛛と縄張りに侵入した者に対し怒りを燃やす大きな親蜘蛛である。今はこちらの様子を伺っており、少しでも隙を見せれば飛び掛かってきそうだ。バーバラが居なければメリーは今頃、糸でぐるぐる巻きだっただろう。
戻ってきたレイと蜘蛛たちを牽制していたバーバラはそれぞれ小振りなナイフ2振りとハンマーを構えた。レイはいつも通りとしてバーバラは普段は使っていない武器である。
バーバラは硬い甲殻を持つ獲物には斬撃よりも打撃が有効だと考えてハンマーを用意していたのだ。もちろん柔らかい腹を切りつければ刃物も通用するのだが、その役目は様子見も兼ねて新入りであるクインスに任せるつもりだった。
「【ビッグスパイダー】の討伐依頼には番って情報は無かったはずだけど……」
「報告漏れに糸の元が2つ……これは報酬が期待できそうだな」
バーバラは仲間が1人(と言うか1匹)分断されてしまったというのに勇ましく笑いながら既に報酬の話などしている。しかも糸の元が2つもう手に入ったかのような口ぶりだ。その顔には木の上に連れて行かれた味方への心配の色など微塵もなかった。
+ + + + +
(はぁ、はぁ。ようやく勝てた……)
ドシーン! 鈍い音ともに巨体が沈み、枝が大きく揺れる。時折、ピクピクと脚は動くもののここから立ち上がったりはしないだろう。
無理に硬い外殻を狙うこともないと思い腹を徹底的に浅く切り裂き続けていたのだが、流石の生命力で中々倒されてはくれなかった。脚が健在で蜘蛛の巣の上を素早く動き回れる状態だったときはもちろん、体液が流れて足が鈍ってからもそこそこ長かった。
真っ向勝負で勝てないと知るや否やそれまで以上に糸のトラップを活用してきてそれに注意を割かねばならず、引っかかってしまったときは【ビッグスパイダー】が攻撃を仕掛けてくる前に脱出するのも一苦労だった。
そして糸の元とやらがどこにあるのかはある程度予想できていたが、本当にあっているのか分からず深い手傷を負わせることが出来なかったことも手こずった要因である。
糸の元に限らず、換金するものは状態がいい方が値が上がるというのは当然のことである。どれぐらいの傷までが許されるのかを知らない以上、下手に傷をつけてしまえば売値が下がり最悪の場合買取不可となりかねない。
勝ち方を選ぶのであれば手強い相手だった。
(あー、疲れた。事前にもっと色々聞いておけばよかった)
いつも俺は実際にやってみてから分からないことに気付く。いつかは事前に準備をきちんとこなせるようになりたいものである。そう思いながら《アイテムボックス》に【ビッグスパイダー】を丸々納め、木をするすると降りていった。
ある程度の高さまできて木から飛び降りるとバーバラたちが座って待っていた。その奥を見ると俺が倒したものより一回り以上大きい個体の【ビッグスパイダー】の死骸が横たわっていた。何故か少し悔しい。
『終わってるなら、様子を見にくるぐらいしてくれたっていいじゃないか』
(ん? あぁ、そんな必要ないと思ってな。それにしても遅かったな。こっちは解体を済ませてくつろぐ暇さえあったぞ)
『そっちは3人居たんだから早いのは当たり前だろ』
(私とレイさんはほとんど子蜘蛛の対処ばかりで、【ビッグスパイダー】はバーバラさんだけで倒していましたよ。あとさっきは本当にすみませんでした!)
メリーが勢いよく頭を下げる。
言われてみると【ビッグスパイダー】の周りには(昔テレビで見たタランチュラぐらい大きい)子蜘蛛の死骸が沢山転がっていた。メリーに悔し紛れの言い訳を潰された俺はぐうの音も出なかった。
(……いや、いいよ。糸に引っかかったのは俺が悪いし、むしろ助けようとしてくれてありがとう。ちょっと嬉しかった)
意気消沈しつつもメリーにはあのとき思ったことを素直に話す。泣きっ面に蜂という状況ではあったが、当たらなかったということもあってか特に思うところは無かった。
(ところで【ビッグスパイダー】の片割れはどうなった? とりあえず、倒したまんまで置いてきた感じかな?)
レイの言葉で完全に忘れ去っていた【ビッグスパイダー】の存在を思い出した。バーバラ達の解体作業を見て参考にしようと思い、そのままの状態で持ってきていたのだった。
『えっと……あった!』
《アイテムボックス》をごそごそするとお目当てのものが見つかった。大きくて重いので手で引き抜くという訳にはいかない。徐々に出口を拡げる様にして【ビッグスパイダー】を押し出していく。少しずつ露わになる全容にバーバラとレイは驚いた顔になる。
あっちに転がっている【ビッグスパイダー】よりも随分と小さいはずであるのに何を驚くことがあるのかとその反応を見た俺は不思議に思った。
(驚いた。そいつはアタシ達が持ってるやつより随分容量がデカいんだな)
『そっちか』
確かにいつの間にか結構な量が入るようになっていた。指がそこまで器用に動かない俺にとって《アイテムボックス》はなくてはならない存在であったので必然的によく使うことになったこと、コツコツ魔力制御の特訓をしていたことが功をそうしたのだと思う。
『解体方法を参考にするためにそのままの状態で運んできた。雑にやって売り物にならなかったら困る』
(それはいい判断だけど君本当に魔物だよね……? 価値観がすごく人間っぽいんだけど……。じゃあ糸の元と魔石の取り出し方を教えるよ)
(あっ、私ももう一回解体をしてるところを見たいです)
レイが地味に確信を突いてくるが気にしない。そしてメリーも俺と同じく勉強したいようだ。どでかい蜘蛛を前にしても物怖じしないどころかもっと見たいといった様子である。流石、若くから冒険者になっただけあって知識や経験に貪欲だ。
レイからアドバイスを受けながら【ビッグスパイダー】を捌いていく。見本があることもあり、そのアドバイスはすごく分かり易かった。
そして順調に解体を進めていくうちに、お互いが遭遇した【ビッグスパイダー】についての話になった。
(へー、オスとメスで随分と戦い方が違うんですね)
メリーの言葉に俺は頷く。俺が戦ったオスの個体はかなり素早かったのに対してメスの個体はパワータイプ寄りなようだ。どっしりと構えて子蜘蛛に足を鈍らされて隙の生まれた敵を叩き潰す。
あんなに素早いやつをどうやってハンマーで仕留めたのかと思ったが、それならば納得である。体が大きい分タフだろうが動きが鈍ければ的でしかない。邪魔の入らない一対一での戦闘なら尚更だろう。
どっちが厄介かは相性次第だが少なくともハンマーでオスの方を仕留めるのは難しかったはず。だから俺が【ビッグスパイダー】を倒すのにある程度時間がかかったことは仕方がない。そういう風にわざわざ過ぎたことを引っ張り出して自分を慰めた。




