第32話 狂気の卵
(おーここが冒険者ギルドか。なんかやけに人が多いな)
今は大体夕方ぐらいなのだが、冒険者ギルドは大勢の人で賑わっている。この光景は時間帯も合わさって前の世界で言うところの帰宅ラッシュを彷彿とさせる。
(朝1番に依頼を受けた冒険者が成功の是非を問わず夕方になると一斉に集まって報告しにくるってことか。なるほど、そりゃ人が多くなるか)
中に依頼の品が入っているのか大事そうに鞄を抱えている人や、逆に依頼の品らしきものを乱暴に扱い受付の人に注意を受けている人もいる。全員が全員荒くれものという訳でもなさそうだが、強面で乱暴そうな人の方が多くの割合を占めている。まあ大体冒険者のイメージ通りだ。
そんな中をバーバラ、レイ、メリーは受付の列に向かって歩く。この連中は何故かバーバラをかなり恐れているらしく人混みが割れて列までの道ができた。
(いったい過去になにをしたんだ……? まあ楽だからいいか)
中には順番を譲ろうとしてきたやつもいたが、流石にそれはバーバラが断っていた。順番を守らないやつは漏れなく俺にクソ野郎判定を受けるのでそういうところでは嫌いにならずに済んでよかった。
レイとメリーはバーバラから依頼を受けて同行していたらしく、2人が列に並んでいるのは依頼の達成の報告をするためらしい。バーバラからの報酬をギルドを通して受け取るのである。当然依頼を斡旋したギルドは手数料を得る。おおまかな仕組みはここにくるまでに説明された。
ちなみに俺の討伐依頼は出ていたのかと聞いてみたところ、危険度が少ないという理由で少し前に取り下げられていたらしい。となるとバーバラはなんの報酬も無しに本当に個人的な理由で俺を狙っていたことになる。それを聞いたとき表には出さなかったが、俺は心の中でバーバラへ何回も「くそが!」と唱えた。
魔物が自由な状態のまま町を歩くには許可が必要なようでちゃんと言うことを聞くのか、暴れても制圧できるぐらい飼い主が強いかなどいくつかのクリア条件があるらしい。だから俺は町に入る前に檻に入れられることになった。許可などの俺が町に入るための必要事項についてもあらかじめ説明されてはいたが、このまま売られてしまうのではないかという不安は完全には拭い去れなかった。しかし、そこはもう信用するしかない。バーバラは腹芸などするタイプには見えないが、最悪の場合は檻を破壊してでも逃亡する所存だ。
手続きをするにはこの長蛇の列に並び、ひたすら待たなければならず、檻の中で身動きがあまり取れない俺は中々暇だった。
(なんか見覚えのあるやつとかいねーかなー? おっ、いるいる! あれは罠に嵌めちゃった申し訳なさから町まで送ったおっさんだ。あっちには俺を狩りにきたから死ぬほどおちょくり返したやつもいるじゃん。なんかそんなに経ってないはずなのに懐かしいなぁ)
他にもちらほらと懐かしい顔ぶれが見えた。もしかすると苦しかった逃亡生活のせいで長い期間が空いたような感覚がしているのかもしれない。見た感じでは皆元気にやっているようだ。しかし、俺は皆とあまりいい印象で別れられた記憶がないので顔を合わせるのはやめておこう。会うのはせめて俺が外に出る許可が下り、左腕が治ってからだ。それからなら、逆恨みで攻撃されても存分におちょくり返してやれる。
(皆、俺に会えなくて寂しかったよね! 色々終わったらまた遊ぼうね!)
檻の中から俺が邪悪な笑みを浮かべていると一緒に列に並んでいるメリーが俺を見てドン引きしていた。まさか見られているとは思っていなくて油断していた。真面目で純粋そうな子にここまで引かれた顔をされるのは少し傷つく。俺が悪戯や嫌がらせを考えているとき、勝手にこの顔が出てきてしまうのだが、人前でこの顔をするのは控えようかと思わせられた。まあそのときになったら、また忘れて同じことをしているだろうが。
暇潰しに知っている顔を探しているといつの間にか自分たちの番が回ってきていた。まずはすぐに手続きが終わりそうなレイとメリーが受付を済ませる。依頼人つまりバーバラが評価の印を押した依頼の紙を受付の人に見せると問題なく報酬を受け取っていた。
次は俺の手続きだ。俺の入った檻が受付台にゴトリと置かれる。
「あっバーバラさんお疲れ様です! レイさんとメリーさんの依頼報告を見ると無事、上手くいったご様子ですね。お怪我が無いようでなによりです! えっとその檻は……」
「ああ、ありがとう。レイとメリーを紹介してくれたお陰ですごく助かった。それで檻の中のやつは"ニヤけ面"だ。今日はこいつの登録をしに来た」
「なるほど、"ニヤけ面"ですね。わかりまし……って、えーーー!?」
受付の人が俺のことを二度見した。ものすごく驚いている。
「静かにしてくれ。こいつは何人かから恨みを買ってるんだろ? あまり目立ちたくない」
「ご、ごめんなさい。あまりにもびっくりしたもので。これがあの"ニヤけ面"ですか。思ったよりも小さいですね。何人もの冒険者を返り討ちにしたとは思えません」
「こいつを見かけで判断するなよ。……アタシでも倒すのには苦労させられたんだ」
何故かバーバラは少し言い淀んだ。なにか言いたくないことでもあったのだろうか。
「C級冒険者さんでも苦労するとは相当な魔物だったんですね。ここいらに居る冒険者さんたちでは歯が立たない訳です。ではこちらの準備が整いましたらお呼びさせて頂くので、少々お待ち下さい」
どうやら準備をするためすぐには許可を貰うための試験は始まらないようである。この微妙な時間をどうするのかと思ったが、どうやら3人で腹ごしらえに行くつもりらしい。バーバラは腹が減ったとばかりにお腹をさすっていた。
ギルド内には酒場らしき場所もあり、冒険者が利用しているのが見える。テーブル席に着くと、コンコンと甲羅を叩かれた。
(飯を食いにきたが、なんか食うか?)
『俺はいい』
(じゃあなにを食うんだ?)
『自前の肉と果物』
汗をよく掻き、塩分の補給が必要な冒険者が食べるような物を食べると塩分過多になりそうだ。料理される前の状態で頼んだりするのも面倒なので今回は自前のものを食べよう。俺は《アイテムボックス》から煙で燻した肉とリンゴもどきを取り出す。《アイテムボックス》内のものは多少腐りにくくなるが、肉がそろそろ怖いので在庫処理をしておきたかったというのもある。
(お前ほんと、便利だな。お前がいればマジックバックいらずだ)
『そりゃ、どーも』
水や荷物が俺1匹で全て解決するのだから便利と言えば便利だろう。俺が方向音痴なのでバーバラと分断されれば荷物が全て失われてしまうというリスクはあるので、多少荷物を分散させなければいけないが結構なメリットはあると思う。
あとこの世界にはマジックバックなる《アイテムボックス》と似た能力を持つ道具があるらしい。俺は戦闘ができ自動で着いてくる水生成機能付きのマジックバックと言ったところか。そう考えると確かにめちゃくちゃ便利だった。
「なにそのリンゴみたいな果物? 美味しそう」
メリーが俺の出したリンゴもどきをもの欲しげに見つめている。これに目をつけるとは中々の猛者だな。でも食べるのはやめておいた方がいい。俺は味に釣られて頑張ったが、最初は大分辛かった。
「やめとけ、やめとけ。毒は無いが、それ食ったら吐くぞ」
「ステアって言うんだけど、メリーはこの果物を知らないの?」
「そ、そうなんですか? お恥ずかしながら、あまり外の世界を知らず育ったもので……でもちょっとぐらいなら……」
今度はメリーがコンコンと俺の甲羅を叩く。
(あの、クインスさん。その果物を少し食べさせてくれませんか?)
バーバラやレイは止めていた様に見えるが、好奇心が勝ったという顔だ。しかし、俺の好物に興味を持ってくれたというのは存外に嬉しく感じる。俺は爪に魔力を纏わせてリンゴもどきに爪が直接付かないようにして切り分ける。自分の食べるものならともかく、他の人が食べるものを雑菌だらけの手で触れて汚したくない。
『いいよ。じゃあ食べたら俺の手に触れて』
(わ、わかりました。これを貰います)
メリーは切り分けた中で小さめのリンゴもどきを取り、口に運んだ。そして言われた通り左手を俺の右手に乗せる。俺は目を瞑り意識を集中させメリーの普段の魔力の流れ方を分析する。そして流れに違和感が出そうになる度に魔力を元の流れに戻す。もうすっかり慣れたものだった。
「これ、すっごく美味しい! 甘くて、程よく酸味もあって……魔力も回復した!? すごいですよこれ!」
メリーは頬に右手を当てて足をパタパタさせている。そんなにはしゃいでもらえるとこちらとしても嬉しい。食べたのが少量なので狂わされる魔力が少ないこともあり、上手くいった。
「まじかよ。アタシのときは味わう暇もなく吐き気に襲われたぞ?」
「えー私は今なんともありませんよ? バーバラさんのときとなにが違うんでしょう? ……まさか」
メリーがなにを考えたのか俺の手から左手をどかした。
『あっ、まだリンゴもどきの効果が少し……』
案の定、メリーの顔色がすぐに悪くなった。リンゴもどきの効果がピークなところはもう超えているが、完全には無くなっていない初心者が油断してしまう段階の状態だ。かく言う俺も一番辛いところを乗り切った達成感から油断していたところをリンゴもどきにやられたことがあった。
「うっ。ちょっと気持ち悪くなってきた。でもクインスさんの手にもう一回触れると……治った! やっぱりこの魔力を乱す症状はクインスさんが治してたんだ!」
メリーはいったいなにがしたいか俺の手に触れて、離れるを繰り返している。どうでもいいが、それをされると俺が魔力の流れを直しにくいのだが。それは俺の魔力制御力に対する挑戦か? いいだろう、その挑戦受けてやる。
(レイさんとバーバラさんにもこれ分けてあげてもいいですか?)
『え? い、いいよ』
魔力の制御力の特訓も兼ねてメリーからの挑戦に奮闘していると、そのメリーから思念が届いた。興奮したようにキラキラとした目を向けられたので、リンゴもどきは《アイテムボックス》内にあまり残っていないのにも関わらず了承してしまった。メリーだけはまともだと信じていたのだが、もしかすると思い違いかもしれない。今の一瞬マッドサイエンティスト的な香りがした。
「レイさんとバーバラさんもどうですか? クラウスさんもいいって言っていますし」
「アタシは遠慮しとくよ。見るぐらいならまだしもステアを食べるとなると本格的にトラウマが蘇りそうだ」
「僕も悪いけど遠慮しておこうかな」
「えー、美味しいのにー」
どうやらすげなく断られたようだ。何故かこの無邪気さからは例えるなら知りたいこと知るためには生き物を解剖することも辞さないみたいな危ない雰囲気を感じた。これが開花するとバーバラより恐ろしい存在になりそうな、そんな予感がする。
(は、早くこの檻から出してくれないかな? ここに居ると寒気が止まんないんだけど)
誤字とか見つけたら誤字報告機能で教えて下さると助かります。




