第31話 面倒臭い
(……うっ、いてぇ)
左腕がズキズキと痛み、目が覚めた。俺はぼんやりと辺りを見回す。魔法使いのような格好を小さい女の子と軽装の若い男が両サイドを歩いていて、前には野蛮な服装の背中が見える。どうやら俺はクレイジー野郎の背に負ぶさった状態で森の中を運ばれているようだ。歩くたびに起こる振動で左腕と、右手のヒビの入った爪が激痛を発する。きっと人間だった頃の痛覚と心では耐えられなかっただろう。
「あっ起きてる。やっぱり今は魔力を使い切って弱ってるのかな?」
「本当だ。おはよう"ニヤけ面"君。よく眠れた?」
隣を歩いている2人は俺が目を覚ましたことに気付いたみたいだ。何故かあまり、警戒されていない。俺が気絶したあとにきちんと事情を説明できたのだろうか。
「目が覚めたのか。じゃあこれでも飲むか?」
クレイジー野郎がガラス容器らしきものに入った緑色の液体をチャプチャプさせたあと俺の頬に押し付けてきた。きっとあのとき戦闘中に飲んでいた傷もしくは魔力を回復できる薬だろうが、俺はそんな得体の知れないもの飲めるかとばがりに顔を背けて拒否する。
「嫌がってる……でもこれを飲まなくちゃ、ひどい怪我だし弱って死んじゃうんじゃ?」
俺には魔力による自然治癒力の強化がある。死にかけているときでもなければそんな薬は使いたくない。しかし、今は普段からキープしている魔力量と比べるとカスぐらいの魔力しかない。なので久しぶりに《変換》のみに意識を集中させることにする。いつもは、なにかの動作を行いながらやっているのでいざ《変換》に専念してみると自分でも引くぐらい大量の魔力がすぐに集まった。
(集まった魔力を左腕と右手の爪に集めて……やっぱり左腕はすぐには治らないか。まあ徐々に治っていってる感覚はあるし、ずっとこの状態でいればそのうち治るでしょ)
右手の爪がぐんぐんと伸び、健康な爪が生えてきた。あとはヒビの入った古い爪を切り落とすなり削るなりすれば元に戻る。左腕はマシにはなったものの尻尾のようにはいかず、とても全快とは言えない様子だ。しかし、それでもこの魔力を集中させた状態を維持し、栄養を摂り、睡眠を取れば数日で治るだろう。そんな感じがする。最近はこれほどの怪我をすることもなかったので久しぶりに魔物のとんでもない再生力を実感できた。
「うそ、枯渇しかけていた魔力がもうそんなに回復したの!? 左腕も治り始めてるし、なんなの? この化け物……」
女の子が俺の左腕を目を見開いて見つめている。きっと怪我の治りが早くて驚いているのだろう。理由は分かるがそこまでじっと見られていると落ち着かない。人と接するのはそんなに得意ではないのだ。
「やっぱりこれは必要ないか。これ結構高いから使わないで済むなら助かるわ」
「そんなに高価なものポンポン使うからお金が無くなるんでですよ……。話には聞いてましたけどすごい回復力ですね。軽い怪我なら問題なく戦えるというのは味方にいるなら心強いな。いい拾い物をしましたね」
男が手を顎に当てて俺を見ながらうんうんと頷いている。女の子と違いこっちはなにを考えているのかよく分からなかった。
まあそんなことはさておき魔力も回復し、怪我の状態も落ち着いたので《念話》で聞くべきことを聞いておこう。とりあえずはクレイジー野郎にパスを繋ぐために魔力を飛ばす。そうすると魔力が受け入れられた感覚と共にパスが繋がった。
『あーあー、聞こえるか?』
(あぁ、聞こえている。どうかしたのか?)
『この会話の仕方は《念話》と言うんだが、魔力を使う。常に使っているのは面倒だから、使って欲しいときはなにか合図が欲しい』
(わかった。けどその前にアタシの口からいちいち仲間に伝えるってのも面倒だから、他のやつにも同時にこれを繋げたりはできないのか?)
『……やってみる』
確かにそれでは2度手間になってしまう。俺は言われた通りに軽装の男と女の子にも魔力を飛ばす。
「わっ!? なにかきた?」
「これがバーバラさんの言っていたやつですか」
「そうだ。それを受け入れるイメージをすればこいつと会話できるようになる」
「へー、害意は感じないとは言え、バーバラさんは最初によく迷いなしに受け入れられましたね」
「まあなんとなくな」
クレイジー野郎が2人になにかを話した後、2人が俺の魔力を受け入れた感覚があった。やってみて思ったがこの状態での会話は俺に情報が来た後にその情報を他のところに送らなければならないので繋ぐ対象が増えれば増えるほどものすごく面倒になる。現にこの人数ですら既に頭がこんがらがりそうだ。
(えっとこれでいいのかな? 私の名前はメリー。よろしくね"ニヤけ面"さん)
(僕はレイって言うんだ。よろしく"ニヤけ面")
どうしよう。そんな気はないのかもしれないが、どうしても俺は馬鹿にされているようにしか思えなかった。どうでもいいことかもしれないが、本題の前に早急に呼び名を変えてもらいたい。
『その呼び名、馬鹿にされてるみたいだから好きじゃない。俺にはクインスって名前がある』
まだほとんど呼ばれたことのない名前だからまだあまり自分の名前という実感はないが、折角母さんから名付けられた名前だ。きちんと名乗っておこう。
(もう既に名前があったのか。折角3人で考えてやろうと思ったのにな。ああ、それとアタシの名はバーバラだ)
『"ニヤけ面"なんて酷い呼び名を付ける人たちになんか名前を貰いたくない』
(おお、言うじゃないか。まあアタシたちは冒険者ギルドが付けた2つ名でお前を呼んでいただけだから、それを考えたのはアタシたちじゃなくて別の誰かだけどな)
どうやら名付け親はこの3人ではないらしい。しかし、どちらにせよ、俺はもう立派な名前を持っているのでこれから新たに考える必要もない。気になっていたことは訂正できたのでもう本題に入ろうと思う。
『あと今みたいにこの会話をするのに使っている《念話》なんだが、魔力を食うってのと複数人に使うと俺がしんどいって理由でずっとは使っていたくない。だから俺に《念話》を使って欲しいときはなにか合図が欲しい』
(じゃあクインスさんの背中を軽く2回叩くっていうのはどうですか? こう、コンコンって感じで)
(それが分かりやすくて良さそうだね。あとは少し距離が離れてるときの合図も欲しいから……これも2回コンコンと音を出す感じにするか。木の板とか音の響くものを指先でつつくとかで)
『分かった。次からそれを合図に《念話》を繋ぐことにする。もちろん俺の方が聞きたいことがあって勝手に《念話》を始めることもあるからそのときはよろしく頼む』
それだけ言って俺はパスを切った。今俺は心の中で死ぬほど息を撫で下ろしていた。ほとんど初めての人間を相手にした会話だったのでめちゃくちゃ緊張した。自分でも言葉が硬くなっていたのがすごく分かった。バーバラと話したときは魔力が無くなりそうで焦っていたし、なによりドーパミンがドバドバと出ている状態だったから気にしている余裕がなかったが、やっぱり人と話すのは苦手だ。しかし、これで会話を少なくする大義名分ができたのは幸いではある。
(ふぅ、安心したら喉も渇いたし、なんなら腹も減ってきたな)
とりあえず俺は空中に魔法で水を生み出し口を開けてゴクゴクと水を飲む。
「おお、それは便利だな。丁度残りが少なくなってたんだ。アタシのにも入れてくれ」
「私のにもお願いします」
「あっ、僕のにも」
すると3人から一斉に皮でできた容器を突き出された。一瞬どういう意図でそんなことをするのか分からなかったが、俺の飲んでいる水を指差し、そのまま指を容器の方に移動させていくジェスチャーで水を求めているのだと気付いた。
(くそ、もしかして常に《念話》を繋いでいる方が楽だったか?)
《念話》の面倒臭さをとるかジェスチャーからなにを伝えたいのかを推測しなければいけない面倒臭さをとるか、俺にとっては悩みどころだった。
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