第3話 神様との交渉
ふと目が覚めると、あの空間とは対照的に周りが真っ暗だった。
自分の手の輪郭すら見えない暗さと手足さえ満足に伸ばせない狭さに一瞬パニックに陥りそうになったが、段々と思考がクリアになってきた。
(そうだ! 俺は神様に転生させてもらったんだった!)
俺は今いる状況の原因を理解できた様に思えてスッキリした。しかしよく考えてみると、
(あれ? じゃあ何で俺はこんなところに閉じ込められてるんだ?)
間抜けを晒す俺は、他に思い出せることは無いかと必死に頭を働かせた。
するとぼんやりとだが神様との相談の内容が思い浮かび上がってきた。
(たしか、異世界の言葉を使いこなせるようになってから前世の記憶を戻して欲しいと神様に頼んだんだっけ?)
小さい頃から少しずつ触れていて取っ掛かりのある英語すら勉強するのが苦だった俺は、「言語を一から覚えるのは嫌です!!」と我ながら情けないことを口走っていた。
しかし、そんな楽をしたいだけの浅ましい願いを神様は快く引き受けてくれた。
意識が戻ったということは転生先の体はそれなりの年齢に達していて、俺の頭の中には前世と今世、両方の記憶が存在するはずなのだが、何故かあるのは前世の記憶だけだ。
(えっ? なんで何も見えないの? っていうか何で俺はこんな狭いところに居るんだ?)
思考が振り出しまで戻り、頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、神様が俺を転生する直前に、「手がすべったー」と呟いていたような……。いや、絶対言っていた気がする。
“かも”から“断定”に至った俺は、一気に不安になりこれからどうしようと独り言を呟こうとしたところでさらに嫌なことに気付いた。声が出ない。
その事実に再びパニックになりそうになっていると、頭の中に聞き覚えのある声が響いてきた。
『もしもーし。転生は一応成功したようじゃな』
(その声は神様ですかですかっ! 今俺はどうなってるんですか!?)
ようやく今の状況を打破できるかも知れないと、思わず心で声を荒らげてしまった。
『その様子だと結論から言った方が良さそうじゃな』
神様にはそんな気は無いのかも知れないが、焦っている俺にはそんな言葉すら焦らしの言葉にしか聞こえなかった。
(簡潔にお願いします!)
『そこは卵の中じゃ。お主はワシの手違いで亀に転生してしまったのじゃ!』
衝撃的な事実を耳にして脳内に「のじゃ」が木霊して聞こえた。
(亀、ですか……)
『そうじゃ、亀じゃ……』
(そうじゃ、亀じゃ……じゃないですよ!? 人類のどれになるかはお楽しみじゃ。って言ってたじゃないですか!?)
『仕方ないじゃろ? 神でも手元が狂うときぐらいあるわい!』
(開き直らないで下さいよ! このキモロン毛神!)
パリーンとガラスの砕けるような音が聞こえたような気がした。
『……』
返答がない。思わず心の奥底に眠る本音が飛び出してしまった。
(やばい……少し言い過ぎたかも知れない。でも俺だって剣や魔法、ファンタジーな種族が存在する浪漫あふれるそんな世界を楽しみにしてたんだ。ま、まあ? 人外転生もそれはそれで進化とかありそうで楽しそうではあるけど。ん? よく考えたら人外転生も悪くないか?)
主人公が人でない明るい系のアニメを見たことのある俺は実際にどんな問題が発生するのかを深く考えずそんなことを思った。
それに俺は前世で人間付き合いが苦手だった。親の話では昔の俺は怖い物知らずで人見知りをせず、人の集団に自分から突っ込んでいくようなやつだったらしいが、今はそんな羨ましい性格をしていない。伊達に寂しい中学、高校生活を送っていないのだ。ちなみに大学ではサークルにも部活にも入っておらず、同じ学部の講義がよく一緒になる人ぐらいしか知り合いが居ない。
ま、まあいつの間にか本筋から脱線して始まった俺の悲しい話は置いといて、新しい人生を送れたとしてもそこに人間関係が含まれると上手くいく想像がつかない。
俺は段々と複雑なことが無さそうな魔物ライフが良いものに思えてきた。
自分の気持ちの整理はついたが、無条件で済ませるのは少しもったいない気がする。ここは埋め合わせを催促するべきか……。神様もミスを取り返す口実は欲しいだろう。
(す、すみません言い過ぎました。いきなり亀に転生したと言われて気が動転してしまって、まあ転生し直しとか出来ないんでしょうし? せめて転生先の亀の情報とか生き残る為のスキルとかくれるなら前向きに生きられるかもなんですがねー)
『――ッ!!』
俺は条件を飲んでもらうための交渉をぶつけてみる。悪口の方は……「うわっ、キモっ」で相殺されていると思いたい。
『仕方がないの! まあこれはワシの不手際じゃし少しぐらいは手助けしてやろう』
(助かります!)
あまりにも簡単に通ったので、俺はもしかしてハメられたのではと邪推しそうになった。
実際のところは分からないが、もし“手がすべったー”のところから演技だったのなら俺は人間不信になってしまいそうだ。
そうした疑惑が少し残る中、話してくれた情報でまず、俺の転生した先は【スモールタートル】と言う亀の魔物らしい。最終的に子犬ぐらいまで育つと言われてどこがスモールだと思ったが、これでも魔物としては小さな方なんだろうと思い直した。
そして、魔物は親が強いほど成長が早いらしいので俺は親が強い魔物であって欲しいと強く願った。
他にも色々と有用そうな話を聞くことができた。
『さてスキルの話じゃが、お主には《アイテムボックス》、《念話》のスキルのコツをおしえてやろう。そして餞別に進化先の魔物の情報が分かるようになるユニークスキル、《進化把握》もサービスしておく』
《アイテムボックス》は異次元空間を作り出しそこに物を保管し出し入れするのことの出来るスキルで物を入れるには体のどこかで触れている必要があり、魔力の扱いが上手くないと容量は少ないようだ。
《念話》は生物に対して使用するとお互いに強く念じた言葉や感情を送り合えることができるスキルで、神様レベルになると今しているように離れていても双方向の会話さえ可能になるらしい。
スキルを使うコツを教えてもらった際、使い方が何となく分かった。
これを下地にしてスキルを上達させていけばいいのだろう。
便利そうなスキルを得られて喜んでいた俺はふと疑問に思った。
『そういえば何故転生先が亀だったんですか?』
まさか俺が亀のように鈍くさそうだったからなどと俺と亀両方に失礼な理由では無いだろう。
『えっ? そ、そうじゃなあ。お主の前の転生者が大の亀好きで亀の視点から亀を愛でたいとか言っておったから候補に入ってしまってたんじゃなー』
『へーそうなんですか。じゃあその人が亀に転生していて、会うことができればもっと詳しく亀のことが分かりそうですね』
その人が変なことを言わなければ俺は……。なんてことも考えたが、もう手遅れなので開き直って生きていこうと決めた。
『正直すまんかったとは思っておったからのう。まあ、これで義理は果たしたつもりじゃ。ワシが今のように話しかけることは多分もう無いじゃろう。それじゃあ二度目の生を謳歌しとくれ』
そう言い残すと、今まで感じ取れていた神様の存在が遠ざかった気がした。
有用な情報とスキルを貰った俺は、ちょっとだけしんみりした気分でいたが、そういえばそろそろ卵から孵らないと他の魔物等に卵ごと食べられてしまうのではないかと不安になり、殻を破ろうとした。
(あれ、思ったより硬いな? フンッ!! フンッ!)
自分の非力のせいか思ったより硬く感じられる殻に第二の人生の門出を阻まれていると、ようやくビキリという卵にヒビが入った音がした。
そうなってからは早く、そこを起点としてあっと言う間に外に出ることが出来た。
暗い中から明るい所に出てきたので眩しさを感じていたが徐々に目が慣れてきた。
そこはジメジメした森の中だった。自分が小さいせいか茂みの奥に見える普通の木が樹齢ウン千年の大木に見える。視線を下げて周りを見てみると自分と同じような殻から出てこようとしている子亀がたくさん居た。
どうやら俺が一番乗りらしい。
少し優越感に浸っていると、周りの茂みがわさわさと動いて嫌な予感がしたので咄嗟に自分の殻を《アイテムボックス》に収納した後、手足を必死に動かしてて少し離れた池に飛び込んだ。
そうすると案の定茂みから登場したのは数匹の巨大な茶色の犬? ――いや、あれは狼かも知れない――だった。
(うわぁ池がすごい濁ってる……まあ背に腹は変えられないか。それにしてもあっぶねぇ! 孵化した直後に亀生が終了するとこだった)
濁った池から少し目を出して狼の様子を伺っていると孵化したやつをバリバリと食べ始めた。
まだ卵の状態のやつも食べようとはしていたが、歯が立たず最終的には放置していた。
(卵の殻って結構硬いのか……)
卵の殻からは豊富な魔力? が感じられたので咄嗟に収納したが、あの見た目以上の硬さは魔力の影響なのかも知れない。卵の殻が硬くて食べられないのなら逆に言うと卵の殻をいち早く破っていた俺は格好の餌だったという訳だ。そう考えた俺は再び戦慄していると、狼達が満足したのか茂みの奥に戻って行った。
狼が去って行った後も用心深く池の中に居続けた俺だったが、しばらくすると卵達がどうなったか気になり始めたのでもう大丈夫だろうというタイミングで静かに、池から体を出した。
そして這いずって自分が生まれた所まで戻ると、残っている卵は最初に見回したときの半分ぐらいしか無かった。俺は食われてしまった弟、妹達に南無三と念じて自分の前足を擦り合わせる。
そこで初めて死の危険が遠ざかったせいか自分が空腹であることに気付いた。
誤字とか見つけたら誤字報告機能で教えて下さると助かります。