第29話 ヤケクソの選択
「……アタシは、生きてる、のか……?」
バーバラは"ニヤけ面"に対し、致命的な隙を晒した。なにをしてくるのかは分からなかったが、あの爪からは自分を消し去ってもなお、お釣りがくるぐらいのパワーを感じられた。この上ない完璧なタイミングで放たれるその攻撃でバーバラ絶命する筈だった。バーバラは気を失った様子の"ニヤけ面"を見て困惑していた。
「なんでそこまでして攻撃を外した?」
バーバラの目には"ニヤけ面"の表情や動きが全て映っていた。右腕を振り被り、なにかを爪から放とうとしていたときだ。メリーの声が聞こえてきたと同時に"ニヤけ面"は目を見開いた。まるで想定外の事態が起こったという感じだ。そこから少し泣き出しそうな顔を見せたかと思えば、放たれた見えないなにかへ下から左拳を叩きつけた。"ニヤけ面"の左腕は見るも無残な形に変形し、直後に不可視の攻撃がすぐ上を通り抜けたことで凄まじい風圧がバーバラを襲った。"ニヤけ面"は何故か自分で放った攻撃をわざわざ左腕を犠牲にしてまで斜め上に逸らしたようである。
同様に駆け付けたメリーも心の中では疑問でいっぱいだった。バーバラの近くにとんでもない魔力反応を感じ、咄嗟に全力で魔力の防護壁を張ったが、あの魔力の塊がそのまま直進していればバーバラとメリーはこの世にいなかっただろう。掠っただけで簡単に砕け散った防護壁がその威力を物語っている。まるで生きた心地がしなかった。
「バーバラさん、メリー大丈夫です……か! あれ、もう倒されてる?」
遅れて走り込んできたレイは倒れている"ニヤけ面"を見てバーバラが勝ったのだと思ったが、それにしては場の雰囲気が暗く感じる。なにか良くないことでも起こったのだろうかと心配になった。
+ + +
あれからレイは相談もなく勝手に行動したメリーをコテンパンに叱った。優等生で叱られたことに慣れていなかったメリーは泣き出してしまった。今は少し落ち着いたが、木の根本で落ち込んでいる。
「なるほどそういうことが……」
レイはバーバラから"ニヤけ面"との戦いがどのようになったのかを聞いた。今まで"ニヤけ面"は搦手ばかりを使う、厄介ではあるが正面から戦えば難なく勝てる存在だと思っていた。しかし、バーバラの話を聞くと認識を改めざるを得なかった。
「正面戦闘でも決して弱くなく、その上搦手も使う。今より経験を積んでいたら手のつけられない敵になっていたでしょうね。今のうちに叩けて正解だった」
身体能力や持っている力の多彩さだけで厄介であるのにそれらの力に見合う技術を得ていればより上位の冒険者を呼ぶことになっていただろう。知能に戦闘技術が追い付いていないのが幸いだったが、本来知能が高いということは長い年月を生き抜き経験が豊富である筈なのだが、なんともチグハグな魔物だった。
レイが"ニヤけ面"に近づき、ナイフで止めを刺そうとしたそのとき、バーバラの頭に"ニヤけ面"から魔力が飛ばされてきた。
「待て!」
レイはバーバラの声を聞き、首に刺そうとしていたナイフを止めた。どうして止めたのかとレイはバーバラの方を向いて目で問いかける。別に止めたこと責めているわけではないが、理由が知りたかった。殺せるうちに殺しておかねば危険であると判断した上での行動だったのだが、止めは自分で刺したいという訳だろうか。
「とにかく待ってくれ。頼む」
どうやらそういう訳でもないようだ。しかし、バーバラが頼むのなら仕方がない。レイはなんだかよくわからないままナイフを引いた。
バーバラはその魔力が直感的に嫌がるだけで弾くことができるものだと理解できた。しかし、傷つき弱り切っている"ニヤけ面"になになにかできるとも思わず、特に悪意も感じられなかったので飛んできた魔力を受け入れてみることにした。するとなにかが繋がった感触があった。
『何故……俺を狙っ……た? 俺は人間……を殺した……こともな……ければ……自分から襲……いに行ったことも……ない。なんなら緑のやつ……の退治も手伝っていたのに』
脳内に"ニヤけ面"の思念が響いた。バーバラは初めて聞く魔物の言葉に動揺を隠せなかった。まさか意思を伝える手段すら持っているとは。魔力が足りていないのか途切れ途切れではあるが、明瞭に意思を伝えてくる。しかも言葉からは人間に狙われないように考えて活動していたことが窺えた。どうやら人間社会を少しながら理解しているようだ。
しかし、その動きでは普通の冒険者とは目的の違うバーバラに考えを変えさせることなどできない。
(アタシがただ戦ってみたかったからだ。アタシは"ニヤけ面"、お前と戦うためにここまできた)
『俺は人間の間で……そんな格好悪い……呼び名で……呼ばれていたのか。それでやっぱり……執拗に狙ってきたのは……お前が原因か』
やはり強く念じると"ニヤけ面"へ自分の伝えたいことが向こうに届くようである。それにしても名前の格好良さで落ち込むとは人間臭い魔物である。そしてバーバラが"ニヤけ面"を狙っていた理由も勘付いていたようだ。今の質問は確認の意味も込めていたのだろう。
(次はアタシから質問させてもらう。何故最後の一撃をわざと外した?)
『……俺に危害……を加えた……やつ以外は……殺したくなかった。その様子だとあいつは……お前の仲間だった……みたいだな。はは、俺のやったことは……無駄だった……訳だ』
少しの間"ニヤけ面"は考える素振りを見せた後、ゆっくりと話し始めた。木を背もたれにして座り、こちらの様子をこっそりと伺っているメリーと自分のめちゃくちゃになった左腕を見比べて"ニヤけ面"は自嘲しているような口調で話す。
どうやら乱入してきたメリーを部外者だと思い、攻撃を逸らしたようだ。確かにメリーは"ニヤけ面"を追い詰めた張本人だ。"ニヤけ面"が攻撃するのには十分な理由である。だから無茶をしてまで攻撃を逸らしたことを後悔しているのだろう。
『知りたかった……ことは全て聞けた。もういい』
"ニヤけ面"はもう全てがどうでもいいとばかりに目を瞑る。完全に自暴自棄になっていた。
(……アタシと一緒に来る気はないか?)
『はぁ?』
するとバーバラはなにを考えたのか、とんでもないことを言い出した。"ニヤけ面"もこれには呆れた様子だ。そのときの「てめぇ、馬鹿じゃねぇの?」と言わんばかりの人を馬鹿にしたような表情がこれ以上ないぐらいバーバラを苛つかせるが、バーバラはグッと堪えた。
(いいのか? これに乗らなければ死ぬだけだぞ?)
『何故、そんな……ことを言う?』
(お前と戦うまでに金を使いすぎたんだ。明日を生きていくための金がない)
『馬鹿じゃねぇの!? なんで……そんなになるまで……俺を追った!? はっ、まさか……俺を生きたまま……売り飛ばす……つもりじゃ』
(ここまでしなくちゃ戦わせてくれなかったお前が悪い! 安心しろ。お前を売り飛ばすよりも冒険業を手伝ってもらった方が儲かる。それよりどうするんだ? 着いてくるのか、来ないのか?)
『わかった! わかったよ! 着いていくさ! くそ、もうどうにでも……なれ』
"ニヤけ面"はバーバラに着いていくことを選択した。そして最後に吹っ切れたような言葉を残し魔力不足で再び気絶した。"ニヤけ面"が気を失ったことで魔力でできたパスは自動的に切れた。
「そういう訳だ、2人とも。こいつはアタシが預かることにした。責任はアタシが持つ」
"ニヤけ面"とバーバラの脳内で交わされた会話など知る由もないレイとメリーはどういう訳なのか分からず、唐突に出た言葉により固まってしまった。
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