第27話 捨てるべき甘さ
猫耳女が左手を支えにして前傾姿勢を取った。この体制から次に来る行動など考察するまでもない。十中八九爆発的なスタートダッシュを決め、突撃してくるための体制に決まっている。俺が木を蹴り横への推進力を得ているように猫耳女も地面からできるだけ真横に働く力を得ようとしているのだ。効率よく力を受け取ろうと思えば自然とああいう発想に辿り着くのだろう。
俺も負けじと魔力を全身に限界まで巡らせる。これでお互いに準備完了だ。あとは溜めた力を解放するだけ。じっと互いにタイミングを見計らっている。静かで張り詰めたこの雰囲気が嫌な緊張を感じさせてくる。亀に汗腺が存在すれば全身汗まみれになっていただろう。
息の詰まるような緊張感に胃をやられそうになっていたそのときザァーッと一陣の強い風が吹いた。その風は木々の枝を激しく揺らす。そして俺と猫耳女の丁度真ん中辺りにひらひらと一枚の葉が舞い落ちてきた。葉は徐々に地面に近づいて、近づいて、近づいて……今、そっと落ちた。
「ふっ!」
(オラァ!)
葉が落ち切った直後、俺の爪と猫耳女の剣が激突する。驚くことに猫耳女の素早さがこの状態の俺より少し遅い程度にまで上昇していた。
(クソ、素早さだけで撹乱することはもうできないか!)
力は魔力で強化されているから分からないが明確に体重で劣っていたので猫耳女との鍔迫り合いに負けそうになる。しかも俺は今空中に居る。普通なら足が地面に触れていない以上、新たに推進力を得ることができず絶対に押し負ける。しかし、俺は空中であっても少しなら自由に動くことができ、押す力を増幅させる手段を手に入れていた。
「ッ!?」
俺は魔力を背中からジェットパックのように吐き出すことで瞬間的に押し返す。猫耳女は負ける要素のない押し合いに負けたことで不意を突かれ体勢を崩した。
(はっ、最初のときとは逆になったな! お覚悟ぉ!」
「今のどうやったん、だァ!?」
俺は再び背中から魔力を放出し、体制の崩れた猫耳女に向かって急降下する。そして全体重と下降する勢いを全て左手の爪に乗せて突き出した。
しかし猫耳女は俺の行動を読んでいたかのように後ろに倒れる勢いを利用してバック宙をしながら蹴りを放っていた。これが俗に言うサマーソルトというやつかもしれない。
(なんだ、その動き!? ぐっは!)
まさかそんな不安定な姿勢から反撃がくるとは思っていなかった俺の顎に猫耳女による蹴りが炸裂する。それは俺の急降下する勢いと猫耳女の蹴りの勢いが合わさり、とんでもない威力になっていた。
(し、視界が揺れる。顎にドンピシャとかタイミング噛み合い過ぎだろ!)
完璧に決まってしまった蹴りにより脳を揺らされたのかもしれない。脳を揺らすなど漫画やアニメでしか見たことがない攻撃をまさか自分が受けることになろうとは。魔力が体中にいき渡っていることで軽く全身硬化になり、回復力が上がっている状態じゃなければそのまま気絶してゲームオーバーだっただろう。
空中に打ち上げられた俺は真下から猫耳女が跳んできているのを音や魔力反応からなんとなく感じ取った。俺は体から魔力を少し噴出することで体の向きを調節して猫耳女の姿を正面に捉える。
(はやっ! もうここまで近づかれてたのか。これじゃあ避けるのは無理だ)
「フンッ!」
即座に俺は腕でガードを固め、腕を魔力で硬化する。直後、俺より少し上の位置まで到達した猫耳女が剣を振り下ろした。剣はガードした腕に直撃し猛スピードで俺の体は斜め下に吹き飛ぶ。俺は背中から魔力を放出し、吹き飛んだ先にある木に激突する前にしっかりと勢いを殺す。木に背中がぶつかるとドンっと少し音がなるぐらいにはまだ勢いがあったが、この程度ならダメージはほぼゼロ。剣の振り下ろしも全力のガードが間に合ったのでそれも問題はない。痛かったのはあの神業カウンターだけだ。
(猫耳女の立ち回りが雑になっている気がする。剣の腕も少し通常の状態よりかは控えめなような。……総合的に見るとめちゃくちゃ強くなっているけど、全部が全部通常の状態より優れているという訳ではないのか)
継戦時間も大幅に削れている筈なので、安定性と引き換えに力を得ているといった様子だ。とはいえそれでもまだまだ俺より技術は上なので今の不意を突いた攻撃でダメージを与えられなかったのはキツ過ぎる。素早さがほとんど追いつかれたせいで対応力が上がり、不意打ちの成功率が下がっているのだろう。
(反作用で移動できるぐらいの量の魔力を放出すると、魔力をとんでもない早さで消費する。この一瞬だけでかなりの魔力を消耗した。格上相手に喰らいつくのはやっぱり大変だ)
俺はまだなんとかなっている方だろう。俺は膨大な量の魔力で無理矢理強さを引き上げることができているが、普通格上相手と戦えば為す術なくやられて終わりだ。まさか敵も俺と上がり幅はかなり違うとはいえ、似たようなことをしてくるとは思いもしない。
(さて、どうしたもんかな?)
敵の魔力が尽きるまで戦いを長引かせるというのも考えたが、ヘタをするとリンゴもどきを食いながら戦っても俺の方が先にガス欠になる可能性がある。それにまだあの回復アイテムが残っているという最悪のパターンも考えられる。あまり取りたい選択肢ではなかった。
となるともう取れる手段は限られてくる。
(もうあれを使うしかないのか)
一度放たれれば並の防御力では無いも同然に突き進んでいく超高密度の魔力の刃。不意を突いて当てることさえできれば格上相手でも確実に葬り去れるだろう。しかし、今の俺であっても使えば気絶はしないにしてもしばらく魔力補給に集中しなければならない。そしてそれ以上に、
(俺に人が殺せるのか?)
これまで、やられればやり返すの正当防衛を謳いながら殺す気で攻撃されても一度も致命傷を狙う反撃を行わなかった。それどころか俺の攻撃や罠で相手の命が危なくなれば助けたことさえある。俺は魔物でありながら人間を殺すことを避けていた。元々が人間なのだ。魔物の感情が混ざることにより薄れているとはいえ当たり前の感情だと思う。
(もうそろそろ、考えている時間も無くなる。仕方がないじゃないか。相手が自分より弱ければ命を狙われていても、払い除けることができた。でも強ければ……俺の命が脅かされるほど敵が強ければそんな余裕なんて持ってられない)
生きるためだ。そもそも今までが甘かった。傲慢と言ってしまってもいい。格下相手にも策次第ではやられてしまう可能性だってあった。
人間を殺すと討伐隊が組まれる可能性を考えていたというのもあったが、いつも根底にあったのは人間を殺したくないという甘っちょろい気持ちだ。
(そうだ何を迷う必要がある? 俺は魔物だ。人間じゃない。積極的に殺す必要はないが、刃を自分に向けるなら容赦はしない。そう決めた筈だ。ゴブリンや他の生物にはそう接していたのに人間だけは例外など道理が通らない)
迷いがどんどんと晴れていく。俺の中に無意識あったリミッターがどんどんと外れていくような感覚がする。そうだ敵に対して遠慮なんて無駄なことする必要ないのだ。
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