第26話 守られない様式美
目的の魔物、"ニヤけ面"がバーバラの方に誘導されてからしばらくが経った。そしてそこから少し距離を置いた場所に二人はこっそりと待機していた。
「バーバラさん本当に大丈夫でしょうか。やっぱり私たちも着いていった方が……」
「一人で戦うのは危険って僕も何度も言ったさ。でもバーバラさん本人が一人にしてくれって言うんだから仕方ないよ。そもそも僕らが引き受けた依頼内容もここまでだしね」
魔法使いのエルフの少女、メリーは心配そうに話す。一方の動きやすい軽装の姿で立派な魔法のバッグを背中に装着している男、レイも言葉だけ聞くとただの仕事相手に向けるような少しドライなものだったが軽そうな見た目に反してやはりバーバラのことを気にしているようだった。
「あの魔物、やっぱりおかしいですよ。知能が高すぎます。バーバラさんと一対一になったのだってわざとの様に思えてきました」
「あの魔物が異様に賢いってのは同感だけど、流石に一対一になったのはあいつの誤算だったと思いたいね。僕だけのときは油断してこっそり観察しにくる"ニヤケ面"もバーバラさんと一緒のときは露骨過ぎて笑っちゃうぐらい一切近づいてこなかったからね」
「……」
「まあ、あいつがバーバラさんに勝てる算段がついたか僕たちの僕たちに見つかったというのもちょっと苦しいけど考えられなくはない」
「だったら……」
「でも僕たちがすぐ助けに入れるような場所にいたらあの人怒りそうだろ? あの人怒ったらおっかないよ〜?」
「それは……そうですね。確かに怖そう」
レイは冗談めかして言うが、メリーはその光景を想像してぶるっと身震いした。メリーもバーバラが怒ったら怖いというのは噂として知っていた。冒険者ギルドに詰めている強面で(自称)腕自慢の男たちがまとめて震え上がったらしい。
「バーバラさんの探知範囲外に待機しておいて異変を感じたら怒られたとしても問答無用で、できるだけすぐ駆けつける。これが僕たちにできる最大限さ。だから何か感じられたらすぐ教えてくれよ?」
「確かに私たちできるのはそこまでかもしれませんね。あっ、バーバラさんと"ニヤけ面"が少し移動しました。バーバラさんが"ニヤけ面"を追っている様子で……す」
メリーがレイの話に納得し状況の変化を伝えているそのときだった。メリーの表情が一瞬で凍りついた。
「えっ? どうしたの?」
レイはメリーの尋常ではない様子の変化に思わず声をかけた。魔力にそれほど敏感ではないレイには何が起こったのかさっぱり分からなかったのだ。しかし、魔力に馴染み深い種族のエルフであるメリーは森の中で荒れ狂う、暴力的なほどの魔力、その余波を感じとっていた。
「何……? こんなめちゃくちゃな魔力、感じたことない……。どうしてこんな化け物が……」
うわごとのように呟くメリーの言葉からレイは必死に情報を拾い集めようとするも錯乱しているようで要領を得られなかった。魔法使いとして優秀なメリーがこれ程取り乱すのだ。ただ事ではないというのは痛い程レイにも伝わるが、いかんせんメリーが明瞭に話してくれないため自分たちがどういう状況に置かれているのかが理解できない。
「バーバラさんが危ない!」
「えっ!? ちょっ、考えなしに行くのは危険だって。あぁ! もう!」
そして突然、レイが止める間も無くメリーがバーバラが居るであろう方向へ走り出した。不意を突かれたレイはメリーを一人で行かせる訳にもいかず、頭を掻きむしり、慌ててメリーを跡を追いかけていった。
+ + +
「まさかこれをアタシに使わせる程追い詰めてくれるとはねぇ」
俺の目には猫耳女は疲労困憊である様子なのだが、何故か嬉しそうな表情をしている。果たしてこの状況は嬉しがれるようなものなのか。
猫耳女が今すぐなにかをしてきたとしても俺はひとまず通常の状態でやり過ごすしかないが、すぐに俺の体は回復し、動き過ぎて溜まった熱も魔法で体表面を限界まで薄く覆っている水の気化熱により冷却される。なにも問題は無い、筈だ。
しかしどんなに常識に当てはめて大丈夫だと思い込んでも、俺の本能はこのままでは絶対に終わらないと言っている。まだ脅威は去っていない。安心してはならないと。
「があああああぁぁぁぁぁ!!」
猫耳女が獣のような咆哮をあげた。それとともに猫耳女の身体が獣に近づいていく。
(変身中は狙ってはいけないなんてルール知らん! 隙ありぃ!)
俺は様式美なぞ知ったことかと、ばかりに最短距離で無防備な状態の猫耳女に向かって突っ込み、爪を叩き込む。
(なに!? 毛皮と筋肉で爪が通らない!?)
しかし、それはもう遅かった。分厚い毛皮は爪を通さず、筋肉が衝撃を吸収する。毛皮の上からではもう既に強化されていない俺の攻撃では傷一つ付けられない硬さになっていた。
結局俺は身体が万全になるまで猫耳女の明らかに強くなりそうな変身を指を咥えて見ているしかなかった。薄かった毛並みは分厚く、人間に近かった歯は牙と呼ぶべきものにまで発達し、元々筋肉質だった身体、特に下半身がパンプアップされている。虹彩も縦に伸び、前よりヒョウのような大型の猫科の動物に近づいたような姿になった。
(うわぁ、やばいな。やべぇ、とにかくやばい)
あの状態になると自然治癒力がかなり上がるようで先ほど付けた傷をかなり回復されてしまった。しかし流石に失った血や体力は戻せないだろう。少しフラフラとしている。それに、魔力がすごい勢いで減っているのを感じる。元々そこまで持っている魔力は多くない印象だったのであの様子では戦う前に魔力が尽きてしまいそうだ。
(ん? なにか鞄から取り出したな。あれは……毒々しい色の液体が入った試験管?)
猫耳女は鞄から試験管のような形のものを2本取り出した。中には食欲が失せそうな色の液体が入っている。猫耳女は少し躊躇うような様子を見せるが、意を決したようにその青と緑の色の液体を一気に飲み干した。
(魔力と傷が回復していって……全快した!? そんなのありか!? お前はRPGのボスかなんかかよ!?)
猫耳女がそれらを飲んだ直後、治りきっていなかった身体や底をつきそうだった魔力が万全の状態に戻ってしまった。
「うぇ〜、やっぱりにげぇ。しかし、高い金出した甲斐はあった。お陰でまだ戦える」
猫耳女は剣を肩に担ぎ、ニヤッと笑った。
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