第24話 完璧な誘導
最近のこの森ではすっかり居ることが当たり前になった二人組とは別に今日は別の人影も存在した。
普通の人間に比べ耳が長く尖っており、全体的に華奢で少し低めな身長と相まって非力な印象を覚える。この少女は俗に言うエルフと言う種族だった。ローブを身に纏い、先端に光が当たるとエメラルドに輝く魔石が嵌まった杖を握っておりいかにも魔法使いですといったみてくれだ。
エルフの少女はなにやら目を閉じ、杖を両手で構えて集中している。
「あっ見つかりました。探してるのって図鑑で見せて貰ったあの【クロウタートル】で間違い無いですよね?」
「えっ、もう見つけたの? うん。多分そいつが僕たちの探してた個体だね。この森に元々生息してない種類だし、間違い無いと思う。やっぱり魔法ってのは便利だなぁ」
目を瞑りながら集中を途切れさせないで確認をとる少女にレイが感心した声を上げる。
「じゃあアタシは作戦通りのポジションに付くとするか。二人とも、誘導よろしく頼んだ」
バーバラは少女から大体の場所を聞き終えた後それだけを言い残して猫のように素早く移動を始め、一瞬で二人の目にはその姿は見えなくなってしまった。呆れるほど高い運動能力である。
「うわっバーバラさんめちゃくちゃ速い。それで、隠れてるところは見つかりましたけどわざわざ簡単に逃げられない場所に追い込む必要なんてほんとにあったんですか? あのスピードなら普通に追いかけても捕まえられそうなものですけど」
「バーバラさんの動きを見たらそう思っても仕方ないか。まあ、今に見てなって。僕たちが苦労してた理由が多分すぐ分かるから」
バーバラの身体能力やレイの罠の腕前を目にしてそんなに面倒な手順を踏む必要があるのか本気で理解できないといった様子の少女にレイは苦笑した。
「さてすぐに移動しよう。その魔法は移動した後にまた使ってくれ。下手に使ってその魔法を学ばれでもしたら困る」
エルフの優れた才能を持ってしても習得にかなりの苦労を要したこの《探知魔法》を簡単に対策されてしまうかもしれないと言外に言われたように感じて少女は少しムッとする。しかし、レイは冒険者としてのイロハを教えてもらったりした尊敬に値する人物だ。これも自分にはまだ無い経験則から出た言葉なのだと思い直し、黙って魔法を解除する。
無駄に高いプライドを持った一部のエルフを反面教師として育った少女は余計なプライドは学びを阻害するのだと知っていた。種族の性格的にプライドの大きくなりやすい傾向を持つエルフだが、この少女に関しては下手をすると他の種族よりも素直で勤勉だった。
目的地に到着し、少女は言われた通りに魔法を発動する。規則正しい魔力の波が森に広がっていき、再び帰ってくることにより少女の脳内で情報に変換されていく。最初に捕捉した場所と寸分違わぬ位置に【クロウタートル】は存在していた。どうやらまだ移動はしていないようである。
「動いてないみたいです」
「分かった。じゃあいい加減、僕も仕事しないとね。えっとバーバラさんだったらこんな感じだったかな?」
そう言うとレイは一瞬で雰囲気を激変させ激しい殺気と音を振りまき“ニヤけ面”が好ましくないない方向に移動しないようにとジリジリ移動し始めた。少女はレイのあまりの変わりように動揺して魔法を乱しそうになる。レイは暴れているバーバラを再現しているようでまるで本物に見えてしまいそうなほどの再現度だった。“ニヤけ面”は特にバーバラを恐れているようなのでこれなら効果てきめんだろう。少女はレイに負けじと魔法の行使を続ける。
「あれ?」
「ん? どうかした?」
ある程度まで二人が進んだところで少女の《探知魔法》に小さな違和感が走った。どうでもいいことではあるのだが、気配が激しいまま穏やかに話しかけてきたのでそちらに対しての違和感も凄かった。
「今、反応がほんの少し変化しました。魔力の感じとか形は似てるんですけど……」
「んー、まさか気付かれたかな。あっ、それってもしかして中身が水だったりとかしない?」
「そ、そんなまさか……一応確かめてみます」
少女は一旦歩みを止めて、波を放つ頻度は変えないまま更に集中し魔法の精度を引き上げた。すると【クロウタートル】の形をした反応からなんの生体反応も返ってこないことが確認できた。それらしいのは表面だけで言われた通り本当に中身が泥や水になっていた。
信じられないことに通過する波と波の隙間で本体とダミー人形を入れ替えてきたようだ。それも自身のは波が届かない安全圏に移動した上で。反応を追っているだけでは突然、本体がただ消えてしまったとしか感じようがなかった。
「おっと、その様子だと本当にダミーに替えられてたみたいだね。いやあ、逃げる方向狭めといて良かったー」
「そ、そんな芸当私の魔力を完全に感知してないと……一体どうやって……いくらユニーク個体だって限度が……」
「考えるだけ無駄だと思うよ。僕はもう"ニヤけ面"はそういう生物なんだって認識してた方が楽だって学んだからね。それでもたまに今みたく驚かされるけど」
少女は自信のあった魔法を完全に見破られて驚きを隠せなかった。例え格上相手でも魔力についてかなり精通している者でなければ問題なく通用するはずだった魔法だ。まさかこんなすぐに破られるとは思いもしない。
対照的にレイはうんうん、こういうこともあるよねとばかりに全く動じている様子がない。さっき言われた言葉をようやく理解できた気がする。なるほど目の前のレイは何回もこのような衝撃を受け、慣れてしまったのだ。だから何か対策を講じてもそれが破られてもいいように保険をかけて動いていたのだ。それに比べ自分は“探知魔法”の一点頼り。性能のいい魔法にかまけて都合の悪いことを想定できていなかった。
「魔法、まだ解除しちゃだめだよ? 勘付いたからこそ魔法の範囲外に出ようとしてバーバラさんの居る方に誘導できてると思うから」
「分かりました」
どれだけ自信のある魔法や策であっても、あっさりと破ってくる理不尽な例外は存在するのだと頼れる先輩冒険者と一緒に居るときに身をもって知ることができたのは少女にとってとても良い勉強になった。
+ + +
「このときを待っていたぞぉぉおお!!」
(何言ってるか分からないけど、絶対碌なこと言ってないな)
猫耳女は何が楽しいのか身の毛もよだつ(まあよだつ毛など俺には無いのだが)笑みを浮かべながら嬉しそうに何かを叫んでいる。
(奇遇ですね。今俺も叫びたい気分なんですよ! あんたと違って俺は泣き叫びたいって意味だがなぁ!!)
ちょっと仕返しに悪戯しただけではないか。それぐらい大人の余裕ってやつで流してくれよ。他の人はすぐ流してくれたよ? まあ俺だったら絶対流さないんだけども。
それはともかくいつも一緒にいる罠使いの男の姿が見えない。この場に居ないということはさっきのエグい気配はそいつだったのか。まともそうな見た目をしていたのに実はあいつもヤバイ奴だったらしい。
外からは見え辛かった罠だが入ってしまえばもう取り繕う必要が無いと思ったのかチラッと見ただけで周りを罠で囲われていることが分かる。入るのは簡単だが出ることは難しい、相変わらずいやらしい罠だ。相手の思惑通りに上手く誘い込まれてしまった。
猫耳女の攻撃を掻い潜ってこの場を抜け出すのは至難の業だ。仮に無理やり逃げようとしても罠に足を取られているうちに後ろからザックリだろう。
今の今までのらりくらりと避け続けてこれたが、ついに逃げられない状態に追い込まれた。こんな状況になるのはまだまだ先で、もっと考えて、力を蓄える猶予があると思っていた。そんな俺がどうしようもなく甘かったのだろう。
しかし、後悔するのはここまでだ。準備なんてものはいくらしていても足りることはない。ならいつ来ても一緒だ。寧ろ今なら体調が万全な分有り難いぐらいかもしれない。
それに、闘いの最中に余計なことを考えていられる程生易しい相手ではない。
(気合を入れて頭のスイッチを切り替えろ! 話はまずこれを乗り越えてからだ!)
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