第23話 なんでこんなことに……
もはやいくつ目かも分からない寝床の中で俺は一人リンゴもどきをかじる。今居るこの奥行きも幅もほとんど無い小さな洞穴には藁を敷いたりといった住みやすく弄っている箇所は無い。その理由は俺がここに居たという痕跡を残さないようにしておきたいというのもあるが、どのみちすぐに見つかって壊されてしまうものを凝って作っても無駄に感じてしまうからだ。
というかそんなことをしている暇があったら少しでも多くの食糧を確保しておきたかった。
(あー、流石に毎日はしんどいってぇ。もうそろそろ諦めてくれよぉ。俺なんかを毎日追っても割に合わないだろぉ?)
襲撃に次ぐ襲撃。男と女の二人組が完全に俺に狙いを定めている。ある程度の睡眠不足なら問題なく動き続けられる丈夫な体に助けられてはいるが、こうまで露骨で間隔の無い捜査をされると安全な食糧調達すらままならない。気のせいか、ストレスで若干鱗に艶が無くなってきているような気さえする。
こんな小さくて狩ってもろくに儲けも食いでも出なさそうで人畜無害な見た目をしているのに追い続けられるとは全く不思議なことだ。もっとゴブリンとかゴブリンとかゴブリン狩るべき存在はいっぱい居るだろうに。
不幸中の幸いは、追っ手の数が少ないことだ。人を積極的には襲わなかったことが功を奏したのだとしたら過去の自分グッジョブと言いたくなる。これで襲撃頻度のみならず捜索人数まで増えられた日には鱗が全て剥げ落ちてしまうところだった。
俺を追うという生産性の無い行動をし続けられる活動資金がどこから出てくるのか本気で気になってしまう。このまま逃げ続けて相手が根負けするか、資金が尽きてくれるのを待つか。いっそのこと遠くまで逃げてしまうという手もあるにはあるのだが、それだと困ってしまうことがある。
(リンゴもどきが他の場所にもあるのか分からないだよなぁ)
最近の俺の特訓と最大の娯楽であるおやつという重要な役割を持っているリンゴもどき。それがどこに生えるものなのかというのを知らない以上、次に留まる場所にリンゴもどきが生えている場所を選ぶということができない。
移動先でもリンゴもどきを食べられればいいなあと淡い希望を込めて種は念のため確保してあるが、埋めてから実をつけるようになるまでどれ程の年月がかかるかも分からないし、そもそも土などの環境が合わず成長しない可能性もある。というかその可能性の方が高い気がする。
この場所を離れるのならばリンゴもどきはあまり期待しない方がいいかもしれない。安全を取るか好物を取るか、二つに一つである。
あとは、徹底抗戦という手もあるか。木の上に隠れて不意打ちを続けるゲリラ戦法とかは俺の種族特性的に適している。あんなサバイバルのプロみたいな奴らを相手にするのは正直なところ怖いが、俺にだって更に磨きをかけた魔力や爪、足がある。これが全くもって通用しなさそうな相手など母ぐらいしか想像できない。それに比べれば大概の存在はどうってことはないはずだ。
だけどもまだ十分ではない。まだまだ魔力を扱う精度や量は上げられる。逃げるにしても反撃するにしても魔力制御力を上げておくことに越したことはない。
日課の魔力特訓を始めてしばらく、今日も奴らがやってきた。森に入ってきたことが音でなんとなく分かる。俺が隠れていそうな場所を虱潰しに探し回っているのだろう。
いつぞやの俺が罠にかけてやったときの静かな気配とは雲泥の差だ。視覚化できそうなぐらい凄い殺気らしきものが怖過ぎて直接姿を見たくない。そこそこ離れてはいるし、今は無駄に戦闘になってしまわないよう嵐が過ぎ去るのを待つばかりだ。
魔力を極限まで抑え、息を殺す。気配を消すというのが具体的にどうすることなのかは俺には分からないが、魔力さえ体の内側に抑えていればきっと気配的なものも隠せていると信じたい。さあ、落ち着いて深呼吸をしよう。
(俺は森の一部。俺は森の一部。俺は森の一部……)
そう心の中で何度もつぶやきながらじっとしていると本当に森の一部になったみたいだ。まあ多分気のせいなのだが。
嫌な音が少し近づいた。しかし、まだ、まだ大丈夫。音からするとまだ見つかるような距離ではない。
しかし、何故だろう。少し前に矢で狙い撃たれた直前のような嫌な予感がうっすらとする。聴覚や視覚にはなんの違和感もないが、俺の中の感覚のどれかが無意識に警鐘を鳴らしている。もっと集中しなければ。
目や耳に頼っていてもなにも分からなかったので今度は魔力探知に集中力を注いでみた。するとなにやら空気中の魔素の流れがおかしいことに気付く。何故か魔素がいつもより僅かに規則性のある流れ方をしているようだ。場所によって挙動や流れている量、強さが違うとはいえ、魔素というのはもっと乱雑で自由な動きをしているはずである。
気にしなければ気付けないほど微弱だが、魔素がまるでソナーが反響しているような挙動も見せている。そして、一定感覚で行ったり来たりしているそれがばっちり、俺の体に当たっているようにも見えた。
(……えっ、なにこの波。ま、まさか気付かない間ずっと……? ってことはなんだ? この場所ってもうバレてたりする?)
この音波を可視化したような魔素の波がもし俺を探知するために放たれたものだとすると非常にまずい。今日ぐらいは見つからないだろうと束の間の安心を提供してくれていたこの飾り気が無いながらもアットホームな家が急に無機質でなんの温かみもない断頭台に見えてきた。
もぞもぞと狭い洞窟を抜け出し、素早く凝り固まってしまった体を伸ばして解す。
あの大きい音や気配は気を逸らすための囮だったのかもしれない。あんな大きな音や殺気を振りまいていたら目標が遠くに逃げてしまってもおかしくないと思うのだが、俺は距離が開いていたことをいいことに呑気にそのまま隠れていたのでなんとも言えない。それらで逃げる方向を狭めたり誘導する追い込み漁みたいなことをしようとしていたのか。
俺はソナーの範囲内から抜け出すように、ソナーの発信源の方とは逆向きに動き出す。
(あっ忘れてた。気休めにしかならないけどダミー人形を穴に詰めとこっと)
次の波が来ないうちにせっせと洞穴へと戻り、今手元にある人形の中で一番出来のいまいちなものを設置する。無駄になるかも知れないことのためにわざわざ自信作は置いておきたくない。
波の速度は音ほど速くはないものの、軽く走って逃れられるほど遅くもない。体を魔力で強化せずとも普通に本気で走れば大丈夫な絶妙なラインだ。
乱立する木を次々すり抜け、走り続ける。魔力は十分に貯蓄してある上、走りながらでも少しずつなら溜められるようになったので逃げている最中にバテるなんてことはそうそうない。波がどこまで追ってきてもまるで追い着かれる気がしない。
それにしてもこんな厄介な索敵魔法があるのだと知れたのはラッキーだ。下手をすれば今みたいに見つかっているのにそれに気付かずそのまま試合終了という未来もあり得たのだからぞっとさせてくれる。
ひとまず波が減衰して届かなくなるまでは頑張って走ろう。
走っていてふと思ったが、ここまでの距離で魔力を繊細に維持し続けられるのは本当に凄い。人形を操ろうとして知ったことだが、自分の手元から離れた魔力を操り続けるのは本当に難しい。これがたまたま俺がそういう技術が苦手なだけでこの水準が世界の魔法のスタンダードと言われたらキレるが、流石にこの魔法の術者はかなりの手練れだろう。切実に二人の襲撃者とは別件であることを祈る。
(ふう、やっと一息付ける……っと思ってたんだけどなあ……)
でこぼこした森の中を一生懸命走り抜け、ようやくソナーの波が弱まってきたというというところで木々や茂み向こう側に見覚えのある猫耳アマゾネスが待機しているのに気が付いた。向こうは俺より先にこちらに気付いていたようでじーっとこっちの方を見ている。逃げた先に待ち伏せされているとはやっぱりソナーのやつとも仲間だったというパターンか。ソナーに気を取られてものの見事に上手く誘導されてしまったようである。思わず目を合わせてしまうと顔が戦闘狂のそれへと変貌を遂げる。あのときから二度と見たくないと思っていた壮絶な笑みだ。
(どうしよ俺。泣きそうだし、ちびりそうなんだけど。こんなの絶対におかしいよ)
ついに戦闘狂猫耳アマゾネスと真っ向から対面するという恐れていた展開に直面してしまった。こんなことになるなんて俺が一体何をしたと言うのだ。
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