第21話 嫌がらせ
「うん?」
「どうしたんですか?」
バーバラの耳がピクリと動き、同時に表情が訝しげなものに変わる。
「二、いや三、か? 囲まれてるな」
「えっ、マジですか? 全く気づかなかった……。よく気付きましたね」
職業柄気配に敏感な方だった男はバーバラの言葉に驚かされた。気付けなかったのは少しショックだったが、生じた動揺は表に毛ほども出さない。二人は察知したことを悟らせ、刺激しないよう極めて自然に振る舞いつつ示し合わせたように互いだけにしか聞こえないよう声を落とす。
「獣人は五感が鋭敏だからな。しかし、変な感じだ」
「何がですか?」
「全て気配が薄い。囲んでる奴らが手練れでうまく気配を消してるとかそんなんでもなさそうだ。上手く言い表せねぇ。こんなむず痒い感覚初めてだ。とにかくこの気配は妙なんだ。普通じゃない。少なくとも人間ではないと思う」
てっきり罠を仕掛けた人間が罠にかかった自分たちを囲んでいるだと思い至っていた男にとってその言葉は寝耳に水だった。獲物がかかったとき、すぐに出てこれるよう罠の近くで張り込んでいたかの様なタイミング。無関係とは思えなかった。
なんにせよ関係の有無に関わらず、この場からは早急に抜け出した方が良さそうだった。
「バーバラさん行けますか?」
「誰に口きいてる? 全力疾走、戦闘、なんだって問題ねぇ」
そう言いながら左右で感触が違うのが気になるのかもう片方のブーツも脱ぎ、ニヤリと笑うバーバラ。男よりも漢らしいその笑みからは頼もしさしか感じない。少なくとも自分よりは何倍も頼り甲斐のある横顔に思えた。決してそれは女性に対しての褒め言葉ではないだろうが。
「どっちの方にいますか?」
バーバラはその言葉を受け、改めて集中し直し大体の潜伏位置を割り出す。
「アタシから見て真後ろ、右斜め前、左斜め前だ。距離は……今回は流石にわからん」
少し悔しげに言うバーバラ。気配が妙でなければ距離感すら掴めていたように聞こえた。自分が襲撃者の立場であったならば絶対に狙いたくない相手である。
バーバラの言葉が正しければ謎の存在の気配は罠を中心としてほぼ等間隔で並んでいるのかも知れない。三箇所しか塞がれていないので突破は容易であろうが、気配を掴むことに自信がありそうだったバーバラに妙と言わしめる存在だ。当然、いつも以上に気を張るべきだろう。
「一点突破でいきましょう。あっちには開けた場所があります」
視線で行く先を示すとバーバラは目だけでそれに応じた。
「せーのっ!」
+ + +
(ふはは、どうだ接着の実の威力は!)
この世界は前世以上に不思議な効果を持つ動植物に溢れている。誤って踏みつけること幾数回。備蓄が尽きて食べ物を探していたときに踏み抜いたときはもうダメだと思った。美味しくない道端の草を食べ、飢えを凌いだ数日間。試行錯誤の末、蒸気で剥がせることがわかったからいいものの、脱出法を見つけられなければ餓死するか脱皮するまであのままだっただろう。その実の恐ろしさは身をもって知っている。地味だが、嫌がらせとしてはかなり有効だろう。それに加え同じく俺を苦しめた吸い込むとクシャミが止まらなくなる花粉やら茸の胞子やらも蔦を揺らすと落ちる様に設置してある。隙を生じぬ二段構えだ(多分意味が違う)。
(もがけ、苦しめ。俺の気が済むまでな! 気が済んだら解放してやる、よ? あれ?)
何故か脱出困難なはずの落とし穴からあっさりと抜け出されている。おまけにクシャミの粉も布で口と鼻を覆い防がれ、ほとんど効果を為していない。
(靴か!? そっか、そりゃそうだよな。人間だもんな、靴ぐらい履くか。粘着罠なんて靴脱げば即逃げられるじゃん)
素足での生活が長かったので靴の存在が頭からすっぱり抜けてしまっていた。それに加え布で粉から身を守るとは流石人間様だ。対応が速すぎる。嫌がらせ、兼お助け用に配置していた人形が無駄になってしまった。
ちなみに人形というのは脱皮したときにできた皮を繋ぎ合わせ、魔力をとどめておくことのできるリンゴもどきの葉で補強したシルエットだけは俺そっくりのお手製人形である。比較的、綺麗に脱げた皮を使用しており、穴も見つからなかったので水を中に入れ膨らませて形を維持している。皮は風船のゴムほどは伸びなさそうだが、硬めのゴムみたいな材質だった。
特別な機構が搭載されている訳でもないので俺が魔力で操って動かすのだが、できることと言えばあまり勢いの無い水鉄砲を相手に飛ばすぐらいである。実はこれを使い顔面に水を噴射することで嫌がらせしつつ粉を洗い流す予定だった。移動方法は腕や足を動かせて歩いている様に見せたかったが、操作難易度が高くなり過ぎたので結局不自然極まる直線運動になった。
(まあ囮用に作ったものとはいえ反撃されて壊されでもしたら悲しいし、結果オーライかな?)
我ながら上手くできたので少し愛着が湧いてしまっていた。現在第四号を製作中である。
(もう帰ろうか)
少しの時間だけだが、苦しんだ様子も見られた。正直、これ以上をやろうとしても警戒され今回の様に無効化されてしまう未来しか想像できない。今回はこれで満足しておこう。
(さて、後は人形を回収して……ちょっと待て今あいつらどっちの方向に走って行った?)
唐突に走り出した二人組。その先に位置するのはよりにもよって三号。上達したのか他二体よりも綺麗に仕上がった最高傑作である三号は迫り来る脅威に対して微動だにしない。当然だ。特別な仕組みなど何もない形だけ似せた人形である。俺が操作もしていないのに勝手に動いたら逆に怖い。
(待って! そっちはダメだって! せめて二太郎……いや、一太郎の方にしてくれ!)
俺の心の叫びなど知るよしもない二人組は一直線に三太郎のもとに迫る。たまらず自分と人形を繋ぐ魔力のパスにいつもより多くの魔力を巡らせ賢明に逃れさせようとさせたが、ぶっつけ本番で思い通り動かせるはずもない。できたことと言えば動作練習よりは頑張った水鉄砲を目標、つまり顔面にヒットさせることだが、なんの足止めにもならず一刀の下、斬り捨てられた。それなりに圧縮されて詰まっていた水が血の代わりに吹き出て女の皮鎧を濡らす。蓄えられていた水を吐ききって萎んだ皮は地面に沈んだ。
(三太郎ーーーーッ!!)
なんということだ。死力を振り絞った三太郎にできたことは対象の顔をほんの僅かに歪ませることだけだった。命を賭した最期の攻撃にしてはあんまりな結果だ。嗚呼、なんてこの世界は残酷なのだろう。怯むぐらいしてくれてもいいではないか。というか正体不明の液体を噴射されたのだ避けたり怯んだりとワンアクション挟めよ。
斬られた三太郎が地面にベチャッとした感じで転がっている。泥も付着していてなんとも哀感漂う光景だった。しかし、よく考えてみると人形はただ一回斬られただけだ。斬られたところもそこそこきれいな状態でズタズタにされた訳ではない。斬り捨てられた衝撃でもうダメだと勝手に思い込んでいた。回収できさえすれば修復は容易そうである。そう回収できさえすれば。
女がぐったりとした三太郎の亡骸を無造作に拾い上げた。そのまま不思議そうな顔をしながらジロジロと観察している。
嫌な予感がした。
(まさかね、そんなまさかあるはずがない。濡れたまま地面に落ちたから泥で汚れてるし、いくらきれいに脱げたものとはいえ、ツギハギだらけだ。見てくれらそこまで良くない。なにも珍しいものでは……ないよな? ただの脱皮してできた皮だよ? 持って帰ったりしないよな? な?)
しかし、自分に都合がいい予想を女は見事に裏切り、三太郎を泥も落とさず自らの鞄にしまい込んだ。持ち帰る気満々だった。そりゃあそうだ。切り捨てられる前はぎこちないが動いていたし迎撃すら行った。どう見ても自力で動くことのできない内部構造をしているものが動いていたら不思議に思うしどうやって動いていたのか気になるだろう。それ自らの力で動く奇妙な魔物、遠隔操作された人形、なんであったにせよなんらかの収穫や手がかりになる。仮に再び動き出しても何の危険性もないのなら持ち帰らない訳がなかった。こうなると流石に取り返すのは厳しい。それを行動に移すにはリスクが大きすぎた。一人は格上なのが確定していて、もう一人ははっきり言って未知数だ。あの女より強いかもしれない可能性もあるだろう。
俺には二人組が走って去っていくのをただ見ていることしかできなかった。
(取り返せずにすまない。そしてさようなら三太郎。君の勇姿は決して忘れない)
俺ははっきりと見た。水鉄砲が直撃する瞬間少しだが確実に歪んだ、つまり嫌がった女の顔を。三太郎は自分が作られた目的である嫌がらせをしっかりと完遂し、見事一矢報いることができたのだ。空を見上げれば半透明の無表情なはずの三太郎がサムズアップをしながら微笑んでいるように見えた気がした。
こうして一匹と二人組による邂逅は幕を閉じた。
余談ではあるが三太郎が連れ去られた悲しみは四太郎の誕生によってあっさり忘れ去られた。
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