第19話 チキンレース
シャクリシャクリと小気味良い音と共に甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がっていく。品種改良でもされているのかと思うぐらい甘みが強いが、酸味も程よく効いているのでいくらでも食べられそうである。体に必要な物を取り入れたとき舌は美味しく感じるようにできているそうだ。だから美味しく感じるということは多分栄養も豊富なのだろう。
しかし直後、虫にすら見向きもされない原因となるものが俺を襲う。
(あー、ぐらぐらきた。続けて食べるとやっぱりきっついなぁリンゴもどき)
特訓のため大量に持ち帰ったリンゴもどきに囲まれ乗り物酔いにも似た気持ち悪さに悶えそうになるのをこらえる。そう、上手く使えばパワーアップが見込める食材というのはリンゴもどきのことであった。
濃密な魔力が体中に広がっていくと同時に体内の魔力をかき乱していく。俺は必死にそれに抗い自分の正常な魔力の流れを保とうとする。連続して食べれば食べるほど乱す力が重なって強くなり規則正しく波打ちながら巡る魔力の流れを阻害する。流れが加速したかと思えば、すぐさませき止められ、次の瞬間有り得ない方向に進む向きをねじ曲げられた。他にも減速、逆流、拡散、圧縮、あらゆるいやらしい効果がランダムで現れるので全く気を抜くことができない。
あと少し多く食べれば辛うじて保たれていた均衡が崩れ、即座にノックアウトしてしまうことも有り得る。まだ自分の許容範囲を超えた量を摂ったことがないので正確にどうなるかといったことは予想できないが相当酷いことになるであろうことは想像できた。
しかし、苦しい副作用と引き換えに少しずつだが着実に成果が出てきているというのも分かる。リンゴもどきに含まれる大量の魔力はガリガリと魔石の蓄えられる魔力上限を広げていくのを感じられ、魔力制御の上達はリンゴもどきを一度にいくつ食べられるようになったというような目に見えて成長を実感できるものもあって楽しくなってきた。
(……もう一口ぐらいならいけるんじゃないか?)
魔が差すとはこのことか、耐えられるか耐えられないかの瀬戸際を迎えることでギリギリに挑戦したくなってきた。これは今に始まったことではない。これまでもいけると感じたときは食べる量を増やし、そしてその度に上限を更新し続けてきた。
(一口だ。もう一口だけなら耐えられる……はず)
これまでの経験上この感覚に陥ったときは大抵次のステップに到達することができた。だから俺は直感に従い食べかけのリンゴもどきを震える爪で突き刺す。それをゆっくりと口の方まで運び、近づけては遠ざけを何度も繰り返した。
大丈夫だった実績はあれどこういうときに直感に身を委ねるというのは今でも怖かったりする。
しばらくの葛藤の末ようやく意を決した俺は、リンゴもどきに齧り付く。すると勢いあまって想定していたよりも大きい一口になってしまった。しかも吐き出そうとしたときにはもう遅く、リンゴもどきの塊は既に喉元を通り過ぎた後だ。さーっと顔から血の気が引いていくのを感じる。やってしまったと大慌てしつつも直ぐにやってくるであろう魔力妨害に備え気を強く持つ。
しかし無情にもリンゴもどきの副作用はあっさり俺の限界を超えてきた。これまで押さえ込めていた魔力が暴走をし始める。
(やばい、やばい、やばい。世界が回る!?)
荒れ狂う魔力になすすべなく翻弄されてしまう。経験したこともない異常な頭痛に思わず地面を引っ掻く。
(あー! 痛い、痛い、痛い! 頭が割れる!)
制御を離れた魔力が狂ったように熱を持ち始める。俺が魔力を限界まで高めたときよりも強く体がギシギシと悲鳴をあげた。まるで身体中に張り巡らされたホースが蛇口を全開にされ、暴れまわっているみたいだ。
大量の魔力が一カ所に集まるのというのはどうやら良くないことらしい。特に今の俺はリンゴもどきによって魔力の制御力を奪われている。制御を離れた莫大な魔力は不安定となり、このままでいるのは非常に危険そうだ。下手をすれば体が弾け飛んでいってしまうかも知れない。
胃の中の物をぶちまけそうになるのと完全に制御が及ばなくなるのを必死に耐え、家の入り口まで這って出た。
そして途切れる寸前の集中力を振り絞り魔力を伸ばした爪に集める。
(爆発四散なんてしてたまるか! ウオリャアーー!!)
そのまま千切れそうなくらい腕を思いっ切り振り被る。すると爪の軌跡の延長線上に鋭い魔力の塊が飛んだ。その刃は透明だが魔力の密度が高いせいかそれが存在しているところは景色が歪んで見える。いくつもの木々が魔力の刃に斬り倒されていきその度に轟音が鳴り響く。
やがて障害物や空気摩擦などで勢いが削がれたのか魔力の刃は段々と空中霧散していった。
(うっわー……すげー威力……だなー……)
うっかりから起こった大惨事を前にして現実逃避気味にそんなことを考えると大量の魔力を失った倦怠感からそのまま気を失ってしまった。
+ + +
目が覚め、バッと勢いよく起き上がる。寝起きで少しぼーっとする頭を振って強制的に目覚めさせると直ぐに辺りを見渡した。
(良かったー。まだ人は居ないな)
まだこの場所が嗅ぎつけられていないようだったのでほっと安堵の息を吐く。あれだけ派手にやってしまったのだ。人里離れた場所を家にしたとはいえ気を失っている間に人がわらわら湧いて出ていてもおかしくなかった。
しかし、まだ人が居ないからといってこの場に居続けるのは流石に警戒心が無さ過ぎる。このまま留まり続けるなど転がる木々にいつ気付かれてしまうか気が気ではない。名残惜しいがほとぼりが冷めるまでは家にも帰らない方が良さそうだ。
リンゴもどきを《アイテムボックス》に詰められるだけ詰めると、入り切らなかったものは大きく丈夫な葉にまとめて包む。多少は振ってもリンゴもどきが落ちないことを確認すると無事な木々を伝いひとまずかつての家に向かう。
まさかあんなことになるとは思いもしなかった。溜まりすぎた魔力を体外に放出できればそれで良かったのだが実体を持って、しかもあんなに広範囲に影響が出ることになろうとは。あれだけ規模が大きいと証拠隠滅を謀る気さえ起こらない。
魔石の魔力上限はさっきの無茶のお陰で広がった気がするが、それが今の状況を見ても割に合うとはとても思えなかった。魔力を乱される感覚はとんでもなく気持ち悪かったし莫大な魔力を集めて放った爪も砕けてしまっていてズキズキと痛む。
(今の限界は三個と半分だな。余裕を持って一度に食べるのは三個までにしておこう……)
リンゴもどきは食べて魔力を正常に保とうとするだけで力が付く。限界近くまで食べないと魔力の上限は伸びにくいだろうが、無理に新記録挑戦と言う名のチキンレースに挑むのはしばらく止めておこう。少なくとも体の傷が癒えて自信が付くまでは数は増やさないつもりだ。それによく考えれば俺は《変換》で自由に魔力を増やすことができたのだ。リンゴもどきはあくまで魔力の扱いを上手くするのと《変換》では魔力の回復が間に合わないときの緊急用として使えばいい。焦らずちょこちょこ頑張ろう。
誤字とか見つけたら誤字報告機能で教えて下さると助かります。




