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亀に転生しました  作者: よっけ
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第15話 とある冒険者の災難

 深い森の中、足を押さえてうずくまる濃い顔をした男の姿があった。薄汚れた皮鎧を身にまとう男の名はグラン。年の割に老けた顔のせいでベテラン冒険者によく間違えられるが、れっきとしたF級冒険者である。

 つい先程まで、グランは仲間と共に冒険者ギルドの依頼で増えすぎたゴブリンを狩りに森に入っていたのだが、予想以上に数が多く孤立させられてしまっていた。

 さらに悪いことは続くもので仲間と合流しようと、バラバラになったとき集まれるよう決めていた集合場所に向かっている最中に落とし穴に引っかかってしまう。そのときに足を挫いたせいで落ちてから数分経った今でもまだ穴から抜け出せていない。


「誰だぁ、こんなとこに穴掘ったヤツは!」


 怒りの声が森に虚しく響き渡る。この落とし穴はただ穴を掘り、枝や葉を乗せて軽く土で隠されてあったもので注意をしていれば簡単に気付ける程度の作りが甘いものだったが、仲間と逸れて焦っていたグランは見事に踏み抜いてしまった。

 まさか落とし穴を仕掛けた者も人がかかるとは思いもしなかっただろう。


 焦りと怒りのせいで、声が周りの魔物が呼び寄せてしまうかもしれないなんて初歩的なことすら頭から抜け、グランは大声で喚く。


「クソッ! 仕掛けたヤツ、出てこいよ!」


 するとそんな怒鳴り声に反応してか、突然グランの目の前に小さな黒い影が静かに降り立った。当のグランは「出てこい」とは言いつつも本当に何かが現れるとは露とも思っていなかったので、面を食らっている。

 その姿をよく見てみると体中に葉や枝がくっついているが、それは亀の魔物であるようだった。付着した葉や枝が少し間抜けに見える。サイズは普段見ている魔物と比べても小さくそれほど強そうには見えない。


 しかし、いくら滑稽で強そうでなくとも足を怪我した状態で、しかも見たことのない魔物との遭遇にグランは一気に青ざめる。反射的に立ち上がろうとするが、痛みのせいで足が上手く動かない。


「く、来るなら、来やがれ!」


 グランは自分を奮い立たせるように叫んだ。座った状態で腰から短剣を引き抜き、あわよくば亀が声や武器に怯えて逃げてくれることを祈った。


 しかし、魔物は不思議なことにしばらくの間襲ってくることも、逃げていくこともしない。何かを考えているかのように長い首を捻っているだけだ。ぽかんと口が開いているのでやはり間抜けに見える。


(こ、この奇妙な間はなんだ? こっちはせっかく覚悟決めたってのに気が抜けちまいそうだ……)


 張り詰めていた空気が亀の間抜け面のせいで緩んでいく。


 グレンは気を張り続けるのが馬鹿らしくなり、いっそのこと怪我の回復に専念してやろうかと考えたところで、ようやく亀が動き始める。亀の魔物は亀は足が遅いというイメージにそぐわない、素早い足取りでグレンのもとに近づいてきた。

 気を取り直すように短剣を構え直し、左手は近くの若い木を掴んで座った状態でも最低限の踏ん張りは効くようにする。


 そしてついに亀が短剣を振るえば当たる距離に到達した。


「――シッ!」


 グランの口から息とも声ともつかない音が漏れ、座りながらの体制にしては十分な鋭い斬撃が飛んだが、亀のスピードはグランの予想を遥かに超えていく。


「マジかよっ!?」


 グランは寸前までただ歩いているだけだった亀に自分の攻撃が当たることを確信していた。しかし、亀は当たったビジョンがくっきりと見えてしまうぐらいギリギリで見事に回避する。

 グランはそれにめげず剣を振り回し続けるが、亀は至近距離をキープし続けているのにも関わらず怒涛の連続斬りに掠りもしない。

 縦に斬る、横に少しずれて避けられる。横に斬る、ジャンプ、しゃがみ、ときにはアクロバティックな動きも交えて避けられる。どのように斬っても紙一重で避けられてしまう。

 グランは余りにも簡単そうに避けられるので恐怖や悲しさで心が折れそうになるも、それでも諦めずに短剣を振り続けた。強さだけはF級冒険者の中でも群を抜いており自分自身でもそれなりの自信を持っていたグラン。そのプライドがグランに剣を振らせ続ける。


 そして無常なことに、グランの剣撃が届く前に体力が尽きてしまった。


「ハァ……ハァ、このば、化け物め……こ、殺す、なら、殺せ……」


 グランは息も絶え絶えの状態で声を出す。侮っていたわけでは無かったがそれでもここまで強い魔物だとも思っていなかった。

 体もそうだが、心がもう限界に達している。経験のまだまだ浅い新人に毛が生えた程度の冒険者であるとはいえこれまで一端の冒険者として活動できていたという自負が砕け散ることになった。

 悪足掻きする気力すら無くなってしまい、全てを諦めて完全に脱力して寝転がる。

 どうせ死ぬならせめて余り痛くありませんようにとだけ願いながら目を閉じた。


 亀がグランの足に近づき、前足で触れる。グランはその感触に背筋を恐怖で震わせた。


(ま、まずは足からか……? そういうのは死んでからにしてくれねぇかな?)


 獲物が逃げないようにか、はたまたこれから捕らえた獲物をいたぶるためか、とにかく恐ろしい想像をしてしまったグランはこれからくるであろう、痛みに対して歯を食いしばり、目を固く瞑る。


 しかし、待てども待てども予想していた痛みはやってこない。それどころか足の痛みや疲れが和らいだ気さえしてきた。亀が足から離れ、顔の前に移動した気配を感じたので、圧迫感から薄っすら目を開けてみる。

 そうするとグランの瞳に亀のどアップな顔が写った。

 その亀の顔は今まで生きてきた中で文句なしに一番(かん)(さわ)るニヤけ面だった。まるで落とし穴にはまったところから攻撃が一撃たりとも当たらないところまで全てを嘲笑されているようだった。グランの額に血管が浮き上がる。


 そのなめ腐っているとしか思えないツラは諦めて腐っていたグランにやる気(殺意)を呼び起こさせるに十分だった。


「――ブッコロス!」


 グランは勢いよく()()()()()目の前の亀を斬ろうとするが、もう既に目の前には亀の姿は無い。血眼になって周りを見回すと、少し離れたところに亀の姿を確認した。

 グランは今までの痛みや疲労を忘れてしまったかのように全力で亀の姿を追い始める。だが、やはり亀はこの辺りの森の魔物のレベルではあり得ないほど速く、その気になればグランを振り切ることも容易だろうにわざわざ目の前を煽るように走っていた。

 それを見てさらに怒りを煽られたグランはより一層ムキになる。


「クッソ……! ぜってぇ捕まえてやる!」


 (はた)から見て絶対に追い付けなさそうな鬼ごっこが始まった。



+ + +



「ま、待ちやがれ〜……」


 あれからどれほど経っただろう。相変わらずグランの攻撃はスレスレで当たることはない。それどころかグランが疲れて止まる度に亀も足を止め一定の距離を保たれる始末だ。疲れ切ったフリをして亀が様子を見に近づいてきたところで急に攻撃してみたこともあったがグランの短剣は見事に空を切ることになった。

 走り疲れて膝に手をつき、ふと亀の方を見るとやはり亀はグランの方にあの憎きニヤけ面を見せてくる。疲れて動けないでいるので即座に行動には移せないが、確実に怒りだけは溜まっていく。

 グランは息を整え、すぐに乱す、を繰り返して必死に追い縋る。しかし、足に軽い休憩では回復が追いつかないほど疲労が溜まったことで足がもつれ、倒れ込んだ。


 亀はグランのその姿を一瞥した後、これまでのノロノロ走りが嘘であるかのように目にも止まらぬ速さで姿を消した。


「チクショーッ!」


 グランは余りの悔しさに叫ぶ。あれだけかつてないほど頑張って走ったのに一矢報いることさえ叶わず逃げられた。


 格上の魔物に手負いの状態で遭遇して、煽られるだけで済む。結果だけ見ればこれは有り得ないほど幸運なことだっただろう。しかし、グランが今の悔しさに地面に拳を叩きつけるまでに至る一部始終を見る者がいればシュールに思ってしまうこと請け合いだった。


 しばらく気が収まらないでいたグランだったが、亀が視界からいなくなり冷静になってくると、ようやく自分が知らぬ間に森の浅いところまで出てきていることに気が付く。怒りで視界が狭まっていて今の今まで周りが見えていなかった。


「おっグランじゃねーか。こんなとこで寝転がって、どーしたんだ?」

「ハンクさん!」


 筋骨隆々の大男、先輩冒険者のハンクが偶然通りかかり、辺りを見回していたグランに声をかけてきた。



+ + +



「そいつは少し前に巷を騒がせてた“ニヤけ面”っぽいな」

「“ニヤけ面”……っすか?」

「ああ【クロウタートル】っていうマイナーなF級の魔物のユニーク個体らしい。なんでもメチャクチャ速くてムカつくやつだって話だ」


 グランとハンクは町に戻った後、行きつけの酒場で酒を飲みながら話をしている。


「ユニーク個体!? 冒険者ギルドは討伐依頼とか貼り出さないんすか?」

「一時期はクエスト板に張り出されてたんだが、そいつはやたらとムカつくだけで比較的無害なやつらしくてな」

「確かに俺が何回攻撃し続けても避け続けるだったっす」

「完全に格下と見られてたんだろうぜ。お前も知っての通りそいつは速い上にスタミナもある。E級冒険者以下じゃ歯が立たたねぇし、かと言ってD級冒険者以上を呼び出すにしては被害が少ねぇ。結果、優先順位が下がっていって依頼自体無くなっちまった訳だ」

「D級っすか? 確かに強かったっすけど、元々E級の魔物だったんなら、ユニーク個体でもD級が精々じゃないんすか?」


 グランの言う通り普通ユニーク個体の強さは元の魔物のものの大体一つ上といわれている。

 しかし、この魔物の場合は例外だった。


「まあ普通はそうなんだがな、【クロウタートル】はスタミナと引き換えに自分より格上と戦える……といってもまあ不意打ちを成功させるだけの速さを手に入れた種なんだが、そいつはなんの間違いかスタミナ不足解消とさらに速さの向上とかいうふざけた特徴をしている。これが2ランクアップの正体だ」

「スタミナが無い分強い魔物がスタミナを得るなんて卑怯じゃないっすか!」


 グランが勢いよく前のめりになって抗議の声を上げるが、ハンクはそれを鬱陶しそうに手で払う。


「そんなことそいつにおちょくられたやつ全員がそう思っとるわ。まあそいつはちょっかいをかけなければ無害なやつだし、本気で狩り行く冒険者以外は関係の無いことだ。そんなことより……」


 ハンクは小型の樽のような木製のジョッキに入ったエールを一息に飲み干す。


「なんでそいつとやり合うことになったんだ?」


 ハンスがニヤニヤしながらグランに問いかける。グランはできればこのまま触れずにいておいて欲しいと思っていたが、やはり先輩冒険者ハンスは見逃してくれなかった。

 グランは一瞬言っても馬鹿にされなさそうな内容だけをかい摘んで話そうと思ったが、この意地悪な冒険者はそんなことを求めて聞いてきた訳ではないだろう。

 グランが“ニヤけ面”にどう翻弄されたかの話を聞きたいのだ。グランはシラフではそんな恥ずかしいことは言えないと思い、あまり飲めもしない酒を頼んで一口だけ口にした。グランは風貌に似合わず、酒に弱いので一口だけで酔うことができる。

 そしてグランはヤケクソ気味に一切隠すことなく、さっきハンスに会うまでの出来事を打ち明けた。すると案の定……。


「ガッハッハッハッハ! そりゃ傑作だ!」

「ちょっ、笑わないで下さいよ!」


 グランは顔から火が出る思いだった。恥ずかしい思いをしてまで正直に言ったことを大笑いされると余計に恥ずかしく感じた。


「だってよー落とし穴だぜ? お前仮にも冒険者だろ。もっと周りに気を付けろよ!」


 冒険者は基本的に仲間で活動するものだが、罠の探知は専門の仲間でなくともある程度はできておくべきである。しかもグランが引っかかった罠は素人が作ったような比較的見破りやすい類いの落とし穴だ。焦っていたとはいえ、グランはまだまだ未熟だった。


「普通足がダメになったら真っ先に魔物に襲われて殺されるもんだぞ? 運が良かったな」

「うっそれは……まあ、はい……」


 ぐうの音も出なかったので、グランは消え入るような声で返事をした。


「そういやぁ、足を挫いたと聞いたがよくここまで走れたな。そこら辺からここまで結構距離あるぞ?」


 グランに反省の色が見えたので、ハンクがグランの話で疑問に思ったことを言い出した。

 グランは言われてみればあれだけ痛かった足が走る直前には動かせる程度に治っていたことを不思議に思った。


「そういえば俺が倒れたとき亀が俺の足に――」

「ふーん。グラン、貴方(あなた)集合の場所にも来ないで酒を飲んで寛いでいるとは……いい身分ね」


 グランが思い当たることを言おうとしたところで底冷えするような冷たい声が酒場の入り口の方が聞こえてきた。だらだらと嫌な汗を掻く。

 グランはギギギと油が切れたようにぎこちない動きで首だけ振り返るとそこには怒りの余り、表情が抜け落ちた仲間たちの姿があった。


「や、やばい、完全に忘れてた……。どうしてここが?」

「集合場所から帰った後そこらへんで聞きまくったからに決まってるでしょ? それにしても……生存報告もしないで何をしているの?」

「は、話せば分かる! 俺だって大変だったんだ! ハンクさんに聞けば分かるって! ねぇハンクさん!?」


 グランは必死の形相で向かいの席に目を向ける。しかし、そこにあるはずだったハンクの姿はどこにも無い。

 ハンクは面倒ごとはごめんだとばかりに大柄な体とは思えない俊敏な動きでこっそりとその場から離れていた。もちろん勘定は済ませていないのでそこには空のジョッキと食べ終わった小皿が並ぶばかりである。

 グランは乾いた笑みを浮かべた。


 結局、グランは亀に弄ばれ、ハンクの分のお金を払わされ、仲間にはコテンパンに怒られるという踏んだり蹴ったりな一日を過ごすこととなった。

誤字とか見つけたら誤字報告機能で教えて下さると助かります。

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