第12話 契約魔法
すっかりシールドが調子を取り戻した。力強く森を歩き回るシールドの上でそれを実感する。
むしろ栄養面を考えて食料を調達していたせいか冬眠前よりも体が立派になったようにすら思える。甲羅の重厚感が増し、より頼もしくなった。もう少し成長すれば大熊の攻撃でさえ防いでしまうようになるかも知れない。
そろそろ個別特訓にまで踏み込んでもいい頃だろう。
俺は大熊との戦いで個体としての強さに疑念を感じてしまっていた。俺とシールドは生まれてからほとんどを一緒に過ごしてきた。だから二匹で協力し合い、安全に戦闘を進めることは当然なことだったと思っている。しかし、この先予期しない事態で一匹だけになってしまえば上手く戦うことができないということもあり得る。
そういう状況でも戦うことに慣れていればあのときの俺のように戸惑わなくても済むはずだ。
特訓方法はシールドだけで戦い、危なくなれば戦いを見守っている俺がサポートに入る。本当に一匹だけの緊張感は味わえないかも知れないがやらないよりはマシだと思う。
(おっいいぞ! そこだ、シールド!)
というわけで、今シールドは茶狼五匹と戦っている。俺はそれを木の上で観戦していた。
後ろにいた二匹を尻尾でなぎ払い、前から突っ込んでくる三匹の攻撃を見事に防いでいる。
魔法で鋭い岩を飛ばして牽制することで相手に同時攻撃をさせず、受ける攻撃を最小限にしていた。
牽制によって出鼻をくじかれた狼たちは勢いを削がれ、十分に速度の乗った攻撃を出せていない。そのおかげでシールドの丈夫な皮膚には少ししか傷が付いていなかった。
そして無理な攻撃を仕掛けてきた個体をその強靱な顎で咬み砕く。早速一匹が犠牲になった。
残った四匹は無残な同胞と自分たちが与えることのできた手傷を見て無理を悟ったのか一目散に逃げ出す。シールドは追撃に岩魔法を飛ばすが、木が障害物となり上手く狼たちを狙えずそのまま逃げられてしまった。
シールドが若干目をうるうるさせてこちらを見るが、逃げられてしまったのはしょうがない。シールドは見た目の割には速いが、それでも狼たちの方が素早さは数段上だ。逃げに入られたら、シールドの足では追いかけるのは厳しい。
むしろシールドはとても上手くやれていたと思う。前より威力の上がっていた魔法に加え、視野の広さが凄まじい。
今俺は木の上から俯瞰して見ているから全体の様子が分かるが、シールドと同じ場所に立っていれば目視だけで敵の攻撃全てを把握することはできていなかっただろう。
(これは……特訓なんて必要無かったか――)
『だと良かったのだけどな』
俺は突然思考を割り込んで聞こえてきた声に驚き過ぎて木から落ちそうになり、慌てて爪を木の幹に突き刺して事なきを得た。シールドは急にそんな意味不明な動きをした俺に顔をキョトンとさせている。どうやらこの声はシールドには聞こえていないらしい。
『すまん、すまん。そんなに驚くとは思っていなかった。ちょっと前に《念話》を使用していたからてっきり慣れているのかとばかり……』
本当にすまなさそうな声のトーンだ。害意は無さそうだが強大な存在であるのは感じ取れた。俺は《念話》の抵抗を解いた。
《念話》は送信と受信の二つ効果を持つ。送信は自分の考えを相手に伝えることができ、受信は相手の考えを読み取ることができる。
しかし、受信の方はかけられた側が許可しないと抵抗が起こり、お互いの魔力がどんどんと減っていく不毛なことになる。俺と神様、または今話しかけてきている存在のように実力差があれば抵抗されたままでも受信が成立するが負担になることには変わりない。
(……あなたは誰ですか?)
『敬語なんて他人行儀だなぁ。ま、初対面なら仕方が無いか。私の名はロサ。おまえたちの母だ』
(そうなんですか。俺の名前はまだ……えっ、今なんと?)
あまりにもあっさり告げられたので一瞬反応できなかった。
『だから私の名はロサで、おまえたちの母だ』
(えっもういっか――)
『くどい』
(ではあなたが……狼だらけの場所に俺たちを産み落としていったのですか?)
『…………』
(…………)
沈黙がこの場を包んだ。俺は何故わざわざあんな危険な場所に卵を放置していたのかが気になっていた。普通の亀ならそういう場所に産み付けても不自然ではないが、人間と同等以上の知性を感じるこの相手ならもっとマシな場所に置いておくこともできたのではないかと思ってしまう。
『私も本当はそんな状態にするつもりはなかった。百年前はその場所で上手く育ってくれたから、今回もそこに産んだだけなんだ。狼が大量発生に発生しているなどおまえたちが僅か二匹になっているのを知ってようやく気付いたぐらいでね……。卵の殻には私の魔力が込められていたから』
どうやらわざとではなかったらしい。厳しい環境下に置いた方が強く育つとかそんな理由でわざと全滅してもおかしくない場所に置いていたなら恨んでいたかも知れないが、不慮の事故というなら仕方がないかもと思えた。あと百年前とかすごいワードが飛び出したがそれは置いておく。
(なるほど。で、さっきの言葉は一体どういう意味なんですか? 俺の目にはシールドが完璧に立ち回っていたようにしか見えないのですが)
『シールド? ああ弟君のことね。確かにシールド君は上手く戦えていたよ』
(だったら――)
『でもさっきのは完全に単体での戦闘ではなかった』
(ん?)
言っている意味が分からなかった。俺はただ見ているだけだったし、シールドは自分の力だけで茶狼たちと戦っていたように思えるが。
『シールド君は君が見守っていることを知っていた。だから平常心でいられ、実力を普段通り発揮して戦えていた。精神的には一匹ではなかったのさ。君が熊と戦っていたときと違ってね』
確かにそれはそうかもしれないが、かといって俺が離れているときにシールドに何かあったら考えると迂闊なことはできそうにない。
『おまえたち兄弟は互いをとても大切に思っているみたいだし、自分たちの意思では離れられないだろう? だから私がシールド君を一時的に預かってあげようと思ってね』
それは思ってもみなかった提案だった。シールドを俺と離すことはシールドにとって成長につながるかも知れない。しかし――
『分かるよ。私はおまえにとっては所詮初対面……会ってもいないから初対面ですらないか。まあ、そんなやつに大切な弟を任せるのは不安だろう。だから特別に契約魔法を行うことにした』
(契約魔法?)
『そうだ。約束事とそれを破ったときに起こる罰を取り決め、お互い同意の上で契約を司る神様に魔力を捧げて誓うことで成立する魔法だ。言われただけでは想像が付きにくいだろうし、試しにやってみるか?』
(は、はい)
この世界にはそんなものがあるのかと感心してしまう。神様が関わっている魔法だったら公平そうだとも思った。
『契約の神よ。“私は今から我が子に対して嘘をつかない”。罰は……そうだな。視覚的に起こったことが分かりやすいのがいいな。“私の頭に特大の雷が落ちる”でいいか』
(えー!? 死にますよ!? 何考えてんですか!?)
いきなりとんでもないことを言い出したので俺は声帯が無いことも忘れて叫ぼうとしてしまい、掠れた呼吸音を鳴らせる。軽く言い放った罰の内容はとんでもなく重かった。
『大丈夫だこれぐらいで死にはしない。じゃあ契約に同意してくれ』
その直後天から薄く光り輝く紙が降りてきた。シールドが興味津々な様子で木の回りをうろうろしている。その紙に書かれた文字はそういう力を持っているのか、知らない言語にも関わらず、頭に意味がすんなり入ってくる。そこには今聞いた約束と罰の言葉が一文字も違わず刻まれていた。
(どうなっても知りませんよ!)
俺はやけくそになって契約書の同意を示すところを手で指し示す。すると契約書上を炎が走り、新たに同意を示す文言が焼き付いた。同時に少なくない魔力が契約書に吸い込まれる。
『では約束を破るぞ。私は永遠の一八歳だ!』
そう言われた瞬間、契約書が輝きだし、遠くの方でとんでもなく大きい雷が落ちたのが見えた。数秒後その光量に見合うだけの轟音が鳴り響く。思わず俺やシールドは耳を塞ぎ、木に止まっていた鳥が一斉に飛び立った。中には気絶して空から落ちてきた鳥も見かけられる。
今日は遠くの方まで雲一つ無い晴天だったのであの雷は自然現象とは考えにくく、何よりあの雷からは転生に立ち会ってもらったあの神様と完全に同じではないがそれに近しい気配を感じとれた。
『いってて。ちょっと特大は言い過ぎだったね。まあ今の通り契約魔法は罰にもよるけど結構な魔力を使用して執り行う魔法だ。これで色々と信じてもらえたかな?』
本当にあの雷を頭に受けて平気だったのかと戦慄している俺を置いて、母は何事もなかったかのように話を再開した。
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