第3話「不安と戦闘」
判断材料はいくつかあった。
まず崖の側に落ちてた馬車。
ガソリンや電気で車が動く今の時代に、馬を使うだなんて違和感がある。
ここはそんな田舎な場所では無い。電波だって届く山だ。
しかし目が覚めた時、そしてさっきも確認したが、電波状況は圏外だった。
つまりここは馬車が使われてて、かつ電波の届かない場所と言うことになる。
そして決定打として魔法の存在だ。
彼女と彼女の母親は魔法が使える。
それどころか、彼女の住んでた所には魔法具と言う魔法で動く道具もあるようだ。
つまり、この世界は魔法が普通に存在する場所と言うことになる。
それならもう異世界しかありえない。
私が……異世界に……?
確かに旅や冒険と言った物は好きだし、ずっとやってきたが
いくらなんでも異世界でもやっていける自信は無い。
登山は事故や天気に気を付けていれば、それなりに安全が保障されるが、
異世界ではそうもいかないだろう。
モンスターに襲われたらひとたまりも無いだろうし、今までの常識が
全て通用しないかもしれない。
上手く環境に適応できなかったら、そのまま飢え死にしてしまうだろう。
いや、その前に殺されるかもしれない。
そして、上手く生き延びる事ができても、もう家族に会えないかもしれない。
背筋にゾクリと寒気が走る。目の前が真っ暗になり、目から涙があふれてくる。
怖い。怖い。怖い
恐怖が一気に膨れ上がってくる。
さわさわ
そんな不安に押しつぶされてると、ふと頭に何かが触れるのを感じた。
なんだか暖かくて、優しくて、心が落ち着てい来る……
顔を上げてみるとリーナが頭を撫でていた。
「あ、あの、凄い悲しそうな顔をしていて、見てられなくて
私はパパやママに撫でられてると安心したから、同じことをすれば安心するかなぁと……」
リーナは心配そうにミサキを見つめていた。
……この子は自分も辛い目にあってたハズなのに、
彼女だって不安でいっぱいのハズなのに、
出会ったばかりの赤の他人の自分を気遣ってくれる。
心配させてしまった自分が情けなくなる。
ミサキは涙をぬぐい、めいいっぱいの笑顔を作る。
「大丈夫、元気になったよ、ありがとう」
「ほんと?よかった……」
リーナは安心したようだった。
しかし問題が解決したわけではない。
ここが異世界だとするのなら、まずは街を探さないと。
そして街までたどり着いた場合、そこで何をするのか。
寝泊りする所はあるのだろうか、お金を稼ぐ手段があるのかどうか、
ご飯は口に合うのだろうか、色々な問題点が山積みになっている。
そんな事を考えていると、肩に軽く重いものが乗っかって来る。
見てみるとリーナが頭を肩に乗せ眠っていた。
考えれば半日近く歩きっぱなしだったし、もうすっかり日も暮れ、空には星が出ている。
疲れて眠ってしまっても仕方ないだろう。
自分も寝て、起きてから再び対策を考えよう。
そう思い、リーナを寝かせると、自分もゆっくりと横になった。
しかし眠りにつく前に、近くの草むらから何か得体の知れない存在を感じ取った。
草むらから出て来たのは人の姿をした、しかし人では無い緑色の生物だった。
その姿はまるでファンタジーに出てくるゴブリンだ。
ミサキはリーナを揺すって起こそうとする。
声は出せない。ゴブリンがこちらに気が付いてしまうかもしれないから。
しかしリーナはよほど疲れていたのか、熟睡していて揺すっても起きる気配がない。
そうしてるうちにゴブリンは少しずつこちらに近づいている。
ミサキはリュックからナイフを取り出して震えた手で構える。
もしあのゴブリンが獰猛で、私達を見つけて襲い掛かってきた場合
その時は自分がゴブリンを撃退するしかない。
でも、できれば私達を見つけないで欲しい
見つけても何もしないでここから立ち去って欲しい。
いくらアウトドアで鍛えていると言っても、ミサキは普通の日本の女子高生だ。
あんな得体のしれない存在とやりあうなんて、怖くて怖くて仕方が無い。
しかしそんな祈りは通じず、ゴブリンはミサキ達を見つけると唸り声を上げて襲い掛かって来た。
「ウガアアアアアアッ!」
ゴブリンは手に持ったこん棒を振り下ろす。
ミサキはとっさに両腕で防御する。
ゴッ!
「うぐっ……!」
両腕に強い衝撃が走る。
痛い……でも痛いのは登山で散々経験済みだ。骨を折った事もある。
それに比べたらこの程度の痛み、なんてことはない。
「うああああああっ!」
ミサキは恐怖をかきけすかのように叫び、ゴブリンの腹を思い切り蹴飛ばす。
ゴブリンはよろめき、数歩あとずさりする。
今だ!
ミサキは右手に力を込め、ナイフをゴブリンめがけて突き刺す
ドスッ!
「ギッ!?」
ナイフの刃はゴブリンの心臓部に突き刺さる。
ゴブリンはカエルが潰れたような声を上げるとこん棒を手から落とし、
そのままばたりとその場に倒れた。
死んだ……のか……?
心臓が痛いほど激しく鳴っている。
いくら自分とリーナの命の為とは言え、いくら相手が得体の知れないモンスターとは言え、
自分はこの手で命を殺めてしまった。
それはもう元の生活には戻れないと言う決別でもあった。
ミサキはそのままふらりと意識を手放した。