第1話「崖下の世界」
「ここは……?」
小さな声と共に、彼女は森の中で目を覚ました。
そして手に、頬に感じる土の感触に疑問を浮かべる。
私は何故こんな所で寝てるんだろう……
彼女の名前は美咲俊18歳。
キャンプや登山と言ったアウトドアな趣味を持つ事以外は、至って普通の女子高生だ。
今日もTシャツにズボン、リュックサックと言った恰好で山を登っていたハズだった。
しかし、外で寝る時は寝袋かテントを使うため、こういう普通に地面の上で寝る事は無い。
ならば何故、こんな所で寝ているんだろう?
そんな事を思いつつ、ミサキはごろんと寝返りを打つ。
そして寝返りを打った先には崖が見えた。
ミサキはその崖を見て、自分に何があったのか思い出した。
そう、確かにあの時もミサキは山に登っていた。
もう彼女の庭の一部と言っても過言ではないほど登り慣れた山で
まるで散歩のような感覚で山を歩いていた。
しかし、その油断が悪かったんだろう。
山の上を歩いているときにうっかり足を滑らせて、
……ミサキは崖から落ちた。
あの瞬間を思い出し、怖さで身震いする。
とりあえず深呼吸をして心を落ち着け、ゆっくりと体を起こす。
崖から落ちたのなら骨の1本ぐらい折れている事を覚悟したが、
幸いにも体はそんなに痛くはない。
きっと運よく当たり所が良かったんだろう。
ほっと一息を付くと、リュックからスマホを取り出す。
「うわっ」
スマホの画面にはヒビが入っていた。
流石に崖からの転落の衝撃に耐えきれなかったんだろう。
「まあいいか、結構古い機種だったし、今度新しいのを買うかな」
ミサキはスマホの電源ボタンを押す。
画面はひび割れていたが、問題なく電源は入った。
そして時間を確認する。
今は何時なのか。私はどのぐらい気を失っていたのか。
日がまだ明るいからすぐに目を覚ましたのか、それとももう1日以上経ってるのか。
確認した所、日付はまだ今日のまま。時刻は14:00、崖から落ちて2時間といった所か。
長い間気絶していたわけでは無くてほっと胸をなでおろす。
が、1つ気になる所を見つけた。
「あれ……?圏外……?」
電波状況が圏外になっていた。
この山はどこでも電波が届く山だ。落下の衝撃で少しおかしくなってしまったんだろうか?
これは明日にでも買い替えなきゃいけないな。
そんな事を思いつつ、スマホをリュックにしまうと
ゆっくりと立ち上がり、ポンポンと膝の土や草を払う。
……とりあえず戻ろう。何度も登った山だから、少し歩けば見知った道に出るだろう。
そう思い、ゆっくりと歩き始めようとする。
その時……
ガラガラガラガラドシャアッ!!!
「!!っ」
ミサキは急なその音に驚いて小さく跳ねる。
崖の上の方から何かが崩れ、少し遠くの地面に叩きつけられたかのような音だ。
「今のは……?」
ミサキは何が降ってきたのか、目を凝らして森の中を見てみる。
遠く、かつ木々のせいで良く見えないが、大きな「箱」なようなものに、
馬が繋がれているのが見えた
馬が繋がれていると言う事は、あの箱は「馬車」なのだろうか?
でもどうして車でもバイクでも無く、「馬車」なんだろうか?
気になる事はあったが、勇気を出して近づいてみることにした。
その馬車の近くには人らしき物も見えたからだ。
今落ちてきたばかりなら、まだ生き残ってる人がいるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、ミサキはゆっくりと馬車の所に歩き始めた。
◇◆◇◆◇
「うっ……これは……酷い……」
それはもう目を覆いたくなるような惨状だった。
瓦礫に見えた物はどうやら馬車で、その周辺には毛皮やら粉やら野菜やらが
ばら撒かれ、ぐちゃぐちゃになっていた。
繋がれてた馬と、馬車に乗っていたと思われる男性は、血を大量に流して死んでいた。
女性の方はまだ微かに息がある。とは言え、こちらも頭から大量に血を流し、
顔色は死人のように真っ青だ。この人ももう長くは無いだろう。
自分が骨も折らない軽傷で済んだのは、本当に幸運だったんだと、改めて思う。
「どなたか存じ上げませんが……頼みがあります……」
その女性が絞り出すようなかすかな声でミサキに話しかけて来た。
話かけられるとは思っておらず、少しピクリと驚くが
その声を聞き漏らさないようにと、しゃがみ込み、耳を傾けた。
「私は……もう……長くありません……ですから……娘を……お願い……できませんか?」
よく見ると、彼女の腕の中には1人の女の子が大事そうに抱きかかえられていた。
見たところ大きな傷は無い。彼女が身を挺して守ったんだろう。
あまりに急過ぎる出来事に頭が混乱するが、それでも彼女の最後の頼みを
断るわけにもいかなかった
なによりここで断ってしまうと、この少女をこの森の中に1人置き去りにする事になってしまう。
そんな事はミサキは許せなかった。
「……わかりました。私が責任を持って助けます」
「ありがとうございます……」
そう言うと、彼女は静かに、でも満足そうに息を引き取った。
◇◆◇◆◇
ミサキはその女の子を抱きかかえ、綺麗な地面に寝かせた。
背はあまり高くない。小中学生程度の背丈だ。
しかし、その背丈の割りに胸は大きく、顔も非常に可愛らしい。
頭には綺麗な金髪が整えられていて、エプロンドレスのような洋服も似合っている。
まるでどこかのお姫様のようだ。
彼女達も登山の最中に崖から落ちたんだろうか?
それにしても、どうしてこの時代に車でもバイクでも無く、馬車なんて使ってるんだろうか?
ここに散らばっている毛皮や粉や野菜は何なんだろうか?
もしかして彼女達は、馬車でこの荷物を運んでいたのか?
「うう……ん……」
そんな事を考えてると、少女が目を覚ました
「あれ……私は一体……」
「気が付いたんだね」
「貴方は誰ですか……?」
「私?えーと……ただの登山家だよ。それより立てそう?」
「はい……大丈夫です」
彼女はミサキの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
「そうだ!パパは!?ママは!?」
彼女はそう叫ぶと、辺りをきょろきょろと見渡す。
すると目を見開き驚きと恐怖が混ざり合ったような表情になる。
あの瓦礫と死体でぐちゃぐちゃになった光景を見たんだろう。
「パパ!ママ!!」
彼女はよたよたと瓦礫の上を走り、2人の死体に駆け寄った。
しばらく彼女は声をかけたり、死体を揺すったりしていたが、
その人はもう息絶えてると言う事を知り、悲しそうにうなだれる。
「そんな……うぐっ……うわあああああああん!!!!」
彼女は死体にすがりついて大声で泣きだした。
無理も無い。彼女ほどの年齢で、親の死を目撃したとなったら
感情を抑えられなくても仕方ない。
大声で無く彼女の姿は非情に痛々しかった。
……彼女に何かしてあげたい。慰めてあげたい。
そう思いつつも、ミサキは彼女が気持ちの整理がつくまで
泣き続けるのを見守る事しかできなかった……