夏休みに縁側で幼なじみに癒してもらう話
『本日は、のと鉄道をご利用いただきましてありがとうございます!次はー終点、穴水駅です!』
アニメの声優が、もうすぐ終点に到着すると告げてくれる。
新幹線と電車を乗り継いで6時間以上、やっと地元に帰ってきた。
東京から遠すぎる……いい加減座っているのも疲れた。
立って背中を伸ばすと、バキバキと背骨がきしむ音がした。
久しぶりに乗った地元の電車を降り、駅から出ると母親が迎えにきていた。
「古也!お帰りなさい!」
「ただいま、母さん。やっぱここ東京から遠いよ」
「なに言ってんの。東京の高校に進んだのはあんたでしょ、我慢なさい」
今は地元を離れ、東京の親戚の家で暮らしている。
今回は2回目の夏休みということで、親に帰ってこいと言われ帰省することになった。
これだけ遠いといちいち帰ってくるのも面倒なので次に帰ってくるのは卒業の時でもいいかもしれない。
「古也、兄さんに迷惑かけてない?」
「そんなことしてないよ。健司さん優しいし」
住んでいるところに不満は全くない。
ただ、都会は迷路みたいでちょっと苦手だ。
「花ちゃんと仲良くしてる?」
「花ちゃんは今年から寮生活なので家にいません」
「そっかそっか、花ちゃん就職したんだっけ」
「そうそう、化粧品会社にね」
車に乗り込み、家へ向かう。
俺も18になったら車の免許取ろうかな。
そしたらわざわざ長い電車旅をせずに済むし。
「父さんは元気?」
「心配しなくてもなーんも変わってないよ。今日も元気にお仕事」
「そうですか」
まあ、何もないならいいか。
「心配といえば、お母さんが……」
「え、ばあちゃんに何かあったの?」
「今年はトマトがちゃんと育つか心配、って言ってたかな」
「ああそう……」
「ちゃんと育ったけどね」
一瞬心配したじゃんか。
母さん、わざと言ったな。
「ね、東京行くとさ、ここら辺の景色ってやっぱ田舎に見える?」
「まあ、あっちは建物しかないからね……でも、俺都会よりこっちの方が好きだよ」
「あらそう」
あっちはなんというか、息が詰まる。
やっぱりあれかな、田舎者には身の丈が合わなかったかな。
「友達はちゃんといるの?」
「めっちゃグイグイ聞いてくるじゃん」
「そりゃあ、一年半も帰ってこなかったからね」
「まじで遠いんだって。ここまで電車で6時間以上かかってるんだからね?今日なんか家出たの朝の5時だからね?」
「それは分かってるよ」
正直今回だって帰ってくるの面倒だったし。
帰りも同じ時間がかかると思うと気が重い。
「まあ友達はそれなりにいるよ。田舎者だなんだってバカにはされるけどね」
「大丈夫なの?」
「いじられてるだけだって」
俺だって本気で取ってるわけじゃないし、気にしてない。
そんな近況報告をしていると、家に到着した。
久しぶりの我が家だ。
「古也、今日はどうするの?」
「帰ってきたからって特にやることがあるわけじゃ……」
「そう、じゃあお母さんは明美ちゃんと遊んでくるからねー」
「あっそう、ばあちゃんは?」
「お母さんも足立さんのところに行ってるからしばらく帰ってこないんじゃない?」
「帰ってこいって言ったくせにいざ帰ってきたら家に放置っすか、へー」
「なーに?古也ったら寂しいの?」
「寂しかねーわ」
「じゃあ、行ってくるからねー」
母さんが俺を車から降ろし、そのまま行ってしまう。
こんなことなら今日は釣りに行くって言ってた健司さんについて行けばよかった。
今頃のんびり釣りでもしてるんだろう。
「ただいまー……」
もちろん、誰からの返事もない。
とりあえず荷物だけでも置くか。
「よいしょっと」
自室に荷物を置き、ベッドに寝転がる。
部屋綺麗だな。
母さんが掃除してくれたのだろうか。
「あ、じいちゃんのとこ行かないと」
階段を降りて、ばあちゃんの部屋に入る。
そこには、死んだじいちゃんの仏壇が置かれている。
線香でもあげておこう。
鐘を鳴らし、久しぶりの挨拶をする。
ただいま、じいちゃん。
まあ、東京で頑張ってますよっと。
短い挨拶を済ませケータイを見ると、母さんから電話が来ていた。
『この前旅行に行ってきたから、お土産食べていいよ。あと隣の秋ヶ瀬さんの家にも渡しておいてね』
「何で俺なんだよ」
『いいのいいの、ついで泉希ちゃんに顔出しておきなさい』
泉希は俺の幼なじみだ。
隣同士だしそれなりに仲は良いけど……まあ、せっかくだし会っておくか。
「ええと……これか」
お土産として置かれていたのは、マルセイバターサンド。
なんだ、北海道に行ってきたのか。
俺も行ってみたいなあ……釧路とか富良野とか、どちらかというと景色を楽しみたい。
とりあえず持って行こう。
家を出て、わずか20秒。
秋ヶ瀬家の玄関にたどり着いた。
うん、隣だもんね。
呼び鈴を鳴らすと、女の人が出てきた。
「はーい、って、ふるくんじゃなーい!!元気ー!?」
俺を見るなり頭を撫でてくる。
「ゆきちゃん久しぶり、まあ見ての通り元気だよ、そっちも変わりない?」
「元気元気!もー、ふるくん帰ってこないからおばちゃん心配しちゃったじゃなーい!」
有希さんは、泉希のお母さんだ。
おばちゃんというけどもなかなかに若々しいので、お姉さん感覚で接してしまっている。
「これ、母さんがお土産だって」
「あら雅子ちゃんから?ありがとー!ふるくんせっかくだから上がっていって。泉希なら部屋で待ってるから!」
「待ってるかなあ」
「ふるくんがなかなか帰ってこないから、泉希も心配してるよ」
「心配……?」
ほんとにしてるかなあ。
階段を上がり、泉希の部屋の前に立つ。
寝てるのか、部屋からは何も聞こえてこない。
予告なしで扉を開けると、泉希がゆっくり顔を上げた。
それにあわせて、記憶の中の泉希と変わらない短い髪が揺れる。
「……あれ、私夏バテかな、幻覚が見える」
「このクーラーの効いた部屋で夏バテしてたらびっくりなんだが」
「古也、帰ってきたんだ」
「ああ、さっきな」
「ほー……おかえりー」
「おう、ただいま」
「まあ適当に座りなよ」
特に驚いた様子もなく部屋に招き入れる泉希。
こいつ心配なんてしてないだろ。
座布団類は全くないのでカーペットの上に座る。
当の本人は布団に寝転がっているが。
「それにしてもいきなり入ってくるなんてデリカシーないなー」
「サプライズってやつだよ」
「うれしくないなー」
「で、何してたの?」
「そりゃ、夏を満喫してたのよ」
意味分からん。
寝転がってるだけじゃないか。
「何その顔ー。あのね、クーラーの効いた部屋でぼーっとしてるのが夏を満喫する方法でしょ」
「ニートかな?」
「人聞き悪いなー」
顔を上げた状態がきつくなったのか、布団の上でだれる泉希。
やっぱりこいつ絶対心配してないだろ。
「んで、どうなの」
「何が」
「東京の高校ですよ」
「言葉足りなさすぎだろ……どうもこうもねえよ、普通に勉強してる」
「へー……」
無気力すぎんだろこいつ。
「てか何しに来たの、遊びに来たの?」
「せっかく帰ってきたから幼なじみに顔見せに来たんだよ」
「良い心がけじゃん」
にやっと笑って顔を上げる泉希。
「何様のつもりだ」
「そりゃあ、かわいい幼なじみの泉希ちゃんですよ。まあ、私も久々に会えてうれしいですよー」
本当かー……?
別にどっちでもいいけど。
「東京どう?」
「建物が多すぎて息が詰まる」
「私がいなくて寂しい?」
「いいや?」
寂しいとか考えたことなかったわ。
「こんな美少女に会えなくて寂しくないとは」
「そんなだからだよ」
「手厳しいなー」
「そんなでもないだろ」
「んー……」
泉希が布団から起き上がった。
「何かすんの」
「そうだねー……古也疲れてる?」
「まあ、東京から遠かったからな。ここまで来るのに6時間もかかるんだぜ6時間」
「へー、そんなに遠いんだね」
「おかげで背中が痛いよ」
「そっかー、うん、そっかー」
そういって近づいてくる泉希。
なんだなんだ。
「おほー」
泉希が俺の横顔を覗き込んでくる。
「まじで謎なんだが?」
「都会の喧騒で疲れた古也くんをー、このかわいいかわいい幼なじみが癒してあげるよー」
「ほい、ここに横になってね」
泉希が太ももを叩く。
「どうしてこうなった」
「んーほら、美少女の膝枕で耳かきって癒しじゃない?」
「美少女……?」
「そこで疑問になられるとなあ」
しかもクーラーの効いた部屋ではなく、泉希の家の縁側だ。
日陰になってるとはいえ、さっきよりは暑い。
「縁側で耳かきってさ、なんか雰囲気出るじゃん?」
「まあ分からなくもないけど」
「ほらほら、遠慮せずにおいでー」
「はいはい」
「おーよしよしよしよし」
「やめい」
無造作に頭を撫で始めた泉希を止める。
あれ、泉希ってこんなに腕細かったっけ。
「なに、ほっぺにちゅーの方が良かった?」
「んなこと言ってねえ」
「まあまあ、久しぶりに帰ってきたんだし私にちょいと付き合っておくれよ」
「へいへい」
「んじゃウエットティッシュで外側を軽く拭いてくねー」
「なにもせんのかーい」
「ナイスツッコミ」
冷たいウエットティッシュが、耳の外側を撫でていく。
外が暑いことも相まって、なかなか気持ちいい。
「セミ、うるさいねえ」
「夏らしくていいんじゃねえの?」
「東京はセミ鳴いてる?」
「バンバン鳴いてるよ、あいつら場所選ばねーんだ」
ついでにいうと時間も。
夜中、網戸に張り付いたセミが大音量で鳴き出した時は窓ガラスを破壊しようかと思った。
「授業はどう?大変?」
「そんなでもないよ」
「古也、頭いいもんね」
「そっちの高校と範囲が同じなら分からないところは教えてやれるぞ」
「んー、今は大丈夫かな」
「お、勉強するようになったのか」
「頼ってた誰かさんが東京に行っちゃったからねー」
自分で勉強をするのはいいことだ。
ということは中学まではこいつを甘やかしていたということだろうか。
「よし、じゃあ耳かき入れていくよー」
そっと、耳かき棒が入ってくる。
「浅いところからやってくね」
「おう」
耳の中からパリパリという音が響く。
自分じゃあまりやらないし、最近やってなかったし、もしかしたら結構溜まっているかもしれない。
「割とある?」
「そうねー、でも任せて!私がぜーんぶ取ってきれーにしてあげるからねー」
その言葉の通り、耳の中の垢を掬い上げてきれいにしていく。
結構気持ちいい。
「手馴れたもんだな」
「まあ、光希にしてあげてるからね」
「今中学生だっけ。光希くん元気か?」
「元気だよ、今日も朝から部活行ってる」
「体力あるなあ……」
「なーにおじさんみたいなこと言ってんのさ」
高校生になって部活をしなくなってから、なんとなく体力が落ちた気がする。
今更部活に入る気にもなれないけど。
「ね、古也。力加減大丈夫かな」
「もうちょっと強くてもいいかも」
「りょーかい。あ、痛かったらすぐに言ってね」
さっきよりは少し深い場所を棒が動き回る。
力は入っているが痛くはなく、むしろ気持ちいい。
「さっき思ったんだけど、身長伸びたよね」
「ああ、卒業から4cm伸びたんだ。もうすぐ170㎝の大台に乗るね」
「ほうほう、私も成長しましたよ」
「どこが?」
「胸、とか!」
「……どこが?」
「古也、冷めたよね」
「落ち着いたって言ってくれない?」
「あ、ちょっとちょっと、動いちゃダメよ」
頭を手で押さえつけられる。
冷めたとか言うからだろ。
「まったく、古也くんは失礼ですねー。来きたるべき成人に向けて私はせくすぃーな身体に成長してるというのに」
「まあ確かに太ももはぷにぷにしてるような」
「太ったと言いたいのか」
話しながらも、手は止めない。
俺の耳垢はどんどん取り除かれていく。
「溜まってはいるけど、別に固まってるのもないしやりやすいね。んじゃ残りはこのぽんぽんで取っちゃおうねー」
棒の反対に付いている綿玉が入ってくる。
このふわふわが耳を撫でる感触は好きだ。
「おっ、気持ち良さそうな顔してるね」
「やるじゃん」
「もっと褒めてくれてもいいよー」
「……」
「なんか言いなよ」
おかわりはさせてあげない。
「……ふっ」
「うおっ」
突然耳に息を吹き込まれた。
背筋が急に伸びる。
「意地悪したからお返し」
「意地悪なんてしてないが」
「本人がされたと感じたらそれは意地悪なのよー。はい、終わったから反対向いて」
頭を半回転させ、態勢を整える。
そして目の前には泉希のお腹。
……。
「つついたら耳かき棒が刺さるから気をつけてね」
「あっぶね」
「やるつもりだったんだ。まあやんないでね」
再び、耳の中へ棒が入ってくる。
「こっちもあるね。よーし、泉希お姉さんがキレイキレイにしてあげるからねー」
「同い年だろ」
「私の方が誕生日は2日早いもーん」
「あーはいはいそうでしたね」
態度を見るにお姉さんというには明らかに無理があるが。
それでも、泉希の耳かきテクニックはいいもので。
自分の耳が、きれいになっていく感覚がある。
「まあでも、私たち付き合いは長いけど、耳かきって初めてだよね」
「そうだな」
「こういうのって……普通は、彼女とか、お母さんとかの役目だよね」
「中学までは母さんにしてもらってたなあ」
「彼女できた?」
「できてたらこんなことしてもらってないよ。そもそも帰ってきてない」
「そっか」
まず男子校だし、出会いもない。
小さい頃は、高校生になれば勝手に彼女の一人や二人はできると思ってたけど。
「そっちはどうなんだよ」
「んー?」
「ほら、海十とか仲良かっただろ?」
「できてたら幼なじみにこんなことしてないよ。それに、西張くんは彼女いるし」
「へえ、海十彼女できたんだ」
「小学校の時、古也と仲良かった双葉ちゃんだよ」
「あー……」
「……あ、もしかして今も好きだった?」
「別に?そもそも好きとかはなかったよ?」
「そうなんだ」
会話が途切れ、耳かきの音に集中する。
耳の中は相変わらずパリパリとした音が響く。
どんだけ汚かったんだ、俺。
「古也は、彼女作らないの?」
「彼女なー……」
あまり考えたことなかった。
そもそも出会いがないからかもしれないが。
「じゃあ、彼女にするとしたらどんな条件付ける?」
「条件って……そりゃ女の子に対して失礼じゃないか?」
「いやいや、付き合う上では必要なもんよ?これだけは、とかそういうのあるでしょ?」
「んー……」
「もしかしてホモ?」
判断が早すぎる。
「ちげーよ。そうだなあ……」
付き合う上で、これだけは……か。
相手に求めるものってことだよな。
それなら……。
「一緒にいて安心できるか、かなあ」
「へぇ~」
「聞いた割には反応薄いな?」
「堅実な考えを持ってるなあって思って」
そこで、一旦泉希の手が止まった。
「ねえ、古也はさ、高校卒業したらどうするの?」
「一応東京大学を受けて、ダメだったらこっちに戻って来るつもり。正直都会はもう飽きた」
道に迷うし、朝は移動が大変だし。
夏はビルの反射なんかで暑いし、冬はビル風なんかで寒いし。
根っからの田舎者なのかもしれない。
「東京大学受かったら?」
「まあ大学卒業までは東京かな。どっちにしろ卒業したらこっちに戻ってくるよ」
「そっか……そっかそっか」
「なんだ?」
「ううん、なんでも」
止まっていた手がまた動き出した。
そして、短く息を吸う音が聞こえた。
「あ、あのさ」
「うん?」
「私とか、どう?」
「何が?」
「……そ、その、彼女、とか」
だから言葉が足りないと……。
「え?……あ、え?」
「あ、ちょっと、動かないでってば!てかこっ、こっち見ないで!」
か、彼女?
えっと……泉希が?
俺の彼女に?
「つ、続けるからね?」
耳かきをしながら……告白?
どういう状況だコレ。
「み、泉希?」
「……き、聞いてもらっても、いいかな」
「お、おう」
「東京、行くって言われてびっくりした。帰ってこないまま、一年以上経ってすごく寂しかった。でも今日、帰ってきて私に会いにきてくれて、すごく嬉しかった。で、卒業したらこっちに戻ってくるって聞いて、すごく、安心した。それで、その……」
泉希が口ごもる。
そうか、寂しがらせちゃったか。
会えて、嬉しかったのか。
「その、どうしてこんなこと思うのかなって。やっぱり私、古也のこと……」
また、泉希の手が止まった。
「……あ、あぅ」
「泉希?」
「……う、うぅ……付き合いが長いせいで今更恥ずかしくて言えない……」
「おい」
ちょっとドキドキしたのに。
でもそうか。
泉希が、そんなに俺のこと……。
「あ、あと古也に聞きたいことが」
「何だ?」
「わ、私のこと……どう思ってるのかなーって」
泉希のことか。
正直、今この瞬間まで泉希に対してそういう意識を抱いたことはなかった。
でも……。
「……泉希は、俺の条件に該当するんだよな」
「え?」
「まあその、一緒にいて安心できる、し……」
「と、言いますと……?」
「最後は俺に言わせるの?」
「ふ、古也の口から聞きたいなあ」
「じゃあ……付き合う?」
「……はい」
「あ、耳かき終わらせないとね」
「そういえばまだ途中だったな」
「もうすぐ終わるからねー」
ガサッという音がして、大きめの耳垢が取れる。
「じゃあ、あとはぽんぽんね」
仕上げの綿玉が耳に入る。
そっか、これで終わりなのか。
「ふわふわー、ふわふわー」
耳から綿玉が抜けていく。
名残惜しいが、耳かきが終わった。
「……ふぅー」
「っ」
「あはは、びくってした。面白いね」
「面白がらないでくれる?」
顔を上に向け、泉希と目を合わせる。
ちなみに、俺と泉希の目線の間に遮るようなものはない。
やはりまだセクシーとは程遠いようだ。
「や、なんか恥ずかしいな」
「目を合わせるのが?」
「こ、こっち見ないでよ」
「ん~~~?」
起き上がって泉希に顔を近づけてやる。
「うぅ、ふ、古也!」
「何?」
「そ、その……」
顔を背けながら、俺の手を握る泉希。
「あの、こんな私だけど、よろしくおねがいします……」
声はめちゃくちゃ小さかった。
「ほい、麦茶」
「さんきゅ」
泉希の部屋に戻り、冷たい麦茶を飲む。
うん、やっぱり夏はクーラーの効いた部屋で過ごすのが一番だな。
……あれ、そうすると泉希が言ってた夏を満喫するっていうのは正しいのか。
まあ、縁側で耳かきも悪くないけどね。
「いつ?」
「何が?」
「東京に戻るの」
「圧倒的に言葉が足りないんだよなあ……」
しかも聞いてくるのが突然すぎる。
「いつなのよ」
「日曜日に帰るよ。月曜からまたバイト」
「東京、だよね」
「他にどこがあるんだよ」
布団の上で体育座りをした泉希が、ちらっとこっちを見る。
その顔はほんのり赤い。
「遠距離、だよね」
「夜、時間があればライン電話だのスカイプだの付き合うぞ」
「でも、会えないよね」
「まあ、そうなるな」
「じ、じゃあ……」
泉希が立ち上がり、近寄ってくる。
「……ちゅっ」
一瞬何をされたのか、分からなかった。
それほどまでに短い、触れる程度の口付け。
「泉希?」
「わ、わあああああぁぁぁぁぁ!?」
顔を真っ赤にして布団に潜り込む泉希。
白いのがもぞもぞ動いていて気持ち悪い。
「お、落ち着け」
「あわわわわわわわわわわわ」
こいつこんなに恥ずかしがり屋だったっけ。
まあ、内心俺も落ち着いてはいないけど。
やがて動きがおさまると、泉希が布団から顔だけ出した。
そして、小さい声で話し始める。
「浮気とか、ダメだからね」
「男子校だからそんな出会いないよ」
「寂しいからちょくちょく帰ってきてよ」
「まあ、考えとく」
「卒業したら、ちゃんと戻ってきてよね」
「それは約束する」
「……ふふん」
満足げに鼻を鳴らして、布団に包まる泉希。
身体を伸ばし、そのまま寝る態勢になった。
「俺が来た時と同じじゃんか」
「私はこうなの」
「それもそうだな」
その人がその人らしくいるのが一番いい。
確かに、泉希はこうだ。
「ね、古也」
「何だ?」
「金曜日……さ」
「金曜?」
カレンダーを見て、何となく理解した。
ああ、そんな時期だったね。
「祭り、一緒に行くか?」
「……うん」