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鬼と警邏  作者: 記角麒麟
1/2

斯く鬼は出会う。

 ――銀色が閃いた。


 彼らに理解できたのは、ただそれだけで。

 次の瞬間には、朱い華が咲き乱れていた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 新月の夜。

 都を警備する警邏隊は、とある事情により増員されていた。

 というのも、ここ最近物騒な事件が相次いでいるからである。


 その事件というのは、決まって深夜に起こった。

 まだ町人たちの噂話レベルをでない話だが、件の事件――連続貴族殺害事件――の犯人は、一人の幼い子供であるという。


「ホントにそんな事ってありますかねぇ?」

「だが、事件が起きているのは事実だ。

 ……まぁ、相手が子供ってのは、なんとも嘘くさい話だがな」


 堪らず怪訝にそう唸り声を挙げたのは、先月入隊したばかりの新人であった。

 新人をたしなめたベテラン風の男は、警邏隊の黒いコート翻しながら、ランタンで辺りを照らす。


 ……無理もない。

 だが、新人がこれほどまでに胡散臭さを覚えるのは、相手が子供であるという以外にも理由があった。


 この事件がただの連続殺人事件であるならば、何もこれ程までに――過剰に警戒レベルを上げる必要はない。

 普通ならば、過剰な警戒は、かえって犯人を慎重にさせるため、あまり良くない。というか、とても悪い判断だ。


 だが、今回過剰な戦力を都中に展開しているのには、一つの噂が関連している。


 曰く、相手の正体は人外――それも【鬼】であるそうなのだ。


 【鬼】と一括に言ってはいるが、それでも様々な種類がある。

 吸血鬼や餓鬼、幽鬼、そして喰人鬼などなど。


 【鬼】というものが本当に存在しているかどうかはわからないが、ただ一つ存在していると言い切れるものがいるとすれば、それは殺人鬼だ。

 人の道を外れ、人を殺し続けた者の精神が変質して生まれる、【鬼】。


 人を殺し続け、人を殺すことに快感を覚えるというそれは、それによって養われるらしい狂気とも似つかない殺気じみた雰囲気を纏うという。


 それが、町人たちの話では、子供の姿をしているというのだ。


「待て」


 ランタンを照らしながら、貴族街を巡回していた彼らは、ベテラン風な男のその一言で足を止める。

 男は人差し指を立てながら背後の隊員たちに動かないようにハンドサインを送ると、ランタンの火を弱めて、じっと暗闇を見つめ続けた。


「……(気のせいか?

 いや、今確かに何か光ったように、見えたが……)」


 他の警邏部隊だろうか?

 いや、それにしては妙だ……。


「ハマー、撤退だ。

 俺達だけじゃ荷が重すぎる――」


 ベテラン風の男が隊員に支持をだそうを振り返ると、その奥に見慣れない小さな影が一つあった。


「ねえおじさん♪

 そこで何してるのかな?ボクも混ぜてよ♪」


 ざわり、と隊員がざわめいた。

 足音が全く聞こえなかった。それどころか、気配すら全くしなかった。


 たったそれだけで、彼らはその子供が見た目通りの存在ではないことを理解していた。


 少年とも少女ともつかない、中性的な整った顔立ち。

 銀色の髪はランタンの光を反射して、キラキラと輝いている。

 身長は低く、着ている服はお粗末な布切れであったが、その下から感じる無数の殺気からは、そこに何があるかを、彼らに容易に想像させ、また、躊躇わせていた。

 ただ、僅かに膨らんだ胸部が、それが少女であるということを物語っていた。


 そして、そんな外見よりももっと目立つものが、その額には生えている。

 白い、二本の小さなツノである。


 不意に、ベテランが手にしていたランタンが、その手から抜け落ちる。


 ランタンから漏れた油が辺りに広がり、火の海を現す。

 彼は静寂な街路を木霊したランタンの音に、やっとのことで正気を取り戻した。


「そ、総員抜剣!」


 ベテランの合図で、全員が一斉に腰の剣を抜く。

 それは後ろに広がる炎の光に反射して、キラキラと輝いた。


「およよ!?

 もしかして殺し合い?

 いいね、それで遊ぼう♪」


 おどけた口調で嘯く鬼に、隊員の一人が斬りかかる。

 本来の任務は警戒と不審者の捕縛であるが、これ程実力差があったのでは生け捕りも不可能に近い。

 ……だが実際には、そこまで考えていなかったのだろう。


「うおおおおおお!!」


 彼は彼女の纏う妙な気配に気づかず、ただ錯乱の果に(悪く言えば考えなしに)、鬼の少女に剣を向けていた。


 ――グシャア……ッ!


「ぐぼハァ……ッ!?」

「ニール!!」


 おぞましい効果音とともに、ニールと呼ばれた男性は、上下を分かたれて後方の火の海へと吹き飛ばされていった。


「……つまんないの。

 こんなに脆いんじゃ、遊んだ気にならないじゃん!」


 振り抜いた剣を鏡にして、頬に跳ね返った血液を親指を使って拭い、ぺろりと舐める。


「ん〜、やっぱり不味いね♪

 良い物食べてる貴族様は、それなりに美味しいんだけど」


 鬼の少女は、残念とでもいう風に肩をすくめてみせた。


 そのセリフで、ベテラン風の男は、彼女が何者であるかを悟った。


「まさか、女喰人鬼グーラ!?」


 グーラ、というのは、グールの女性体の名称である。

 グール、つまり喰人鬼とは、読んで字の如く、人を食べてそれを活動の糧とする生き物である。

 ほとんどお伽噺レベルの存在であるので、ただの食人趣味カニバリズムの人だと思いたいのだが。


 その額の角が、人外であることを、何よりも雄弁に物語っていた。


「そだよ♪

 よくわかったね!勤勉な君は、きっといいもの食べて育ってるんだろうなぁ♪」


 彼女は恍惚な笑みを浮かべながら、彼に厭らしい眼差し(といっても、それは彼女の旺盛な食欲からくる眼差しであるのだが)を向けた。


 ベテランはゾクリと背筋を悪寒が走る感覚に襲われる。

 それは誰だって、あんな食欲にまみれた視線で自分を見つめてくる存在がいるならば、誰だって恐怖を覚えるというものだろう。


 ……とはいえ。


 ベテランはギリリと握りを絞る。

 彼には彼女の食の糧となる気は毛頭なかった。


 逃げるにしても、背後には自分で作ってしまった火の海が邪魔をして袋小路の状態である。

 多少無理をすれば突破できないこともないだろうが、それには背負うリスクが大きすぎる。

 とても試す気にはなれなかった。


「よし、決めた♪

 そこの強そうなキミは、ボクのデザートに取っておくとしよう♪」


 彼女は満面の笑顔でそう頷くと、ニールを斬り飛ばした剣を構えて、隊員の体を一人ひとり見据えていった。


「(拙いな……。

 全員、蛇に睨まれた蛙状態だ。何とかして士気を復活させねばなるまい)」


 士気が下がれば、当然統率も取れなくなる。

 そうなればもとがどれほど優秀でも、ただの暴れ馬でしかなくなる。


「さて、誰から味見しようかな〜♪」


 余裕の表情を崩さずに、それは隊員に指を向ける。

 今にでもど〜れ〜に〜し〜よ〜う〜か〜な〜♪なんて間の抜けた餞別の歌が聞こえてきそうである。


 たじろぐ巡査官。

 そんな彼らを復帰させる方法を、ベテランは知っていた。


「我よ、我よ、誇り高くあれ。

 父の大地を踏みしめて、遠くに聳える山となれ。

 巌のように力強く。

 槍のように鋭くあれ!」


 急に歌いだしたベテランに、鬼の少女がポカンとする。

 つられて警邏隊員も呆けていたが、次第に彼の意図を理解したのか、ニヤニヤと笑顔を浮かべて、彼の歌に続く。


「「「父よ、母よ、広くあれ!

   山のように気高く、海のように慈愛を捧げよ!

   火山のように逞しく!

   氷山のように冷徹に!」」」


 そう。

 下がった士気を上げるには、大声を出すことが大事である。


 大声を出すことで、緊張していた筋肉がほぐれ、副交感神経が活発になるのである。

 それが、戦などの緊張を和らげ、本来の力を引き出す役割を果たすのだ。


 警邏隊は祖国の国歌を口ずさみながら、グーラに剣を向け、取り囲むように近寄っていく。

 当のグーラとはといえば、完全にペースを相手に取られ、本来持つ恐怖喚起の性能をうまく発揮できないでいた。


「「「我よ、我よ、誇り高くあれ!

   父の大地を踏みしめて、遠くに聳える山となれ!

   巌のように力強く!

   槍のように鋭くあれ!」」」


 次第に大きくなっていく声量は、超聴力を有する彼女には、効果は覿面であった。


 それは周囲の警邏隊を呼ぶSOSとなり、仲間が段々と数を増していく。


 早くてを打たなければ、自分の方こそ死んでしまう!

 そう悟った彼女は、勢いをひっくり返すために、大声で吠えた。


「うおおおあああああ!!」


 次の瞬間。

 その場から鬼の少女の姿が掻き消えた。


「うっる……っさい!!」


 かと思えば刹那。

 その前方で剣を突きつけていた警邏部隊が何人か吹き飛んでいった。


「たじろぐな!

 歌を歌えぇ!」


 その一瞬、ピタリと国歌が止むが、しかしそれも、ベテランの鬨の声により、再開される。


「「「我らは輝く稲妻だ!

   太陽のように輝く白き槍!」」」


 それは、南方の先住民が、植民地開放の時に歌った歌であり、その国では第二の国歌とも呼ばれているものであった。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」


 兵たちは雄叫びを上げる鬼へと、剣を向ける。

 しかしまだ誰も彼女には斬りかからない。


 これはただの足止めであり、本来は捕縛を目的としていたからだ。


 この戦術を、その国ではかこつるぎの歌と言った。

 囲い剣の歌は、それから一晩中続いた。


 発狂したグーラは、理性を失い暴れまわったが、いくら強力な鬼といえども、数の暴力には勝てなかった。


 こうして、その鬼は次第に衰弱していき、最後にはやってきた兵士たちによって厳重に拘束され、投獄された。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 後に、例のベテラン風な男――レイ・ニコラス巡査官は、この事件の終末について、こう語る。


「あの戦いで雌雄を決したのは、やはりあの歌でしょう。

 私は、彼らが彼女によって恐怖していることがわかっていた。ええ、私もです。

 恐怖しているということは、当然士気も下がっているわけですから、皆腰が抜けて、本当の力を出せませんでした。

 ……実際に、私の部隊は一人、惜しい人を亡くした。

 士気が下がり、錯乱状態に陥ったのでしょう。

 そこで私は策を練りました。

 そう、歌を歌うのです!

 誰もが知っている歌を歌う。

 それも、大声で。

 こうすることで、私は部下の緊張を取り除き、士気を上げることに成功しました。

 あとは、なるようになったというだけですね」


 彼のその言葉は、新聞の記事の一面に大きく飾られ、そしてレイ・ニコラス巡査は、喰人鬼捕縛に多大な貢献をしたことを認められ、牢獄の勲章を叙勲。下級警羅騎士から、下級騎士へと昇格を果たした。


 ――レイはそんな内容が載せられた記事に目を通しながら、コーヒーを啜っていた。


 今日は非番ということもあり、家でゆっくりのんびりしていたのだが、その記事を見てふと先週の出来事を思い返していた。


 思えば、彼女は何人もの人を殺し、果ては部下までもがやられた。

 彼以外の部隊でも、合計すれば百は上がらないそうだ。


 それほどの甚大な被害を受けたわけだが、何故か今は少し頭が冷めていた。


 無論、ニールを殺ったあの鬼を許すつもりはないが、しかし頭の片隅では「まだ子供じゃないか」という気持ちが残っていたのだ。


「……」


 彼は新聞をたたむと、ナイフとフォークで、エッグベネディクトを切り分けて口へと運ぶ。


 牢獄の勲章を受勲してからというもの。

 周りの景色は今までとは違って見えるようになった。


 いわば彼の功績とは、このまま放置しておけばいずれ国が終わる可能性があったものを防いだ、というものだ。

 過ぎれば国家レベルの緊急事態でもあった。


 それからというもの、彼に(良い意味で)言い寄ってくる貴族が増えた。というより現れた。


 この国では平民であろうと貴族であろうと苗字を名乗れるので、苗字があるからといって貴族であるということはない。

 事実、彼は平民の出であり、ついでに言えば両親は喫茶店を営んでいる、ごく普通の家族である。

 貴族との関わりなんて今までほとんど無かったし(あったとしても、それは警羅に所属する時の式での話だが)、興味すら覚えなかった。


 けれど今は、婿になってくれという類の、いわゆる縁談というものが出始めたのだ。


 ……この、一週間で。


 レイは朝食を終えると、衣装を正して出かける準備を始める。


「(何やってんだか……)」


 レイ・ニコラスは肩をすくめると、自宅をあとにした。

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