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脱法蚕

作者: やまけん

 好きだからたくさん聴くのか。たくさん聴いたからその曲が好きなのか。

 という問いは、好きだから会おうとするのか。よく会うから好きになったのか、と同じだ。第三の答えもあるかもだが、それは今考えない。というか脳の容量がいっぱいでそこまで考える隙がない。そして今日も空容量が減る。


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


 ロシア系美女が真っ白い手を伸ばして、ティッシュを配る。


「ん」


 何事もないように目だけで挨拶して右手でティッシュを受け取る。


 今日もここから始まる。



 美人の近くで深呼吸するとストレスが減るという、研究データを飲み屋かネットで聞いたが、あれは本当だ。

 今まさに体験しているし、今日だけでなく昨日も一昨日も先週も、心臓のパルス(逆)のようにガッとストレスが下がる。そして、改札に入ったあたりでガッと上がる。残り香はホームまでは届かないみたいだ。


 その後残るのは鼻炎誘発スギ花粉と、ストレスを足していくだけのお仕事。に向かう通勤電車。


 ここから先のストレスパルスは平行線に近いゆるーい下り坂の直線を明日の朝まで描いていく。



 帰宅。


「サー」


 押入れを開く。


「ざっ」


 小さな段ボールを出す。


「ポスっ」


 今朝もらったティッシュをそこに詰める。


 決して使いはしない。


 美女の残り香を楽しむように、鼻をかんだり、オナニーティッシュに使ったりという方法もあるし、それがある意味スタンダートなのかもしれないけれど、生理的な理由で却下。


「生理的にダメ」とかの生理ではなく、本当にダメなのだ。


 自分は小学1年生のとき、ティッシュに触るとかぶれてしまう体質になってしまった。


 鼻をかめば顔はパンパンになるし、ケツを吹けば、地獄のような苦しみが待っている。ただA社のシルクティッシュだけは大丈夫なので、必要なときはそれを使うようにしている。


「ざっざっ」


 ティッシュを詰め終えたので押入れに段ボールをしまう。


 備蓄用のA社のティッシュ入り段ボールの隣に置く。


「サー」


 押入れを閉じる


 それが自分の毎日だ。


 すごく退屈そうに可哀想見えるかもしれないがむしろ逆だ。


 毎朝の数秒、ティッシュ嬢の肌ツヤ、変わらない宣伝先会社のTシャツの胸元の皺、を見ることだけに研ぎ澄まされる集中力。


 毎晩ティッシュの保管により満たされるコレクター心(最初はティッシュ一つ一つに年月日日時分秒を書いていたが気持ち悪いので止めた。とっくに気持ち悪いけど、これだけは止めた)。


 最近は、退屈な仕事も楽しく、効率が上がったようにも感じるようになってきた。ほんとイイことづくめだ。


 誰にも迷惑かけてないし、俺は幸せだ。ティッシュ嬢(どうでもいいけど、「ティッシュ嬢」という響きなんかエロくないすか)も確実に1個はける要員がいて良い事と思っているはずだ。もしくは認識していない。


 だからこのルーチンは続いた。




「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「おはようございマース。よろしくおねがいしマース」


「ん」


「サー」


「ざっ」


「ポスっ」


「ざっざっ」


「サー」


「」


「ん?」


「サー」


「サー」


 何故か今日は、ティッシュ嬢はいなかった。


 ティッシュ嬢が地元の駅で配るようになってから、初めてのことだった。3週間限定のキャンペーンだったのだろうか。


 気分はだだ下がりである。




「」


「ん…」


次の日もティッシュ嬢はいなかった。


気分は最悪だ。正直会社に行きたくない。


自分だけでなく、世界が、どよーんとしているように見える。


 道を歩いてるジジイも、冬服を着ている女子高生も、カートを引いてる背中90度のババアも、駅員室から改札を眺めているおっちゃんも、みんな目が虚ろだ。なんなら涎もだらだらだ。だらだら?




 恋は盲目。




 ちっちゃな町がラリっているのも、ティッシュのパッケージが何故か地元の製糸工場なのも今になって気づいた。


 駅前の電気屋がさっきから地元のニュースを逃しているのも今気付いた。


「…今日のニュースです。上蚕町の製糸工場で、違法な遺伝子組み換え蚕を作成していることが明らかになり、同工場の社長らが逮捕されました。今回、彼らは絹糸腺に脱法ハーブの成分を産生させることで…」

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