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「おーい怒ってないでいい加減出て来いよー」


 ザミラとホルンが厩の二階に戻ってくると、イヴァンが床に腹這いになりながら一人で棚に向かって話していた。


「ザミラさん、あなたのお兄様が……」

「いえ人違いですあんな人知りません」


 荷物を持ったまま入り口でそんな会話をしていると、丁度メルが小走りに階段を上ってきた。


「イヴァーン、出て来そうですー? あらにいさ、ま……な、んですのその装いは……」


 全員が全員、たかが一日離れていただけでお互いに驚く事だらけ。

 入り口での会話が聞こえてるはずであろうイヴァンだが、それに反応する事無く棚に向かって話続け、何故か意を決した様に棚の下の隙間に肩まで腕を突っ込む。

 するとそれとほぼ同時に悲しそううめき声が部屋中に響いた。


「よっしゃ、捕まえたぞメル! あ、おかえりザミラ、ホルン。見ての通りマンドレイクの育成は難航中だ」


 棚の下の隙間から何故か茎に布を巻いたマンドレイクを引き抜いたイヴァンが、何故だか自信満々にそう告げるのをザミラとホルンは途中から聞いていなかった。

 二人ともイヴァンの発言が衝撃だったのだが、ザミラとホルンとでは少し受け止め方が違った。


「イヴァン……? なんで、呼び捨て?」


 ザミラはメルに自己紹介をするのも忘れ、不思議そうな顔のイヴァンと嬉しそうに輝かしい笑顔を振りまくホルンを引き攣った表情で交互に見上げる。


「何でって……メルが呼び捨てで呼べって言って来たから俺も呼び捨てでってなって、じゃあホルンだけ敬称つけるのもなんだなってメルに聞いたら敬称無くて良いんじゃ無い? って返事だったから? と言うかお前等こそ何してきたんだよ。全身土まみれ埃まみれだぞ?」


 土いじりしてた俺達のが綺麗だとイヴァンとメルが仲良く揃って小首を傾げる。

 そう言われぽんぽんと自身とホルンの背中についた土を払うザミラに、無言のまま輝く笑顔を振りまくホルンをザミラは見なかった事にした。



「――そんな感じで収穫はスレイプニルの食性と、頬を赤らめ潤んで艶めいた瞳で見上げるホルンさんが、震えた唇から声にならない吐息のような声を零し苦しそうに髪を振り乱しながら体を震わせ横たわっているのをただただ隣に寝そべりながら見守ると言う、恋する乙女垂涎のプレミアム映像を拝見した位です。それどころか見方によれば恋する乙女心を持った男性も拍手喝采ものだったかと思います。以上」

「そうですね、スレイプニルの警戒心の確認と、私を枕にしたまま無防備に寝息を立てるザミラさんを間近で眺める事が出来た位ですね。心残りなのは暗くあまり表情が確認出来なかった事ですが、私が少しでも動くと必死にしがみついては私の服の中に手を入れ暖を取ろうとし、ついでに顔を擦り寄せて来ては満足そうに小さく笑うのを一晩中間近で体験・観察出来たので、こちらもそう言った方垂涎だったかと思います」


 肩を震わせ思い出し笑いをするザミラと、綺麗な笑顔を顔に貼り付けたホルンがお互いに視線を向け報告するのを、食い入るように聞くメルと適当に聞き流すイヴァン。

 イヴァンとメルが厩の二階で行った一回目の実験で、マンドレイクは見事一晩足らずで二倍に分けつしていた。

 ただ元のマンドレイクより一回り程小さな出来であり、実験結果としてはイヴァンとザミラの牧場での出来を下回る事となり成功とは言えないもの。

 今はその分けつしたマンドレイクを放牧場の一角のテラリウムに植え直しながら四人はだらだらと報告を交えた会話をしていた。

 手際良く土を掘りマンドレイクを入れ詳細な状況を綴るイヴァンの横で、メルは水差しを放ったままザミラとホルンのやり取りに耳を傾け、何故か『私達も負けてはいられませんわよ!』と嬉しそうにイヴァンを叩いている。

 そして一晩で折れていた茎も粗方繫がった自立するマンドレイクは、何故だか植え直されるマンドレイクを尻目に地面の上を転がりながら歌うような鳴き声を上げ続けている。


「そう言えば何でそのマンドレイクだけ勝手に動き回るの? うちで収穫したやつをまた植えたから? この成長の仕方はその子だけにしたいんだけど……」


 転がっては自身の茎に巻き付けられた布を擦り短く高い鳴き声を数度上げる動作を繰り返すマンドレイクを眺めながら、ザミラがため息混じりに呟く。


「他のもうちで採ったやつだから違うだろ。と言うかこいつ最初から動いて……何したんだよホルン」

「私はお二人の牧場で回収した包みから一株取ってお渡ししただけですし、私がお二人にお渡しするまで他の物と変わりは無かったですよ?」

「それに私がイヴァンにお渡しした物も兄様と同じ包みから出した物ですわ」


 植え直したマンドレイクに水をかけながら各々が口を開く。

 今水をかけているマンドレイクは目の前で転がるマンドレイクとは違い、水を必死に体に擦り込むような行動はせず、大人しく葉を揺らし植物らしい佇まいをしている。

 当初はイヴァンとザミラが付きっ切りで水をあげ世話をした結果と解釈していたのだが、イヴァンが一晩中世話をしたマンドレイクに異変は無くそもそも鉢に植えた瞬間から自分の力で動いていた。

 いくら考えても全く原因が分からず、考えれば考える程目の前で転がるマンドレイクが不気味に思えてくる。

 記録をつけ終えたイヴァンが全員を見渡し、おもむろに転がるマンドレイクに手を伸ばすと自身の後ろに置いていた鉢植えに植え直す。

 鉢植えは昨日イヴァンが自身の被り物で包んだままの状態で、更に縄を編んで作ったネットに入れ肩や首から下げ持ち運びがしやすいように加工されていた。

 実際に今もイヴァンが背中に縄を通し、お腹付近で鉢を抱えつつ背中で重さを受け止める様に抱えていた。


「……る……ン……ホルン閣下ー!」

「おや、何やら王宮が騒がしいですね」


 眼鏡を外しロングジャケットを腰に巻きシャツの袖をまくった状態で、端のマンドレイクに日除けを被せていたホルンが自身を呼ぶ声に立ち上がり振り返る。

 同じように髪を結い袖をまくり上げドレスの端をひっつまんだ格好で、ホルンと一緒に作業していたメルも立ち上がると、心底面倒臭そうに眉根を寄せた。


「そろそろ戻らないと面倒そうですね」

「そのようですわね。私も昨夜はこちらに居りましたし、もしかしなくとも……」


 ホルンとメルは揃って深い溜息を気怠そうな表情でイヴァンとザミラに向き直ると、そのまま困った笑顔で小首を傾げた。


「どうも少し席を外し過ぎたみたいです……。お二人とも申し訳御座いませんが、私とメルは一度戻らせて頂きますが、お二人もそれぞれ部屋を用意しておりますので一度休まれては如何ですか? 食事もご用意致しますが」


 腰を伸ばし捻りながら申し訳なさそうに告げるホルンの目元に一気に疲労の色が滲んだ。

 メルも先程まで生き生きと楽しそうにしていたと言うのに、今は俯き彫刻のように綺麗に表情一つ覗えない。

 イヴァンとザミラも揃って立ち上がり、王宮から響いてくる幾つもの声に耳を傾け顔を見合わせる。


「いや、本職をすっぽかして俺達を手伝ってくれてたんだ、むしろ気付かなかったこっちが悪かった。俺達はもうちょっと作業してるからここに残るわ。それに眠くなったら厩で寝るし、腹が減ったらククルも狐もあるし気にすんな」


 ホルンとメルは笑顔で頷くと、後で着替えと食料を運ばせると言って足早に去って行った。

 ただ相当慌てて居たのか、ホルンは眼鏡をマンドレイクに取られたまま戻ってしまった。


 マンドレイクの世話以外、特にやる事の無い二人はテラリウムでのんびりとククルパンを囓りながら、各々好きに時間を潰していた。

 ザミラの膝の上には昨日森で仕留めた狐の毛皮が乗っていて、イヴァンの膝の上の鉢に入ったまま葉を伸ばしたマンドレイクがさわさわと撫でていた。

 ザミラは毛皮に針を通す手を止め、マンドレイクの茎の根元付近にメルが置いていったリボンを結い満足そうに笑う。


「マンドレイクだから……『レイ』で良いかな?」

「本気で名前つけるのかよ。そこそこ良い名前なのが若干気になるが良いんじゃないか」


 座ったまま普通の水と種類の違う肥料水二種をそれぞれ三株のマンドレイクにかけているイヴァンは、ザミラの方を向く事無くさもどうでも良いかのように答える。

 テラリウムの入り口には従者が置いて行った服と食料と資料の束が放置されたまま、夕日に照らされ茜色に染まっていた。

 服は作業用の麻で出来た庭師の様な物と、いかにも高級そうな仕立ての貴族風の服が二人分用意されている。

 服に添えられていたホルンの手紙によれば、どうやら王都で二人の遊牧民調の服は目立つらしく、どうしても好奇の目を向ける人が現れる恐れがあると書かれていて、貴族風の服はそれを避ける目的らしい。

 それが強要では無く【不快だったら】と書かれている辺りホルンの気遣いを感じる。

 葉の大きさを計測していたイヴァンが羽根ペンで自身の頭を叩きながら口を開く。


「やっぱり肥料を与えると成長が早いけど、増えはしなそうだな。今日中に一本抜いてみるか」

「そうね。明日にでも成分抽出してみようか。それにしても、次はいつ森に行く許可が降りるかなー。どーやって捕まえよう」


 普通の植物ではあり得ない驚異的な速度で成長するマンドレイクに、もはや違和感を感じなくなってきた。




 宰相執務室では執事や騎士団長、それに複数の官僚と従者に囲まれたホルンが、口々に発せられる小言を完全に無視しながら書類にペンを走らせている。

 大きな机に所狭しと高々に積まれた書類の他に、ホルンの側に仕える侍女の手にも書類が山のように積まれている。


「閣下……魔獣くらいご命令を頂ければいくらでも生け捕りにして来ます。それにいくら何でもお一人での外出は万が一何かあった時――」

「大勢で押し掛けたらスレイプニルが警戒しますし、あの時は私以外すぐに動ける者が居なかったのです。力ずくで捕獲してもその後誰がその頭に血が上った生態の分からない魔獣の世話をするのです? それにその万が一の為私が同行したのではないですか」


 ホルンは温度を感じない淡々とした口調で騎士団長の話を遮り、完了した書類を手渡すとすぐ机に視線を落とす。


「先程から私の判断を仰ぐ程でもない書類が多々見受けられますが、私が不在の間、文官はいったい何をしていたのでしょうね」


 ホルンが視線を上げる事無く冷ややかに言うと、一瞬で部屋の中の空気が張り詰め温度が下がった。すると先程まで口々に小言を言っていた官僚達は青白い顔で黙り込み、ただの置物と化してしまった。

 ホルンは不快そうに細めた目を上げ自身を取り囲む官僚を一瞥すると、冷たい目線を扉に向けた。

 その意図を察した官僚達は頭を下げいそいそと部屋から出て行った。

 残った侍女も流石に気まずいのか暇の許可を請い頭を下げるが、目頭を数度摘まんだホルンが気怠く艶っぽい視線を上げ、退出前にお茶のお代わりを要求する。

 極度の緊張で震える手でどうにかお茶を注ぐ侍女の姿を、頬杖を付き眺めていたホルンは、一つ溜息をつくとようやく目元の力を抜き机の引き出しを開ける


「随分と嫌な場面に居合わせてしまいましたね。これはメルからの頂き物なのですが、良かったら休憩の時にでもおあがりなさい」


 ホルンは引き出しから小さな袋を取り出し侍女の持つトレイに乗せる。

 透明な袋でラッピングされた物はメルが最近気に入っているというサブレで、ホルンにも良くお裾分けと言ってくれる物だった。

 驚き声も出ないまま目を見開き、ホルンとトレイの上を何度も何度も確認した侍女は、顔を真っ赤にし何度も頭を下げると慌ただしく茶器を抱え退出して行く。

 それから少しすると遠くの方からいくつか甲高い女性の声が聞こえて来た。


「流石にちょっと無理矢理過ぎたでしょうか……」


 先程の官僚への大人げない態度を少し悔やみつつ自嘲気味に笑うと立ち上がり、窓の外を眺める。すると窓の外、中庭でお茶会中のメルが酷く退屈そうにしているのが目に入った。

 メルも戻った時に相当小言を言われたと侍女が噂していたのはホルンの耳にも入っている。

 お茶のカップに視線を落とすと、王宮の裏の方から聞き覚えのある鳴き声が響いて来てつい笑みが零れてしまった。

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