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「あちこち動き回っても策は無いですし、今回はここで夜まで粘ってみて様子を見ましょうよ。スレイプニルが来なくても他の動物が来るかもしれませんし、そうしたら仕留めてお土産にしましょ」


 日も真上に昇りきった時刻、三杯目のお茶を飲んでいたザミラがあっけらかんと言う。

 二本の指で摘める程の大きさに砕いたククルパンを口に運んでいたホルンは、指先についた粉を布膳の外で掃うとザミラにお茶のおかわりを注ぎ始めた。

 ザミラがこの決断を下すまで四半刻、お互いに匂いで誘き寄せるや森を歩き回ってみる等の案を出し合っては頭を抱えるを繰り返し、結局現状ではこれ以上良い打開策を見つける事が出来なかった。

 実際火があるにも関わらず、小川には大小様々な鳥や小動物達が引っ切り無しに訪れていたので、あながち的外れな結論では無いはず。


「ではそろそろ火を消しましょうか。それと気休めですが、茂みに隠れておいた方が良いかも知れませんね」

「じゃあ狩りの時に防寒とか隠れるのに使う布があるので、それを被って待機しましょうか」


 二つ返事でザミラの案を了承したホルンは、かちゃかちゃを茶器を纏めながら早速準備に取り掛かり始めた。

 二人並んでブーツに手をかけすっぽりと足を入れると立ち上がり、ホルンは茶器を持ち小川に向かい、ザミラも歩きながら定期的にトントンと爪先で地面を蹴りブーツを履きつつ荷物を片付け布膳を畳む。

 ホルンが小川の水で簡単に茶器を洗い振り向くと、ザミラは菓子盆に中途半端に残ったククルパンを細かく砕き、少し離れたところに種蒔きをするかのように広範囲に向け撒いていた。

 ザミラが撒いたそばから木の上に居た鳥達が地面に舞い降りククルパンを啄ばみ始め、地面は色とりどりの鳥がひしめき合う。

 満足そうに菓子盆に付いた粉を掃いしまい込むと、次はホルンが洗った茶器を受け取りしまい込む。

 先程の布膳は鞄の外に結びつけ固定しているが、小さいという分けではないが大きいとも言えないザミラの鞄に、良くそれだけの物が入るものだとホルンが感心していると、今度はそこからずるりと朽葉色の大きな薄い布を取り出すとぼさっとホルンに被せた。

 先程ザミラが言っていた狩りの時に使う布だろう、外気をしっかりと遮断し保温効果もある素材だが、絹の様に軽く柔らかい物でこれ一枚あれば旅先でも寝具に困る事は無いと想像出来る。

 ザミラはホルンに被せていた布を回収すると、そのまま近くの茂みに荷物を置き、その上に腹ばいになると頭からすっぱりと布を被り、自身の隣をぺらっと捲りホルンに手招きする。


「ホルンさん準備出来ましたよー。良い感じに荷物が座布団代わりになってる……けど絶妙に硬い痛いぼこぼこする」


 相当不快なのかホルンを呼びながら徐々に眉間にシワを寄せていくザミラ。


「全然そそられない感想なのですが……隣に一緒に入ってしまっても良いんですか?」

「一枚しか持っ……はっ! これってもしかしなくても失礼過ぎ!? 地面に寝そべった事なんて無いですよね! やっぱり下に布膳敷いた方が良かったです? そもそも一緒に入る事自体しつれ――」

「お隣失礼しますね」


 背筋で起き上がりながら早口でわたわたと話すザミラを華麗に無視し、ホルンはザミラの隣に同じように並んで寝そべり顔の前に双剣を並べて置く。

 コートや髪に土が付くのも気にせず寝そべったホルンは、頬杖を付くとおもむろに腰につけていた小さな鞄から大量の書類を取り出し目を通し始めた。


「ホルンさん……突然宰相業務開始ですか」

「出発の際に鞄に詰め込まれたのをふと思い出しまして」


 書類が折れ曲がらないようにしっかりと硬い入れ物に入れられている辺り、皆初めからホルンさんに持たせるつもり満々だったのが想像出来る。確かによくよく考えてみれば、ザミラの家を離れる際『そろそろ仕事に支障が出る』と言っていたにも関わらず、城に戻ってすぐにここに来てしまったのを思い出した。

 ホルンはマンドレイクに取られてしまったのとは別の羽根ペンを鞄から取り出すと、頬杖を付いたまま何事も無いかのようにかりかりと仕事を開始し、ザミラも周囲を眺めつつ若干の罪悪感からホルンが処理をした書類を入れ物に戻す等小さな手伝いをしながら時間を潰す事にした。


 どれ程そうしていただろうか。

 真上にあった太陽も随分と傾き、そろそろ木に隠れてしまうのではないかと言う時刻、うっすらと気温も下がったような気がする。

 その間あった事と言えば、ひたすら書類にペンを走らせ続けるホルンが、ふとなぜこんな所でまで書類に向かわなくてはならないのかと気付き一度ふて寝しそうになった事と、そこそこ大きな狐が小川に来たのでお土産用にとザミラが弓で仕留め、小川の下流まで血抜きをしに行った事以外取り立てて変化は無かった。

 その上日の光が木に遮られ作業が出来ず書類を片付けると、ようようやる事が無くなった。

 特に会話も無いままぼうっと森と小川に視線を向け続ける二人。

 鳥やリス等の小動物は、二人をたまに動く無害な自然の一部だと認識したのか、頭の上や双剣、時には布の隙間から中に入って来る程になっていた。


「さすが母神はすご……いたたた」


 ザミラもリスや小鳥に群がられてはいるものの、ククルの実で餌付けしたり指先でつついたりと上手くかわしているのだが、ホルンは頭や服の隙間に侵入しようとしてくるリスに何故か髪を引っ張られ続けている。


「どちらかと言うとその状況で無抵抗なホルンさんの方が凄いですって。何でそんなにホルンさんの服の中に入りたがるのかしら? 髪もお気に入りみたいだし、これは見てて飽きないですね」


 眼鏡に足をかけ前髪に掴まったままのリスに好き勝手やりたい放題されているホルンはなかなかに面白いが、襟や袖から侵入しようともがくリスに囲まれ更に面白い惨状になっている。

 どうにかして下さいと言うホルンを尻目に、ここぞとばかりに自分の周りにいたリスをホルンの上に乗せては声が出ない程笑うザミラ。

 さすがにそろそろどうにかしないととザミラがリスに手を伸ばした時、リスと小鳥達が一斉に森の方に視線を向けたと思った瞬間、ほぼ同時に布とホルンの服の中に逃げ込むように入り込んだ。


「えっ何し……あははははっくすぐったははは!」

「ホルンさんしーしー静かに! 何か来るみたい!」


 一斉に服に入り込んで来たリスがくすぐったく声を出して笑うホルンだったが、ザミラが必死な形相でホルンの口を手で塞ぐと、しっかりと布を深く被り息を潜めた。

 布の間から目だけ出し外の状況を伺うと、薄暗い森の奥からゆっくりと重い足音が近付いて来る。

 服の中のリスが大人しくなったのか、ようやく笑いが収まったホルンも息を整えながら足音のする方に意識を集中させる。

 徐々に近付く足音は二人に気付いたのか一度森の奥で止まってしまったが、しばらくするとまたゆっくりと近付き、その足音の主の姿が森からゆっくりと出て来た。

 ゆっくりとその輪郭があらわになると、それは遙か見上げる程の六本足の巨馬・スレイプニルそのものだった。

 闇がそのまま形を成したかと思う程深く艶のある黒の体毛を揺らし、悠然と二人の前を横切るスレイプニルは、一度二人に視線を向けてたもののすぐに何事も無かったかのように小川の水を飲み始めた。


「ホルンさんもうちょっと我慢して」

「そ、んな事いっふふふ……」


 スレイプニルが二人に視線を向けた直後、再び服の中のリス達が動き回っているのか、ホルンがまた笑いを堪えきれずふるふると震えていた。

 その声に反応してか、スレイプニルは顔を上げると背筋を伸ばし二人の様子を伺い始めた。

 攻撃態勢には入っていないがこちらを気にしているよう。

 だがそうは言ってもスレイプニルの気配に怯えたリスが服の中を駆けずり回り、小鳥が布の中で鳴き羽ばたくこの現状は、果たして声を潜め隠れて居ると言えるのだろうか。

 意を決したザミラはゆっくりと布を剥がすと、その場に静かに座り直しスレイプニルに視線を合わせる。

 スレイプニルは特に動く事も無くしばらくそのままザミラに視線を合わせ続け、何事も無かったかのようにその場に座り込み毛繕いを始めた

 今更だが非戦闘員の二人だけで魔獣の下見に来たのは間違いじゃなかったのかとザミラは思い始めた。

 それは牧場や狩りで動物達を身近に見て来たザミラの直感だった。スレイプニルが襲ってくる事も無くゆったりとしているのはただ大人しい気質だからではなく、ザミラとホルンが襲いかかって来ても蹴散らす自信がある、もしくはそもそも眼中に無い、そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 だが逆にそんな状態だからこそ、下手に襲い掛かったり刺激をしなければあちらも危害を加えてくることは無いという事でもある。

 では通常通りの動きをしても害は無いはず。

 ザミラは少し唸ると腹をくくったのか、隣で悶え苦しむホルンから布を剥ぎ取り、隠れる事無く先程までと同じように振舞うべく再び荷を解き布膳を広げた。

 その間遠巻きにスレイプニルが二人の様子を伺っていたが、ザミラの推測が正しかったのか時折尾を大きく振るだけで目立った変化は無い。

 布膳の上に茶器を広げ菓子盆を置く、さすがに火は駄目だろうかと思いつつもスレイプニルのいる方向とは反対の場所で火を熾す。

 スレイプニルとそのままの距離を保ったまま小川まで水を汲みに行き、湯を沸かす。

 ここまで大胆に動いてもスレイプニルは尾を振り二人を眺めているだけだ。

 ザミラはほっと胸を撫で下ろすと布膳にメモを広げ、ふと思い出したように未だ地面に転がるホルンに視線を向ける。

 

「ホルンさん、そのコートもう脱いじゃった方が……」


 二人にかかっていた布を剥ぎ取った際小鳥達は飛び去ったが、リス達はまだ服の中で盛大に動き回っているのか、ホルンの服があちらこちらもこもこと不規則に膨らむ。

 ホルンは何か伝えようと両目に涙を湛えたまま顔を上げ口を開くが、すぐさま顔を地面に突っ伏し再び小刻みに震え始めたので、ザミラは一先ずホルンを布膳の上まで転がし放っておく事にした。

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