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お仕事は繁殖させる事?  作者: 鹿熊織座らむ男爵
第二章 おまけ
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貴族の嗜みと

誤字脱字変換ミスは後ほど修正します。

「馬鹿息子よ、弓を教えてくれんか」


 早朝、いつも通りアマデウスと二人朝食を取っていたイヴァンは、何の前振りも無くそう告げたアマデウスに、口を開けたまま固まってしまった。

 イヴァンがフォークに刺したサラダを持ったまま体勢のまま動かない事を良い事に、アマデウスは話を進めていく。


「ランス公爵は分かるな? 公爵家がちょっとした特技を見せ合う優雅な祭りを毎年行っているのだが、早食いも早飲みも速筆も速読もやってしまってな、披露するネタが尽きてたんだ」

「優雅……弓……?」


 ようやく再起動したイヴァンは、サラダを持った手はそのままにどうにか言葉だけは返す。

 無言で頷くアマデウスに、イヴァンはフォークを持ったままア、確認するようにマデウスのつま先から頭の先までじっくりと視線を走らせる。

 

「弓を引く筋力はあると思うけど……それ以前に、もしかしてその祭りって俺も出るのか?」

「当たり前だろう。伯爵家父子で馬上から的か動物でも射れば場も盛り上がろう」


 サラダを頬張り控えていた侍女に空いた皿を渡しつつイヴァンが訪ねれば、アマデウスは当たり前だと呆れたようにため息を付きお茶を口に運ぶ。


「二人同時に追い物射は無理だ。弓が俺とザミラのしか無い。俺がやるから親父は他の出し物でもやれよ」 

「王妃の弓があるなら良いでは無いか」


 侍女からお茶を受け取りながら、一瞬イヴァンは不思議そうに目を見開いたが、すぐさま理解したのか乾いた笑い声を上げる。

 王妃と言われイレーネを思い浮かべたが、今はザミラが王妃なのだとすっかり忘れていたのだ。


「ザミラの弓は俺のより短く女でも引ける位の強さしか無い。ごっつい体の親父が使っても様にならねぇよ。……と言うか、多分引き過ぎて弓が壊れる」

「では弓作りからやれば良い。この辺りでは売っておらんだろう。どうせ今日は休みなんだ。暇ならたまには親孝行しても罰は当たらんぞ」


 もうアマデウスの中で今日一日の予定が出来上がっているのか、全く意見を曲げる気は無いらしい。

 イヴァンからすれば折角の休み、新婚なのだからメルを連れ街に買い物にでも行くか、スレイプニルと遠乗りでもしようかと思っていた。

 しかし、イヴァンが絶句しているのを肯定ととったのか、アマデウスは侍女を呼ぶとすぐさま支度を開始した。


*


「しかし分かってはいたが、お前も問題なく馬に乗れるんだな」


 当初アマデウス邸の庭で弓作りと練習をする予定だったが、ひっそりと練習したいのと、久し振りの馬に乗る感覚を思い出しておきたいとアマデウスが言い出したので、急遽二人はスレイプニルの居た森までやって来た。

 馬は普段馬車を曳かせている二頭。二頭とも普段は人を乗せないわりに、大人しく指示に従う頭の良い子達だ。

 馬に跨がったままどこか楽しそうに景色を楽しむアマデウスの後ろで、イヴァンもどこか楽しそうにその様子を眺めている。


「そうだよな、自分で馬に乗るって言い出したし貴族だし、親父も馬に乗れても不思議じゃ無いんだよな。……違和感しか無いけど」


 普段より幾分か身軽とは言え、やはり伯爵位を預かるアマデウスの服装は、やはり乗馬をするには違和感しか無い。それに、元々の育ちのせいか、ホルンが双剣を握るのと同じ位馬が似合っていない。

 イヴァンは物珍しそうに周囲を見渡しているアマデウスをしばし眺めた後、馬をおり弓の準備を始める。

 今日イヴァンは着慣れたいつもの民族衣装を纏い、一先ず自分の弓だけを持ち、ほぼほぼ手ぶらの状態で森まできた。

 昼食すら持って来ていないのはいつも通り現地調達のつもりなのだが、アマデウスは何やら多少持って来ているらしく、馬の背に少しばかり荷物を載せている。

 

「お、丁度良い感じの鳥が飛んでるぞ」


 馬をおり軽く腕を回したイヴァンが、ふと頭上を仰ぎながら嬉しそうな声を上げると、アマデウスもつられるように馬をおり天を仰ぐ。


「いや、まずは使い方をだな……」

「使い方? 引っ張って放すだけ」


 眩しそうに手を添え頭上を飛ぶ鳥を眺めながらアマデウスがぽつりと呟くと、隣に立つイヴァンは少し小首を傾げたあと、言ったとおり天に向け軽く弓を引っ張り放す。

 するとそのゆったりとしたイヴァンの動きからは信じられない程の速さで天を駆けた矢は、吸い込まれるように鳥に命中し落下してきた。


「引っ張って放すだけ」

「二度言わなくても良いわ」


 目の前に落ちて来た鳥を確認したイヴァンが、アマデウスに弓を差し出しながら再び同じ事を繰り返す。

 簡単に言って簡単にやってのけたが、全く参考にも何にもなっていない。

 一先ず弓を受け取ったアマデウスは、言われた通り見た通り弓をつがえて手頃な木に向け練習を始めた。

 

「親父、当分ここで練習するか? 馬に水飲ませるついでに、ちょっとこれ捌きに川まで行ってくるけど」

「捌く……。あぁ、お前が戻るまでここに居るよ」


 正直、アマデウスはイヴァンの弓術や馬術などは人伝に聞いただけだったので、あまり深くその意味を考えた事は無かった。

 しかし、狩りの為馬に乗り弓を射るのだから、仕留めた獲物の処理もするのは当たり前の話。

 貴族の嗜みとしてしか馬術を習わなかったアマデウスからすると、イヴァンの言動は全て予測不能で考えも及ばぬ事ばかりだった。

 

 イヴァンが鳥の首を掴み馬を二頭連れ、鼻歌交じりで去って行くのを確認すると、アマデウスは息を整え真剣な面持ちで弓に向かう。

 聞けばこの弓は王宮に来る前は毎日の様に使い、取った獲物は自宅で食べたり街に売ったりしていたらしい。

 その為か、ただの木を削って作っただけの、取り立てて特別な物でも無いはずの弓だが、イヴァンの汗や脂をすい、飴色の光沢がうまれ実に見事な色合いをしていた。

 もう一度弓を引けば、ぐっとしなり軋む物の、使い込まれた弓は折れる素振りも切れる素振りも見せない。日頃からしっかりと手入れをしているのが見て取れる。

 しかし、そんな使い込まれた良い弓を使った所で、使う人間が素人だとただの宝の持ち腐れのよう。

 イヴァンがやったように軽く引き放してみても、矢は木をかすめる所か、あらぬ方向に飛んで行くか木にも届かない事ばかり。

 一本打っては小首を傾げ、また一本打っては小首を傾げ、ようやく木にかすり始めた頃には矢筒の中は空っぽだった。

 当たらなかった矢は木の間を縫って遠くまで飛んで行ってしまった。探しに行っても良いが、イヴァンが戻るまでここに居ると言ってしまった手前、動くのも忍びない。

 もし取りに行っている間にイヴァンが戻って来でもしたら、待ても出来ないのかと小言を言われるのが目に見えている。

 ここはイヴァンの帰りを待つしか無いと、ため息を付くと、すぐ後ろで足音がした。

 

「戻ったかイヴァ――」


 タイミング良く戻って来たと振り向くと、そこには王宮の警備の魔狼より一回り程大きな狼が、頭を低くし真っ直ぐにアマデウスを見つめていた。

 いくら力が強いとは言え、アマデウスは貴族。護衛も連れずこんな森に来るのは初めてであり、敵意むき出しの狼を前にしたのも初めてだった。

 狼を真っ直ぐ見据えたまま、アマデウスはじりじりと後退していく。

 逃げるのが正解だろうが、背中など見せたらすぐに襲われるだろう。ではイヴァンを待つべきか。いや、イヴァンを巻き込む訳にはいかないし、それまでにらみ合っていられる訳も無い。

 何が正解か判断出来ずにいるアマデウスとは違い、獲物を仕留める事しか頭に無い狼はじりじりと一歩ずつにじり寄ってくる。

 狼の気迫にアマデウスはまた一歩下がるも、運悪く小石を踏んでしまったらしく、一瞬バランスを崩し狼から視線を外してしまった。

 するとその瞬間を見逃さず、狼は思い切りアマデウスに飛び掛かった。


「っ――!」


 もう駄目だと目を瞑りいずれ来る衝撃に身を縮めたが、何故か何も起きない。

 ゆっくりとアマデウスが目を開けると、狼はアマデウスに背中を向け森に向かい牙を剥き威嚇をしていた。

 何が起きたか分からないアマデウスだったが、狼が威嚇する先から、石と布を持ったイヴァンがひょっこりと顔を出した。

 イヴァンはそのまま手に持った石を布に引っかけるや、くるくると回し勢いをつけ石を放つ。

 狼が真正面から向かってくる石を避けると、今度はナイフを持ったイヴァンが斬り付ける。

 しかし、さすがに一筋縄では行かず、狼はナイフも避けると二人から距離を取るように後ろへ数歩飛び退く。


「おいイヴァ――」


 イヴァンの背中に守られるようにしゃがみ込むアマデウスだったが、はっと我に帰ると逃げようとイヴァンの肩を掴む。

 しかし、イヴァンは振り向きもせずアマデウスが握り締めていた弓を掴むや、ナイフを腰にしまい立ち上がる。

 そこでアマデウスは矢が無い事を思いだし小さく息を飲む。

 しかし、その時には既に狼は二人に向け走り出していた。


「イヴァン!」

「危ないからちょっと下がっててくれ」


 アマデウスは逃げようと再びイヴァンの肩を引くも、逆にイヴァンはアマデウスの体を木の陰に押し飛ばす。

 そして、イヴァンはアマデウスを押し飛ばした手を、そのまま何故か誰も居ない方に向け差し出した。

 するとイヴァンのすぐ後ろにあった木の枝が震えると、イヴァンの周りに集まり急速に一本の尖った棒へと姿を変え、差し出したイヴァンの手の上にそっと転がる。

 イヴァンは出来上がった矢をつがえると、そのまま狼目掛け弓を構え一呼吸もおかずそっと矢を放した。


*


「敷物にするか売るかどうすっかなー。ザミラに渡せば服になって返って来るしなー。加工するならメルが喜ぶ物にしたいよなー」


 馬の背に乗り切らない程大きな狼は、適当な木と蔓で編んだ籠に入れ、ずるずると引き摺っていた。

 おもいがけず見事な狼がとれたイヴァンは、上機嫌に馬を走らせているが、すぐ脇を走るアマデウスは狼を見つめたまま絶句している。

 あの後、狼に矢を打ち込みすぐさまナイフでとどめを刺したイヴァンは、何事も無かったかのようにアマデウスの体についた泥を払い矢を回収しに行った。

 そしてそのままいつも通りのらりくらりと山菜を集め、獲物を発見したらアマデウスから弓を奪い駆けて行くと言う自由っぷりを発揮していた。

 その為、鳥と狼と山菜以外にも、山ほどお土産を引き摺っている。

 

「親父も何となく弓の扱いに慣れたっぽいしな、後はこつこつ練習してー……っと、そうだ弓作るの忘れてたわ」

「いや……私のは良い、本番ではお前がやれば良い。私は他の事をする。私がやったら精々出来たとして、流れ弾で誰か射抜く位だろうな」


 あれだけ練習したと言うのに、今朝と言っている事が変わった。

 不思議そうにイヴァンが振り向くと、アマデウスは呆れたような笑みを浮かべ狼を眺めていた。


「そうかぁ? 初めてにしちゃ良く出来てたと思うけどなぁ」

「お前と一緒にやったらただの邪魔者、引き立て役になってしまうからな。ははは! 親としてそれはプライドにさわるわ!」


 からからと笑うアマデウスに、イヴァンは意味が分からないと更に不思議そうな顔をする。


「さっき母神の力で木の枝から矢を作っただろ? あれを披露してついでに射れば、まぁ貴族達は大喜びだ」


 先程、すぐ側にあった木の枝が勝手に矢になりイヴァンの手に落ちた。あれはイヴァンが母神の力で作った物だったのだが、アマデウスはそれを祭りでやれと言うらしい。


「あんまり母神だって人に知られるなーってホルンにきつーーく言われてるんだけどなぁ」

「んなもん魔術だ何だって誤魔化しときゃ良いんだよ! 大体の貴族は双子の母神の事を知ってるはずだ、気にするな。それにさっきの狩りは見事だった。所作もお前にして美しかったしな! 今からたたき込めば本番はもっと優雅な動きで披露できるぞ!」


 一人また熱くなり始めたアマデウスに嫌な予感を覚えたイヴァンは、ほんの少し速度を上げ走り出す。

 しかし、頭の良い二頭の馬は見事に足並みを揃え走る為、イヴァンが速度を上げればおのずとアマデウスも早くなる。


「いやー先程のはメルに見せてやりたかったわ。父を守る為、投石術と弓術と剣術を駆使して狼に立ち向かう背中。あの姿にはメルも惚れ直すだろうなぁ」

「もう絶対助けてやんねぇからなっ! マジで焦ったのが馬鹿みたいだわ!」

「何だ何だー、やはり父の身を案じてくれたのかー。そうかそうか、それならそうと素直に【心配した】と言えば良いも――って、危ねぇ! この距離で弓を打つな馬鹿息子がぁ!!」


 ねちねちとしつこいアマデウスに、ついにイヴァンは弓をつがえ射始めてしまった。

 どたばたと父子喧嘩をしながら一先ず一番近い王宮に戻ったが、二人の口論は日が暮れるまで続いた。

どうしてもイヴァンが動かしやすいせいで、イヴァンの話ばかりに…。

次は多分他の人も出します(多分)リクエストあったら教えて下さーい。

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