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お仕事は繁殖させる事?  作者: 鹿熊織座らむ男爵
第二章 おまけ
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レオの自由研究

半年以上存在を忘れていた番外編です……。

「イヴァン兄上ー」


 イヴァンは珍しい人物に呼び止められ、振り向いた体勢のまま動きを止めた。

 イヴァンが動かないことを良い事に、呼び止めた本人――レオは、イヴァン駆け寄ると当たり前の様にイヴァンの背中に飛び付きよじ登る。


「珍しいな、レオが一人って」

「? 私がいっぱい居る日もあるのですか?」


 よじ登って来たレオを肩車したイヴァンは、きょとんと目を丸くし小首を傾げるレオの姿に、小さく笑い声をもらすと、そのまま歩き出す。

 普段レオは自室にこもっている。

 それは家庭教師達の授業がある為だが、それが無くともレオはあまり部屋から出て来ない。

 以前はメルがレオを連れ回していた為王宮内でもよく姿を目にしたが、メルが嫁いだ今、政務の合間にホルンが連れ出すか、イヴァンとザミラが押し掛ける以外は、大人しく部屋で過ごしているらしい。

 レオが引きこもっている理由は至極単純で、誰かにきつく言われたとかでは無く、ただ単に部屋の外に用事が無いだけ。

 メルの様に用事が無くともふらふらと王宮内を散策し、何か楽しい事目新しい事を探す様な事はしないだけだ。

 イヴァンの先程の言葉は、そう言った事から出た言葉だった。


「ホルンの所にでも行くのか? 生憎俺は宿題を教えれる程学は持ってないぞー。耳飾りの意味すら知らなかった位だしなー」


 大人しく肩車されたレオが、何やらノートのような物をイヴァンの頭に置くと、イヴァンは笑いながら頭の上のレオを仰ぎ見る。


「自由研究をするんです。兄上達と姉上達をこっそり観察してこっそり話かけるんです」

「こっそり……? そうか、大変だな自由研究も。で、こっそり話し掛けられた兄上二号ですが、俺は何を研究されてるのでしょう?」

「今はまだ研究してません」


 そうは言いつつも、レオはイヴァンの頭をわしゃわしゃと撫で回したり、二の腕をぷにぷにと押すと、何やらイヴァン頭を机にし何やらノートに記入している。

 そのままイヴァンは特に気にした様子も無く、相変わらず飄々と笑ったまま適当な窓に足を掛けると、ひょいと飛び降りる。

 牧草地に放し飼いにしていたマンドレイク達とスレイプニル、それと石喰い鳥はイヴァンの姿を見付けるや、我先にと駆け寄って来た。

 

「イヴァン兄上は姉上の何処が好きですか?」


 イヴァンが突進してきたスレイプニルを軽く避けると、どうにも規格外な動きをしているのに慣れっこなのか、レオは当たり前の様にメモをとりながら質問をする。

 イヴァンは一度頭上のレオを確認すると、遅れて駆け寄って来た魔狼に伏せをさせ、その上にレオを降ろし、自分もその隣に座り込んだ。


「どっちの姉上? メルは言うまでも無く可愛い。ころころ表情が変わるところもだけど、基本は猪突猛進なのにここぞと言う時は子どもみたいに俺の意見を聞きに来る所なんか最高に可愛い。子犬みたいに俺のあとを付いてくるの何かたまらないな。ザミラはー……ザミラに対して好きなんて感情を覚えた事は無いな……。そうだな、あいつが居なかったら今生きてたかどうか怪しいな。思い返せば一人じゃ気が狂いそうな日常だったし、下手したら荒みきって詐欺師にでもなってたかもな」


 細かくメモをとるレオの隣で、イヴァンは魔狼の背に頬杖を付きながら、厩から歩いてくるザミラを眺めぽつりぽつりと口を開く。

 が、感傷に浸る雰囲気だったが、厩から歩いてくるザミラの両手に大量のマンドレイクと、石喰い鳥の餌であろう歪に膨らんだ麻袋を持つ、何とも逞しい姿に、イヴァンはたまらずふき出してしまった。


「何してるのー? サボりならまーぜーてー」

「ザミラ姉上ー、兄上の何処が好きですか?」

「んえ? どっちの兄上?」


 どさどさとイヴァンの上に荷物を下ろし、二人の向かいに腰を下ろしたザミラは、餅を二人に手渡しながら見事にイヴァンと同じ反応を示した。

 ノートを手に真剣な顔でザミラの答えを待つレオの気迫に圧され、たまらずイヴァン助けを求めようとするも、イヴァンは餅を咥えたまま擦り寄って来たスレイプニルの鼻先を些か雑に撫で回している最中だった。


「んー、ホルンさんの好きな所……。右手の中指を人差し指でさする癖、かな? 指長っ! 細っ! って毎回思う。肉体労働しないから一見綺麗な手だなーって思うんだけど、触ると意外にごつごつしてるんだよね。まぁ双剣やら燭台やら振り回すくらいだし、男なんだからそりゃそうなんだけどねー。あとはイヴァン? イヴァンの好きなとこ……イヴァンの好きなとこ……? ……お腹空いたって言ったら何か捕ってくるし、風邪引いたり怪我した時とか、動けない時にイヴァンが居て良かったなーって思う。一人じゃ死んでたかも」

「うはは! ホルンの魅力が右手中指だけって! ホルンのファンに胸倉掴まれろ!」


 笑い転げ回るイヴァンの横で真剣な顔でメモをとるレオ。ザミラもどうにも見当違いな答えだった自覚はあるそ、真面目にメモをとられると些か気恥ずかしくなってくる。

 完全に地面に突っ伏し笑いすぎで呼吸困難になっているイヴァンをよそに、レオはノートを置くと、イヴァンの時のようにザミラの頭や腕をぺたぺたと触り始めた。

 

「それ皆に聞いて回るの? 良いなー面白そう。でもスレイプニル達を連れて行くわけにもいかないし……そう考えるとイヴァンは楽よね、マンドレイクなら王宮内を連れて歩けるしさー」


 もう遊んで欲しくてしょうがないスレイプニルと石喰い鳥が、痺れを切らしザミラの髪を食み始める。

 いくら王宮で世話をしているとは言え、スレイプニル達を王宮内に連れて行くなど常識的にありえない。

 

「メルティーナ姉上にはこの前聞いたので、あとはホルン兄上だけです」

「ふぅん、じゃあ侍女に見つかる前にさくっと終わらせるか。またあとでなザミラ」


 のんびり放牧がてら散歩でも、と思っていたイヴァンだったが、あとホルンだけだと知るとすぐに立ち上がりレオを持ち上げる。

 ザミラも不満そうにしていたが、どうせあとでホルンの所に行くつもりなので言う程気にしていないらしい。

 イヴァンは軽くザミラに挨拶すると、そのままホルンの居る執務室の窓目掛けて跳ぶ。

 勿論窓は開いていない。執務室にはバルコニーは無い。

 窓の外側に足をかけた不安定な体勢のまま、イヴァンは扉にでもするように当たり前に窓をノックした。


「イヴァンさん……しないと思いますしやりたくても出来ないですが、レオに変な事を教えないで下さいね?」


 すぐに窓を開け二人を招き入れたホルンは、窓を閉めつつ心底呆れたようにため息をつく。

 そしてホルンにたまたま書類を提出しに来ていた文官は、窓からの突然の来客、しかもそれが第二王子と言う衝撃で見事に置物となっていた。

 すぐに異変を察知した侍女が来て、文官を回収し部屋を出て行ったが、文官は部屋を出て行く最後の最後まで瞬き一つする事はなかった。


「ホルン兄上、姉上の何処が好きですか?」


 そしてレオは見事なマイペースぶりを発揮し、執務室の机にかじり付くと、すぐに聞き慣れた質問をぶつけた。


「姉上? 二人ともですか? ザミラさんは小動物的で大変愛くるしいですね。毎日ここにお茶菓子を持っていらっしゃるのですが、美味しそうに口いっぱい頬張っている姿なんかもう、無限に餌付けしていたい程です。メルは……私が怒らないギリギリの瀬戸際を攻めてくるのはさすがだと思います。メルは相当おねだりが上手いですよ? 一体どれ程無理難題を言われた事か……」

「好き、な所……」


 メルの好きなところが特殊すぎる辺り、最高にお似合いの夫婦だと思い知らされたイヴァンは、言葉を句切り、一度口にしかけた言葉を飲み込んだ。

 相変わらずレオはメモをとり、それが終わると髪や腕をぺたぺたとなで始める。

 一通りホルンを撫で回したレオは、再びメモをとり満足げにノートを閉じた。


「宿題か何かですか?」

「自由研究らしいぞ。俺達は研究の対象」

「おやまぁ。他国に流失したら大問題な自由研究ですねぇ」


 暢気な相づちを打つホルンだが、他国どころか、全員国内に流失しても如何な返答だった。

 しかし自由研究が終わったからか、レオは満足そうにノートを抱えお茶菓子に手を伸ばす。


「少し拝見しても良いですか?」


 ただの興味本位でホルンが手を出すと、意外にもレオは躊躇わずノートを手渡した。

 イヴァンも気になっていたのか、レオに新しいお茶菓子を渡したその足で机に寄りかかりノートに視線を落とす。


「えーと……」


【イヴァン・アマデウス】

・身長――百八十一センチ。

・筋肉率――四十三パーセント。筋肉率の半数は足。

・右利き。

・髪質――鉄。肌質――布。

・起床時間平均――……。


 開いたページにびっしりと羅列されているのはイヴァンの情報。

 一部【鉄】やら【布】と言った、なんとも子どもらしい例えが混ざる中、明らかにおかしな項目【筋肉率】。

 確かに髪や腕を触っていたが、まだ十にも満たない子どもの自由研究としては明らかにおかしな項目だ。

 ゆっくりと同時にノートから顔を上げたホルンとイヴァンは、一度お互い確認するように視線を交わすと、ぱらぱらとページをめくり残りの三人の項目も確認する。

 案の定、全員きっちり不思議な項目がありきっちりと記入されていた。そして筋肉率以外にもよくよく見れば異質な記載が何点かあった。


「レオ……? 自由研究はレオの自由にしていい研究なのですが、これはレオが自由にした結果ですか? それと……どこでこの……方法を?」


 ホルンは心底言葉に困ったように【筋肉率】の項目を指し辿々しく口を開き、イヴァンはもはや笑い始めている。


「自由研究は先生が選んだ自由な研究なんじゃ無いんですか? 筋肉率は体重と体脂肪率から計算する方法を教わりました」 


 一体何処で体重と体脂肪率、それと平均起床時間など調べられるのか。

 それとレオの言葉からすると【この研究は先生が選んだ研究】との事。

 自分のページを眺めながら声を上げて笑うイヴァンをよそに、ホルンは目頭をつまみ二度目のため息をつく。


「おっ。なぁホルン、ちゃんとホルン魅力の所に【右手中指】って書いてあるぞ」

「み、りょく……? ……レオ、宿題を出したのはどなたです?」


 楽しそうにホルンのページを指差しながら笑うイヴァンだったが、ホルンは一度挫けかけた心を立て直すと、そっとノートを閉じ再びレオに質問する。


「先生じゃ無くて、父上とランス公爵様、それとアマデウス伯爵様にお城の侍女さん達にあとそれから……――」

「ホルファティウス陛下、今すぐ親父を蹴り飛ばす許可を」

「許可します。ついでに先王も蹴り上げてきて下さい。それと、今からこの件に携わった王宮の者を洗い出そうと思いますので、ザミラさんが羞恥で失踪する前に回収して下さい」


 可愛いレオの自由研究かと思って蓋を開けてみれば、中身はとんだストーカーだらけ。

 だから最初にレオは【こっそり】と言っていたのだとイヴァンは納得し、アマデウスとザミラを捕獲すべく窓から跳び出し、ホルンはレオの頭を撫でお茶菓子を追加すると、そのまま緊急用のベルを鳴らし侍女を呼ぶ。

 駆け付けた侍女達が、ホルンが持つノートを見て絶句したのは言うまでも無く、全てを察知した侍女は指示を待たずして動き出した。

 その日は久し振りに、王族父子と伯爵父子の大喧嘩が繰り広げられる事になり、レオの自由研究は完全に封印された。

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