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お仕事は繁殖させる事?  作者: 鹿熊織座らむ男爵
第二章 おまけ
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ホルンとザミラの結婚前夜

 正面から魔狼の群れが走ってくる。

 夕刻、ホルンとイヴァンの目に飛び込んで来たのはそんな光景だった。

 一瞬、ここがどこだか疑いたくなる様な光景だが、間違いなくここは王宮の廊下で、どう見てもおかしいのは向かってくる魔狼達と――

 

「イヴァーーン! そのじゃじゃ馬娘を捕まえろー! 顔に傷さえつけなければ何でも良い! 許す!!」


 魔狼の群れの中央付近に魔狼に跨ったザミラの姿が。そしてその群れの後ろからアマデウスが叫び声を上げながら猛然と走って来る。

 脳が現状を理解する前に立て続けに起こる、どう見ても面倒そうな事案。

 一瞬イヴァンは何も見なかった事にしようかと思い、ふと視線をホルンの方に向けた。

 

「そう言えば、国境沿いを統治する人員を探していたんですよ。もしー、伯爵のおっしゃる通り、ザミラさんを傷つける覚悟で止めたら……イヴァンさん、アマデウス家を辺境伯に――」

「待て。待てホルン。それ、完全に巻き込み事故……」


 ホルンが完璧な笑顔を顔に貼り付けるのを久し振りに見たイヴァンは、しぶしぶと言った雰囲気でホルンの腕の中に持っていた書類を落とす。

 普段はドレスを着ているザミラだが、民族衣装を着ている所を見ると本気で逃走しようとしているらしい。

 

「イヴァーーン! もし見事仕留めたら新しい屋敷を用意する! 望むなら別居してやるぞー! 欲しけりゃ畑でも果樹園でも何でも持ってけー!!」

 

 アマデウスのその言葉に一瞬ぴくりと動きを止めたイヴァンは、すぐさま官服の上着を脱ぎホルンに投げて寄越す。

 そしてその光景を見ていたザミラの顔からは、一瞬にして血の気が引いた。

 先頭の魔狼がイヴァンに跳びかかるのを合図に、次々と魔狼達はイヴァンに飛びつく。

 寸での所で壁際に非難していたホルンは、猛烈な勢いで通り過ぎて行く魔狼達を尻目に、暢気にイヴァンから受け取った書類に目を通し始めた。

 跳びかかったはずの魔狼が、目の前にイヴァンの姿が無い事に気付いた時にはもう遅く、魔狼達は何が起こったか理解する前に頭に受けた衝撃で一頭ずつ廊下の敷物になって行く。

 ほぼ全部の魔狼が同時にイヴァンに跳びかかった瞬間、それに紛れるようにザミラが窓から飛び出した。

 

「よっと。よし、捕獲したぞ親父ー」

「うわぁぁんずるいよっ! イヴァン本気じゃん! イヴァンを持ち出すのはずるいよアマデウスおじさーん!」

 

 確かにザミラは飛び出したはずだった。

 が、魔狼達を足場に跳んで来たイヴァンの動きは想像以上に早く、気付けば窓枠に腰掛けたイヴァンの足にザミラは引っかかる形でぶら下がっていた。

 イヴァンが足に引っかかっているザミラをぽいっと廊下に投げ入れると、すぐさまアマデウスがザミラの首根っこを掴み捕獲。

 

「よし、よくやった! いやー明日の結婚式の最終調整をしてたんだが、逃げられたらしくてな。イレーネが血眼で捜してたんだ。いやー良かった良かった。希望通りお前専用の家を作ってやろう。約束だからな! 俺とメルは変わらず今の屋敷で我慢しよう! うはははは!」

「……ほーう? よしザミラ、協力してやるよ。持てる力を総動員してここから逃がしてやるからな……!」


 見事な笑顔を顔に貼り付けたイヴァンは、アマデウスの手からザミラを奪い取ると、そのまま窓に足をかける。


「はいはい、父子喧嘩に私の花嫁を巻き込まないで下さい? ザミラさんは私の方から母上に引き渡しますので、お二人は心行くまで父と子の絆を深めて下さいね」

 

 しかし、ひょいっと現われたホルンが後ろからイヴァンの顔に官服を引っかけ無造作にぐいっと引っ張る。

 そしてバランスを崩して一歩下がったイヴァンの手からザミラを取り上げ、そのまますたすたと歩き出してしまった。

 絶賛父子喧嘩にもつれ込んだ二人は、もうザミラは眼中に無いらしく、更に王に挨拶する事も無く、そのまま廊下で言い争いをはじめていた。

 

「さて……。ザミラさん、結婚式前日に逃走されそうになると、さすがに私も心が挫けそうなのですが」


 ザミラを片手に抱えたホルンは、書類の束でザミラの頭をぱさぱさとはたく。

 すると、ホルンの首にしがみ付いていたザミラはむすっと膨れっ面になり顔を上げる。

 

「だって、今更だけどもっともっと地味で質素な結婚式が良かった。そうしたらもっと気楽だったしもっと早く結婚出来たのにー。はーあ、せっかくこつこつ作ってた結婚式用の服も無駄になっちゃったし……。カンザックの工芸品として売れるじゃん……!」

「あはは、それは確かに今更ですね。ですがこれでも相当異例なのですよ? 式の仰々しさはその、少し面倒な立場ですので――」


 くすくすと笑いながら歩いていたホルンだが、突如不自然な所で話を切り立ち止まる。

 その反動で落ちそうになったザミラは、とっさにぎゅっとしがみ付き何事かとホルンを見上げると、意外そうに丸く見開かれた紫の瞳と視線が交わった。

 

「カンザック式の結婚式の装い、作ってたんですか……?」

「へっ? うん、勿論。小さい頃からこつこつ刺繍して留め具は木とか動物の角とか削って作って、うちは牧場だったから生地も好きに出来たしー……。イヴァンのも作ってあったけど、多分今頃アマデウスおじさまのお屋敷の肥やしにでもなってるはず?」

 

 ザミラがこてっと小首を傾げるも、ホルンは押し固まったまま動かない。

 ザミラはもうこの状況にも慣れた物で、しばらく再起動に時間がかかると悟るや、目の前にあるホルンの髪をせっせと編み込み遊び始めた。

 しばらくして無事再起動したホルンだったが、編み込まれた髪もそのままに無言のまま踵を返すと、来た道を走る。

 そしてまだ喧嘩中だったアマデウスとイヴァンの元に戻るや、思い切りアマデウスを押しのけイヴァンを壁際においやった。

 

「いっ……なんだよホル――」

「今すぐ取って来て欲しい物があります。イヴァンさんの足ならアマデウス邸に行って探し物をして戻ってくるのに四半刻もかかりませんよね?」

 

 よく分からない気迫のホルンにたじたじのイヴァンは、説明を求めザミラに視線を流すが、ザミラもよく分からないと言った表情で見返している。

 そして内容にもよるが、いくらイヴァンの足でもアマデウス邸まで探し物をして帰ってくるのは四半刻だけでは難しい。

 が、素晴らしく野生の感が働いたイヴァンは、ホルンの頼みを二つ返事で了承し、内容を聞くや着の身着のまますぐ脇の窓から飛び出して行った。

 

「今夜やってしまいましょうか、結婚式」

 

 ザミラが猛然と全力で跳び去るイヴァンの姿を呆然と見送っていると、ホルンが柔らかい笑みを浮かべザミラの耳元で呟いた。

 

 *

 

「イヴァンさんのですので少し大きいですが、問題無さそうですね」

 

 夜、恐ろしい速さで仕事を終わらせたホルンが、ザミラを自室に引き込んで四半刻。二人はカンザックの礼装に身を包んでいた。

 ホルンの思いつきで、本番前日にカンザック式の結婚式を二人だけでしてしまおうとの事だ。

 

「わーカラフルなホルンさん、新鮮だー……。地が白いから色が映える映える。そして花嫁が霞むほど綺麗と、か……!」

 

 じゃらじゃらと重い頭飾りをはらいながら、ザミラは窓から差し込む月明かりに浮かぶホルンの姿に、ついため息が漏れる。

 被り物の隙間から、カンザック式に複雑に編み込んだホルンの髪が垂れ下がり、その隙間に色とりどりな飾りが揺れる。

 ザミラは【普通、男の人はそんなに髪飾りをつけないらしいんだけど、うちはなぜか代々これをつけるんだよねー】と、軽く言いながら連なった翡翠の飾りをホルンの被り物の上からつけていく。

 その話を聞きながら、ホルンは王宮にあるカンザックに関する書籍の一文を思い出しくすりと笑う。

 確かカンザックの王族関係者が結婚する際、その血筋を表す色の石を頭につけるという。

 王の直系は朱色と記述があったが、翡翠に関しては載っていなかった。

 ただ、イヴァンとザミラの血筋が少なからず自分の想像通りだった事に、ホルンは何も言わず目を細め笑みを深める。

 

「やはりザミラさんはカンザックの装いが似合いますね。もう少し準備する時間が欲しかったですが……。まぁ、ザミラさんを独り占め出来ましたし良しとしましょうか」

 

 そう言うとホルンはすっぽりとザミラを抱え込む。

 ザミラとイヴァンが王宮に持って着ていたのは、衣装と絨毯位で、他の細々した物は全て牧場に置いて来ていた。

 その為、仮の結婚式と言っても料理も無ければ飾りも無い、本当に衣装を着ただけの質素なものだった。

 何をする訳でもなく、ホルンはザミラを抱えたまますとんとソファに腰掛け、膝の上に座るザミラの髪を物珍しそうにくるくると指先に巻き付ける。

 

「我ながら着飾ったホルンさんを独り占めってすっごい贅沢な気がする」

「私もですよ。皆に自慢したい様な独り占めしたい様な、複雑な心境です。まぁ、独り占めするんですけどね。それにしても、本当に幸せですね。明日の本番なんてもうどうでもいい気がします」

 

 ぽすっとザミラの首筋に顔を埋めながら満足気に溢す。

 確かに、ザミラも既に結婚式を終えたような気がし、明日が本番だと思っても緊張しなくなっていた。

 ザミラもここぞとばかりにホルンに寄りかかり、緩んだホルンの顔を繁々と眺め、物珍しげにふにふにと頬を摘む。

 

「実は式の翌日から一週間ほど休みを取ったのですが、新婚旅行はどちらに行きたいですか? 私としては一週間ザミラさんを寝室に監禁する予定だったのですが、一応聞くだけ聞いておきますね」


 頬をむにむにといじられながら、さらりと爽やかな笑顔で爆弾を投下するホルン。


「い、今頃新婚旅行の希望ですか……。えっとーえっとー、出来ればどこか出かけたいなー。海か山だったら山が良いかなー……。あっ! イヴァンとメルと四人で新婚旅行って言うか家族旅行? する!? 宿だけ別にするーとか、逆に夜だけ一緒にご飯食べるーとか!」

「んー……。それはそれで楽しそうですし、おあずけなのも構いませんが……反動は大きいですよ? 旅行から戻ったらすぐ追加で二週間程休みを取って、予定通り監禁ですよ?」

 

 ホルンのあまりにも輝かしい笑顔の前に聞き返すわけにもいかず、ザミラは明日の結婚式が終わるまで行き先は考えさせてくれと、どうにかホルンを丸め込むので精一杯だった。

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