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 ホルンの計らいで馬車は王宮の裏門から出る事になっていた為、ザミラとホルンの二人は必要な食料と防寒具を抱え裏門で待機していた。

 スレイプニルの住む森までは二刻程。昼前に王都を出るとなると向こうに着く頃には日も昇りきった丁度良い時間かもしれない。

 馬車を待っている間もホルンの所には引っ切り無しに人が訪れては、一度ホルンの服装に驚き書類の確認を求めるという、面白い流れが出来ており、ザミラは案外退屈はしなかった。

 ホルンはいたって普通の黒いパンツに黒のブーツ、宰相服の時のようにしっかりと首元まで留めた少々野宿するにはかっちりしすぎかと思われる灰色のジャケットと護身用の双剣を帯刀しているだけで、特におかしな所はない。

 むしろこれで防寒用のコートか何かを羽織っていたら普通の冒険者と言っても通用しそうなものなのだが、ホルンが着るとどうしても何とも言えない違和感がある。


「んー……綺麗過ぎ?」

「何の話です?」


 荷物の上に座りホルンを見上げていたザミラが思い出したようにそう溢すと、ホルンは書類からザミラに視線を移し、心底不思議そうな声を上げる。

 ただ書類を確認してもらっていた甲冑の男がホルンがザミラの方を向いているのを良い事に、激しく頷きながらザミラを指差したり小さく拍手したりと全力で賛同の意を表しているあたり、ザミラの発言は正解らしい。

 落ち着いた濃い紫の瞳とは対照的に白に近い銀の髪。少し長めの襟足は一つに纏められ首の横に流し、金の髪留めも王宮の紋入りのかっちりとしたもの。

 誰がなんと言おうと机に向かう仕事が似合う容姿な上に、服の着こなし方からもどことなく育ちの良さがにじみ出ているのに双剣を携えている。まさにそれのせいで違和感に拍車がかかっているらしい。

 ホルンはうんうんと納得するザミラをしばし眺めた後、再び何事も無かったかのように資料に視線を戻し、甲冑の男に修正箇所を伝えていた。

 馬車は定刻通り到着した。

 一応馬車と呼ばれているがそれは人が乗るようなものではなく、ただ一頭立ての荷車であり屋根なんかついていなかった。

 荷台の上には鉱石の欠片など細々したものが散乱しており、ホルンがそこに座るのがどうしても想像出来無かったザミラと甲冑の男は無言のまま視線を交わす。


「ザミラさんお手を……。二人とも、先程からどうしたのですか?」

「いっいえ! なんでもないです!」


 二人が視線を交わしている間に荷台に乗り込んだホルンは、荷物を積み込むと当たり前の様にザミラに手を差し出しながら不思議そうに小首を傾げていた。

 本人が気にしないのならと、いささか納得しないながらもザミラはホルンの手を取り荷台に乗り、甲冑の男に見送られ出発した。


「この時間を使ってホルンさんと友好を深める為に、ホルンさんの事を色々根掘り葉掘り聞きたいと思いまーす」

「はい、なんでしょう。その口調ですと仕事は関係ない事なのですね」


 移動を開始した直後、もう既に飽きたのか話題が無いのか、手綱を握る御者の男の存在を忘れ、そんな事を言い出したザミラをホルンは広い心で受け止める。

 膝を抱え荷物の上に座り、聞きたい事を指折り数えるザミラを微笑ましく眺めていると、今日一番生き生きとした表情でザミラが口を開く。


「じゃあまずはー……おいくつですか?」

「今年二十四になりました」

「二十四ですかー私の二つ上ですねー。ご兄弟は?」

「妹と弟が居ります」

「あーうん、すっごく長男っぽいですもんね」


 本当に身の無い質問にしっかりと答えるあたりさすがと言ったところ。

 ホルンが微笑みを浮かべ対応してくれるのを良い事に、ザミラは次々にどうでも良い質問を繰り出す。


「ご兄弟仲は良いです?」

「大変良好ですよ。先程もイヴァンさんのお手伝いに妹を派遣した位ですから」


 『えー良いなー挨拶したかったー。ホルンさんの妹さんならきっと――』と勝手に容姿の想像まで膨らますザミラ。

 身内はイヴァンだけで街からも離れて暮らしていたザミラは、同じ位の女友達に憧れていたのもあり、本気で今日出発してしまった事を後悔していた。


「ご両親は厳しいで……厳しそう」

「母は私を産んですぐに亡くなってしまったので分かりませんが、父は厳しいかもしれませんね。まぁ、そうは言いましても数年前に勘当されてしまいましたので、仕事以外で口をきく事は無いですね」


 いつの間にかメモをとりながら話を聞いていたザミラだったが、流石にこれには手が止まる。


「なんか、色々込み入った事情に首を突っ込んでしまってすみません……。話を変えますけどホルンさんのフルネームってなんです? あとそれ、剣使えるんですねー」

「フルネームはホルファティウス・フリューゲル・ミクトラニア・ミクトランと申します。変に長ったらしいですし勘当された身ですので、普段は母方の姓のランスを名乗っております。ですのでホルン・ランスと覚えておいて頂ければ結構ですよ。剣術は昔、教養の一環として嗜んだ程度ですが知識はありますよ。まだ体が動くかどうかは別ですが……」

「へー! ミクトランってこの国と王都と同じなま、え で……」


 再びペンを走らせた矢先、言ってて何やら違和感を覚えた。

 その違和感の正体に思いをはせると、徐々にザミラの額に汗が滲み始めた。


「えーと……じゃああのもしかしてその、仕事でしか会わないホルンさんのお父さんって…」

「現国王ですね」


 するとザミラはメモを荷台の上に置き深呼吸をすると、両手でゆーーっくりと顔を覆い小さくうずくまった。


「えっ、さっきホルンさん長男って言ってたじゃん。えっ、なにもしかしてもしかしなくても王太子様って事? えっ、なになんで? なんで王太子様が宰相様なんてやってるの? えっ、なんで王太子様自ら森に同行してるの? えっ私騙されてる? 騙されてるよね? 絶対騙されてるってそうに決まってる。えっ……えっ? と言う事はイヴァンの所に派遣された妹さんって……あっははは……イヴァァンン……」

「ザミラさん? 声がこもってしまって良く聞き取れないのですが……」

「今全力で色々な衝撃新事実を広い心で受け止めようとしている最中なので、申し訳ないですかそっとしておいて下さいホルンさ……えーと殿下? 閣下? あーやっぱり何でも無いです! ちょっと待ってて下さいー!」


 全力で体を丸めもごもごと捲し立てるように話すザミラの声は酷くこもって聞こえない。

 むしろそうする為にザミラは丸まっているのだが、しっかりと聞き取ろうと膝を抱え座った状態だったホルンが、まさかの両膝をついて一歩近寄って来たのでザミラも大いにパニックだ。

 両手をバタバタとホルンに向かって振ったと思った矢先、なんて呼べば良いか分からずつい顔を上げホルンを見たが、ホルンの顔が視界に入った瞬間またパニックになり俯いて両手をバタバタと振る。

 全力で待てをくらったホルンは、大人しくその場にぺたりと腰を下ろすと、邪魔だったのか双剣を腰から外し荷物の上に軽く放り投げ、再びザミラに視線を戻し小首を傾げる。


「先程も申しましたが私は父に勘当されてますので、今まで通り気軽にホルンと呼んで下さい」

「……ホルン殿下」

「今まで通り、ただのホルンです」

「……ホルン様」

「ただのホルンです」

「……ホルン……さん……様……さん」


 『まぁよしとしましょうか』と、ホルンが引いたのでムダなやり取りは一先ずここで終了した。

 その後ザミラが丸まったまま微動だにしなくなってしまったのでしばしの沈黙があり、ようやく再起動したザミラがこれまたゆーーっくりとホルンが居る方とは違う、全く明後日の方向に顔上げ深呼吸を数度繰り返す。


「お待たせしました。私の人生史上最長のどうして良いか分からない二刻になる寸前でしたが、色々と克服しました」

「左様で御座いますか。ザミラさんの人生史上、どうして良いか分からない存在で申し訳御座いません。ですが、克服した割に何故私の方を見てくれないのでしょう?」

「ものには順番が御座います。焦らないで。待って。もう一息」


 心底残念そうにもう一度『左様で御座いますか』と言ったきりホルンも口を閉ざしてしまった。

 足場の悪い道をガタガタと進む馬車。

 あまり建て付けが良くないのか恐ろしく軋み揺れる。もしかしたらそのうち突然壊れるのでは無いかと思う程ガタガタと大きな音が鳴り響く。

 何度か顔を上げては俯き、深呼吸を繰り返してはまた俯いてしまうザミラについに業を煮やしたのか、ホルンは再び両膝をつき一歩ザミラに近付くと、そのままあ手を伸ばしぐいっと強引にザミラの右腕を引っ張った。


「ザミラさん、友好どころかひどく距離が開いてしまってるようなのですが。そろそろ戻って来て頂いてもよろしいですか」

「うわっ! って、ホルンさん意外と力強い……」

「はぁ、まあ一応男ですのでザミラさんよりは……」


 ザミラの感想に、ホルンにしては歯切れも悪く呆れたような返答。

 まじまじと掴まれた自分の手を眺めるザミラだったが、そのまま徐々にホルンの手から腕、腕から肩へと視線を這わせ、ようやくしっかりとホルンの目を見た。


「ホルンさんって実は結構強引? と言うか笑顔以外の表情あったんですね。眉間にシワ寄ってますよ」

「流石に質問に素直に答えた結果、そこまで露骨に距離を置かれたらこうもなりますよ。ご自身が母神だと言う事実はすんなりと受け入れたのに、なぜ私の事は……」

「母神は受け入れたと言うか、そう言われても実感は無いと言うか……ホルンさんの事は何て言うか、やっぱりかー! ってなってからのうわー! ですよ」


 今度はホルンが深くため息をつきザミラを摑んでいた手を離すと、ぐったりと俯いてしまったのだが、本当に克服出来たのか、今度はザミラが一歩踏み出したかと思うとたたみかけるように口を開く。


「そもそもですよ!? そもそも何かおかしいとは思ってたんですよ! でも宰相様だしそう言うものなのかなってイヴァンと話してたんですよ。と言いますか勘当されたどうこうよりも、今現在ホルンさんは事実、宰相閣下であってそれは【ただのホルン】なわけ無いじゃ無いですか! なんか色々加味しても私が気軽にホルンさんって呼んだ瞬間の、あの甲冑の人の動揺! あれがやっぱり正解なんですよ! と言うわけでやっぱり呼び方だけでも訂正したいと思います!」


 一度口を開いたら思っていた事が堰を切った様に全て出始めてしまったようで、じりじりと近付くザミラの剣幕にたまらずホルンもじりじりと後退しつつ口を開く。


「今更ですか? 手紙を差し上げた段階で私が宰相だとご存じだったはずですよね。と言う事はその案は私の宰相としての立場を加味した意見とは言えません。よって却下です。それと、私ももしかしたらとは思ってはいたのですよ。私の瞳の色、この色は不思議と王家にだけ代々伝わって来た色ですので大体の方は私の目を見て察して下さるのですが、お二人はご存知なのかどうか、理解した上であえて普通に接して下さってるのかどうかと。今まで自分からそちらの身分を名乗る必要が無かったので、どうしたら良いものかと思っていたのですよ」


 負けじとホルンもそうキッパリと言ってのけ、つんとザミラから視線を反らす。


「御者のおじさーん! ホルンさんが屁理屈頑固者なんですけどー!」

「他の人を巻き込まない、馬の近くで大声を出さない、馬車の上でいきなり立ち上がらない。元通り元気になって頂いたようで喜ばしい限りですが、少し落ち着いて下さい? そして今何気に私の悪口言ってましたよ?」


 結局そのやり取りは二人が目的地に着くまで続き、結果としては当初の目的の通り友好関係と言うか、お互いずけずけと言い合える位に打ち解ける事には成功した。

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