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 話がどんどんと進んで行き、途中から自分の立ち位置すら分かっていなかったザミラだったが、ランスの口から最後に飛び出した言葉に思わず顔を上げる。

 ザミラが見つめた先では、ホルンが驚愕の表情でランスを真っ直ぐに見つめていたが、眉間にはくっきりとシワが刻み込まれている。

 

「私の妻も娘も酷く体が弱く二人共若くして逝ってしまったが、短い人生ながらしっかりと自分達の使命を全うして逝ったと誇りに思っている。ホルファティウス、お前ももういい歳なのだ。お前の気持ちは痛い程分かるが、私情で自分の使命を投げ出す事だけはしてくれるな。……こんな方法でお前に選択を迫る私を許しておくれ。ザミラさんも、本当にすまない」

 

 ランスはそれだけを言うと、二人の頭を撫で書類を残し退室して行ってしまった。

 ぱたりと扉が閉まり、部屋の中には耳が痛い程の静寂が広がる。

 息苦しい沈黙にザミラが視線だけを上げ隣に立つホルンを盗み見ると、ホルンは眉間にシワを寄せたまま目を伏せランスの残して行った書類に視線を落としている。

 

「……石喰い鳥達の様子見て来ますね。ついでにイヴァンの安否も」

 

 その姿を見たザミラは何故か、ぎゅっと胸を掴まれたような、首を絞められた様な苦しく耐え難い気持ちに襲われ、言い訳苦しくホルンの返事を待たずして部屋を後にした。

 

 夜、ホルンは一人宰相室のバルコニーで深いため息をついていた。

 結局あの後ザミラは石喰い鳥とスレイプニルの世話と生態調査にかかりきりになり、イヴァンも依然アマデウスに連れ去られたまま。

 そして残念な事に、以前のように悩む暇もない程仕事に追われる事も無いホルンは、嫌でもランスの言っていた事ばかり考えてしまう。

 ぐるぐると同じ事ばかり考え再びたため息をつくホルンの後ろで、ほんの小さな物音がした。

 

「え、と……下から月に反射する銀色の物が見えたから……」

 

 開けっ放しの窓の側でふわふわとたなびくカーテンの隙間から、ザミラが申し訳無さそうにひょっこりと顔を出した。

 【下から見えた銀色の物】ザミラのその発言に、ホルンは一度下を確認し次に左右を確認、そして最後にバルコニーの柵から垂れ下がる自身の髪に視線を落とし納得した。

 

「ここからも見えましたよ。激走していく色々な生き物が」

 

 石喰い鳥にスレイプニル、ついでに警備の魔狼達までも先程までザミラを連れ王宮の敷地内を駆け回っていた。その光景は宰相室からも見えていたらしい。

 見られたくない物を見られたかのように乾いた笑いを返すザミラは、バルコニーに歩み出るとそのままホルンの隣に落ち着いた。

 

「普段飄々としてますが、イヴァンさんはああ見えてちゃんとメルの事を愛してくれているのですね」


 ホルンはバルコニーの外に視線を投げたまま思い出したように苦笑し、ぽつりと呟く。

 

「多分最初から好きだったんだと思う。イヴァンが一晩中話を聞いてくれたってメルに言われた時びっくりしたもん。それに、執着心皆無の面倒臭がり屋なのに、猛獣師団長からメルを連れて全力で逃げたり、夜会の時も真っ先にメルの所に行ったりね。イヴァンがあんなに執着するの、今まで無かったと思う。初めて見た」

 

 ザミラもあははっと軽い笑い声を上げ話すが、すぐに沈黙が訪れる。

 少し間を置いてから何かを決意したかのようにザミラが口を開く。

 

「ホルンさん、ランス公爵の言ってた事、悩んでる……よね」

 

 問いかけるでもなくぽつりと落とされたザミラの言葉に、ホルンは反応する事無くぼんやりと外に視線を向けたまま。だが、ザミラもそもそも返事が返って来ると思っていないのか、同じように外に視線を向けたまま続ける。

 

「その……ランス公爵に迎えて貰えるのは凄く良い話だと思うけど、でも……ホルンさんがどうしても嫌なら他の貴族の養子でも良いし、色々方法はあると思うし……」

 

 もごもごと口篭るザミラにホルンは視線だけを向け、静かに話に耳を傾ける。

 

「公爵はああ言ってたけど、やっぱり難しい事ってあると思う……。それに私に王妃なんて務まらないと思うし。ほら、私って育ちが育ちだから無作法で……。だから……ホルンさんの望む結果なら、私は何でも良い、よ」

 

 不自然な文脈で話し一歩下がったザミラを訝しく思ったホルンは、凭れ掛かっていたバルコニーからふっと体を起すと、恐る恐るザミラに手を差し伸べる。

 

「ザミラさん? 何を――」

「これ、一先ず返しておきますね」


 ザミラはホルンの手の中にぽんと何かを落とし、じりじりと更に後退していく。

 

「……っ!? これ……!」


 ザミラが手渡して来た物、それは外れるはずの無い耳飾りであった。

 絶句し顔を上げたホルンの目に飛び込んで来たのは、仄かに発光するザミラの指につけられた指輪。

 それはザミラに対する攻撃魔術を無効化する指輪と、イヴァンとの繋がりと絶つ魔力制御の指輪で、夜会の前に魔術師長が渡していた物だった。

 

「イヴァンが見つけたんだけど、この二つの指輪を同時につけると全ての魔術が無効化されるんだよね……。耳飾り、外れない術がかかってたんでしょ? でも、こっちが取れたからホルンさんがつけてるのももう取れるね」

 

 ザミラはホルンから視線を外しじりじりとバルコニーの端まで下がって行くも、驚き固まってしまったホルンはただその場で悲痛に顔を歪ませる事しか出来ない。

 

「その……どう言う決断でも文句は無いけど……。文句は無いけど……ホルンさんの辛そうな顔、もう見てられないし……えっと、あまりホルンさんの悩みの種とか、足枷にはなりたくないなって、思って……。だから、それ、今は返しておきますね」

「まっ……!」

 

 泣きそうな顔で無理矢理ふにゃりと笑みを作り、イヴァンの様にひょいっとバルコニーを飛び越えてたザミラにホルンは慌てて駆け寄るも、既にその姿は夜の闇に紛れ見えなくなってしまった。

 ホルンは手に残された耳飾り握り締め、ザミラの消えた方をぼんやりと眺め続けていた。

 そして翌朝、ザミラは石喰い鳥と共に王宮から姿を消した。

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