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 一部が破壊されてはいるものの馬車は問題無く動き、ホルンとザミラは無事誘拐犯とその他大勢を連れ王都まで戻って来た。

 ただ、さすがにこの大所帯で街中を突っ切るのは目立ち過ぎると言う事で、ぐるりと王宮の裏門から戻っては来たものの、それでも早々に警備の魔狼達に見つかり大いに目立ってしまった。

 二人が連れ帰った誘拐犯二人と、二人が乗って行った馬と馬車を曳いていた馬の計四頭は近衛兵が引き取り、スレイプニルと石喰い鳥は丁重にザミラに押し付けて行く。

 意外にもスレイプニルと石喰い鳥の仲は良く、移動中も一切喧嘩する事はなかった。

 現に今もザミラが放牧場に二頭を引き込むと、仲良く芝の感触を楽しんでいる様子。

 そして騒ぎを聞きつけたイヴァンとメルがレオとマンドレイクを携えひょっこりと厩に顔を出し、いつ振りかに厩にお馴染みの顔が揃った。


「本当に鮮やかな色合いですわね……」


 メルは石喰い鳥の冠羽を眺めながらほぅっと感慨のため息を漏らす。

 褒められてご満悦の石喰い鳥はその場にしゃがみ込み、メルに見せるかの様に頭をふりふりと振っている。そしてその後ろで褒められなかったスレイプニルは不満そうに地を蹴りザミラに擦り寄って行く。


「でかい馬だなー。どうやって乗るんだ?」


 イヴァンが物珍しそうに慣れた手つきでスレイプニルの首筋を撫でながら声をかけてやると、スレイプニルは嬉しそうにむきっと歯茎を見せどう言う訳かイヴァンの頭に顎を乗せる。

 しかしイヴァンはそんな事を気にする事も無く、思い切りスレイプニルの鼻先を撫で回すとひょいっと跨ってしまった。

 すると今度は石喰い鳥が不満そうに土を掻きぐるぐると唸り出してしまった。


「おっと。んー……騎乗用にするのは難しいか。どうやって鞍を付けても足を巻き込むやつが出てくるだろうなー」

「イヴァン兄上、私も乗りたいです」


 イヴァンはしきりに振り返るスレイプニルの首元を数回叩くと、スレイプニルの隣で両腕を突き出しているレオをひょいっと抱え上げ、自身の足の間にすとんと置く。

 そしてそのままぽんと軽くスレイプニルの横っ腹を蹴り普通に走らせる。

 レオを片手で支えたまま放牧場内を一周回ると満足したのか、当たり前の様にレオを抱えすとんと降り、スレイプニルの鼻先撫で回す。


「そんなに簡単に乗りこなしておいて全く説得力が無いんだけど。しかも片手で……」

「本当に信じられない身体能力ですよね……。ほらレオ、こちらにいらっしゃい」


 満足げなレオはホルンの足にしがみつき満面の笑みを浮かべている。

 ホルンとザミラから散々な突っ込みを受けるも、イヴァンは相変らず気にしていない様子。

 そもそもザミラが攫われたとうっすら近衛兵から聞いていたはずだと言うのに、イヴァンとメルの二人はその事に一切触れもせず心配もして来ない。

 しかし、言葉に出さずともメルはザミラの隣に立ったまま動こうとせず、イヴァンも珍しくぽんぽんとザミラの頭を叩くように撫でている。


「スレイプニルは良いとして、石喰い鳥は繁殖させないといけないんだよな? こいつの繁殖期っていつだ? ここにはこいつしか居ないから縄張り問題は無視して良いとしてー……」


 イヴァンが石喰い鳥の背中を撫で考えを巡らせていると、まだ遊び足りないスレイプニルは、ふわふわとイヴァンの周りに浮かんでいたマンドレイクを頬張りもりもりと食べ始めてしまった。


「あっ! もう、まだこの子達は育てている最中でしたのよ?」


 メルが慌ててスレイプニルに近付きめっと可愛くお叱りを入れると、スレイプニルはうな垂れながら数歩後退りし、すとんと座り込むとそのまま伏せってしまった。


「今日はこの子達も疲れているでしょうし、細かい事は明日からにしましょう。やらなければならない事も多いですし」


 ホルンはレオをメルに預けながら王宮に向け歩き出す。

 ザミラはまた夕方に来るから大人しくしている様にと、スレイプニルと石喰い鳥に言って聞かせると、小走りにメルとレオに駆け寄って行った。


「……イヴァンさん、つかぬ事をお聞きしても宜しいですか?」


 ホルンは、ふわふわと散らばっていたマンドレイクを集め歩き出したイヴァンに遠慮がちに声をかけた。

 イヴァンは特に返事もせずきょとんとホルンの顔を覗き込んでいる。


「その、イヴァンさんはメルを見ていて何とも無いのでしょうか? こう、上手く色々な煩悩をかき消す方法とかあったら……」


 イヴァンは何とも不思議な文脈で話すホルンの顔をしばし眺めた後、あぁ、と一つ納得すると、さらりと真顔で口を開いた。


「んな方法あったら教えて欲しいもんだ。俺、ここ一週間くらいメルのつむじか額しか見てないからな。だって無理だろ? 直視したら結婚まで待てなくなる」


 意外にもさらりとイヴァンが答えるので、聞いたホルンがきょとんと目を見張ってしまった。


「そ、うですよね。私も早くザミラさんを養子にしてくれる人を探さないと精神的に持ちそうに無くて……。底抜けに無邪気なのは大変愛くるしいのですが……一体彼女のお兄様はどう言った育て方をなさったのか」

「俺もメルの兄貴に聞けるものなら聞きたいわ。どうしてあんな凶器みたいな体でべったりとくっついてくるのか。アマデウス伯爵も一刻も早く書類に捺印しろって騒いでるけど、そもそも捺印したところで王族の婚姻は時間が掛かるんだろ? 下手したら準備に一年とか……やっぱりかっ攫うしか無いんじゃないか?」


 真顔で物騒な事を言い出したイヴァンに、ホルンもため息交じりに相槌を打つ。

 イヴァンではないが、ホルンも同じような事を思い悩んでいた。

 するとその悩みを知ってか知らぬか、先を歩いていたザミラとメルとレオは、二人に早く早くと手招きしている。

 ホルンが必死に笑顔を作り手を振り返す隣で、イヴァンは小さくくぐもった声を上げ手で顔を覆っていた。



「で、では、イヴァンさんはここに捺印を」


 王宮に一歩踏み入れるや、どこからともなく現れたアマデウスに掴まり、レオとメル以外の三人は宰相室に連行された。

 レオもついて行くと小さく駄々を捏ねていたのだが、アマデウスが全力で高い高いをし遊んでやると、満足しメルと共に自室に戻っていった。

 そして宰相室に戻るやアマデウスは養子縁組の書類を机に叩きつけ、有無を言わせぬ雰囲気で宰相机の前に立ちはだかっている。


「だーかーらー。そんな焦って書いたってすぐにメルを貰える訳じゃないんだろ?」

「良いから早く署名しろ。イレーネも乗り気だから式までそこまで時間はかけない。ドレス作って……三ヶ月でどうにかしてやる! それに、別に俺の楽しみはメルだけじゃない。お前をあっちこっちに自慢するのも楽しみなんだよ! は・や・く・し・ろ!」


 不思議な圧力の掛け方で迫るアマデウスを、ホルンとザミラはひたすら苦笑いで見つめるしか出来ない。むしろ下手に口を突っ込んで巻き込まれたくは無い。


「はいはい。えーと……」

「今更だがイヴァン、お前……字、書けるよな?」

「……やっぱり攫っちまおうか」


 流石のイヴァンもむっとしたのか、いつもより一回り低い声でぽつりと呟く。そしてアマデウスの疑問に返事をせず、さらさらと書類に署名していく。


「ほらよ、出来た。ちゃんと書けましたよ」

「どれどれ……。なんだ、思ったよりまともな字を書くんだな。えーと【イヴァン・カンザック】? やっぱり綴りが独特だな」


 アマデウスのその発言に、ホルンははっと顔を上げアマデウスの持つ書類に視線を落とす。


「カンザック? あのカンザックですか?」

「どのカンザックだよ」


 心底ホルンの語彙力を疑う眼差しを向けるイヴァンに、ホルンは亡国カンザックの説明をした。


「へー。遊牧民だしカンザックだし多分何か関係してるんだろうけど、随分昔に滅んだ国だしなぁ……。全くぴんと来ない」

「でも変だとは思ったんだよね。馬車の中であのおじさん【カンザックの末裔】とか何とか言ってたから。あれってうちの家系って事じゃ無くて、その国の末裔って事だったんだねー」


 やはり本人達も良く分かっていないらしく揃って首を傾げている。


「ですが、家名に国の名が入っているので、お二人は王族の家系かも知れないんですよ? 本当に書類を受理してしまっても良いのです? 何か、こう伝承や言い伝え等は残っていないのですか?」


 暢気な本人達だが、ホルンとアマデウスはわたわたと慌てふためいている。

 んーと悩んだ二人は、小首を傾げたままお互い見つめ合いながら口を開く。


「伝承? 親から聞いたのは遊牧民としての生きる知恵位か? 後はー……簡単に家名を名乗るな、とかか? と言うか、俺は今【イヴァン・アマデウス】になったんだし、もう関係無いかな。それに、もし王族に関係あってもとっくに滅んだ国の事だから、今更家名を守った所で何の価値も無いだろ? っか、お前にだけは言われたくねぇ……現役なんだから必死に守れよ」


 しれっと切り捨てたイヴァンにたまらずアマデウスはソファに沈む。

 ホルンはもう途中でそんな結末を予想していたのか、曖昧な笑みを浮かべ【そうですね】と相槌をうっているのだが、何故だがザミラもアマデウス同様ソファに轟沈していた。


「家名……忘れてた……。将来的に、すっごく長くなるの……私……。やばい……ホルンさんのフルネーム【ホルファティウス】の部分しか覚えてない……。と言うか、私は、ちゃんと結婚し、て貰ええええええ」

「ホルン、ザミラの発作が始まったぞ」

「すみません、ほんっっとうにすみません……!」


 ホルンは慌てて立ち上がりソファに駆け寄ると、轟沈していたザミラを抱き上げ子どもをあやす様に背中をとんとんする。

 そんな何とも言えない光景を目の当たりにしたアマデウスは、ついに色々疑問に思う事を止めたのか、突如立ち上がると軽々イヴァンを肩に担いでしまった。


「お時間をとらせて申し訳ない、殿下。私はこれから息子自慢……同僚に紹介して参りますので」

「自分で歩ける! 早々に反抗期になるぞ!?」


 大柄なアマデウスは自身の肩の上で大暴れなイヴァンに動揺する事無く、むしろ片手で思い切り押さえつけるとそのまま扉に手を掛ける。

 するとそれとほぼ同時に部屋にノックの音が響き、自然と扉が開いた。


「おっと……。アマデウス伯爵、取り込み中でしたかな?」

「ランス公爵! いえ、もう私の用は済みましたので」


 にこやかに一礼し去っていったアマデウスと入れ違うように入室して来たのは、魔術師長よりは幾分年下かと思われる初老の男性。見事な白髪はぴっちりと撫で付けられ、穏やかな笑みを浮かべてはいるもののどこか威厳に満ち溢れていた。


「御爺様、お呼び下されば私から出向きますと常々……」

「お……!?」


 一瞬目を丸くしていたホルンはため息をつくとザミラを降ろし、ランスと呼ばれた男に丁寧に手を差し伸べるが、ザミラは一人おろおろとホルンに説明を請う視線を投げかけていた。


「そうでしたね。ザミラさん、こちらは私の母方の……生母方の祖父のランス公爵です」


 言い忘れてたとばかりにホルンはくすりと笑うと一息にそう告げる。

 ランスはホルンの生母の父で、長らくこの国の宰相を務めた人物。

 ホルンが成人した時に宰相の席を譲り、今は王都内の屋敷で気ままに隠居生活をしている人物との事。

 一通りの説明を受け、ザミラも遅れながらも挨拶を返す。

 そのまま和やかに会話をするホルンとランスを見つめていたザミラだったが、言われて見ればどこと無く二人には血の繋がりを感じる。

 柔らかな髪質や笑うととろんと垂れる目元など、むしろ以前あったホルンの父の国王よりも似ているとも思える。


「今日は突然だが、ホルファティウスが戻ったと聞いたので養子縁組の申請をしに来たのだ。ザミラさん、ここに署名しなさい」

「っえ?」


 ザミラは突如名前を呼ばれたと思った矢先、ランスにぐいっと体を引き寄せられると一枚の書類を差し出された。

 それは先程イヴァンが署名していた物と同じであり、既に書類にはランスの署名と家紋が捺印されていた。


「お、じいさま……?」

「私に残された唯一の肉親、可愛い孫が最近どうやら思い悩んでいると小耳に挟んだのでな。それに、自由気ままな暮らしにも飽きて来た所であったし、ここらで新しい家族を迎え入れても良いかと思ってな」


 そう告げたランスは慈しむような笑みを浮かべザミラの頭にそっと手を添えると、次は一転し真剣な表情を作るとホルンに向き直り続けて口を開く。


「ただしホルファティウスよ。いくら可愛い孫とは言え私の可愛い娘をくれてやるには一つ条件がある。――王位を継ぎなさい」

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