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 崩れた壁の穴から覗いていた物、それは巨大な鉤爪。

 強大な鉤爪が何度も何度も馬車を蹴り飛ばし破壊していく。

 

「っザミラさん!」


 馬車の一部が半壊し鉤爪の攻撃が止んだ瞬間、今度は白銀の物体がザミラの名を呼び馬車の中に転がり込んで来た。

 

「んっ! んぐーーー!!」

 

 ザミラに駆け寄って来た白銀の物体。それはここに居るはずも無いホルンだった。

 ホルンはザミラの姿を見つけると一瞬絶句したものの、すぐさま駆け寄り猿轡に手をかける。

 しっかりと縛り付けられていた猿轡が外れザミラがぷはっと大きく呼吸すると、ホルンはザミラを壁に押し潰すように抱き締めた。

 

「あぁ、もう……。本当に、心配しました……一人にしてしまいすみません。何もされていなくて良かった……!」


 ザミラは小刻みに震えるホルンの肩越しに、馬車を覗き込む複数の顔を確認した。

 そこには野生を捨てまくった色調の石喰い鳥と二頭の馬、そしてなぜかスレイプニルまでも揃い馬車を覗き込んでいたのだ。

 

「ホ、ルンさん……痛い苦しい……」

 

 ザミラの言葉にはっと息を飲んだホルンはすぐさま身を離し、拘束されたままの手を解きに掛かる。

 

「いくら探しても見つからず、本当に焦りました。行き違いになったのではと思いもう一度街の入り口に戻ったら、あの子が大騒ぎしていたんですよ」

 

 ホルンは手を止めずちらりと視線だけを投げる。つられてザミラが視線を移すと、心底心配そうに馬車に顔を突っ込むスレイプニルと目があった。

 そしてホルン曰く、このスレイプニルは二人がスレイプニルの森から戻ってからちょくちょく王宮に遊びに来ていたらしく、今回もこっそりついて来ていたのではないか、との事らしい。

 スレイプニルは王宮の裏にまで来るが何をする訳でもなく、ただ警備の魔狼と戯れては大人しく帰るので、近衛兵達もついこの間までホルンに報告していなかったらしい。

 フィンに出発する前日にその事を聞いたホルンが確認の為に裏門に回ってみると、本当にただそこには魔狼と戯れるスレイプニルがいたらしい。そしてスレイプニルは大いにホルンに甘えると誇らしげに戻って行ったと言う。

 

「なんか、気付かなくてごめんね……?」

 

 その話を聞いてさすがに呆れ顔のザミラだが、ふっと頭に降って来たため息に再び視線を上げた。

 

「ここまで懐いてしまったのでこれからは王宮で面倒見る事にしましょう。荷馬……パレード用……。色々活躍して貰えそうです。それにしても……ザミラさんを縛り上げた人は随分良い趣味をなさっている様で」

 

 冷ややかな目を見る限りそこそこ怒ってはいるようだが、なぜかホルンは不自然な程ザミラを見ようとせず縄と格闘している。

 

「うん、すっごく良い趣味かも……。詳細は言わないですけど、ホルンさんに女装させて体売らせようと……って、私はただ拘束されてるだけですよ?」

 

 詳細は言わないといっている割には、それ以上どう詳細に語るつもりなのか。

 その言葉にホルンは手を止め、思い切り顔をしかめ馬車の外に視線を向ける。

 その視線の先には石喰い鳥とスレイプニルに咥えられ失神した二人の男の姿があった。

 ザミラは外が静かになった理由を理解し、苦笑いを浮かべホルンに視線を移すと、ホルンは反射的にザミラから視線を反らす。

 さすがにここまで露骨に目を反らすホルンを訝しく思ったザミラは、目の前に垂れ下がるホルンの髪に噛み付きぐいぐいと引っ張った。

 

「いたたたた……」

「ふぁんでふぇをふぉらふんでふか!」

 

 髪を咥えたまま不満げに頬を膨らませ見上げるザミラに、ホルンはもごもごと口ごもり、諦めたようにため息をつくとザミラの顎に手を沿え髪を引き抜く。

 

「そ、の……。いやに官能的な体勢で拘束されていましたので……えっと……」

 

 足を背中側で柱に固定されてしまったので両膝を付き座るしか出来ない。そして更に体を反らし、頭の上で同じ柱に両手も拘束されているザミラの姿は、言ってしまえばいかがわしい店でありそうな、そう言った趣味の人が好んでとらせる様な体勢であった。

 ホルンは困ったように眉を下げほんのりと赤い顔に曖昧な笑みを浮かべると、腰に差していた短剣を取り出し縄を切り始める。

 

「……! ……――~~!!!」

「ちょっ! 言いたい事は分かりますが、刃物を使ってる時は大人しくしてて下さい!? はい、これ噛んでて良いので!」

 

 真っ赤に茹で上がり声にならない声を上げ暴れ出したザミラの口に、ホルンは自身の髪の先を詰め込む。

 全くもって冷静な判断ではないが、ザミラが恥ずかしそうにむぐむぐと髪を食みながら俯いたので、ホルンは今のうちにと作業を進める。

 しっかりと腕に食い込んでいた縄を切ると、足が固定されたままのザミラは必然的にどさっとホルンの胸の中に倒れこむ。

 ザミラはぎこちなくホルンの手から短剣を取ると、ホルンに凭れ掛かったまま足の縄を切る。

 ようやく自由になったザミラはもぞもぞとその場に座り直すと、ホルンの髪を咥えたまま被り物を深く深く被り顔を隠そうとする。するとホルンはぎゅっとザミラを抱きかかえた。

 

「その、失言をしてしまったようで……」

 

 恐る恐るホルンが視線を下げると、むぐむぐと未だホルンの胸の中で髪を食み続けるザミラにたまらず顔が綻ぶ。

 ぎゅっとホルンが腕に力を入れると、ザミラはようやくぷはっとホルンの髪を手放した。

 

「無事で良かった。縛られていた所は擦り剥いてしまったようですが……本当に他には何もされていないですよね?」

 

 その言葉にびくりと反応したザミラはみるみる赤面し、再びホルンの髪をまぐまぐと齧り始めた。

 

「いたたた本当にすみませんんんん……」

 

 ザミラの全力の抵抗にたまらずホルンが前傾姿勢になって行くと、ホルンの耳元でザミラがぽつりと呟いた。

 

「ホルンさんと……買い物したかった……」

 

 スレイプニルや石喰い鳥、それにザミラを攫った二人を連れフィンに戻るわけにもいかない。ザミラは心底残念そうに上目遣いでホルンを見つめる。

 ホルンは一瞬くっと眩暈に襲われたかの様に体を反らすと、深いため息をつきぽすっとザミラの首元に顔を沈めてしまった。

 

「……ザミラさん、私も男なんですからそう煽らないで下さい……はぁ……」

「ん? うん……?」

 

 意味が分からないながらも一先ず頷くザミラの様子に、ホルンは更にため息をつき轟沈していった。

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