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夜会から一週間。
ザミラとイヴァンは四日前に目覚めたものの、それまでの無理がたたって今日まで全く身動きがとれなかった。
一週間ぶりに自力で動けるようになった二人は、特に示し合わせた訳でも無いが、当たり前のように栽培場に集まっていた。
「体が軋む……成長期に戻った感じだ」
「節々がぎしぎしする……。って言うか、イヴァン凄い事になってるね」
栽培場まで来たは良いものの、ソファに仰向けで寝そべったまま動こうとしない二人。
ザミラは向かいのソファに寝そべるイヴァンを見て苦笑いを浮かべる。
「おー。温かい柔らかい良い匂い寝れる」
寝そべるイヴァンの上には何故かぴったりとメルが貼り付いている。
メルは何故かイヴァンが目を覚ましてからずっと、むっとした表情で一切声を上げる事無くくっついているらしいが、その姿は幼子が親から離れまいと愚図るそれにそっくりだ。
イヴァンはもうそれが当たり前のようになっているのか、メルを退かそうとはせず、頭をただくしゃくしゃと撫でるのみ。
医師の見立てではメルは夜会のショックが大きすぎたのか、落ち着くまではしばらくかかると言う事だ。
「そりゃ、温かくて柔らかいだろうね……柔らか、い……やわらか……」
イヴァンに押し付けられているメルの豊満な胸。それはしっかりしがみついている為か、ドレスからこぼれ落ちるのでは無いかとさえ思う程見事なものだ。
ザミラはぎぎぎと顔をそらすと、切なげに自身の体に視線を落とす。
「ほら、ザミラさんは凄く小柄で華奢な体つきですし、それを考えれば十分過ぎる程の大きさかと思われますよ……?」
「双子なのにそこは俺達まるっきり似てないよなー。身長、俺の胸にも届かないんじゃなかったか? 昔っから小っこいんだよな、全体的に」
女性としては身長のあるメルはそれだけでも人目を引くが、それに加え文句の付け様の無いスタイルに美貌。
対してザミラは女性の中でも小柄な方で、メルとも手の平一つ分位の身長差はある。
だが先程ホルンが言った通り、ただ小柄と言うだけでバランスそのものは悪くない。しっかりとウエストはくびれ胸もある。
そしてそのザミラと双子だと言うのにイヴァンはすらりとした長身。
ホルンより少し高く、男性の中でも高い方だと言える。
ザミラはホルンとイヴァンの話を全く無視し、まじまじとイヴァンとメルを眺める。
メルはミクトランの至宝と言われる程文句無しの美貌。
そして客観的に見ればイヴァンもなかなかなものだ。
それなりに整った顔に気怠くやんわりとした目と雰囲気。すらりと長い手足に引き締まった体。
どこからどう見てもお似合いの二人。
ザミラはむすっとした表情になり、今度は自身の側に心配そうに立つホルンに視線を移す。
ザミラの視線に不思議そうに小首を傾げるホルンも、当たり前だが文句無しの彫刻美。彫刻がそのまま息をし動いているようなものだ。
「…………お家帰りたい」
「ザミラさんが何を思ったのか手に取るように……。ほら、機嫌直して下さい」
ホルンはあぁっとため息をつきながらザミラの体を起こすと正面から抱え直し、そのままゆったりと半分寝そべるようにソファに腰掛ける。
「丁度良さそうな抱き枕だな。ホルン」
ふんわりと広がったドレスのせいか、イヴァンに覆い被さるやのし掛かると言った見た目のメルに比べ、ザミラは綺麗にすっぽりとホルンの腕の中に収まり、それはまさにイヴァンが言ったように丁度良い抱き枕サイズであった。
全く悪気が無いイヴァンは、当たり前の様にメルの頭を撫でながらザミラに爆弾を投下した。
それにホルンが苦笑いを浮かべとっさにザミラの耳を塞いだのだが、しっかり本人も聞いておりもがもがとホルンの上で不満そうに藻掻いている。
「暴れない暴れない」
しばらく苦笑いで自身の上で暴れるザミラを押さえていたホルンは、片手で胸元まで宰相服のボタンを外すと、そのまま服の中にザミラの顔を突っ込みその上から頭を抱きかかえる。
すると、もがもがと暴れ続けていたザミラの動きが徐々に大人しくなり、ついには動かなくなり見事な抱き枕状態に変貌した。
「うははっ! 何だそれ? 普通男にやられても嬉しくないだろー」
若干窒息したのかとも思えたが、ザミラがもじもじと身動ぎし収まりの良い所を探しているのを見ると、ただその状態に満足して大人しくなったのだと言うのが分かる。
向かいのソファで繰り広げられるおかしな光景に笑いが止まらないイヴァンは、縫いぐるみの様にメルを強く抱き締め肩を揺らしていた。
「……イヴァンさんは、メルに伝えたのですか? その……」
仲睦まじいその光景を眺めていたホルンが口ごもりながら問う。
「んあ? あぁ、結婚しようとは大分前に言った。マンドレイクの栽培の目処がついたら完全に攫っていくつもりだったから、夜会で伯爵と会えて良かったわ本当」
満足そうな笑みを浮かべそう答えたイヴァンは、もぞもぞとしがみつき直すメルの髪を指先でくるりと遊ばせる。
だが何故か聞いてきたホルン本人は、イヴァンの言葉に驚きとも悲壮ともとれる複雑な表情を見せた。
「えっ……まさかホルン、お前……まだ言ってないとか……? えっ? それを見る限り、夜会の後に好意は伝えたんだよな?」
そのイヴァンの問いに重く頷くホルン。さすがのイヴァンも【まだそこか】と薄ら笑いを浮かべている。
「自分でも驚きですよ。しかもそれでザミラさんを随分悩ませていたようですし……」
「ああ、悩みまくって無心で餅を作りまくってたからな。まぁ、二人はゆっくりで良いんじゃ無いか? 急いだところで今すぐどうこう出来る状態じゃ無いしなー」
アマデウスの養子になることが確定のイヴァンとは違い、ザミラの状況は変わっていない。
アマデウスもイヴァンと一緒にザミラを迎え入れようとしていたようだが、それは一つの貴族だけが王家と深く関わり合う事になる。
たとえ両家がそれを良しとしても、官僚や他貴族等はアマデウスが力を持ちすぎ、いずれ政治に関与してくるのでは無いかと不安が拭いきれない。
その為イヴァンだけアマデウスに引き取られる事になっており、ザミラもそれには納得。
むしろイヴァンが正式にメルと婚姻関係を結ぶ事が出来ると諸手を挙げて喜んだ。
まだまだ問題が山積みの自身の状態にホルンがため息をついていると、向かいのソファに寝そべるイヴァンが先程のホルンの様に、コートのボタンをぷちぷちと外していた。
「メルが大人しい今のうちにちょっとやってみっかなー」
イヴァンはどこか楽しそうにそう言うと、ホルンと同じようにメルの顔を自身のコートの中にすっぽりと入れ、その上からふんわりと抱き締める。
すると大人しく収まったメルだったが、次第にわなわなと体を震わせ始めたと思った瞬間、がばっとイヴァンを抱き締めた。
「きっ……きゃぁあぁ最高ですわ旦那様ー!!」
「ぐっふぇぇ!!」
「いぃぃぃい痛いぃぃい!!」
「うっ……! ザ、ミラさん? はっ! メル! 締め付け過ぎで、すっ……!」
突如覚醒したメルが力の限りイヴァンを締め付け、それに連動しザミラが悶え苦しみホルンにしがみつく悪循環。
魔術師長曰く、母神の力を意図的に使うようになった二人は、以前より更に強く感覚を共有してしまうらしい。それは軽く体をぶつけただけでも鮮明に共有する程だと言う。
その共有を断ち切る事が出来る魔力制御の指輪をホルンは今日預かって来ていたのだが、今の今まですっかり失念していたらしい。
「ぃい痛いぃ……」
「痛ぅ……! ザ、ミラさん……」
ホルンがメルを引き離そうと立ち上がるも、しがみつくザミラの力が強く動けない。
その悪循環から脱したのは、魔術師達がマンドレイクの様子を見にふらっと栽培場に来た時だった。





