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「ですので、私はこれから下心を持って近付いて来た者は容赦無く投げ捨てて行きますので、ザミラさんはもっとしっかり私に頼って甘えてくっ付いていて下さい」

「……んえ?」

 

 ザミラはしばしの間、懺悔をするホルンを静かに眺めていたのだが、何故かそこから突如不思議な結果に着地した。

 ザミラが目を見張り返事のような何とも言えない声を上げると、至って真面目な、むしろどこか不満そうな表情のホルンがベッドに両手をつくと、ぐいっと身を乗り出し口を開いた。

 

「そうです、もっと頼って下さい。もう私の前ですぐに諦め我慢するのはやめて下さい。いつもただ曖昧に苦笑いを浮かべるだけじゃないですか。その癖私達に不都合な事は隠しますし、倒れるまで体を酷使するし……。とにかく! ザミラさんはもっと私に甘えて下さい! すぐに欲しい物とか無いです? 要望とか? もっとこう、メルの様に分かりやすく思い切り私を利用するつもりで! 自由に使えるお金もそれなりにありますし時間も作ればいくらでも……!」

「待っ、て待って、利用……、しな、い要望、ない……投げ飛ばされる……」

 

 即矛盾する発言をするホルンは言っていて段々熱がこもって来たのか、ぐいぐい身を乗り出しながら熱弁する。

 ザミラはある程度頭もはっきりし声も出るようになっては来たが、だからと言って動ける訳でもなくせいぜい寝返り程度が限界。

 ゆえに、なぜか饒舌に普段の姿からは想像も出来ない発言を繰り返し、じりじりと迫り来るホルンから逃げれるわけも無い。

 気付けばホルンは横から覆いかぶさるような体勢でザミラを見下ろしている。

 

「ザミラさんは良いのです、思い切り私を利用し我が儘を言って下さい。言って頂ければ、それなりの地位に居る貴族を没落させる事も可能です。ドレスとか宝石類とかは事足りてますか? 必要な物は? もっと実用的な物でも何でも構いません。王宮をリフォームしたいのならしますし、王宮外に屋敷を構えたいのならすぐにでも準備致します。宰相を辞めろと言われれば即辞職も致します」

「怖い怖い怖い! ホルンさん、言ってる事が怖いから……! 要望あるある! ちょっとだけ離れて下さいお願いします!」


 とっさにホルンのポケットから覗いていた液剤を纏めてあおり、動けないながらもどうにか普段通りの口調に戻ったザミラは、開口一番覆い被さるホルンにどいて貰う様お願いをする。

 しかし、ザミラがいくら肩を押してもホルンはまんじりとも動かない。

 

「それは嫌です。ザミラさんが本心を言うまで退きません」

「なんでそんなスイッチ入っちゃったんですかぁ!? と言うか、ホルンさんだってすぐ無理するじゃないですか! それに十分良くして貰ってますし……あっ! さては【大嫌い】って言った事引き摺ってますね!? たった一回、それも冗談に決まってるじゃないですか!」

「二回です、二回。多少引き摺ってはおりますが、それは今は置いておきましょう。私はもう二度と後悔したくないのです。その為にもここは一度はっきり話し合おうかと思い、今の自分の気持ちを申しているのです」

「話し……合ってたんだ、今……」

 

 確かにホルンが本心を伝えているのはザミラにも分かる。ただ後半の内容はもう話し合いの為の物とは思えない内容のものばかり。

 ホルンはぐったりとするザミラを確認するとすっと目を細め、そのまま視線をザミラの腹部に移しそっと手を添える。

 完全に気を抜いていたザミラがびくりと体を震わすのを尻目に、ホルンは口を開いた。

 

「ザミラさんがファティを手放すのを恐れるように、私はザミラさんを手放すのが怖いのです。分かりますか? 崩れ落ちる貴女を抱えた時に手袋に沁み込んでいく血の量と溢れ出す速さ。それをただ成すすべ無く見続けないといけなかった私の恐怖が。溢れ出る血はいつまでも温かいと言うのに、貴女の体温は徐々に下がり呼吸も弱々しくなっていく。ああ言う状況になってから初めて擦り寄られても、私は冷静に行動出来る程出来た人間ではありません」

 

 どこか遠い目をしたホルンが刺し傷があった場所上掛け越しにさする。

 ザミラはマーサに駆け寄ってからの記憶は殆どうろ覚えだ。気付いたら自分は倒れ、後ろにはホルンが居て遠くでは泣き叫ぶメルとうずくまるイヴァン。

 覚えているのはその光景のみで、後はその時の周りの会話も匂いも何も覚えていないが、そう言えばずっと温かいものに支えられていたのは覚えている。

 それは勿論ホルンであり、その事自体はザミラも覚えている。

 ただ、徐々に感覚の薄れていく手足とは裏腹に、最後までホルンに触れていた所の温もりと頬に当る服の感触は記憶に残っていた。

 ぼんやりと記憶を手繰り寄せたザミラは、未だ虚ろな表情で自身の腹部をなぞるホルンに視線を向けると、そのままぺたりとホルンの胸に手を当てる。

 猫のように目を見開きぴしりと固まったホルンを尻目に、今度はザミラがホルンの胸をさする。

 

「んー、あの時とは何か微妙に……。ホルンさん、もうちょっと寄って寄って」

 

 先程離れろと言ったが今度は寄れ。

 そうで無くとも固まっていたホルンがザミラのその言葉に対応出来る訳も無い。

 ザミラはぽかんと口を開いたまま動かないホルンに痺れを切らしたのか、目の前に垂れ下がっていたホルンの髪を掴むとぐいぐいと引っ張り強引に体を寄せ、バランスを崩し倒れかかって来たホルンの胸に顔を埋める。

 

「んー? やっぱり違う。匂いもー……この匂いも知ってるけど……?」

「ザ、ミラさん……? 何をなさっているのです?」

 

 ようやく再起動したホルンがぎぎぎっと体を起しザミラの顔を覗き込むと、ザミラは眉間にシワを寄せ不思議そうな声を上げる。

 

「なんか、言われてみれば夜会の時にホルンさんにもふもふしたような覚えがあるんですけどー……んー……」

「それは……今は宰相服ですし……。あの服の肌触りが気に入ったのですか?」

 

 あぁそうかと納得いった様子のザミラだが何故か少し残念そう。もしやと思いホルンが問えば、ザミラは自分でも何となく分からないといった思案顔でこくりと頷く。

 

「一番が夜会の服で二番が今の、三番は森に行く時に着てるやつかな。でも今の服はいつも良い匂いだけど、柔らかさとか安心感で言ったら森の……」

「これは香水ですよ。夜会の時は香水はつけていません。以前、夜会の翌日に同じ香水買ったと言う方が続出しましたので……。この話は止めましょう。もう自分の体臭が気になってしょうがないので止めましょう」

 

 ホルンは見事にザミラに話を脱線させられ深いため息をつく。

 若干挫けそうになりながらもホルンが顔を上げると、ザミラは相変らずホルンの匂いが気になるようで、今度は自信の顔の横にあるホルンの手を嗅いでいた。

 

「そっかだからか……残念」

「残念?」

「夜会の時、もうどうにも苦しくて苦しくて仕方が無かったんで、すぐ側あった落ち着く匂いに擦り寄った覚えがあったんですよ。あれがホルンさんなら、もしかしたら今体験出来るかもって思ったんですけどー……」

 

 その発言に言葉を失うホルンに気付かないザミラは、むむむと唸り声を上げながら話し続ける。

 

「くっ付いた時のサイズ感が丁度良いんですよね。すっぽりホルンさんの胸にはまる感じ。夜会で他の人がそれを体験したって思うとすっごく面白くない。私はダンスどころか近くにすら寄れなかったのに。ついでに手袋の上からでも他の人が手を握ったとか考えると母神の力が漏れ出しそう」

「ザ、ミラさん……?」

 

 ようやく再起動したホルンが上ずった声でザミラ呼び視線を下げる。すると再び絶句する。

 顔を上げたザミラは膨れっ面ながらも酷く赤面していたのだ。

 

「急に過保護になったと思ったら甘えろとか頼れとか。言われなくとも私だってもうホルンさんにあんな表情させたくないですよ。それに、甘えろったって一週間部屋に篭って仕事しても、それでも寝る時間が無い人にどうやって……。自分だって体を酷使してるし、甘えた事無いじゃないですか。それにいくら私が甘えたいって思っても、その……イヴァンとメルは何だかんだ両思いですけど……ホルンさんは私の無知で耳飾りを交換しただけの感じですし……もしかしてただお父さんに反抗してるだけなのかとか、体良く貴族令嬢除けにされてるのかなーとか……そう思うと甘えたくても……」

 

 仕舞いにはむぐむぐ口ごもり上掛けの中に沈んでいく。

 ホルンはぽかんと口を開けたままザミラがするすると潜っていくのを見送っていたが、はっと息を飲むと上掛けを掴みぐいぐいと剥がしにかかる。


「ちょっ、ちょっとザミラさん!? 隠れないで出て来て下さい!」

「嫌! 無理無理今は無理ー!」

「力強っ……! どこからそんな力を!? そんなにムキになって隠れなくても良いじゃ無いですか! と言うか、なぜ隠れるのです!?」

「無理無理むーりー! そうだっ! ホルンさんから香水の匂いがしなくなったら出ても良いよ! どうだ無理だろー!」

「っ……!? ほらっ! 上着脱ぎましたから! 上着脱ぎましたからぁぁ!!」

「ぎゃあぁぁぁあぁぁあ!」


 微妙な攻防戦の末ホルンが上掛けを剥ぎ取る事に成功し、その直後ザミラは女子にあるまじき悲鳴を上げ顔を隠す。

 そしてザミラが上手く動かない体をわたわたとさせていると、ぐいっと上体を起こされすっぽりとホルンに抱き締められた。


「……こ、れなら顔が見えないので良いですよね?」


 ザミラはもふっとホルンの胸に埋もれながらこくこくと頷く。

 ホルンは先程言っていた通り、宰相服の上着を脱ぎ捨て今はシャツ一枚。

 ほんのりとまだ香水の匂いはするものの、おおむねザミラの要望通りにしたと言っても良い。

 ザミラを抱き締めたホルンは深呼吸をすると視線を落とし、目の前のザミラの頭に話し掛ける。


「その、私に甘えたかった時があるのですよね?」


 ザミラは小さく呻きゆっくりと頷く。


「でも気を使ってそうしなかった?」


 再び小さく頷く。


「頼りないからでは無く?」


 力強く何度も頷く。


「私の事が……その、苦手とかでは……」


 するとその質問には猛然と首を振って否定する。 

 するとホルンは再びそこで深呼吸をした。


「私が、ただの不注意で耳飾りをと……?」


 するとびくっと反応したザミラは少し間を置き力無く頷く。

 するとザミラの頭には深呼吸では無く、深いため息がかかった。

 それに再びびくりと身を固くしたザミラは急に気まずくなり、もぞもぞとホルンの腕から逃げようと身動ぎする。

 が、まだ頑張っても手を動かす位しか出来ないザミラは、ホルンの腕に全体重を預けている状態。勿論逃げれるわけも無い。

 沈黙するホルンに耐えきれずザミラの目に涙が溢れ出した時、ホルンはぽふっとザミラの頭に鼻先を埋めた。


「私が不注意でそんな事をする人間なら貴族達は楽でしたね……」

 

 ふうっと脱力するように紡がれたその言葉は先程までとは違い、どこか遠くに投げかけるようなものだった。


「私が散々貴族達をはね除ける姿を見て来たと言うのに、なぜザミラさんはそんな事を思ったのです? 私はそんな軽い人間ではありませんよ」


 ホルンの胸に顔をくっつけたまま、ついにザミラはぐずぐずと泣き出してしまった。


「あぁ、泣かせたかったのでは無いのですから……」


 ぽんぽんとあやすように背中を叩かれ頭を撫でられたところで、ザミラ本人にも溢れ出した涙は今更止める事は出来ない。


「はっきりさせていなかった私にも責任はありますね……。悩ませてしまいましたね」


 泣き続けるザミラの頭に鼻を埋め、小さくため息をついたホルンは、ザミラの耳に顔を寄せる。


「前にも言いましたが、何とも思っていない方には冗談でも耳飾りは渡しません。貴女だから渡したのです。そうやって……無理に耳飾りで縛り付け、私のものと誇示してでも貴女を離したく無かったのです。会った時から天真爛漫な貴女に惹かれていて、初めてスレイプニルの森に行った時は気がおかしくなりそうでした。……ふふ、そう言えばザミラさんはあの時簡単に信じてくれましたが、いくら何でも即日森に行ける程私は身軽な立場じゃ無いんですよ。無理してでも貴女の元に通い詰めていたかった……ザミラさんは、こんな私の事をどう思っておいでですか?」


 ザミラはぎゅっと力強く抱き締められ小さく呻く。それでもホルンは腕の力を抜かない。


「……いじ、わるぅ」

「おや、この状況でそう来ますか」


 ぐずぐずと泣きながらザミラが振り絞った言葉は選択肢外の言葉。

 しかしホルンはどこか嬉しそうにそれを受け止める。


「さあもう一度。ですが、もしまた【意地悪】と答えたらそれは【好き】と、そして【大嫌い】と答えたら【愛してる】と捉えます。さて、私の事をどう思ってます?」


 耳元で紡がれる少し擦れた艶っぽい声に、ザミラはたまらずビクリと体を震わせる。そしてホルンは答えを急かすよう更に【どう思ってますか?】と耳元で繰り返す。


「ふ、うぅ……いじわる……だい、きらい……だいきらいぃ……ばかぁ……」

「はい、最後の言葉は聞かなかった事にしましょうか。ふふふ……」


 ホルンは満足そうにザミラを抱き締めると、小さく笑いながらベッドに横向きに倒れ込む。

 ホルンに抱えられた体勢のままザミラもベッドに横たわる形だ。

 満足げなホルンがしばしザミラを抱きかかえていると、ザミラはようやく泣き止んだようだ。


「……イヴァンに適当な香水を調合して貰って、仕事とか夜会ではそれつけて下さいよ。一点物なら真似されないしぃ……」


 もぞもぞとホルンの胸に擦り寄っていたザミラがふて腐れ気味に声を上げると、一瞬首を傾げたホルンはすぐさまその意図が分かったのか、ふにゃりと破顔する。


「ははっ。最初に甘えた事がそれですか? そこまでしなくとも私はザミラさんの物ですよ? 何も私の匂いまで独占しようとしなくとも……ふふっ」


 他の人には適当な香水の匂いを。そして自分はホルン本来の匂いを。

 ザミラの最初の願いは、可愛くも大胆な内容で、ホルンも笑いが止まらない。

 するとホルンにしきりに顔擦り寄せていたザミラの動きがゆっくりとなり、次第にくてっと力が抜けていく。

 

「……少し暴れ過ぎてしまいましたね。もう少し寝ていた方が良さそうです」

 

 ホルンが顔を覗き込むと、体力が尽きたらしいザミラが、襲い掛かる睡魔と必死に格闘しているのが確認出来た。

 ホルンはそのままザミラを横たえ立ち上がると、上掛けを掛け直しザミラの頭を撫でる。


「ね……なぃ……」

「ふふっ。お休みなさいザミラさん。……愛していますよ」


 いやいやと頭を振り寝ないと愚図るザミラの頭を数度撫で、とどめとばかりにホルンは上掛けをザミラの口元まで引っ張り上げ耳元で呟く。

 ふにゅっと不思議な声を上げ目を閉じ身動ぎしたザミラは、その直後すとんと眠りに落ちてしまった。

 ホルンはザミラの寝顔を満足そうに眺めながらふと、今更告白するのではなく、むしろプロポーズをすれば良かったと、早々に後悔の海に沈んで行った。

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