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その後、散々人違いや伝承なんて作り話だとホルンに詰め寄った二人だったが、そう言う意見が出る事が予め分かっていたらしく、二人はぐうの音が出ない程に論破されて今に至る。
「という訳で、坑道内外で安全にかつ大量に鉱石を運び出せる魔獣となると、それなりに数が絞られるかと思います。その最低条件を達していて、尚且つ餌や飼育法が特質していないと予想される魔獣はこの辺りかと思い、資料にまとめておきました」
そう言うと、ホルンは置物と化している二人の前に、片手で数えれる資料を並べて見せた。
そしてなぜか水分をたっぷりと摂取して艶々になったマンドレイクは、自力で鉢植えから這い出てそのまま三人に混ざるように資料に視線(略)を落としていた。
「えっと、石喰い鳥にスレイプニルにゴーレム、アルラウネとミノタウロス……」
反射的に目の前の書類を読み上げるザミラだったが、その声は徐々に尻蕾になって行く。
イヴァンとザミラは一応記されている魔物の名前は聞いた事があるが、当たり前だが実際に見た事はないし、出来れば見たいとも思っていない。
ただそんな事意に返さずホルンは淡々と話を進めて行く。
「私は石喰い鳥とスレイプニル辺りが最適かと。ゴーレムも捨てがたいのですが、如何せん大きさが大きさですので飼育・繁殖となると相当な規模の牧場が必要になりますからね」
「ゴーレムの飼育と繁殖は結構気にはなるけどな……」
だからと言ってやる気は無いと断言するイヴァン。
やるやらないの返事もしないままズルズルとここまで来てしまったが、知らなかったとは言え詐欺医者にマンドレイクを卸していた手前、どうにもホルンには逆らえない。と言うか逆らっても帰る家すらない始末である。
イヴァンの言葉を受け、ホルンはいつの間にかどこからか取り出した羽根ペンでゴーレムの名前に横線を書き、その資料を端に寄せる。
そしてまたまた何故か羽根ペンに興味を持ったマンドレイクが、よちよちと二本の足(略)でホルンに歩み寄ると、器用に葉を振り羽根ペンを催促する。
イヴァンとザミラが『どうせ育てるならひどく特殊じゃないものを選ぼう……!』と、必死に資料に目を通している間、ホルンは無言のまま羽根ペンの先でマンドレイクの腹(略)をくすぐり遊んでいた。
「石喰い鳥はその名前の通り石を食べるんですよね? 上手く躾けるか口枷でもしないと必要な鉱石を食べちゃいそう。スレイプニルは……見た目通り草食かしら?」
ザミラのふとした疑問に、三人とも名前下に書かれた挿絵に視線を走らせる。
石喰い鳥は空を舞うような鳥ではなく、強靭な足で地を走り回る体長約三メートル程の巨大な鳥。羽はあるにはあるが羽ばたいた所で空を飛ぶ事は出来ない。
取り立てて見た目的な特徴は他に無いが、強いて言えば色彩が多種多様である事。
緑や赤や黄色と言った複数の色を併せ持ち、とりわけ冠羽なんかは光の加減で色味が変わる。もう少し手頃な大きさだったら観賞用に欲しがる人もいたかもしれない。
ただ名称の通り石を食べるので、ザミラが言うように何らかの方法をとらなければならなくなるし、石が大量に調達出来る場所での飼育に限られてしまう。
もう一つ名前のあがったスレイプニルはと言うと、普通の馬より二周り程大きな体格の巨馬で、最大の特徴は足が六本ある事。
石喰い鳥と違い手元の資料には食性まで記されていないが、草食であったらどこでも飼育が可能になる。
ただ、しっかりと鉤爪で地を掴む事の出来る石喰い鳥と違い、蹄のスレイプニルが足場の脆い採掘場付近でどこまで通用するか分からない。
どちらも考えれば考える程一長一短。三者三様に腕を組み見詰め合ったまま次の言葉が出てこなかった。
するとホルンの羽根ペンを振り回し遊んでいたマンドレイクが、再びよちよち歩きで資料の上まで来たかと思うと、葉で上手く掴みペン先が割れる程勢い良くペンを走らせ二つの資料に跨って大きな円を一つ書いた。
目の前でダンスを踊るかのようにペンを走らせるマンドレイクを無言で見守っていた三人は、一度見詰め合うと、再びマンドレイクに視線を戻す。
「ねぇ、両方採用って事?」
ザミラがマンドレイクにそう問いかけると、マンドレイクは嬉しそうにその場で小さく飛び跳ね羽根ペンを振り回す。だが勢い良く飛び跳ねたせいか、片方の足(根)の先がぽっきりと折れてしまい、その場にどてんと転がってしまった。
「マンドレイクは悲鳴も上げますしこの子は感情もあるようでしたから、もしかしたら痛覚もあるのかもしれませんね。……と言いますか、自立して動き回るマンドレイクを初めて見たのですが、お二人が育てるといつもこうなのですか?」
再びザミラによって鉢植えに植え直されたマンドレイクだったが、めそめそと小さな呻き声を上げ続けているのを眺めながらホルンが心底残念そうに呟く。
ただ相当気に入ったのか、めそめそ泣きながらもしっかりと羽根ペンは掴んだままだ。
「うちで育ててたのはあまり手をかけなかったから分からないが、少なくとも自分で土から出てきたりはしなかった……はず」
イヴァンがマンドレイクに視線を落としながらポツリと呟く。
その後しばし三人で無言のままマンドレイクを眺めていたが、真っ先に再起動したホルンが再び手元の資料に視線を移し口を開く。
「どうやらスレイプニルも石喰い鳥も試してみる価値はある、と言う結論で良いですね。では王都から程近いスレイプニルと石喰い鳥の生息地なのですが」
ホルンは手早く机の上を片付けると、幾つか印の付いた一枚の地図を取り出し説明を始めた。
ほぼ国の中央に位置する王都から、北にある山脈が例の採掘場。その山脈に行く途中の森に一つ赤で印がつけられている。また王都の西方には青で印がつけられているが、こちらは赤の印に比べ大分距離があるのが分かる。大きく印がつけられているのはその二箇所で、あとは小さな印がいくつか。どれも目撃情報のあった日付と回数、大体の時間が細かく記されている。
最初ホルンは急遽決まった為何を育てるか未定と言っていたはずだったが、すでに十分過ぎる程詳細な資料が揃えられていた。
てっきりその資料に書かれている事から始めないといけないと思っていた二人は少しばかり拍子抜けだ。
ホルンは折り目正しくきっちりと、地図の印を一つずつ示し環境と目撃情報の詳細を説明していき、最終的に大きな印を指差す。
「以上の事から最も条件が良いのは北方の森のスレイプニルかと思われます。捕獲方法はお二人にお任せいたします」
「そこは情報ないのか……」
「私の力ではここまでが限界です」
資料をぱたりと閉じたホルンがきっぱりと言ってのけた。
二人とも色々と言いたい事はあったが、そもそも前例が無い事をやろうとしているのに、ここまで資料を揃えて頂いただけでもありがたいのだろうと思う事にして、再び資料に視線を落とす。
スレイプニルの森までは馬で一、二刻程だろうか、そう遠くない。
力ずくで捕まえるにしろ相手は魔獣。まだどうにかなる可能性のある子供を力ずくで連れて帰るにしても、親が近くにいたらそれこそ大惨事になる。
「んー……食性も確認したいし一度様子を見に行ってから考えようかな。マンドレイクの事もあるから下見は私だけで行くよ。という訳でマンドレイクはよろしくねイヴァン。得意でしょ?」
「まぁな。ザミラのが動物の扱いは上手いし良いんじゃないか。じゃあ俺は一日でどこまでマンドレイクを増やせるかやってみようかな」
鉢植えのマンドレイクを受け取りながら渋々と言った様子で了承するイヴァン。そのイヴァンの頬をマンドレイクが慰めるように葉でぺしぺしとはたいている。
「あぁ、【静の母神】と【動の母神】ですか。お二人は双子ですので、今上は二つの母神が揃ったのですね。これは素晴らしい、歴史上初めてかもしれませんね」
母神にも二種類あるという。
マンドレイク等の魔力のこもった植物の扱いに秀でた母神と、魔物魔獣などの扱いに秀でた母神。
ホルンの話では歴代の母神達はそのどちらかだけだったらしいが、今回たまたま母神の力を受け継いだのが双子だったので両方の力が出たのではないかとの事らしい。
一人感動し熱弁するホルンを尻目に、相変わらずマンドレイクは葉でぺしぺしとイヴァンをはたき続けている。
*
それからの行動は早かった。
ザミラはとりあえずスレイプニルを見学に行く位の感覚だったので、一先ず北の採掘場に戻る馬車に途中まで同乗し、翌日王都に帰る馬車に拾って貰う事にし、イヴァンは一先ず鉢植えのマンドレイクに水以外に肥料などをいくつか試して定期的に薬効成分を調べる事にした。
王都に来る時にまとめた荷物を解いていなかったのでザミラは今すぐにでも発つ事は出来たが、森に滞在するにあたって諸々申請があるとの事なので、ホルンが申請書類を作成している間ザミラはイヴァンと牧場を見に行く。
一応魔獣や叫び声を上げるはた迷惑なマンドレイクを育てる場所なので、てっきり王都の端か少し離れたところかと思っていた二人だったが、意外にも先程ホルンと話をしていたテラリウムのすぐ脇、王宮のすぐ裏手に牧場はあった。
頑丈な石造りの背の高い柵に覆われた広々とした放牧場に、同じく石造りの厩。放牧場の一角にはマンドレイクの栽培場かと思われるガラス張りのテラリウムがあった。
イヴァンが抱えていた鉢植えを放牧場の脇に下ろし、芝の状態を状態を確かめる。
やはり王宮直々に造った施設なだけあってか、隙間無く見事に敷き詰められた芝と上質な土壌。
ただやはり新品の放牧場だけあってか全体的にふかふかとした土壌で、当分の間はスレイプニル達は歩きにくいだろうと予想される。
しかしマンドレイクはこういった土壌が良いらしい。またも勝手に鉢植えから這い出たと思った矢先、目の前の芝を小さな手で撫で回し、ついにはごろごろとその場に転がり始めた。
「お前……日陰が好きなんじゃなかったのか?」
「さっきも思ったけど、まさか植物に話しかける日が来るなんて……」
燦々と降り注ぐ日の光を全身に受け、芝の上で泳ぐように手足を伸ばしバタつかせるマンドレイクに話しかけるイヴァンを横目に、ザミラは深い溜息をつく。
なぜか元気いっぱいになったマンドレイクがイヴァンの手を引く。まるでイヴァンにも芝で転がれと言っている様な雰囲気だ。
普段より少し高い声で鳴きながらイヴァンの手を引くマンドレイクを無言のまま眺めていた二人だったが、イヴァンが突如動物を撫で回すかのようにマンドレイクの腹をわしゃわしゃと撫で回し、喜びのた打ち回っているマンドレイクの上に土ごと掘り起こした芝をどっさりとかける。
「さすが静の母神様ね……」
「気のせいかな、植物の定義が分からなくなって来た」
安らかにすやぁと目を瞑り大人しくなったマンドレイクに視線を向けながら、二人乾いた笑声を上げるのだった。
大人しくなったマンドレイクを残し二人は厩に足を踏み入れる。
意外にも厩は二階建てだったらしく、入り口の近くにはしっかりとした階段があった。
一階は天井の高いいたって普通の厩で、隅にはしっかりと飼料や寝藁を奥スペースまで確保されている。
先程放牧場の奥に貯水池もあったので、設備的には二人が居た牧場と遜色は無い。
しばし一階の明り取り用の窓等を確認した二人は、厩の二階に上がって行った。
そこは倉庫とソファのある休憩室と、マンドレイクの加工場があり、いくつかのガラス製の器と暖炉と竃、それと計量器や各種書籍、研究結果を控える用と思われるまっさらな本がきっちりと棚に収納されていた。
「今更だけど、スレイプニルとか石喰い鳥とかマンドレイクをこんな近くで育てて大丈夫かな? うちは牧場から少し離れたところだったから問題無かったけど。と言うかすぐそこ王宮……」
ぱらぱらと書籍をめくりながらふと思い出したようにザミラは呟くと、書籍を片手に窓から身を乗り出す。
広い放牧場の端にあるとは言え、周囲を城壁に囲まれているのでもしかしたら音が反響するかもしれない。
「石造りだからマンドレイクを抜く時に厩を閉切れば多少防音は出来るだろうけど、それでも石と扉の隙間が気になるか」
「隙間に苔生やしてよ、静の母神様」
「じゃあ森に行ったら魔力のこもった苔見つけて来いよ、動の母神様」
そんなこんな二人が本気かどうか分からないやり取りをしていると、放牧場の方からマンドレイクのか細い鳴き声が聞えて来た。
二人揃って窓から体を乗り出し声のした方を確認すると、先程まで大人しく植わっていたマンドレイクが、自力で土から起き上がりめそめそ鳴き声を上げながら放牧場をよちよちと歩き回っている。
早速マンドレイクの育成の課題に【しつけ】が追加された瞬間だった。
人の子供のようにイヴァンとザミラを探し鳴き声を上げ彷徨うマンドレイクは、一株ならまだしもそれが何十、何百もの数になった日には想像するだけで気が滅入る。
二人が本日何度目かの溜息をつきマンドレイクを回収しようとなった時、テラリウムの方から宰相服とは違う、先程より少しばかり動きややすそうな衣装に着替えたホルンが荷物を抱え歩いてくるのが見えた。そしてそのホルンに向かって何かを訴えるように歩き出すマンドレイクも。
「あぁ、お二人とも二階にいらっしゃったのですか。無事許可が下りましたよ」
二人が二階から駆け下りると、厩の入り口にいたホルンは、鉢植えにすっぽりと収まった状態で鳴き声を上げ続けるマンドレイクを抱え、何事もないかのような普段通りの笑顔を見せた。
二人の姿を確認したマンドレイクは、抱っこをせがむ子供のように目一杯広げた葉と両手を二人に差し出し歓喜の声を上げる。
そしてそのマンドレイクを当たり前の様に差し出すホルンと、当たり前の様に受け取るイヴァン。
「この子に名前をつけてあげた方が良いかもしれませんね」
「ホルンさん、色々と対応力高すぎじゃないです?」
「人知の及ばない事など山ほどありますからね、時には諦めと妥協が必要なんです。あと全てを受け入れる心も、です」
何故か先程と変わらないはずのホルンの笑顔を直視出来ず、二人とも明後日の方を向いたままホルンのありがたいお話に相槌を打つ。
ホルンは申請の他にも二人の助手となる人材や、王都や王宮内で自由に行動出来るようにと特別な通行書やら一式も手配をしてくれたらしく、話のついでにと諸々説明をしてくれた。
「という訳で、次に採掘場に向かう馬車は四半刻後に出発するように調整をとりました。あちらでの滞在は一日だけですが、念の為食料は多めにご用意しました」
「ありがとうございます! ……って、さすがに一人分にしては多すぎじゃないですか?」
ホルンから受け取った荷物を確認したザミラだったが、すぐに顔を上げるとイヴァンにも見えるように荷物を広げながらホルンに向き直る。
食料はザミラの鞄にも入っていて、正直な所一晩だけならそれで事足りるのだが、ホルンから受け取った荷物はザミラの持っていた量の倍近いものだった。
「いえ、私も同行しますから二人分です。二人分と遭難した時用に少し足した位の量です」
「ホルンさんも!? 宰相のお仕事はどうするんです? 危ないですよ? 汚れますよ?」
「ですので汚れても良い服装に着替えて来ました。それに、お願いしておいてそんな危ない場所に女性一人で行かせる宰相はいませんよ。仕事は一日位放っておいても国は傾きませんし、後日溜まった分を消化出来ます。それに……」
「それに?」
「最近異例で厄介な仕事が多かったもので、たまには息抜きを兼ねて体を動かしたいと思いまして」
ホルンはそう答えると今日一番の素晴らしい笑顔を見せた。
ホルンの言った、最近の異例で厄介な仕事に心当たりのある二人はそっと聞かなかった事にし、各々作業を始める事にした。