表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/54

29

「おっ? 見つけたあれか? あれ――なぁ、今俺があそこに近付いたらもれなく巻き込まれるんじゃないか?」


 メルの情報を元に探していると、ちょうど三人とは反対側の回廊の下辺りで、確かに椅子を振り回し魔狼を蹴散らす男が居た。

 だが、あまりにも無計画に椅子を振り回すので魔狼以外の物も巻き込みまくっている。

 イヴァンが心底不安そうに振り向くと、王妃は否定とも肯定とも取れない曖昧な笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫ですわ! 正面からではなく後ろからこう、きゅっと?」


 そしてなんの参考にもならない前向きなだけの意見を述べるメル。

 この二つを総合すると、やはりイヴァンの想像は間違っていないようだ。

 

「じゃあ、ちょっと後ろからきゅっとやってみるわ……ん?」

 

 なぜかきゅっと首を絞めるような動作をするメルと王妃に苦笑いをし、イヴァンが手すりの向こう側に移動すると、急に遠慮がちに腕を引っ張られた。

 少なくともこんな遠慮がちに自身の腕を引っ張る人物に心当たりが無いイヴァンが振り向くと、手すりによじ登りながらイヴァンの腕に手を伸ばす紫の瞳と目があった。

 必死によじ登る姿があまりにも危なっかしく、無意識にイヴァンが手を伸ばし抱え上げると、本人は満足したのかイヴァンの腕の中で大人しくなった。

 

「……ホルン兄上が……」

「ん?」

「ホルン兄上が、イヴァン兄上から離れるなって……」

 

 確かにホルンは弟の頭を撫でながらそう言っていた。

 だがきっとそれは無事に回廊に非難する時の話で、今弟が思っているような事ではない。

 話の意味が分からず首を傾げるメルとは対照的に、その発言を聞いていた王妃はたまらず吹き出しその場にしゃがみ込んでしまった。

 唯一理由を知っていて助け舟を出してくれそうな王妃が轟沈してしまった為、イヴァンはその状態のまま完全に身動きが取れなくなってしまった。

 

「レオ……? 本当に兄様がそんな事を言っていたの?」

 

 意味が分からないが一先ずイヴァンから弟・レオを受け取ろうとメルが口を開き腕を伸ばすも、レオはイヴァンにしがみ付いたまま断固として離れようとはしない。

 

「そっか、レオって言うのか。誰も名前を教えてくれないし、完全に聞くタイミングを逃がしてたんだよな。まぁ本当は【ホルファティウス】みたいに長い名前なんだろうけど、今はどうでも良いわ。あーすっきり、後でザミラにも教えてやろ」

 

 困惑顔のメルをよそにひとりすっきりしたイヴァンは、レオを抱えなおすと言葉を続ける。

 

「なぁレオ、メルの親父と面識あるか?」

 

 メルは突拍子も無いイヴァンの質問に小首を傾げるが、レオは素直にこくりと一つ頷く。

 それににやりとイヴァンが笑みを深めると、イヴァンはジャケットを脱ぎレオを背負い直す。

 レオがしっかりと背中に貼り付いたのを確認すると、今度はレオの体と自分の体をジャケットでしっかりと結びつける。

 その光景に何かに気付いたメルがまさかと目を見張る。

 

「よし、これで大丈夫だろう。苦しくないよな?」

「旦那様……まさか……?」

「俺の命綱。さすがにレオが一緒に居れば椅子で殴られる事は無いだろ。もしそうでも背中に居れば大丈夫だろうし、という訳でちょっと行って来る」

「旦那様!?」

 

 ひょいっと階下に跳び降りたイヴァンとすれ違うようにメルが手すりに飛びつくと、既にイヴァンは魔狼や人の間をぴょんぴょんと飛び跳ね恐ろしい速度で移動していた。

 メルが呆気にとられているとそんな思いとは裏腹に、イヴァンの背中に貼り付いたレオは嬉しそうに手を振って来る。

 ひょいひょい魔狼を踏み越え間を縫い進むイヴァンは、あっと言う間に一人猛然と椅子を振り続ける男の側までたどり着いた。

 そしてそのままメルの助言の通り後ろに回り込むと、背中からがっしりと脇の下に腕を通すようしがみ付く。

 抱きつかれた男が驚き椅子を手放し背中を確認しようとあたふたし出すと、その視界に金髪が映りこむ。

 

「アマデウス伯爵様ー」

「なっ……!? れっレオンハルト殿下!?」 

「レオンハルトって言うのかよ。ホルファティウスより王族っぽいなー。んで、【メルの親父】って段階でうっすら分かってたけど、やっぱり偉い人なんだな……」

「はっ!????」

 

 ただでさえ突如現われたレオに驚きを隠せないで居た男、メルの父のアマデウスは、更に自分にしがみ付きながら苦笑いするイヴァンに気付き絶句する。

 

「アマデウス伯爵様、あんたがメルの親父さんで合ってるんだよな? ちょーっとメルんとこまで移動するからそのまま大人しくして、んっ……んぐーぎぎぎぎぎ……!」

 

 イヴァンは唸り声を上げながら腕に力を入れて行く。するとイヴァンより縦も横も遙かに大きなアマデウスの体が少しだけ床から浮き上がった。

 次々に起こる理解し難い事に完全に動きを止めていたアマデウスだったが、次の瞬間更に信じられない現象が起きる。

 自分の体が床から少し浮いたと思った矢先、次の瞬間にその床は遙か下にあったのだ。

 何が起きてるのかと正面に視線を向けると、定期的にごすっごすっと重い音と共に床や壁が遠ざかる。

 アマデウスがそれが魔術等では無く、自分の背中にしがみ付いているイヴァンが力技でやっている事だと理解した時には、既に目的地のメル達の居る対岸の回廊に到着していた。

 

「御父様!」

「メ、ル……?」

「っく、はぁぁぁ~~……重てぇ……」

 

 一際大きくごすっと音がした直後、回廊に下ろされたアマデウスにメルが飛び付く。

 手すりにへにゃりと力なく枝垂れかかるイヴァンの背中から、王妃がレオを外しそのまま受け取ると、満面の笑みでレオとイヴァンの頭を撫で回す。

 

「お久し振りです、アマデウス伯爵。しばしの空の旅はどうでした?」


 王妃はレオを下ろすと、メルを抱き締めながらも未だ混乱状態のアマデウスにくすくすと笑いながら問いかける。

 ぎぎぎと音がしそうな動きの末王妃に視線を移したアマデウスは、たっぷりと時間をかけてからゆっくりと口を開いた。

 

「あぁ、久し振りだな、イレーネ……。簡単にで良いから、今起きた事を説明して貰って良いだろうか……?」


 元夫婦の久し振りの会話は状況説明からだった。

 その後、王妃によりイヴァンの説明とメルとの関係、ついでにホルンとザミラの関係と魔狼の乱入から今までにあった事全て、本当に的確に掻い摘んで説明して行った。

 全て説明を聞き終えたアマデウスは信じられないものを見るような目で手すりに枝垂れるイヴァンを見つめるも、実際体験したので本当の事なのだろうと無理矢理納得したもよう。

 

「ねっ御父様、最高の旦那様でしょ?」

「どうにも規格外過ぎて……。うむ、メルの好みのど真ん中な体型ではあるな」

「何でこの家族は全員、開口一番俺の体型しか褒めないのだろう……」

 

 イヴァンはむにむにとアマデウスに二の腕を揉まれながら力なく呟く。

 イヴァンは何となく、アマデウスに抱きつくレオと当たり前のようにその頭を撫で回す光景をぼんやりと眺めていると、ふと一つの感想が浮かぶ。

 

「なんか、こっちのが家族としてしっくりくるな」

 

 国王と共に並んでいた時は状況が状況だった為か、あまり家族改めて思う事も無かったのだが、今目の前に広がる光景を眺めていると、やはり違和感を拭えない。

 不思議そうに並んで小首を傾げる四人は互いに見詰め合うと、代表してメルが口を開く。

 

「んー、それはやっぱりあれかしら? 御父様も御母様も、まだお互いに愛し合ってるからではないです?」


 今度はイヴァンが小首を傾げる。

 すると王妃が【まだ説明してなかったわねー】とのんきな声を上げ掻い摘んで説明する。

 元々夫婦仲がすこぶる良好だったアマデウスと王妃・イレーネだが、ある時突如王宮からイレーネを王妃にするとの通達が届いた。

 勿論イレーネにはアマデウスも、当時八歳だったメルも居たので辞退しようとしたのだが、国王は徐々にイレーネを追い詰めるような手段をとり、ついにはメルごとイレーネを強引に王宮に上げてしまったのだ。その後アマデウスは再婚する事無く、未だに独身を貫いている。

 そして当時十歳だったホルンは国王のその行いと、辞職しようとするも妻と娘を奪われた挙句、要求を却下され王宮務めを強いられたアマデウスの悲壮な姿を目撃し、その瞬間から現在に至るまで絶賛反抗期との事。

 一通り衝撃的な内容を説明し終わった王妃は【近いうちにザミラさんにも説明しておかなきゃねー】とのんきに締めくくった。

 

「という事ですので、今の御父様と居る時より自然に見えるかもしれませんわね」

 

 ねーと仲良く小首を傾げる母娘を複雑そうな顔で見つめるアマデウスの側でと、イヴァンはレオを撫で回しながらすでに話の内容を受け入れた様子。

 

「ふーん。実の親父はすこぶる格好良いじゃないか、メル」

「ええ! 最高ですわ!」

「なぜ今その発言……?」

 

 王妃とアマデウスを交互に眺めていたイヴァンの口から想像の斜め上の感想が飛び出し、しかもメルはそれに突っ込みも入れない。

 何故今の話から褒められるのか。アマデウスはこれでもかと言う程訝しい顔でイヴァンを見つめるが、それ以外の人間は特に違和感は無い様だ。

 

「何故って、守る物が多い貴族って自分の人生なのに全部自分都合って訳にもいかないんだなーって思って?」


 言っていて良く分からなくなったのかこてっと小首を傾げるイヴァン。

 そのまま少し考えた後、続けて口を開く。


「俺が今何かあって失うものなんて言ってしまえばザミラ位だけど、ザミラは妹だしいつかは離れて行く。平民だし失う物も特に無いから、国王が【メルはやらん】って言って来てもメルだけ持って逃げれば良いだけだしなー。そうなるとメルが困るんだろうけどな」


 イヴァンが確かめるようにメルに視線を向けると、メルはきょとんと自身を指さした後、それを否定するようにふるふると首を横に振る。

 

「まぁ、こうやって我が通せる立場なら好き勝手やれるだろうけど、貴族だったり妻子持ちだったらそうも行かないんだよな。もし俺が伯爵みたいに国王にメルと子どもを寄越せって言われたらどうすっかな……言われた通りにした方が二人の安全は確保出来るんだろうけどー……無理だろうなぁ、こんな性格だし。きっと変に我を通してもっと酷い、最悪死別とかになりそうだなぁ。……って思ったら、ちゃんと奥さんと娘の事考えて決断した親父ってすげーなーって思った」

 

 途中から話しに飽きたらしいレオが暇そうにイヴァンの裾を引っ張り出したので、イヴァンはレオを撫で回しながら話し続け、最後になぜかこてっと首を傾げる。

 完全に言葉を失うアマデウスを尻目に、母娘は【そうでしょそうでしょー】と揃って満面の笑みをイヴァンに向けている。

 

「あー……イヴァン君? 失礼な事を聞くが、失う物が無いと言うのは……? その、ご両親や家や親戚は……」

「ん? そっか説明省いたんだった。両親は俺達が八歳の時に揃って流行り病で死んでしまって、元々ふらふら遊牧民をしてた家系で親戚なんかも良く分からん。ついでに家やら土地やら牧場やらはちょっと前に、誰とは言わないけどとある宰相に全て押収された。んで、そのままザミラと一緒にここに連れて来られた」

「まぁ、なんて酷い。どちらのとある宰相閣下でしょうね?」

 

 メルはわざとらしい相槌を入れると、くすくすと笑いながら階下のホルンに視線を向けていた。

 王妃もレオも口々にメルに習うよう【酷い宰相がいたものだ】と笑い出していた。

 

「では……メルを連れ逃げた後の生活はどうするつもりだったのだ?」

 

 先程までの困惑した表情とはうって変わり、アマデウスはしっかりとイヴァンを見据え問いかける。

 そこは実父としてどうしてもはっきりさせておきたかったのだろう。

 アマデウスは【逃げた後の生活なんて考えていない】そういった返事だろうとあたりをつけていたのだが、意外にもイヴァンはその質問に対しさらっと口を開いた。

 

「本当は俺がどこかの王侯貴族の養子になって、完璧に文句を言わせない状態でメルを貰いたいんだけどなぁ……。俺は静の母神だからどこか遠くで農園でもして暮らすつもりだ。正直、指輪か耳飾りがあれば季節に関係無く実らせる自信がある。メルの好きな果物でも育てて出荷して、たまに狩りに行ったり山菜摘みでもすれば食いっぱぐれる心配は絶対無いしー……ぶっちゃけ、森か地面がある所ならどうやったって生きて行けるし、ザミラもそうだろうな」


 するとそれを聞いていたレオが、うんうんと納得するイヴァンの服の裾をくいくいと引っ張る。

 レオが何か言いたげにしていたので全員で少し屈んでみると、レオは恥ずかしそうにもじもじとしたあと、イヴァンの耳に両手を添えてそっと耳打ちをする。


「イヴァン兄上、ホルン兄上が食べていたお餅も育てて下さい……」

「餅? あぁ、ククルとエリ芋の餅な! じゃあ中に入れる木の実の栽培と、ついでに養蜂も始めるか」

 

 イヴァンの返事にレオは輝かしい蕩けそうな笑顔を浮かべると、満足したのかアマデウスにぽすっとしがみ付いた。

 レオに小さなお願いにアマデウス以外の全員がほっこりと顔を見合わせていると、アマデウスはレオを抱え上げうんうんと何かを納得したのか数度頷く。

 

「そうか。では私の養子になれ。そして好きなだけ餅? を作れば良い」


 思いがけないアマデウスの下した結論に、その場の全員の口が開きっぱなしになったのは言うまでもない。

 きょとんとした全員の気持ちを代表するかのように口を開きかけたメルだが、アマデウスは聞かれずとも説明するつもりだったらしい。

 

「これでも私は伯爵、王侯貴族だからな。その息子が姫を娶っても誰も異論は無いだろう? それに……」

「それに?」


 王妃が先を促すように、変なところで区切るアマデウスの顔を覗き込みながら聞き返すと、突如アマデウスは悪巧みを思いついた少年の様ににやりと変な笑みを浮かべ顔を上げた。

 

「それに、正々堂々メルを奪い返す良い口実じゃないか。これで人目を気にせず話しかけれるし、大声で【娘】と呼ぶ事も出来る……! ははは! よし、明日にでも書類を準備するぞ!」


 高らかに宣言するアマデウスの表情は生き生きとし、目は今までにない程輝きを放っている。


「それは素晴らしい事ですわね! でも、旦那様宜しいのです? なにか……御父様の復讐の為の様な雰囲気になってますけど……」

「俺は穏便にメルが貰えるなら何でも良いけど?」

 

 元々イヴァンはその事に異論など無かったが、もし有ったとしても目の前で喜び勇む巨大なアマデウスを見れば異論を唱える気も無くすだろう。

 イヴァンは手すりに頬杖をつきながら、喜び勇む四つの顔をしばし眺め続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ