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 イヴァンの目測通り生誕祭当日の早朝、全てのマンドレイクの再生に成功した。

 魔術師長はホルンとメルに魔術で正装を作る為、再生が完了する少し前に王宮へと向かい、現在イヴァンとザミラの二人は床に寝そべりながらも、気力だけでどうにか意識を保っている。


「欠片から元の状態まで育てる……思ってたよりしんどかった」


 レイとホルンマンドレイクは心配そうに二人の上を飛び回りつつも、完全な人型になり知能も付いた為、今自分達が触れてしまえばまた力を使わせてしまう事を理解しているらしく、一定の距離を保ちか細く鳴き声をあげている。

 他のマンドレイク達は再生が完了したが、イヴァンマンドレイクとザミラマンドレイクの再生までは、流石に手が回らなかった。


「何だよレイー。久しぶりに鳴いたと思ったら随分悲しそうだな。そうだ、魔術師長にレイとホルンマンドレイクの服も作って貰おうぜー。あー、これでちょっと休めるぞー」

「寝たら駄目だー」


 空元気を振りまきどうにかお互いに声を掛け合う。

 再生したマンドレイク達が構って欲しそうに寄ってくるが、レイとホルンマンドレイクがそれを上手くなだめ遠ざけ始めた。


「なぁザミラ、ホルンマンドレイクもそろそろ名前つけてやれよ」


 魔術師長が戻るまで着替えも出来ない二人は、久しぶりの兄妹だけの空間に大いにだらけきっていた。


「んー? ホルン、ホルファティウス……ルン……ファーティー……ウッス……ファティ。ファティでいっか」

「相変わらずセンスがねぇ」


 しかし名前を付けて貰った当の本人は相当嬉しいのか、ザミラにくっつきたい気持ちと触れてはいけない気持ちの間で葛藤するように、輝かしい笑顔を振りまきながらザミラの上をぐるぐると回っている。

 それを見たザミラはふにゃりと笑うと、指輪を全て外し飛び回るファティをがしっとキャッチしそのままぽすっと抱き締める。

 存外に雑なキャッチだと傍観していたイヴァンだったが、試しに指輪を外しレイを掴もうと腕を伸ばしその理由が分かった。

 全くと言って良い程自身の腕の重さすら支える力も残っていない。

 結局ザミラど同様、無造作にレイを掴み取りし、ぼすっと自身の上に置くのが限界だった。

 

「ファティはホルンさんと違って表情が素直だよねー。かーわーいーいー。ファティとだったら結婚も悩まないのに」

「悩めよ、逆に。と言うかまだその段階なのかよ」

「だってまだ正式にと言うか、流れでそんな感じになってるだけで、ちゃんとそれっぽい事言われてないもん」


 天使の様な笑顔を浮かべマンドレイク液剤を抱えて戻って来たレイとファティを眺めながら、だらだらと話に花を咲かす。


「不満は無いんだけど、流されてそのまま結婚ってどうよ? それなりに仲良くさせて貰ってはいるけど、本当にホルンさんもそれを望んでるのか分からないし。イヴァンだって、全て終わって晴れて自由の身になったらまた牧場やりたいって言ってたのに良いの? 姫だよ?」


 マンドレイク液剤を咥えながらイヴァンに視線を移すと、意外にもイヴァンは悩む素振りを見せるどころかくすくすと小さく笑っていた。


「メルもそうだったけど、女って我が儘放題で突っ走るくせに、突然相手の気持ちはどうなのかって不安になる生き物なのか? ザミラもホルンに直接聞いてみろよ。はぐらかされないようにな。牧場は……まだ未定らしいが義理の弟がこの国一番の権力者になるっぽいから、そうなったら我が儘言えば良いかな程度」


 その言葉で、そう言えばホルンに時期国王の座を押し付けられた可哀想な弟がいた事を思い出す。

 ザミラはごろりと俯せになると、マンドレイク液剤の瓶をがじがじと噛みながら考えを巡らす。


「んーはぐらかされないように……。うん、出来る。よし、聞いてみよう」


 とは言え、疲労困憊卒倒寸前の今、まともに頭が働くわけも無く早々に結論を下したのだった。

 

「おぉ、見事に全て再生出来たのだな」


 話がひと段落した丁度その時、いつの間にか戻って来た魔術師長が感嘆の声を上げ、床に転がる二人に近付く。

 魔術師長は二人が床に転がっている事に別段どうでも良いのかそこには触れず、近寄ってくるマンドレイク一つ一つを確かめるように手に取り笑みを深めている。

 再生に成功したと言ってもイヴァンマンドレイクとザミラマンドレイクはまだ手付かずの状態。今更だが先にその二つを作成し直しておけば魔術師長も更にやる気を見せたかも知れない。

 それどころか今日の夜会でホルンとメルにどう説明するか。再生する事しか頭に無かった二人は一番厄介な事を失念していた事に今更ながらに気付いた。

 そんな事を考えながら瓶を咥えもぞもぞと起き上がろうとしたイヴァンだったが、その体が突如ふわりと宙に浮き上がり、隣でぼんやりとその光景を見ていたザミラの体もすぐそれに続くように浮き上がった。

 

「この後一般解放の時王からお言葉があるのだが、それには薬理学者の二人も出席せねばならんのでな。満身創痍な所酷な話なのだが、今から着付けをし、そのまま移動するぞ」

「おー、一般解放まで参加するなんて聞いてな、い……」

 

 本気で嫌な顔をするイヴァンをよそに、魔術師長はささっと術を紡いでいく。

 淡く光る糸のような物が魔術師長の指先から現われると、それが幾重にも重なあいイヴァンの体を包んでいく。

 イヴァンの体がすっぽりと包まれたと思った次の瞬間、ぷつっと切れるかの様に糸が弾き飛ぶと、そこには普段の文官の服の上に薬理学者かとの正装と思える白い羽織を肩にかけ、襟元にはしっかりと徽章がはまっていた。

 イヴァンの変化が終わるや次はザミラの番だ。

 イヴァンの時のように淡い糸に包まれ同じように解放されたザミラは、文官服と羽織と徽章こそはイヴァンと同じだが、文官服のコートの下はスカートになっている。

 着付けが終わった二人はまじまじと服をひっぱったりと観察を始めている。

 

「普段と変わらぬ様な文官服だが、それも全てわしの術で出来ているのだ、普通の物より丈夫だ。それと、その服は二人の魔力には干渉しないよう作ったので、指輪はつけて居ても大丈夫だ。今日の催しに乗じて二人に害をなさんとする者が現われる可能性もあるしな」


 するといつの間にか魔術師長の手の中にあった指輪は、ふわふわと飛びすっぽりと二人の指にはまった。

 気のせいか指輪が一つ増えたような気もするが、魔術師長はそれについて特に説明するような素振りも無く、疲労困憊の二人も特に言及する事無くその件は流れていった。

 

*

 

 その後、どうにか歩けるがあまりにもぎこちない動きの二人を見ていられなかった魔術師長により、二人の体を魔術で操り一見立って歩いているように見えるが、実は二人は浮いているだけと言う、ほぼほぼ反則に近い技で一般解放を乗り切った。

 当たり前だが一官僚のイヴァンとザミラと王族のホルンとメルは、一般開放中は接点が全く無く、それどころか王族の続々と押し寄せる人に揉まれ、数段高い位置に座っていたはずだと言うのに、顔の一部すら見る事は出来なかった。

 半日押し寄せる人を近衛兵等に混じり誘導し続けた二人は、ほぼ屍の状態で一度栽培場まで戻って来た。

 今度は夜会用の正装に着替え、時間が許す限りマンドレイク液剤を飲み続け体力と魔力回復に努める。

 

「マンドレイクって魔力の塊の癖に、物理的な傷とか肉体疲労には速攻効くのに、魔力の回復とそれに関する事には微々たる効果しかないんだな……改良してやる……」

「勤勉だね、イヴァン。栄養剤と一緒に甘い物食べると疲れも何も吹き飛ぶらしいよ?」

「それヤバイやつだから」


 床に寝そべりながら何本目かの瓶を床に転がす。幸い魔術で作ったお陰か服は汚れないらしい。

 イヴァンの夜会の用の服は、体に貼り付く様な白のパンツに膝丈の黒いロングブーツ、シャツと落ち着いた瑠璃色の白のベストの上には、丈の長い濃紺のジャケットを羽織り首元には純白のクラヴァット。

 普段は無造作にかき上げている前髪はしっかりと後ろに撫で付けられ、自分でもそれに違和感があるのかしきりに頭をぺたぺたと触っている。

 ザミラの服は普段の物より格段に豪華なドレス。

 全体的に紫で纏められたドレスの上半身部分はぴたっと体の線に沿った作りで無駄な装飾は殆ど無い。しかし腰から下の切り替えしには盛大にフリルをあしらいふんわりと大きく広がっており、その二つのギャップが女性らしい曲線美を体現している。

 髪はゆるく巻き上げ頭の上で華やかに固定し、所々に白や紫の小さな花飾りをあしらっているが、やはりザミラも違和感があるのか液剤を飲みながらどこか腑に落ちないと言った思案顔だ。

 だが、二人の側でせっせとマンドレイク液剤を作成している魔術師長が誇らしげな顔をしているので、そう言う物なのだろうと二人共納得せざる終えない。と言うか文句は言えない。

 

「今更だけどイヴァン、ダンス出来るの? エスコートしないといけないんでしょ?」


 じんわりと動けるようになってきたザミラが床に座り直しながらふと思い出したように口を開く。

 少なくとも今までの人生でイヴァンがダンスをしている所を見た事は無く、それはザミラにも言える事だ。

 するとイヴァンは心底不思議そうな表情で起き上がると、首もとのクラヴァットを邪魔そうに引っ張りながら答える。

 

「ただ決まった形で動けば良いだけだろ? さすがに俺達にダンスを申し込みに来る奴なんて居ないだろうし、居たとしても先に他のやつの動き見てそれを真似しときゃ良いだろうしな。まぁ、ザミラはエスコートされる側だから俺より気楽に考えて良いんじゃないか?」

「それ以上どう気楽に考えろって言うのよ」

 

 元々運動神経が野生動物レベルのイヴァンだが、今は指輪で身軽になった挙句服も重さを一切感じさせない物を纏っている。その為体さえ自由に動きさえすれば何がどう転んでも対応出来るとの事。

 自分の兄の規格外な一面をすっかり忘れていたザミラだったが、イヴァンに言われた通り気楽に考える事にした。

 

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