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 満身創痍のホルンとザミラは、当たり前の様に厩に戻って来てから、マンドレイクの加工用品一式が綺麗に無くなってるのを見てはっと思い出した。

 イヴァンは魔術師の棟に身を移したのをすっかり忘れていたのだ。

 見事にマンドレイクの痕跡が無くなった厩に残されていたのは窓枠の斬撃の跡位で、服も灯りも何もかも無くなっている。

 ホルンとザミラが戻って来たらまた厩を使うと言うのに、何も残さず引っ越しをしたらしい。

 ホルンはため息交じりに荷物を背負い直すと、一先ずザミラを連れ魔術師の棟に向かう。

 正直、二人とも今すぐマンドレイクの生薬を飲み暖かいベッドに埋もれて眠りたいのだが、如何せんその全てが一癖ある魔術師の棟にある。素直に寝かせて貰えるか、ホルンは一抹の不安を感じつつ歩を進めた。

 魔術師の棟は王宮から渡り廊下で繫がってはいる物の、その建屋は王宮の城壁の外にある。


「王宮の中突っ切らないんですか?」


 当たり前のように城の裏門からぐるりと城壁の外を周り移動しようとするホルン。


「今王宮を通ると色々面倒な事になりそうですので、なるべく人目に付かないよう移動しようかと」

「言ってる事が犯罪者臭い……諦めて王宮突っ切ろ?」


 とは言え徒歩で城壁沿いに移動しては恐ろしく時間が掛かる。

 ザミラはホルンの服の裾を掴みくいくいと引っ張りながらホルンを止める。

 その行動が意外にも可愛かったのか、ホルンはザミラをしばしぼうっと眺めた後、ふにゃりと笑うと王宮に向け歩き出した。

 王宮を歩けば案の定、ぼろぼろの二人を見た侍女や執事達が慌てて駆け寄ってくる。

 人気の少なそうな廊下を選んでも、やはり侍女や執事達には見付かってしまうが、それでも貴族や官僚達に見付かるよりは断然良い。

 ホルンは侍女が持って来た濡れタオルでささっと顔だけ拭くと、自分達に会った事は他言しないよう口止めし足早に魔術師の棟を目指す。

 だが、ザミラの着替えのドレスだけはちゃっかりと受け取っていた。

 メインの大廊下の端、ホルンは天上まで届く重厚な扉に手をかけゆっくりと開ける。

 その大きさに反して、扉は重さを感じさせない程いとも簡単に動いたので、流石のザミラも口を開けたままその光景を眺めていた。


「この扉は魔術師とごく一部の者以外、開ける事が出来ないよう魔術がかけられているんです。魔術師は人見知りが多いらしいのでこう言う事になっているようですね」


 不思議そうに扉を見上げるザミラに、ホルンは笑いながらそう説明し、扉をくぐった。

 扉をくぐった瞬間、先程までの暖かい王宮の空気から一変し、ザミラは少し肌寒さを覚え身を震わせた。

 廊下の造りは全く同じだが調度品や灯りが違う為か、王宮とは全く切り離された場所に来てしまったかのように思える。

 ほんのりと灯された灯りの中、ザミラはホルンの服の裾を掴んだまま大人しくついて歩く。

 

「……ザミラさん、怖いですか? でしたら、王宮に戻り一先ず私の私室で休みましょうか。その間に私がマンドレイクを貰ってきますよ」


 振り返りながらホルンが困ったような笑顔を向けてきたので、ザミラは思いっきり握りしめていたホルンの服の裾をぱっと手放した。


「怖くないです! 怖くないですけどこの雰囲気が、何と言うかちょっと無気味? 掴んでたのは、捕まえてないとまたホルンさんに置いて行かれそうだったから、つい……?」


 言っていて自分でも不思議そうに小首を傾げるザミラと、聞いていてつい一緒に小首を傾げたホルン。

 ホルンはそのザミラの行動にふにゃりと笑うと、ザミラに手を伸ばす。

 するとそれとほぼ同時に、二人の近くの扉が轟音と共に廊下の反対側まで吹き飛んだ。

 余りにも突拍子も無い出来事に、ザミラは悲鳴も出ず思い切りホルンにしがみつき、ホルンも自身の胸に飛び込んで来たザミラの頭を抱えたまま硬直し吹き飛んだ扉に視線を向けている。

 するともうもうと煙を上げる、扉が付いていた部屋から、ゆらりと人影が出て来るのが見えた。

 すっぽりと手足が隠れる深緑のローブに身を包み、真っ白な頭に降り積もった埃やゴミを払い落としながら出て来た人物は、廊下で硬直している二人を見付けると自身の口元を覆っていたベールを剥ぎ取り、目を輝かせ満面の笑みを浮かべた。


「ホルファティウス殿下! その双黒の令嬢はもしや!」

「うわっ!」


 大股で近付くや、がっしりとホルンの肩を掴みがくがくと揺らしながら興奮気味に話す白髪の男。

 ホルンの腕の中に居るザミラは小さな悲鳴を上げ、押し倒さんとばかりに必死にホルンにしがみつく。

 

「魔術師長殿、おお落ち着いて下さい……。こちらがイヴァンさんの双子の妹君のザミ――」

「うおぉぉぉお娘よぉぉ!!」

「っ、きゃぁぁぁ!?」


 ホルンの言葉を最後まで聞かず、魔術師長はホルンに貼り付いていたザミラを抱え上げると、思い切り頬ずりをし力一杯抱き締めた。

 

「うぉぉ娘よぉ! 息子と同じ見事な双黒、澄んだ魔力の色。わしの造った指輪は気に入ったか? 耳飾りは……あぁ、ホルファティウス閣下の物を着けているんだったか。……ん? 怪我をしているのか? そんな物わしがちょちょいと治してやるからな。んー……わしは幸せ者だぁ……!」

「おおお髭がぞりぞり痛いぃ! ホルンさぁぁん!」


 ザミラを力一杯抱き締めては頬ずりをし、また力一杯抱き締めては頬ずりをするを繰り返しながら元の部屋へと戻ろうとする魔術師長。


「魔術師長! 落ち着いて下さい持って行かないで下さいっ! あとザミラさん、それ、私のお髭が痛いみたいに聞こえますから!」


 思い切り錯乱しながらもホルンは魔術師長の腕にしがみつきどうにか止めようと試みるが、どう言う原理かホルンがしがみついているのが嘘のように何事も無く歩き続けている。


「お? おーホルンにザミラ、おかえり。無事で何より」


 魔術師長が部屋の入り口にさしかかったとき、イヴァンがひょっこりと部屋から顔を出しのんきな挨拶をしてきた。


「ただいま戻りましたイヴァンさん。あの、ちょっとお手伝い願えますか?」

「あ、あー……力じゃ無理かな。えーと……『親父、ザミラが痛がってるから離してやってくれよ』……かな?」


 その言葉を聞いた瞬間、魔術師長の腕のから解放されたザミラがどさりと床に落下した。


「む、息子よ! もう一度! もう一度父と呼んでくれ! 次は『父さん』と……! いや、『父様』『父上』……やはり親父が良い!」

 

 今度はイヴァンに抱き付き頬ずり開始する。

 イヴァンは既に魔術師長の全力頬ずりに対応したのか、心底嫌そうにしては居るが悲鳴は上げず、大人しくされるがままの人形になっていた。

 その後、魔術師長は騒ぎを聞きつけた魔術師達に説得され、ホルンとザミラはようやく部屋に通された。


「そっか、スレイプニルじゃ難しいのか。こっちもこっちで薬効成分が上手く安定しなくて行き詰まってるんだよなぁ」


 ホルンから一部始終説明を受けたイヴァンは、ソファの肘掛けに頬杖を付き、心底残念そうにため息をつく。

 そのイヴァンの後ろではマンドレイクが大量に栽培されているのだが、魔術師長が栽培に介入したからか、とても植物を育てているとは思えない光景だった。

 広く高い天井の部屋の中。薄暗い室内を照らすのは魔術で造った灯りと思われる淡い光の球が数個、不規則に室内を動き回っている。

 そして栽培中のマンドレイクも、一つ一つ宙に浮かぶ水の球にすっぽりと浸かりながら、光の球同様にふわふわと自由に飛び回っているのだ。

 それはマンドレイクの意思で動いているのか、ソファに座るイヴァンの元まで定期的にふわふわと飛んで来ては構って欲しそうに両手を差し出し、イヴァンは当たり前のように寄って来たマンドレイクの頭を一撫でしている。

 何十ものマンドレイクが薄暗い室内に揺蕩う光景は何とも形容しがたい光景だった。


「水耕栽培にしたのですね。随分魔術師長殿のお力をお借りしたみたいですね」

 

 ホルンが自身に寄って来たマンドレイクを撫でながら魔術師長に笑みを向ける。

 先程からホルンがずっと魔術師長を役職で呼んでいるのには意味がある。

 魔術師にとって名前とはその個を縛るものであり、他人に名前を知られる事を嫌う。その為王宮内では役職や序列で魔術師を呼ぶという、一風変わった制度をとっている。

 先程の取り乱した姿が嘘のように魔術師長はソファに腰掛け、静かな威厳を放っていた。


「わしの長年の夢でしたし、何より息子と娘に手を貸さない親は居ないでしょう。間もなくメルティーナ姫も娘になりますし言う事ないですわ……ははは」


 ザミラに治癒の魔術をかけていた魔術師長は、話し出した矢先引き締めていた顔は緩み、隣に座るイヴァンの頭をがしがしと撫で回し始める。


「っても養子になったわけじゃ無いし、そもそも魔術師の養子にはなれないんじゃ無かったのか? それと、近々メルが娘になったとしても、近々ザミラがホルンのとこに嫁ぐんだけどな」

「はっ……! そうか、そうだった……。うぅむ……確か、ホルファティウス殿下はいずれ正式に母君の家名を名乗るとおっしゃっておられましたな。ではそうなったらうちの婿に……いや、流石にそれは難しいか……うむ」


 上手く魔術師長の腕から脱したイヴァンは立ち上がり、唸る魔術師長を放っておき揺蕩うマンドレイクの中に向かっていく。

 イヴァンに気付いたマンドレイク達が嬉しそうに寄ってくると、イヴァンはその中から一株選び、水の球ごと抱え再びソファに戻って来た。


「見た通りこの方法だと、魔力は水と光から注がれるから愛情さえ注げれば誰にでも育てられるんだが、そうすると薬効成分にムラが出るんだよな。でもだからって並べて植えておくと構えって鳴いて厄介なんだよ」


 ソファに座り自身の膝の上に水の球ごとマンドレイクを置いたイヴァンが、ため息交じりにマンドレイクを撫でると、見る見る葉が色濃くなり目の輝きが増していった。

 自由に飛び回るマンドレイクを平等に世話するのは難しいらしい。

 全員がそのマンドレイクに視線を向けていると、イヴァンが静かにマンドレイクをテーブルに置いたと思った矢先、突如崩れるように力なくソファに横たわってしまった。

 

「えっイヴァン?」


 テーブルの向かいに座っていたザミラが立ち上がると、イヴァンの隣に座っていた魔術師長がほぼ同時に呆れたような声を上げた。


「だからここで闇雲に力を使うなと言っているのに……」

「魔術師長殿、それはどう言う事です?」


 横たわるイヴァンを軽々片手で持ち上げた魔術師長に説明をこう。

 魔術師長がすっと指先を部屋の端の仮眠用ベッドに向けると、イヴァンの体はふわりと浮き上がり独りでにベッドまで移動する。その後魔術師長が指先を一つ動かす毎に、イヴァンの靴は独りでに脱げ上掛けは浮き上がり、瞬く間にイヴァンの体はすっぽりとベッドに収まってしまった。


「マンドレイクを育成するのに使っていた力は、わしの造った指輪や耳飾りの魔力だと思っておったようだが、そうじゃないのだ」


 ホルンとザミラがイヴァンに視線を奪われていると、魔術師長は気まずそうに頭をかきながら辿々しく言葉を続ける。


「わしの造った魔道具を媒介にして母神の魔力を引き出していただけで、二人は知らず知らずのうちに自身の魔力を酷使していただけだ。本来あり得ない事だが、自身の力量を知らぬ素人が魔力を使い過ぎれば、あのようにすぐ倒れてしまうのだよ。指輪だけでも酷使すれば危険なのだが、ここにはわしの魔力で造った物が溢れているからな」


 真っ白な顔で横たわるイヴァンの周りを、心配そうにマンドレイク達がか細い鳴き声を上げながら飛び回っている。


「だが、普通の人間ならそう易々と魔力が溢れ出ることも無い。この状況でも力を使い過ぎる事は無いはずだから育成には問題は無い。と言うわけで、娘よ、ここでは指輪は外しておいた方が良い」


 魔術師長はイヴァンの指から指輪を抜き取り枕元の箱に収めながら、ふとザミラに視線を向けた。


「はーい。じゃあホルンさん、少しの間指輪預かっぶふぅ」


 ザミラが渋々指輪に手をかけながらホルンに向き直った瞬間、ザミラの顔面にびたんと何かが貼り付いた。

 ザミラは恐る恐る顔に貼り付いた物をはがし確認すると、瞬く間に満面の笑みを浮かべその物体を思い切り抱き締めた。

 

「レイ! なにこれ可愛い! レイだけ水の球じゃなくてドレスなの? 可愛い! 他の子は?」

「まっまー!」


 お風呂のように優雅に水の球に浸かっている他のマンドレイク達とは違い、レイだけはドレスのような形の水を纏い、ふわふわと浮いて自由に移動していた。

 よく見てみればふわふわと向かって来ているイヴァンマンドレイクもホルンマンドレイクもザミラマンドレイクも、全員水の球では無くちゃんとした服の形の水を纏っている。

 

「みんなおいで! 可愛い! 見てみてホルンさん! これはもう後でイヴァンにもっとしっかり育ててもら、お……?」

「っ! ザミラさんこの部屋では……!」


 ザミラが纏めてマンドレイク達を抱き締め嬉しそうに頬を摺り寄せた瞬間、かくっと膝から崩れ、寸での所でホルンに支えられた。

 

「うえぇ? ぼやけたホルンさんがいっぱ、いぃ……」


 ザミラは不思議そうな声を上げホルンに触れようと手を振るが、勿論ホルンがいっぱい居るわけは無く手はただ虚しく空を切るばかり。魔術師長が駆け寄ってきた時にはイヴァンの様にすとんと眠りに落ちてしまった。


「……後程、二人分の魔力制御装置の作成依頼を正式に申請致しますね」

「折角堂々と寝顔を拝める方法だと言うのに。そうも言ってられぬか」

 

 魔術師長がすこぶる残念そうにそう呟くと、一瞬悩んだホルンだったが、いつも通りの爽やかな笑顔を残しザミラを抱え王宮に戻って行った。

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