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 朝、ホルンは茹だる暑さで目を覚ました。

 スレイプニルはまだ二人を包み込んだままの状態で寝ているらしく、外光をほぼ遮断し目を開けても視界は薄ら暗い。

 自身の上で未だに健やかな寝息を立てるザミラは、昨日倒れ込んだ姿勢のまま身じろぎ一つしていない。

 ザミラの額に手を当て熱を測ってみるも、昨日より幾分か下がったくらいでまだ微熱があるようだ。

 ザミラを起さない様にそっと手を伸ばし、自身の上で規則的に揺れるスレイプニルの首筋を撫でてやると、意外にもスレイプニルはすぐぱっと首を上げ二人に視線を向けて来た。


「おはよう御座います、スレイプニルさん。昨夜はありがとう御座いました」


 反射的に挨拶をし開けた視界を周りを確認すると、いつの間にか夜中の追いかけっこを終えた三頭が周りを囲むように寄り添い寝ていた。

 ザミラを起さないようにそっと抱えなおすと、それを察知したのかスレイプニルはホルンが動きやすい様に首を反らしてくれた。

 ザミラを防寒用の布でしっかりと包み直し寝屋の草の上にそっと置く。するとそれだけの事しかしていないと言うのにホルンの指先は小刻みに震え、膝は立ち上がる気すら無いかのように地に着いたまま離れようとしない。

 昨日の魔狼との攻防戦の影響か、泥のように眠っても未だ体に残った疲労感は凄まじい。それこそザミラと一緒に再び寝てしまおうかとさえ思う程だ。

 一先ず荷物を取ろうと気だるそうに腕を伸ばすと、血と砂埃と汗でべったりと腕に貼り付いた服が目に入った。

 そのまま自身に目を向けると、昨夜よりもべったりと広がった血と泥は体だけではなく髪にまでびっしりと貼り付いている状態だった。

 洗うにしても水筒の水では足りないだろうし移動する体力も無い。

 ホルンはそのままぼすっと草の上に倒れ込むように身を投げため息をつく。

 丁度倒れ込んだ先にザミラが植えたマンドレイクがあったが、やはり欠損が酷い上に世話をしていない為か殆ど成長は見れなかった。


「……もう少し動けるようになるまで休、いたたたた」


 このまま寝ようかとホルンがごろりと転がりうつ伏せになると、突如右足をぐいぐいと引っ張られる。

 視線を向ければいつの間にか目を覚ましていた小柄なスレイプニルが、目を輝かせてホルンのブーツを咥え引っ張っていた。


「おはよう御座います、やんちゃなスレイプニルさん。ご飯が欲しいのですか? それとも遊びたいのーーでーーー」


 ホルンがうつ伏せのまま肘を突き自身のブーツを咥えるスレイプニルに話し掛けると、なぜか嬉しそうに更に目を輝かせたスレイプニルはホルンの足を咥えたまま引き摺るように後退しはじめた。

 この体勢で昨日のように突如走られたら大怪我では済まない。腹ばいで引き摺られながらホルンは残った体力を必死に振り絞り、手をバタつかせるとどうにか近くにいた大きなスレイプニルに掴まる事が出来た。

 しかし、その大きなスレイプニルもなぜか嬉しそうにホルンに鼻を摺り寄せたかと思うと、どろどろに貼り付いたホルンの髪をまぐまぐと咥え始めてしまった。


「皆さん遊んで欲しいのですね。でもちょっと今は……」

「ほるんさん?」


 髪から腕、足から背中とほぼ全身を二頭のスレイプニルにつつかれ噛まれ、餌でもあげようかとホルンが荷物に手を伸ばしす。すると先程までぐっすりと寝ていたザミラが眠そうに目をこすりながら身を起していた。


「おはよう御座います。舌足らず気味に名前を呼ばれるのはなかなか新鮮ですね」


 ザミラが起きた事でスレイプニル達もそちらに興味が行ったらしく、ようやくホルンは解放された。

 ホルンはスレイプニル達がザミラにちょっかいを出さないように鼻先を一撫でし、膝立ちでずるずるとザミラに寄って行く。


「ザミラさん、まだ熱があるようですのでもう少し寝ていて下さい。寒いですか?」


 ザミラはずるずると自身によって来るホルンをぼうっと見上げたまま不思議そうな顔をしている。

 ザミラが珍しく大人しく座っている今のうちに、ホルンは再びささっとザミラを布で包むと、そのまま着替えが入っている荷物を枕にし寝かせる。

 何か言いたげにザミラは身悶えするも、ホルンが更に荷物から取り出した自身の上着をザミラの頭に被せ、子どもにするかのようにぽんぽんと頭を数度撫でてやると、ザミラは再び静かに寝息を立て始めた。

 ふと、ブーツを脱いだままだったザミラの足首に視線を向けると、赤く腫れ上がっていた箇所は黒に近い紫色に変色し痛々しい見た目になっていた。

 怪我の具合とザミラの発熱から察するに、骨にヒビが入っていると考えて良いだろう。

 水筒の水でハンカチを濡らしザミラの額に乗せる。それが冷たかったのか一瞬ピクリと眉根に力が入ったが、すぐ何事も無かったかのような表情に戻る。

 今の所ザミラが痛みを訴えず大人しく寝ている事に安堵したホルンは緊張が緩み顔が綻ぶ。

 ひとまずどろどろの上着を脱ぎ捨てシャツ一枚になると、小柄なスレイプニルはすぐさまそれを咥え一人でごろごろと遊び始めてしまった。


「スレイプニルさん方、私は水汲みついでに体を洗って来ようと思いますので、その間ザミラさんの事をお願いしても宜しいですか?」


 シャツの袖を捲くり一番近くに居た大きなスレイプニルの鼻先を撫でながら呟く。

 正直、ホルンはスレイプニル達はザミラに多少懐いていると思っているのでほぼ独り言だ。

 スレイプニルが居れば他の魔物や獣が出ても対処してくれるだろうし、今のうちのこの辺りを見ておきたかったという事もある。

 ホルンは目前の鼻を撫で回しついでに寄って来た鼻も撫で回すと、水筒と剣と服と少量の食料だけを腰の鞄に詰め、スレイプニルにぐしゃぐしゃにされた髪を結い直す。

 が、髪を解くと再びスレイプニルが鼻を摺り寄せてきたので結い直すのは諦め、髪留めは寝ているザミラの髪に着けておくことにした。


「では行って参りますね。後はよろし、く……」


 ホルンが立ち上がり肩から荷物を下げ振り返ると、なぜか小柄なスレイプニルが目を輝かせゆっくりとホルンの襟元に噛み付く。

 どこかで見覚えのある構図に、思わずスレイプニルの首にがっとしがみつく。

 そんな些細な抵抗も虚しく、スレイプニルはホルンの背中を咥えると、そのまま自身の背に乗せるようぽんっと弾き上げ、昨日と同じように突然走り出した。

 


「ホルンさん、きのうぜったいひとりにしないって言ったのに」


 目を覚ましたザミラが周囲を見渡しながらため息交じりにこぼした。

 足の痛みはあるものの頭は昨日よりははっきりとしている。

 のそっと体を起こすもやはり動き回れるほどではなく、ふらりと目眩がする。

 ふと、まだ育ちきっていないマンドレイクの破片が目に付いた。

 少し唸り考えたザミラはマンドレイクを引き抜き水筒の水で軽く洗うと、そのまま葉と少しばかり残っていた根の部分を思い切り口に含む。

 あまりの苦さに顔をしかめつつも残っていた水筒の水でどうにか飲み下す。

 すると徐々に足首が熱を帯び痛みが引いていく。

 だが、やはりマンドレイクが足りなかったのか、完治はせずほんのりと腫れたままだった。

 何度か足首を動かし確かめた後、ザミラは手頃な粗朶で足首に当て木をすると、隣で大人しく座っていたスレイプニルに手をつきゆっくりと立ち上がる。

 

「うん、熱は下がったし足も一先ずはこれでいっか。で、ホルンさんどこ行ったのよ」


 ザミラが不満そうな声を上げひょこひょこと足を引きずり歩き出すと、それまで大人しく座っていたスレイプニルが立ち上がりザミラの前に歩み出る。そしてそのまま寝屋に戻れとばかりに鼻先でザミラをつつく。

 異様に寝屋に戻そうと奮闘するスレイプニルを訝しく思ったザミラは、ふと近くに他のスレイプニルが居ない事に気付いた。

 

「……もしかして、あの子がホルンさん持ってった?」


 現前に迫り来る鼻先を容赦なく撫で回しそのままじとりと睨めば、スレイプニルは露骨にうな垂れ大人しくなった。

 その様子から何となく状況を察したザミラだったが、振り返りホルンの剣が無くなっているのを見て確信した。

 ザミラはため息混じりにその場に座り込みしばし考え、おもむろに荷を解き始めた。

 どさどさと着替えやメモなどが散乱するのを見守っていたスレイプニルだったが、静かに自身の鼻先に差し出された袋に視線を落とし、再びザミラに視線を戻す。

 

「高山麦とイとククルとエリ芋、好きな物選んで食べて。そして食べ終わったらホルンさんのところに連れて行って。ついでにお宅のやんちゃ坊主さんを一喝するの手伝ってね」


 若干不満げに荷物からククルを取り出すザミラの雰囲気に、スレイプニルは大人しく頷く事しか出来なかった。

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