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 スレイプニルの睡眠は驚くほど深いのか、昼頃寝始めもう辺りは真っ暗になったと言うのに起きる気配は無い。

 その間にザミラの足首はブーツを履いているのも辛い程腫れ上がり、うっすら発熱までし始めてしまった。

 傷の微熱でぼんやりとし始めたザミラだが、乗馬服だけでは寒くなって来たのか、もそもそと鞄から布を引っ張り出し包まると、一向に起きる気配の無いスレイプニルに寄りかかる。

 例の如く前回同様小鳥やリス達は日中は忙しなくザミラの元に遊びに来ていたが、日が沈んだ瞬間からはぱったりと来なくなってしまった。


「まだ寒いかも。……スレイプニルさーん、ちょっと引っ付きますよー……温かー……」


 スレイプニルの前足と丸めている首の隙間に両手を入れてみると存外に温かかった。

 それに味をしめたザミラは、ここぞとばかりに隙間に体を突っ込み暖を取り始める。

 すると先程まで一切目覚めなかったスレイプニルが丸めていた首を伸ばし、自身の足の間に転がるザミラに視線を移す。


「あれ……。今おはようございますなの?」


 ザミラは若干しょんぼりと残念そうにつぶやくと、いそいそとスレイプニルの足下から這い出し始めたのだが、そのザミラの首根っこを再びスレイプニルが咥え、元の足の間に落っことす。

 大人しく足の間にすっぽりとはまりながらスレイプニルを見上げると、何故か視線はザミラでは無く、真っ直ぐと別の方向に向けられている。

 真っ暗で何も見えないが、ザミラも何となくスレイプニルの視線の先に目をやると、うっすらと草を踏む足音が聞こえてくる。

 少し熱で浮かされているザミラはその足音に特に危機感も疑問も持たず、一先ず目の前のスレイプニルで暖を取り始める。

 ザミラがスレイプニルの長いたてがみに顔を埋めると、スレイプニルは嬉しそうにザミラの背中を鼻先でつつく。

 するとスレイプニルの鼻先は背中にあると言うのに、待ったく同じ感覚が頭の上でもした。


「……こ、んばんわ。お父様でしょうかお母様でしょうか、あらお友達も一緒なの……?」


 さすがに疑問に思い顔を上げると、今くっついているスレイプニルよりも、一回り程大きなスレイプニルが三頭、もの珍しそうな目でザミラを覗き込んでいたのだ。


「……あなた、随分人懐っこいとは思ってたけど、まだ子供だったのね」


 三頭も同じようにその場に座り込みザミラの匂いを嗅ぎ出したのだが、座った状態でも明らかに一回り大きい。

 一番小柄なスレイプニルが鼻を鳴らし何かを伝えているが、ザミラの匂いを嗅いでいる一番大きなスレイプニルはそれに答えず、じっとザミラを見つめたままだ。


「えっと……お邪魔しております、つまらないものですがどうぞ……?」


 いたたまれない気持ちを払拭しようと、ゆっくりと刺激しないように自身の鞄からククルパンを取り出すと、一番大きなスレイプニルに差し出す。

 するとそれを食べた事がある小柄なスレイプニルが色めき立ち、自分にもくれと言わんばかりにザミラの頭に鼻を擦り付ける。

 その光景を見ていたからか、大きなスレイプニルは一度首を振るわせると目の前のククルパンを全て一口で食べてしまった。

 ザミラが目の前の巨大な口からぼろぼろとこぼれ落ちるククルパンを見ていると、ついに小柄なスレイプニルが我慢出来なくなったのか、ザミラを大きなスレイプニルの足下に転がすとすっとその場に立ち上がり、前足で土をかいては鞄の匂いをかぐと言う動作を繰り返し始めた。

 思い掛けず一番目上と思われる大きなスレイプニルの足下にすっぽりとはまってしまったのだが、スレイプニル本人はその事を全く気にしていないばかりか、目の前で駄々を捏ねる小柄なスレイプニルに小言を言うかの様に鼻を鳴らしている。


「えっと、ごめんね。今のでククルパン最後なの。後はホルンさんの鞄にククルの実とか色々入ってるんだけど……分かる? ホルンさん。一緒にいた白い人。分かる?」


 催促するように寄せて来た鼻先を撫でながらゆっくりと話し掛ける。

 もうすっかり夜も更け日付も変わってしまったかも知れないが、それでもあの白銀は月明かりに照らされ遠目でも分かるに違いない。

 ふとそんな事を思うとつい笑みが零れててしまう。

 するとザミラのそんな楽しそうな空気を察したのか、大きなスレイプニルが一鳴きすると、残りの三頭がぴくりと反応する。

 そして何故か全員の視線がザミラに集まる。


「……え、えっと? ホルンさんと荷物全部、無傷で連れて来て欲しいんだけど、お願いして良い? 絶対に無傷でだよ? 少しでも傷付けたらもうククルもエリ芋もお餅もなーんにもあげないんだから」


 すると小柄なスレイプニルがびくりと震え、おずおずとザミラの怪我した足に鼻先を寄せる。どうやら自分でも怪我をさせた事は分かっていたらしく、他の三頭もそれを責めるかのような視線を送っている。

 ザミラはしめしめと笑みを深めると、鞄から前回ホルンが持っていた物と同じ焼きしめたサブレを取り出すと、一枚ずつ全員の前に置く。


「そのホルンさんがこれとか他の美味しい餌を取り寄せてくれてるんだよ。ホルンさん、今森の中で一人かぁ……誰か助けに行ってくれないかなぁ」


 すると大きなスレイプニル以外の三頭がほぼ同時にサブレを頬張ったと思うと、もの凄い勢いで駆けだして行った。

 唯一残ったザミラを守るように足の間に抱えた大きなスレイプニルは、三頭が地響きを経て闇に消えていくのを眺めた後、ゆっくりとサブレを頬張りザミラに鼻先を擦り付け始めた。


 四半刻程だろうか。半刻も経たずして再び地響きがザミラの耳にも聞こえて来た。

 最初に到着したのは小柄なスレイプニルで、口にはしっかりとホルンを咥え満足そうな顔をしていた。


「ザミラさん! 良かった無事で……!」

「何これ! ホルンさん血だらけじゃないですか!」


 小柄なスレイプニルは思い切りザミラの上にホルンを落としたのだが、本人達はそんな事は気にならなかったらしく、それよりも後ろから荷物を咥えて戻って来た二頭の方がホルンの扱いに神経質だった。

 荷物を丁寧に寝屋の端に降ろすと、お説教とばかりに小柄なスレイプニルを追い掛け始め、結局三頭とも帰って来てすぐまたどこかへ走って行ってしまった。


「ほとんど私の血じゃ無いですよ。多少擦り傷切り傷はあると思いますが、ザミラさんとはぐれてすぐに魔狼の群れと遭遇してしまいまして、どうにか逃げながら戦って隠れて逃げてを繰り返してたのですが、そこへスレイプニルが三頭走って来たと思った矢先、私を一本釣りしてここへ……」

「えっ!? 今の今までそんな状態だったって事!?」


 魔狼から逃げている最中にスレイプニルに連れてこられたとなると、ほぼ半日一人で戦っていた事になる。

 その言葉が正しいのか、いつもの笑顔の中には疲労感を多少感じる程度なのだが、大きなスレイプニルの足にはまりもたれ掛かった体勢のまま、身動ぎ一つしない。そして何よりスレイプニルが咥えて来た双剣は血にまみれ刃こぼれし、片方鞘ごと無くなってしまっている。


「私なんかよりも、ザミラさんこそ熱があるようですが、どこを怪我したんですか?」

「ちょっと足首が痛いだけなので、マンドレイクの欠片が育つまでの辛抱です。一週間以内には確実に治ります。それよりも! 【私なんかより】って言ってるホルンさんの方が満身創痍じゃ無いですか! 私がそんな事も分からないと思ってます!?」


 正直熱に浮かされ正常な判断を出来る気がしていないし、スレイプニルを餌で釣った辺りやはり正常な判断は出来ていないとザミラ自身うっすら理解している。

 なので、熱のせいにしてついでにぶちまけておこうと思い、話を続ける。


「いっつもいっつも寝不足なのを笑顔で隠してますけど! 動の母神の目は誤魔化せないんですよ!? 今だって本当は相当しんどいの分かりますよ? そりゃ、こう言う時は王子様が格好良く助けにー……とは思いませんでしたが! ここまでぼろぼろにならなくてもー!」

「格好良く迎えに来れずすみません、でも少しはそう思って欲しかったようなそうでも無いような……複雑な罵倒ですね」

「そこじゃ無い! 必死で探してくれてるんだろうなって、申し訳ないなって……。今言うのも何ですが、そんな体を酷使して私はすっっっごく心配なんですよ! 私をおいて早死にするつもりです!? 婚約者おいて!? 婚約から未亡人までが恐ろしく駆け足なんですけどー! 何言ってるか分からなくなって来たよスレイプニルー!」


 そのままもふっと黙って見ていたスレイプニルに抱き付くと、スレイプニルは満足そうに頬を擦り寄せた後、ホルンの体も鼻を使いしっかりと抱き寄せると、そのまま覆い被さるように首を丸め込む。


「……そう言えばスレイプニル達を餌付けしたんですよ。偉いでしょ? あったかいでしょ? 褒めて下さいご褒美下さい?」


 大柄なスレイプニルだからか、体を丸めても中は意外にも広く、二人でも十分ゆったりとした空間がある。


「そうですね、偉いですさすがですあったかいです。是非今すぐ抱き締めて褒めて差し上げたいのですが、残念ながら服がどろどろなんですよね……それでも宜しければ」


 そう言えばあの三頭はまだ深夜の追いかけっこをしているのだろうか。

 餌が欲しかったんじゃ無いのか。

 ザミラはそんな事を頭の片隅で思い出しつつも、疲れと眠気と発熱からかどうでも良くなって来た。


「うーん。全然そそられないですが、寒いので今は気にしないでおきます。ちゃんと休んで仕事もきっちりやって、もう一人にしないで下さい」

「はいはい、もう絶対一人にしません。ちゃんと休みます。仕事も頑張りますよ」


 ザミラが腕を広げるホルンの上にもふっと倒れ込んだ瞬間、限界だった二人はそのまますとんと眠りに落ちてしまった。

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