表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/54

2

 王都まで二人は護送車から殆ど出る事が出来なかった。

 途中何度もホルンが二人の様子を見に来るのだが、護送車の御者をしている男に厳しく止められあまり接触する事が出来ないでした。

 

「ねぇイヴァン、今更だけどこんな世間知らずな田舎者二人が、宰相様の仕事の一体何が手伝えると思う?」

「さあな。ペットの世話か庭師辺りじゃないか?」


 広い護送車の中は二人だけ。だらだらと寝そべったり外を眺めたりしながらそんな会話をしていると、格子窓の端の方にホルンが歩いてくるのがかすかに見える。


「お二人とも不便は無いですか? 体調は大丈夫ですか? 寒くは――」

「閣下、人目に付く場所でのお声掛けはなるべくお控え下さいと……」


 格子窓の向こうからは何度目かの同じようなやり取りが聞え、さすがにザミラとイヴァンは御者の目もあるので返事は出来ないものの、いくらそう言った常識に疎いとは言え、一国の宰相自ら護送に付いている事自体異例と理解していた、その為御者の男の正しさを理解しているし、ホルンの気遣いも十分理解していたので楽観的に考え、御者の男が護送車に背を向けているのを良い事に、ホルンに窓の隙間から笑顔で手を振って答えていた。

 出発して二日、ようやく馬車は王都に着いたのか馬車があまり揺れなくなった。

 街と街の間は舗装があまり良いとは言えない為か、時折車輪がわだちにはまり、馬車が勢い良く跳ねザミラとイヴァンは何度か壁に頭を酷くぶつけた。

 ザミラは王都の街並みを観光がてら眺めようかとも思っていたが、王都に入ってすぐに御者の男が外から窓に目隠しをしてしまい、外が見えないばかりか薄ら暗い中での移動となったので改めて護送車に乗っているのだと実感した。

 王都に着き何度か角を曲がり、止まって進んでを繰り返し、ようやく護送車の扉が開き降りる許可が下りる。

 外の明るさに眩暈を覚えつつ二人が護送車から降りると、そこは真っ白な城壁に囲まれた一角で、護送車の周りには甲冑を着た男達と大きな魔狼二頭が取り囲んでいた。

 

「お二人とも長旅お疲れ様でした。着いて早々なんですが早速移動しましょうか」


 大量の書類を持った従者に囲まれたホルンが、書類の山を避けながら小走りに二人に近付くと、急かすように二人の肩を押しながら城壁沿いに進んで行く。

 城壁沿いに進み途中王宮の渡り廊下の下を潜る。すると突然目の前に現れたのは巨大なガラス張りの空間。

 王宮に連なるここは、ホルンの話では建物そのもの自体が巨大なテラリウムとなっているらしく、多種多用な植物が生い茂っているが、植物の他に噴水や小川も完備され、とても箱庭とは思えない環境だった。

 その箱庭の一角にひっそりと建つ石造りのガゼボに通された二人は、ホルンがゆったりした所作でお茶を淹れるのを落ち着かない様子で眺めている。

 

「こんなしっかりしたあずま屋初めて見たわ……木の椅子を並べただけの物とは大違いね」


 ついそう溢してしまったザミラだが、イヴァンも物珍しげに椅子や柱を触っては何かを確認している。

 二人が暮らしていた場所とは何もかもが違い、まるで遠い異国か未来かに来てしまったかのような感覚に陥っていた。

 

「お二人が居た街もここ程ではないですが徐々に他国の影響を受け始めていますよ。と言いますか、お二人の家系がつい最近まで遊牧民だったと言うのが私からしたら驚きですよ」


 ホルンは柔らかい笑みを浮かべながらお茶を人数分配ると、そばに控えていた従者に下がるよう指示を出す。

 宰相付きの従者だけあってか、きょろきょろと落ち着かない二人を見ても終始無言で表情一つ変えず完璧にそばに使え、去り際も見惚れる程流麗な所作だった。

 

「さて、人も掃けましたし早速本題に入りましょう」


 二人が見惚れて従者を目で追っていると、先程までとは違う少し落ち着いたトーンでホルンが口を開いた。

 

「長々お待たせしてしまいましたが、お二人にお願いしたい事は現段階で二つ『マンドレイクの品質向上と栽培法の確立』と『輸送獣の繁殖』です」


 二人がホルンに視線を戻すより早く、ホルンは一息にそう言いきった。勿論二人の脳みそは付いて来ていない。

 たぶん絹であろうしなやかに光を反射する純白の手袋に包まれた、野良仕事なんて無縁だった事が如実に体現されたホルンの細く長い指。右手の中指の先を人差し指でさするのは癖だろうか、机に向かう仕事に就いているだけに、指先に大きなたこが出来ているらしく、さすると不自然な膨らみが確認出来る。

 手袋から袖に視線を這わせると、これまた手袋と同じく一点の曇りも無い見事な純白の装い。彫刻のように整った顔と右耳に着けたおそろいの色を持つ耳飾りの雰囲気が、ホルンの作り物感に更に拍車をかけている。

 書類を書いている時にインクが付いたりしないんだろうか、普段生活しているだけですぐに汚れそうなのに。そんな装いで箱庭とは言えこんな石造りのガゼボに無防備に座って汚れないのだろうか。もしかして自分達は王宮の人達から見たら小汚いだろうか。

 ホルンの話が聞えたが理解が追いついてない二人はさすが双子と言った所で、現実逃避な考えと視線の動かし方が見事に揃っていて、さすがのホルンも笑いを堪えるのに必死だ。

 

「もう一度お話させて頂きますね。まず今お二人が栽培してらっしゃるマンドレイク。あれの品質をもう少し向上させ、かつ、安全にお二人以外でも栽培出来るようにする事が一点」


 ホルンはそう言い終ると、茶器の置いてある移動式の棚の下段からマンドレイクを一株取り出し机の上に置いた。

 置いた衝撃で小さな呻き声を上げたあたり、まだ新鮮な事は分かるが、それでももうじき乾燥させるか煮て抽出させるかしないと薬効成分がなくなってしまうだろう。

 反射的にマンドレイクを持ち上げたザミラは、とりあえず近くにあった鉢植えに手をかけると、マンドレイクを入れ適当な土を容赦なくどさりと被せる。

 もぞもぞと土の中で動くマンドレイクだったが、突如ぽんと葉を広げると丁度湯船に浸かる様に両手(に見える部位)を土の上に出し、どこか満足そうな顔(に見える彫り)で鉢植えの中で大人しくザミラを見上げている。

 それを見届けたザミラがお茶のカップを持って再びマンドレイクに視線を落とすと、マンドレイクは開いていた葉を丸め首(仮定)を猛然と振り嫌がる素振りを見せた。

 そのやり取りを見ていたイヴァンが溜息混じりにガゼボのすぐ脇にある噴水から水を一すくい持って来ると、無造作にマンドレイクの上に降り掛ける。

 するとマンドレイクは丸めていた葉を目一杯広げ全身で水を受け止めると、一滴たりとも逃がさんと器用に葉を使い全身に水を擦り込み、さらに葉をイヴァンの手に伸ばすとそれすらも惜しいように丁寧に拭っては自分の体に刷り込み始めた。

 何度か催促するようにイヴァンに葉を差し伸べ水をかけて貰う事を繰り返し、ようやく満足したのか、マンドレイクは鉢植えの中で大人しく目を輝かせて三人を見上げていた。

 

「品質向上と栽培法の確立……そんな事言われても俺達はこうやってこいつ等が欲しがる物を与えてただけだからな……」

「いえ、それ自体凄い事なのです」


 机の上に置いた鉢植えを覗き込みながら途方に暮れるイヴァンにそう返したホルンは、椅子から立ち上がると今植えたばかりのマンドレイクに手を伸ばす。

 するとマンドレイクは低く唸り声を上げたかと思うと、伸ばしていた葉の一部でホルンの手を叩き、そのままイヴァンとザミラにしがみ付くように体を揺らし葉を伸ばしはじめた。

 ホルンは手袋に付いた土を掃い落としながら、近くにあった水差しをザミラに渡し、再び椅子に座り直した。

 

「この様に、ご存知かと思われますが本来マンドレイクは魔術師以外の者には扱えない物なのです。むしろそうであったとしても、動物のように自分の意思を伝える事は無いんですよ」


 イヴァンとザミラの二人は自身の手に巻きつくマンドレイクに視線を落とし、なぜ今までそんな当たり前の事を失念していたのかと不思議に思った。

 何となく何かをしなきゃいけない衝動に駆られたザミラが、水差しでマンドレイクに水をあげると、子犬のように葉を振り喜ぶマンドレイク。

 マンドレイクなど元から良く分からない植物だったので、これが普通だと思っていた二人だったが、確かによくよく考えればこんな動物のように感情豊かな植物が普通なわけが無い。

 

「まぁ、その事について今考えても埒があきませんので、もう一つの【輸送獣の繁殖】について話をしても宜しいですか?」


 異様に人懐っこいマンドレイクを噴水のそばに移し、改めて二人は座り直しホルンの言葉に真剣に耳を傾ける。

 

「先程も少し話題になりましたし、この王都の状況を見ていただければ分かるかと思いますが、最近我が国は諸外国と物資技術などを輸出入する事で格段と発展してきました。今は細々と北方の山を切り開き鉄や石炭を輸出していますが、未だに山からの運び出しは人力でやっており、多大な労力を要するだけで効率は良いとは言えません」


 ホルンは一度そこで話を区切り、視線を一瞬マンドレイクの鉢に移し再び戻すと、しっかりと二人を見据えて続けて口を開いた。

 

「お二人にはその鉱物の運び出しをする輸送獣の飼育と繁殖をお願いしたい。ただ、お願いしておいて申し訳ない事なのですが、急遽決まった事ですので【何を】輸送獣にするか決まっていないのです」

「何って……馬かなんかじゃないんですか?」


 ホルンは再び視線を移し、噴水に葉を伸ばし自力で水を確保するマンドレイクを微笑ましそうに眺めると、そのまま二人から視線を外したまま申し訳無さそうに話を続ける。

 

「あの山は足場が大変不安定なうえ野生の魔狼なんかもよく出没する地域で、馬や牛では途中までしかいけないのです。……ですので今回お二人にお願いしたいのは馬でも牛でも鹿でも鳥でもない、もっと他の屈強な生き物の飼育を……例えば竜とか」

「竜!?」

「いえ! さすがにいきなり竜を育てて下さいなんて言いませんよ」


 同時に立ち上がったイヴァンとザミラを落ち着かせるように、ホルンも立ち上がりながら弁明をはかる。

 三人が勢い良く立ち上がったので、箱庭の中に居た鳥たちが一斉に舞い上がり色とりどりの羽根があたりにひらひらと舞い落ち、それをマンドレイクが楽しそうに葉で掴み振り回している。

 どうにか落ち着きを取り戻したイヴァンとザミラは、ホルンに促され一先ずもう一度席につく。

 

「竜、とは言い過ぎましたが、そう言った普通の獣ではない、所謂【魔獣・魔物】と言った類のものを人の手で飼育・繁殖させる方法を導き出して欲しいのです」

「なんで俺達なんだ? いくら牧場を経営しててマンドレイクの飼育に成功したからって……」


 振り注いだ羽根を払い除けながら、先程まで押し黙っていたイヴァンが訝しげに呟く。

 ザミラも同じ考えなのか、ホルンが口を開くのを待っているらしい。

 

「【東の果ての双子の母神様】」


 するとホルンの口から発せられた言葉は、あの手紙の冒頭に書かれていた一文だった。

 

「今は王宮の隅に文献が少し残っている程度の古い伝承なのですが、はるか昔、人や獣を生み出した神がいるように、魔物と魔獣を生み出した神【魔獣の母神】もいました。ある時、魔物が人や動物を襲い大地が荒廃しかけた時、他の神が魔物を粛清しなんとか難を逃れましたが、責任を感じた母神は自害してしまいました。その時二つに砕けた母神の体のうち【己の内から魔の者を生み出す力『母神の胎』】は他の神々が拾い上げる事に成功しましたが、【魔の者と心を通わせる力『母神の懐』】は地上に落としてしまいました。幸い地上全体に広がるように溶けてしまった力は元の力より威力は薄まり、誰しもがその力を持って生まれるが、あまりに弱く決して使う事は出来なかった。そしていつしかその力自体忘れ去られました。ただ何十年、何百年かに一度その力を自在に使える人間が生まれるのです。……もう薄々ご理解頂けたとは思いますが、お二人はその母神の力を受け継いだ人なのです」


 イヴァンとザミラは不思議と、静かな空間に良く通るはずのホルンの声が、遠くにすっと吸い込まれて消えていくような感覚に陥った。

 二人はそんな伝承聞いた事も無ければ『あなたがそうです』と言われて『はい、そうですか分かりました』と言うわけには行かない。

 二人はお互いの顔と鉢植えのマンドレイクを交互に見やり、最後にホルンに視線を向けそのまま動きを止めた。

 

「母神の力を持っているからと言って、取り立てて体に害があるわけではありませんのでご安心下さい」


 二人が硬直したままなのを横目に、自力で鉢植えから抜け出たマンドレイクが、なぜか不満そうに自身の前で呻き声を上げ葉を揺らすのをホルンは興味深く観察し始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[気になる点] 話は唐突過ぎるがマンドレイクがいい味出してる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ