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「ここで緊急事態です」

「語彙力どこやったんだホルン」


 森への滞在書類を作りに一度王宮に戻ったホルンが、すぐさま戻って来ると三人を厩の二階に招集するなりいきなりそう言い放った。

 レイを肩に乗せマンドレイクの鉢を二つ抱えたイヴァンがソファに腰掛けながらホルンに先を促す。


「何故か今更になって王がお二人に進捗を聞くついでにご挨拶をしたいとの事です」


 そう言えば王宮に着くや厩に引きこもってしまい、挨拶もしていなかったと思いだした。

 ただ、何故罪人扱いの自分達が王に謁見出来るのかとイヴァンは考え始めたのだが、面倒事の臭いを嗅ぎ付けたのか露骨に嫌そうな顔をする。


「進捗ついでに挨拶なんだ……」


 ザミラも違和感を感じたのかあまり乗り気では無い。


「マンドレイクが上手く行きそうな気配を察知したのでしょう。必要な情報を聞き出したら後はこっちでやるとか言いかねませんね、あのクソ親父」

「親父?」

「妙齢の男性に対するただの暴言です。狸親父と同義です」


 息をする様にさらっと嘘をつくホルン。

 普段の物腰の柔らかい丁寧な口調とは違う、嫌悪感を一切隠さないその口調と冷めた表情が親子関係を如実に表していた。

 その場の空気に察知したのか、レイが不安そうな声を上げメルの腕に飛び込んで行くのを全員がぼんやりと眺めていると、なにやら厩の外が騒がしくなり始めた。

 全員が顔をしかめ顔を見合わせそろそろと窓に近付くと、カーテンの隙間から外を確認する。

 するとそこには服装から軍人と思われるが、普段王宮の中を巡回している騎士とは少し違う服を着た者が三名王宮から向かってくるのが見える。

 その三名は窓から盗み見ただけでも圧倒的な存在感があり、放牧場の隅に植えられたマンドレイクがそれに反応し騒いでいるようだ。

 

「王直属近衛師団長……」


 メルが消え入りそうな声でそう呟いた直後、ふらっと後ろに倒れそうになったのを隣に居たイヴァンが素早く背中を支えソファに座らせ自身も隣に腰を下ろす。

 ザミラとホルンはそれを確認すると再び窓の外に視線を戻した。

 良く見れば歩いてくる三人の中で、真ん中を歩く男性のみ少しだけ服装違う。その人物が先程メルが呟いた師団長と思われる。

 まだ距離があり全員の顔はしっかりと確認出来ないが、師団長は少し服が窮屈なのではないかと思う程がっちりとした体格で、たてがみのような長めの焦茶色の髪をふわふわとなびかせ真っ直ぐに向かってくる。

 ザミラはずるずると窓の下にしゃがみ込むと、ついでに隣に立っている、一切の表情を消した冷ややかな顔のホルンの服をぐいぐいと引っ張り、自身と同じように強制的に座らせる。

  

「見るからに強そうで頭が固そうで話が通じなそうで待ってくれなさそうな猛獣が歩いて……。と言うか王様直属だし近衛師団だし師団長だしえーと?」

 

 ザミラは壁に背中をつけたままホルンに視線を向ける事無く、今思った感想を素直に伝える。

 すると隣のホルンもザミラに視線を移す事無く口を開く。

 

「えぇ、強くて頭が固く話も通じず待ってもくれない飼い主に絶対服従な猛獣です。あれは私でも止められませんね……」

 

 絶望に打ちひしがれたザミラが壁沿いにこてん寝そべり、なぜかメルは真っ白な顔で隣に座るイヴァンを見上げる。

 面倒事に巻き込まれた本人よりなぜか悲壮な表情をするメル。

 小首を傾げたイヴァンがメルの表情の意味を問うかのようにホルンに視線を向けると、ホルンは言いにくそうに目をしかめ少し呻いたあと口を開いた。

 

「そう言えば……あの猛獣ライアン師団長は、父の中でメルの結婚相手の最有力候補だったんでしたね。本人も元々メルに好意を寄せていましたし、何度かそう言った話をメルに持ち掛けていたと聞いています。ですが、もう今となっては過去の話としてしまって良いのでしょうか……?」

 

 すっと目を逸らしザミラに視線を移すホルンと、その視線を薄ら笑いで受け取るザミラ。

 小首を傾げたままぎしぎしと音がなりそうな不審な動きでメルに視線を移したイヴァンは、すっと顔を背けたメルの前に回り込むように体を倒す。

 

「だって、私イヴァンが良かったのですもの。お父様は後々説得……と言いますか、事後報告と言いますか逃避行と言いますか駆け落ちと言いますか……」

 

 メルはもじもじと身じろぎ引きつった笑顔をイヴァンに向け立ち上がると、そそっとザミラの隣に移動し腰を下ろす。

 窓辺に座り込むぎこちない笑顔の三人に順番に視線を移すイヴァンは、自身の右耳に着けたメルの耳飾りに手を伸ばす。

 

「メル……返す……」

「イヴァンさん、今それを外すには耳を千切るしか方法は無いですよ? それにメルも既にイヴァンさんのを着けてしまってますし、ね?」


 真っ白な顔でふらりと立ち上がり三人の前にどさりと座り込んだイヴァンが、じりじりとメルにいじり寄って行くのをホルンとザミラが盾になり引き止める。


「猛獣……」

「今ここで発表するのは凄くタイミングが悪いけど、あの猛獣よりもそれ以上に二人のお父上様が厄介と言うか強敵と言うか。そもそも今問題なのはそこなのかどうか……ってあれ? このままメルとイヴァンの事がバレたら芋づる式に私も……?」


 放心状態の今のうちにさらりと打ち明けておこうと口を開いたザミラだったが、ふと自分の境遇を思い出しびしりと固まる。

 勿論そのザミラの隣でホルンも全く同じ状態になっていた。


「父親……誰……猛獣……」


 既に瀕死のイヴァンの質問に答えようと三人が口を開きかけた瞬間、猛烈な爆発音とその衝撃で舞い上がった埃が部屋の中に充満する。

 全員がぎこちない動きで部屋の入り口に顔を向けると、ごどんごどんと重い足音がゆっくりと階段を登ってくる音が聞える。

 足音が一歩近付く毎に、舞い上がった粉塵が室内に入りぱらぱらと落ちる。

 最初室内の埃かと思っていたそれはよく見れば細かな砂埃のようだ。この辺りで同じ色の石材は厩の壁。となると先程の爆発音は石造りの厩の扉が壊されたという事だろう。

 徐々に近付く足音にたまらずイヴァンとザミラは立ち上がると、カーテンと窓を開け放ち窓枠に足をかける。

 が、さすがは近衛兵。その状況を見越していたのかライアン以外の二人が厩の入り口で待機しているのが見え、さらに少し離れた王宮の辺りにも近衛兵が数人いるのが確認出来た。

 外の状況を四人が理解した瞬間休憩室の扉が軋み、ノックも無くゆっくりと開いた。

 

「ホルファティウス殿下とメルティーナ姫……なぜこのような所に」

 

 ゆらりと部屋に入って来たライアンの顔は間違いなく子ども受けは悪いと断言出来る。

 それは精悍と表現するよりはやはり強面・猛獣と表現した方がしっくりくる。

 その猛獣がホルンとメルの二人を射抜き名を呼ぶと、メルは完全にイヴァンの後ろに隠れ、ザミラは引きつった顔のホルンを生贄の如く差し出す。

 

「これはライアン師団長……。なにか猛烈に不機嫌そうですね」

「顔に出していないつもりなのですがよくお分かりで」

 

 にっこり微笑むホルンとは対照的に眼光を鋭くしたライアンは、ホルンの後ろに固まっているメルとイヴァンに視線を移す。

 本人が言うようにきっと顔には出ていないと思われるが、その纏う空気と破壊された厩の扉を考えればそれはもう最高に不機嫌なのは容易に想像出来る。

 ライアンの視線を受けたメルはびくっと体を硬くし、イヴァンの背中にぎゅうぎゅうにしがみ付き隠れてしまう。

 矢面に立たされたイヴァンは、目の前の猛獣の恐怖と服が引っ張られ首が絞まる二重苦に襲われつつもその場を離れる事は出来ない。

 

「殿下、その者が今代の母神ですか?」

「ええ。ですがもう一人、こちらも母神です。今代は静と動の母神が揃いましたよ」

 

 そう言うとホルンは少し身をひねり、自身の背中に張り付いていたザミラが見えるようにする。

 驚きのあと少し怒ったような表情をホルンに向けたザミラは、引きつった笑顔でライアンに会釈をすると、今度はホルンの背中に顔を埋めてしまった。

 

「国王陛下の元へお二人を連れて行くのですよね? でしたら私が――」

「姫、その耳飾り……」

 

 その言葉の直後、四人は揃ってはっと顔を見合わせた。

 メル以外の三人は耳飾りを耳の後ろで固定したり髪で隠したりしていたが、メルだけは通常通りに着けたままだったのを完全に忘れていたのだ。

 ライアンの目はみるみる鋭さを増し、メルの髪飾りと同じ髪の色をした、メルがまさに今しがみ付いている人物に視線を向ける。

 

「えっと……ごめんなさいね? ライアン様」

「っ……!」

 

 メルがイヴァンの後ろから顔だけ出しこてっと小首を傾げそう謝罪した瞬間、目の前にはメルをはじめホルンやザミラもいると言うのにも関わらずライアンは帯刀していた剣を抜き、思い切りイヴァン目掛け横薙ぎした。

 

「うわっ!」

「わっ!」

「きゃぁ!!」

「ぎゃぁぁああ!!」

 

 ホルンとザミラは反射的にしゃがみメルはイヴァンに押し飛ばされ無事に回避し、イヴァンは窓枠を蹴ってその場で飛び上がりどうにか事なきを得たが、窓枠に刺さった剣が酷く歪んでいるのを見るとライアンの実力が嫌でも理解出来る。

 飛び上がっていたイヴァンが窓枠と剣にすとんと着地すると、再びライアンの眼光が鋭くなる。

 

「ホルン! ザミラ! 後は任せた! 逃げるぞメル!」

「えっ!?」

「はいっ!?」

「きゃぁ!」

 

 イヴァンはそう叫ぶと、座り込んでいたメルの腕を引っ張り即座に抱え上げ思い切り窓から飛び出した。

 そのイヴァンの頭ぎりぎりをライアンの剣がかすめ、メルの悲鳴は遠退いていく。

 

「あんの山猿めが……!」

「イヴァンさん……むちゃくちゃ過ぎ……」

 

 ぎりっと音がする程強く唇を噛み窓から乗り出すライアンの隣で、壁際に弾き飛ばされていたホルンも窓の外を見て絶句する。

 普段はのらりくらりとし芝に寝そべっている印象しかないイヴァンが、メルとレイを抱えたままひらりひらりと厩の屋根の上を跳び跳ねて猛スピードで移動して行く後ろ姿と、大慌てでそれを追いかける近衛兵達の姿がそこにはあった。

 

「ほら、あのー私達って田舎育ち山育ち狩り暮らしだったでしょ? だからそのー、ああ見えても実はイヴァンはやる気を出したらあんな感じの事も出来る位身軽って言うか、そのえっとー。メル持ってっちゃったね……」

 

 自身の兄が全力を出している姿を久し振りに見たザミラは、呆然と立ち尽くすホルンの横で一人頭を抱えていた。

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