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「あの時テラリウムに魔力を含む何かがあって、それと母神の力でレイはこうなったって事か?」


 ようやく再起動した後もザミラはぶつぶつと不満そうに呟いていたが、すぐに諦めが尋常じゃなく早いイヴァンは何事も無かったかのようにホルンとメルと一緒にレイと向き合っていた。

 あの後ホルンが再びレイに耳飾りを当ててみるも、ほんのりと光るのみで最初のように葉が再生する事は無かった。


「どうでしょう……確かに耳飾りの魔力には反応してる様ですが、良く分かりませんね。イヴァンさんちょっとやってみて下さい」

「メルの耳飾りで良いのか?」


 双黒のイヴァンの耳で揺れているのはメルの着けていた金の耳飾り。ホルンとは対照的に全身真っ黒なイヴァンはそこだけ目立っている。

 イヴァンはソファに座ったまま腕だけ伸ばしレイを持ち上げると、そのまま自身の右肩にぽいっと乗せる。

 するとレイはそれが嬉しかったのか、イヴァンの耳飾りに掴まったまま嬉しそうに肩の上で飛び跳ねはじめた。


「あんまりはしゃぐとまた足が折れるぞ?」


 昨日飛び跳ねて足を折ったばかり。いくら治るとは言え悲しそうにしているのを見るのは辛いものだ。

 はしゃぐレイにイヴァンが手を伸ばすとなぜか全員の顔が固まった。


「治った」

「何が?」

「治った……?」

「何が?」


 口を開けたまま単語で話すザミラを胡散臭そうに見つめた後自身の肩からレイを下ろし、しばらくそのまま眺めていたイヴァンは、何事も無かったかのようにすっとクッションの上にレイを戻し立ち上がると、ふらふらと扉の方に歩いて行く。


「どちらに行くんですの、旦那様?」

「ちょっと土に還る」

「まぁ! またお召物を汚すつもりですの!? ちょっと、旦那様ー!」


 イヴァンに続きばたばたとメルまでも退室して行ってしまった。

 取り残されたホルンとザミラは出て行った二人を追う事無く、早々に【旦那様】呼びをするメルの事も、それを否定しないイヴァンの事も気付かなかった事にし、クッションの上で葉を揺らし嬉しそうな声を上げるレイに静かに視線を戻す。

 以前より艶やかになったレイの体と葉は一回り大きくなったような気がするし、ただ何となく頭のように見えていた箇所には、どう見ても可愛らしい顔をした人の頭部が出来上がっていた。そしてなりより一番変わったのは、ただのふっくらした植物の根だったレイの体が、人のようにしっかりと手足腰、胸が出来、愛らしい顔もあいまって両手に乗る大きさの幼女にしか見えなくなっていた。


「少しの魔力と静の母神とたっぷりの愛情が合わさるとこうなるのね。でも自分の兄がこれを作ったって思うと些か気まずい」

「耳飾りに込めた魔力なんて本当に微々たるものなのですが……。レイさん、すぐにでもドレスを準備させますが、今はこれで許して下さい」


 ホルンが宰相服から取り出したハンカチをレイの体に巻いてあげると、満面の笑顔で長くなった手を目一杯ホルンに向け突き出す。

 反射的にレイを持ち上げたホルンがぎこちなくザミラに視線を流す。


「か、かわいい」

「これはずるいですね」


 ホルンの言わんとしてる事が分かったのか、ザミラもホルンに視線を向け自然と呟いていた。

 だが次の瞬間、レイがきょろきょろと周りを確認したと思った矢先、突如大きな瞳いっぱいに涙を溜めはじめ、ぐずぐすと泣き始めてしまった。

 突如泣き始めたレイに目を丸くした二人は、レイを掴んだまま一目散にイヴァンの元に駆け出した。

 イヴァンは【土に還る】と言っていたように、確かに放牧場の端で芝に俯せで貼り付いていて、そして何故かイヴァンが脱いだコートの上にメルが大人しく座り、芝と一体化するイヴァンを眺めていた。

 全くの無反応なイヴァンに比べ、厩から転がり出て来た二人に驚きメルは完全に固まってしまった。

 そんなメルの隣をホルンが横切り寝そべるイヴァンの後頭部にレイを貼り付けた。


「ぱっ! ぱっぱー!」

「パパ!?」


 幼女型になったレイは見た目通り可愛らしい声で可愛らしくイヴァンをパパと呼び、満足そうにイヴァンの後頭部に貼り付いたまま鼻歌らしきものを歌っている。


「まぁ! レイさんったらお話も上手になったのね! 本当に可愛いわ!」

「ま、まー?」

「そう! ママよ!」 

「まっまー!」


 感動したメルがぎゅっとレイを抱き締めると、レイも嬉しそうにぎゅっとしがみついた。

 自分の頭上でそのやり取りが行われたイヴァンは、ゆーっくりと起き上がると、もう諦めが付いたのかいつもと変わらぬ表情でホルンとザミラに視線を向けた。


「あんまり俺が可愛がり過ぎるとレイがいっぱい生まれるって事で解決で良いか? 何で俺の姿じゃ無くて幼女になったかはマジで謎だけどな」


 魔術師が育てればその魔術師そっくりに成長するマンドレイク。イヴァンが言いたいのはその事のようだ。


「どことなく目と口元は幼い頃のメルに似ている気がしますね。婚約の事でメルに意識を持って行かれたのでは?」


 そのホルンの言葉に、メルはぱぁっと輝かしい笑顔を見せた。


「まぁまぁ私!? 旦那様っ次は旦那様そっくりのお子が欲しいですわ! レイさん一人だけでは寂しいです!」

「待て待ていっぱい待てすっげぇ待て落ち着けメル何言ってんだメル。ついでにホルンもさらっと何言ってんだ」

「おめでとー二人とも。まさか婚約した日にもう子供が出来たなんてもー」

「待てってまた話が脱線するだろうが!」


 また午前の二の舞になるところでイヴァンが制し事なきを得た。


「イヴァンは特殊って事で置いとくとして、結局微量の魔力と愛情でマンドレイクは育つって事? それなら本に書いてあるように魔術師が作った方が良いって事?」

「ですが、先程の様に耳飾り程度の魔力で良いのであれば万人が育てる事が可能と言う事になるのですが……」

「でも魔術師や母神以外には威嚇するよな?」


 はじめテラリウムでホルンが説明した様に、基本的に魔の者はその素質を持たない者にはなびかない。実際に、最初レイはホルンの手を叩いていた。


「普通の人はマンドレイクに偏見を持ってるから心から愛してあげられないんじゃ無いのかな? 母神はその辺りを素っ飛ばして仲良くなれるだけでしょ? 実際にレイはこんなにメルとホルンさんに懐いたんだし、やっぱり心持ちだよ」


 ザミラの言葉に全員が頷く。

 どんな人間でも魔力が一切無いと言う事はない。ただそれが自由に使えるから使えないかの違いくらいでしかない。

 マンドレイクが愛情による魔力を糧にして居るのであれば、取り繕った愛情からなる淀んだ魔力では育てる事どころか近付く事すら嫌がると言う事になる。

 その点魔力を自由に使える魔術師は、無理矢理その力をマンドレイクに送り込む事により強制的に育てる事が出来るのだ。

 意外なところから答えが見付かったが、これを解決するのは難しい。

 マンドレイクに対する先入観を根本から変えない事には近付けもしないと言うことだ。


「マンドレイクが全てレイさんの様だったら誰も怖がりませんのに…」


 メルのその言葉に、メルの膝の上で愛らしい歌声を上げるレイにおのずと視線が集まる。


「……じゃあ最初にレイみたいなマンドレイクをいっぱい作って、それを養殖してけば良いんじゃ無いか? ……っ、うわぁぁレイだけはやらん! レイを薬になんか出来るかぁぁ!」

「ぱっぱー!」

「途中まで完璧だったのに。残念なイヴァン」


 レイの様に愛されるマンドレイクを元に、それを増やしていけば良い。

 画期的な解決策を思い付いた矢先、その先導者がレイを大事そうに持ち上げると、恐ろしい親バカぶりを発揮した。

 その後、レイ程愛らしく知能のあるマンドレイクを作り上げてしまうと、その後の加工で精神に異常を来すとの結論に至り、イヴァンの課題は程よく可愛いマンドレイクの作成をする、と言う事になった。

 さっそくマンドレイクの育成の為放牧場のテラリウムに向かったイヴァンとメルを見送り、厩の二階に戻ったザミラとホルンはすっかり失念していた問題を思い出していた。

 どさりとソファに腰掛け、そう言えば、とザミラが口を開く。


「スレイプニル……あ、スレイプニルも【レイ】だねぇ……」

「その名前でスレイプニルを呼んだらイヴァンパパが怒り出しそうですね」


 マンドレイクにおかしな愛情を爆発させているイヴァンを思い出し、ザミラとホルンは遠い目をする。

 マンドレイクは当面の課題は出来た。次の問題はどうスレイプニルを捕獲してくるかだ。

 以前会った個体は人懐っこかったのか、一晩側に居ただけで向こうから近付いて来たが、だからと言ってすぐ連れて帰れるとは思えない。


「やっぱりスレイプニルから喜んで近付いてくる様な状態になるまで通わないと駄目かなぁ……」


 ザミラは溜息混じりにそう溢すと、テーブルに出しっぱなしだった菓子盆の中の、小さなククルパンを一つ取り頬張る。

 このククルパンは、朝マンドレイクをすり潰す前に釜戸で作って置いた物だ。

 ザミラと向き合う位置に座ったホルンも、手袋を外しザミラに習うようにククルパンを口に入れる。


「ん? 以前の物より食べやすいですね」

「そうです? あの時は喉が渇いてたんじゃないです?」


 以前ホルンが食べたのが失敗作だった事を思い出したザミラは、曖昧な笑みを浮かべ適当に話を濁した。

 まじまじとククルパンを眺めるホルンを見つめつつ、ザミラは考えをまとめる。


「一晩だけじゃ無くもっと長時間滞在するか、駄目なら頻繁に森に行くかしないとどうにもならないかも」


 ククルパンの端を少し咥えたまま、目を伏せ何かを考えている様子のホルン。

 ホルンが考えを口にするまで一先ず黙っておこうと決めたザミラは、お茶を注ぎつつ暇つぶしを兼ねてホルンの観察を開始した。

 動かなければまさに彫刻のような造形美。目を伏せると長い睫が頬に影を落とす。メルも誰が何と言おうが完璧な美貌を持ち合わせているが、印象的には【動の美貌】そしてホルンは【静の美貌】と区別が出来る位種類の違う物。

 活発な迫力美人なメルに比べ、どうしてもホルンの彫刻感が拭えないのはその神々しいまでに整いすぎた造形の顔と白銀の髪のせいだろう。

 しかもその顔に強い紫の目がはまっているせいで、より浮き世離れした雰囲気になってしまっているのだ。

 ザミラは一通りホルンの喜怒哀楽を見たが、それでも改めて眺めるとそれは嘘だったように思えてくる。

 ふとホルンの耳が目に映り、ザミラは無意識に口を開いていた。


「ホルンさん、私の耳飾りは?」


 真剣に考え込んでいたホルンは顔を上げると、一瞬何の事を言われたのか分からないと言った表情でザミラに視線を向けた。

 あまりにも考えていた内容とかけ離れたザミラの質問に、一瞬頭が付いていかなかったのだ。


「ありますよ。ほら」


 ホルンが右耳に少し掛かっていた髪をかき上げると、耳飾りの羽根の部分を隠すようにくるっと耳の裏に回し留めていた。

 だが髪を上げると耳飾りの黒がはっきりと確認出来た。


「ザミラさんの物は銀製ですから羽根さえ見えなければパッと見た限り私のプラチナと区別が――」

「何で付けてるのー!!?」

「何でと言われましても、もし無くしても再発行は行っておりませんし……。それに何も着けていないと【プロポーズとして自分の物を贈り、今はその相手の返事待ちです】と認識される為、どちらにしろ着けても着けなくても変わりは無いですね。と言いますか、ザミラさんがその色を付けている時点でどうやっても王宮内では隠し通せませんよ?」


 いきなり思い切り叫び立ち上がったザミラだったが、ホルンは意外にも驚きもせず普段通りの口調でさらりと答えた。

 その話を再び思い出したザミラの顔は赤くなったり青くなったりした挙げ句、最終的に真っ白になり大人しくソファに座り直した。


「一度行きましたし森に行く許可は簡単に取れると思いますが、食料の関係で多少時間は頂くかもしれません。ザミラさんは連泊の方が宜しいですか? それとも定期的に行きますか?」

「……連泊で。一回で仕留めたいと思います。あと絶対王宮には行かない……」


 ソファの後ろの棚から羊皮紙とペンを取り出し猛然と書類を作り始めたホルンは、思い出したようにクスクスと笑うと、ペンを走らせたまま口を開く。


「ザミラさんなら髪を下ろして私のように耳の裏で留めれば十分誤魔化せますよ。メルに至っては隠す気も無さそうでしたが」


 誇らしげにイヴァンの耳飾りを着けたメルを思い出し、自身は勘当中とは言え仮にも王太子の物を着けているはずなのに、何故かザミラの頭には【自分はイヴァンよりはまだましだ】と言う言葉が浮かんで来て、それを素直に顔に出していた。

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