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 どうにかホルンからレイを引き離し一先ず厩の二階に戻った三人は、改めてレイに向き直った。

 机の上にクッションを敷きその上に乗せられたレイを確認すると、根元から茎ごと引き千切られていたレイの頭部には小さな新しい茎と葉が伸びていた。

 

「ホルン、その耳につけてるの何なんだ?」

「えっ!?」


 外れてしまったメルのリボンをレイの腹辺りに結び付けていたホルンは、イヴァンのその言葉に顔を跳ね上げるとイヴァンとザミラの耳を交互に確認し唖然とした。

 

「お ふたり は、耳飾り どう――」

「なんですのこの臭いはー!?」


 両手をわなわなと震わせながら、信じられない物を見るかのような目でたどたどしく口を開いたホルンの声を掻き消したのは、二階に上がってメルだった。

 メルは部屋の入り口でホルンと全く同じ表情で固まると、きっと鋭く水桶に視線を移し駆け寄り掴みあげると、それを思い切り窓から投げ捨て、眼光は鋭いまま三人にゆらりと視線を流すと満面な笑みを浮かべる。

 

「三人とも、隣の部屋でお召物を変えましょうね。話はそちらでしましょ?」


 有無を言わせないメルのその完璧な笑顔に猛然と首を縦に振り出したホルンを見て、イヴァンとザミラも無言でそれに従う事にした。

 厩の二階には作業部屋の他に物置が二つと簡易の休憩室のような部屋が一つあり、男女に別れ各々倉庫で着替えを済ませると適宜休憩室に集まりソファに腰を下ろす。

 クッションに乗ったレイを楽しそうに笑顔でつついたり撫で回したりするメルを中心とし三人が腰掛けると、三人が着替えて満足したのか、メルは普段通りの笑顔を向けた。

 

「似合うわザミラ! やっぱりフリルは少なめにして正解だったわね。イヴァンのはちょっと堅過ぎたかしら? 官僚みたいねぇ。でも二人共被り物を取った姿は新鮮だわ! あと兄様は最高に違和感!」


 メルが三人に渡した服は何故か作業着ではなく、貴族の普段着のようなものだった。

 裾に向かい徐々に濃淡が濃くなるシンプルなスミレ色のドレスを纏ったザミラとは対蹠的に、ホルンの宰相服程ではないにしろ、王宮内の官僚達が着ているような比較的かっちりした黒いコートを纏ったイヴァンは完全に場違いに見える。

 そして即駄目出しされたホルンの服装もイヴァンと同じではあった物の、黒目黒髪の双黒のイヴァンとは違い、銀髪でアメジストの瞳のホルンは装飾の少ない真っ黒な服を着た事により、浮世離れしたその顔が異様に主張された結果恐ろしい違和感しかないものとなっていた。

 

「三人とも朝から服をどろどろにしてどうされたの? 変な臭いもしましたし」

「どっから説明したら良いんだろうな……」


 イヴァンがぐったりとソファに寄りかかりつつ同じような表情の二人に視線を向けると、今朝マンドレイクをすり潰し始めたところから先程までの経緯を説明していく。

 途中意識を失っていたイヴァンの変わりにホルンが説明し、ホルンにレイが飛びつく前からの説明は隣で見ていたザミラが行った。

 不思議そうに三人の話を聞いていたメルは、何か考えるように目の前にいるレイに視線を落とすと、身を屈め自身の耳につけていたホルンとは色違いの耳飾りをレイの近くに垂らしてみる。

 

「レイさん、兄様の時の様に引っ張らないで下さいね」


 にっこりと微笑むメルの言う事に頷いたレイは、短い手を目一杯伸ばしメルの耳飾りに触れる。

 すると先程の様にレイは一瞬ほんのりと光を放ったが、すぐさまその光は消え失せてしまった。

 

「メル、今どんな気持ちでレイさんに接しました?」


 小首を傾げるメルに向かいホルンがそう問いかけると、メルはその体勢のまま視線だけ上げると、悩むように眉根にシワを寄せながら探るように口を開く。


「どんな気持ちって言われましても……折角可愛らしいのにこんな姿になってしまって可哀相、と。兄様はどうでしたの?」

「甘えてくる素振りが赤子のようで愛らしい、と」

「えぇー……」


 まさかの慈愛に満ち溢れた兄妹のその発言に、信じられない物を見るかのような視線を向けるイヴァンとザミラ。

 もちろん二人共懐いてくるレイには好感を持っているし、マンドレイクと言うよりは完全に家族の一員の様に考えていたが、改めてその思いを素直な言葉で表現されるとどうにも違和感が拭えない。

 

「メル、ちょっとその耳飾り貸してくれよ」

「……えっ!? イヴァンにザミラ、耳飾りは!?」


 先程のホルンと同じような反応にさすがのイヴァンも手を差し出したままきょとんと固まってしまった。

 それぞれの兄妹が違った意味で固まってしまったこの状況で、いち早く起動したのはホルンだった。

 

「この耳飾りは出生時に国から配布され、我が国では全員身に着ける義務になっているのですが、お二人は持っていないのですか?」

「持ってない……と、まずい?」

 

 困ったように揃って苦笑いで小首を傾げたイヴァンとザミラに絶句するホルンとは対照的に、その言葉を聞いた瞬間メルがホルンの腕を掴み扉に向かって駆け出した。

 

「ちょっと兄様! 何故今まで気付かなかったのです!? 二人とも待ってて下さいまし! コネを使ってさくっと宰相閣下に書類を書かせて耳飾りを二つ用意して来ますわ!」

「ちょっと待って! 話が途中――」

 

 その宰相の腕を掴み爆走していくメル。

 徐々に遠ざかっていくホルンの悲鳴を聞きつつ、イヴァンとザミラは大人しくレイと遊んでいる事にした。

 

*


 ものの半刻程で、ホルンとメルは国の紋入りの黒い羽根飾りを二つ持って戻って来た。

 よくよく見ると黒い羽飾りにはそれぞれ赤いラインが一本入った物と青いラインが一本入った物があり、イヴァンが青でザミラが赤のようだ。

 出て行く時は王族らしからぬ形相で走って行ったメルだったが、戻って来た時にはいつも通りに戻って来て、それはホルンも同じ事だった。

 イヴァンとザミラはメルに言われた通り右耳に羽飾りをつけると、改めて自身の前に立つ二人に視線を向ける。

 

「なんか……ホルンさん全身真っ白で亡霊みたい」

「メルも眩しいな」


 白に近い銀髪に同じ色の耳飾り、再び着替えて来た宰相服は装飾以外は全くの純白のもの。それに引き換えメルは金髪に金の耳飾りと華やかなピンクのドレス。

 ザミラとイヴァンの発言に小首を傾げたホルンは、メルに視線を移した後自身の服に視線を落とす。メルもそれに習ったように隣に立つ兄の頭の先から足の先まで確認するように視線を彷徨わせる。

 耳飾りの色はそのまま本人の髪の色が反映されていて、付属の鉱石は徽章と同じように身分で変わるのだろう。王家の紋の入ったホルンとメルの物は輝くプラチナ製で、イヴァンとザミラの物は色こそは同じだが、二人の物よりも鈍くくすんだ輝きから察するに銀製だろう。そこに家紋があれば家紋を入れるのだろが、無ければ国の紋を入れるようだ。

 そしてホルンの物だけその紋の上に、瞳と同じ紫色の小さな石がはめ込まれていた。

 

「言われて見れば、兄様って他は真っ白なのに瞳の色だけ鮮明で、亡霊と言うよりは魔の者みたいですわね……」


 じっくりと自身の兄の顔を見て真剣にそう呟くメルに溜息のみで返すホルン。

 王太子に向かって【魔の者】や【亡霊】と言い切れるのは、ここに居る人だけであろう。 

 

「でしょ? 何ならホルンさん私のと交換する? あ、黒は目立ち過ぎる?」

「「!?」」

 

 ホルンとメルは見事にザミラのその言葉で固まってしまった。

 目を見開くメルに向かってゆっくりと視線を合わせたホルンは、徐々に笑みを作るとザミラに向け口を開く。

 

「良いですね、交換しましょうかザミラさん」

「はーい」

「えっ!? 兄様だけズルイわっ! イヴァン私のと交換して下さいな!」

「はいはい」


 気軽に返事をしたイヴァンとザミラが、受け取った金と銀の耳飾りをそれぞれ自分の耳につけるのを確認した二人は、黒の耳飾りを手に持ったままくすくすと楽しそうに肩を震わせ笑い出した。

 なにやら仲が良さそうに笑いあう兄妹を不思議そうに眺めていると、笑いすぎで目に涙を浮かべたホルンがようやくその理由を口にした。

 

「お二人にはまだこの耳飾りの意味を教えていませんでしたね。昔、まだ領地拡大に躍起になっていた当時の王のせいで若者は全員戦争に駆り出された時代があったのです」


 くすくすと笑いながら何故突然戦争の話をするのだろうと疑問に思いつつ、ホルンの言葉に耳を傾ける。するとホルンに続きメルも説明を始めた。

 

「一度戦場に出ると無事に帰って来れるか分からない。だから出兵する人と残った人の耳飾りを交換したのが始まりなんでしたっけ? 絶対に舞い戻って来ると言う意味を込めて」

 

 確かめるようにメルはホルンに笑顔を向ける。

 相変わらず楽しそうな二人に比べ、今だ理解を得ないザミラがイヴァンに視線を投げると今の話しに引っかかる所があったのか、イヴァンは顔をしかめザミラの耳飾りに視線を向けていた。

 

「自分の分身として耳飾りを送る風習は戦争が終わった後も残り、とうとう国の決まりにまでなったのよ。意味は少し変わってしまったのだけれど、相手が耳に着けてくれたら無事成立ね」

「意味? 成立?」


 意味が分からないと思案顔でホルンの顔を覗き込むザミラにたまらず吹き出すホルンと、うっすら意味が分かったのか、じりじりと困惑気味にメルの手の中の黒い耳飾りに手を伸ばすイヴァンとそれを避けるメル。


「婚約ですね」

 

 笑い過ぎでとうとう溢れ出した涙を拭いながらホルンが何でもない様にそう言うと、案の定イヴァンもザミラもびしりと固まり、すぐさま自分の色の耳飾りを持った人物に飛びつく。

 

「メ、メル! 返す返す! だからそれ返せ!」

「えー婚約破棄なんて惨めな思い、私絶対に嫌ですわ。兄様、私嫁ぎ遅れずに済んだみたいです。ザミラ、兄様をよろしくね」

「ちょちょちょっとホルンさんそれ本当に本当に本当!? って、ホルンさんまだ着けてないんだから成立してな……あー待って待って着けないでー!!」

「貴族の婚約は当人同士だけの問題では無いのですが、私は勘当されてますし問題は無いですよ。ですので是非そのままで。それにしても、結婚に無頓着だったメルの嫁ぎ先が無事に決まって兄として一安心です。メルの婚約破棄なんて家名に傷が付くような事しないで下さいね? イヴァンさん」

「貴族の姫の相手なんか俺に務まるわけ無いだろ!? メルー!」

「私が嫁ぐのだからイヴァンはそのままで良いのではなくて? あら、でも新居はどうしましょうか?」

「きぞ……ああぁぁぁ! よりにもよってホルンさん!? いやいや! 貴族どころか……えー! 無理無理無理無理ー!!」

「ちょっとザミラさん、そこまで力強く否定する事は無いんじゃないですか? 大丈夫ですよ、家禄は弟が成人したら継いでくれますから今まで通りです。と言いますかその耳飾り、最初に耳に着けた者を持ち主と認識し次に着けた者を主の伴侶と認識し離れなくなる術がかかってますので、一度他人の物を着けてしまうと自分で外す事は不可能なんですよ。唯一外せる大神官に依頼を出してしまうと正式な婚約破棄となってしまうんですよね」

「「……! っ……! っ~~~~~~!」」


 ホルンのその言葉に声が出ず身悶えしながら床に轟沈していくイヴァンとザミラの姿に、完全に笑いが止まらなくなったホルンとメルも仲良く沈んでいく。

 結局昼過ぎまで四人は通常通りに動けず、一向に話し合いも進まなかった。

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