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雪遊びをするはずが、動物園に行くことになりました。

作者: 風鳥 紀乃

「うわぁ、雪だ! 雪が降ったよ! 真っ白だ!」


 ある寒い日の朝、子リスのリーリが窓の外を見ると、白い絨毯(じゅうたん)がひかれていました。夜の間に雪が降ったようです。

 窓を開けると冷たい空気が流れ込んできます。


 カー!


 突然上から声が降ってきました。


「リーリ、待ちに待った雪だな。外で一緒に遊ばないか? 雪だるま作ったり、かまくら作ったりして」


 カラスのラオお兄ちゃんです。


「もちろん、遊ぶよ! 準備するからちょっと待ってて」


 リーリは窓を閉め、出掛ける準備を始めます。


「朝ごはんのどんぐり食べて、マフラー持った。よし! 準備完了!」


 マフラーは、リーリがお母さんからもらった大切なものです。赤い色は、リーリがどこにいてもすぐにわかります。


「行ってきまーす!」


 ドアを開け、リーリは外に足を出しました。


「あれ?」


 外に出て、(あた)りを見回しました。


「ラオお兄ちゃん、どこ?」


 ラオお兄ちゃんの姿が見えません。


「ラオおにーちゃーん!」


 リーリはとりあえず、森の中を探して見ることにしました。

 ラオお兄ちゃんはカラスなので、空を飛んでいるのかもしれません。木登りが得意なリーリは、家の近くにある木をかけ上がりました。

 葉っぱや枝を(くぐ)りできるだけ上に行きます。


「よいしょ、よいしょ」


 登れるぎりぎりのところまで行って、回りを見ると、そこは木の枝や葉でいっぱいでした。


「うわぁ、これじゃあラオお兄ちゃんは探せないや」


 空の様子が見たいのに、これでは空を見ることができません。


「ラオお兄ちゃんどこにいるんだろう? あっ! きのどこかに止まっているかも!」


 リーリは枝を伝い走り出しました。枝の先まで来たら、となりの枝へ跳び移ります。


「ラオおにーちゃーん! どこー?!」

「リーリ! どうしたんだい?」


 突然下から声が聞こえました。


「だあれ?」


 下を見ても姿が見えません。あるのは黒い二つの目。


「私だよ。ほら、秋によく一緒に遊んだ」


 リーリがよく遊んだのは、ラオお兄ちゃんとあと一匹。リーリはそっと下へ向かいました。

 下がっていくにつれ白い姿がはっきりと見えてきます。白い動物は(うさぎ)以外見たことがありません。しかし、この声と大きさは知っています。


「もしかして、オコジョおばさん?」

「ふふっ、正解。リーリ赤いマフラー可愛いね」

「ありがとう、お母さんが作ってくれたの」


 リーリは嬉しくなりました。でも、オコジョおばさんは茶色の毛のはずです。秋は白くありませんでした。


「ねえ、オコジョおばさん。なんで白い体なの? 茶色だったよね?」

「冬だからよ。私たちオコジョはね、冬になると体が白くなるの。ほら、そうすると雪に上手(うま)く隠れることができるでしょ?」

「うん」


 確かにオコジョおばさんのことは、木の上からは分かりませんでした。


「あのさ、オコジョおばさん」

「なあに?」


 リーリは今、ラオお兄ちゃんを探しているのです。いったいどこに行ってしまったのでしょう? もしかしてオコジョおばさんみたいに、見えにくいところにいるのでしょうか。


「ラオお兄ちゃん見なかった? リーリがね、外で遊ぶ準備をして家を出たら、いなくなってたの。それでね、今、探してるの」

「ごめんね、見なかった。見かけたら、リーリの家に行くように伝えておくね」

「うん!」


 本当に、ラオお兄ちゃんはどこに行ってしまったのでしょうか。


「リーリ、向こうの川の方探してみる! オコジョおばさん、バイバーイ!」

「うん、またね」


 リーリは大きく手を振り、また木の上を走り出しました。

 木から木へ跳び移ります。


「ラオおにーちゃーん! どこー?!」


 川が見えてきました。やはり、ラオお兄ちゃんはいません。


「ラオお兄ちゃん、どこに行っちゃったんだろう?」


 リーリは、川の近くに降りました。川は、太陽の光を反射してきらきらと(かが)いています。

 木から降りたからか、風は()み、なんだか暖かいです。それに、ずっと走っていたからか(のど)が乾きました。


「この川の水、冷たそう。ひゃっ!」


 リーリはそっと水の中に手を入れました。想像していた通りの冷たさです。


「おいしい」


 自然と顔が笑顔になります。

 リーリは何度も小さな手で水をすくい、飲みました。


「っ!」


 突然、背筋を何かがかけ上がり、体が動かなくなりました。波立つ水には、リーリの姿以外のものが映っていました。


「その水、そんなにおいしいの?」

「だ、だあれ?」


 聞いたことのない声です。そっと振り向くと、大きな動物がいました。白と黒の毛がとても柔らかそうです。


「僕は、シン。動物園から逃げてきたの。みんなは、ホワイトタイガーって言ってた」

「どうぶつえん?」


 リーリは噂を聞いたことがありました。人間が住む所にある、動物を閉じこめている場所。それが、動物園だと。


「人間いっぱい見たの?」

「うん! みんな優しいよ、ご飯をくれるし、遊んでくれる」

「怖くないの?」

「怖くないよ。……でも母さんが、外の世界を見てきなさいって……それで森を歩いてきたの」


 シンは、下を向きました。シンの顔からリーリの体に、涙の滴が落ちてきます。


「大丈夫?」

「帰りたいよ、帰りたい。けどね、道が分からなくなっちゃったぁ。どうしよう。お母さんに会いたいよー」


 シンの声は辺りに響き渡りました。


「あ、あのさ、リーリ一緒に探そうか? 動物園? 森のみんなに聞けば、きっとすぐに見つかるよ」

「えっ……」


 シンはりーりを見て口を開きました。


「いいの?」


 リーリはまっすぐシンの目を見て言います。


「もちろんだよ。一緒に探そう!」


 シンもまた、目を(こす)り、鼻をすすり、まっすぐにリーリを見ました。


「ありがとう」


 二匹は、水を飲み歩き始めました。


「そういえば、君、何て言う名前なの?」

「リーリ」

「そっか、リーリよろしく」

「こちらこそ、シンよろしく」


 まずは、さっきオコジョおばさんに会った所に行きます。もしかしたらまだいるかもしれません。


「いつも森はこんなに静かなの?」

「うん、けど春になるともう少し賑やかになるよ」

「そうなんだぁ。動物園はね、もっともっとうるさいんだ。人がいつも僕たちを見て、何か話しているの。それに透明の壁があって、思い切り走るとぶつかって痛いの」

「痛いのリーリ嫌い」

「うん、僕も。森に入ってびっくりしたのがね、どこまでも走っていけること! それに、一日の行動が決まっていないこと」


 どうやら、動物園は噂の通り、動物を閉じ込めている場所のようです。シンが話した内容は、リーリには耐えられませんでした。


「シンは、そんな所に戻りたいの? ここだと自由だよ。自分で好きなときにご飯を食べて、お昼寝して、いろんな動物とおしゃべりをして過ごすの。すてきでしょ?」

「うん、けど僕、母さんに会いたい。それにここだと寒いし、食べ物は何を食べていいかわからない」


 寒いのは、木の影に入ってしまえば大丈夫です。食べ物はリーリが食べれるものを教えられます。


「お母さんもここに呼べばいいじゃない。リーリが森での過ごし方教えてあげる!」

「でも、母さんは脱け出せないよ。体が大きいもん」

「方法を探してみよう」

「けど……」


 シンは迷っているようでした。とりあえず、動物園へ行き、シンのお母さんの意見を聞くべきだと思います。リーリはシンを見ました。


「シン、じゃあ動物園を見つけたら、お母さんに聞いて見よう。だからまず、動物園を見つけ――」

「リーリ! そいつから離れろ!」


 突然、大きな声がしました。


「ラオお兄ちゃん! どこ行ってたの?」


 ラオお兄ちゃんの目はとても険しく、シンを(にら)んでいます。何があったのでしょうか。


「リーリ! とりあえずそいつから離れろ! そいつはホワイトタイガーだ! 動物の肉を食べるんだ!」

「えっ……」


 パッとシンを見ると、シンは今にも泣きそうでした。


「本当なの?」


 リーリが尋ねると、シンは口を開きました。


「た、確かに僕はお肉食べてたよ。けど、みんなとは仲良くしたい」


 シンは一生懸命に訴えます。


「リーリ、あのさ、これからも、動物園を探すの手伝ってくれる?」

「うん。もちろん」


 シンが優しい動物だと、リーリはもう知っています。


「リーリ、正気か!? いつ(おそ)われても知らないぞ!」

「シンはそんなことしないもん」


 ラオお兄ちゃんはまだシンを(にら)んでいます。


「リーリ、ほんとにいいの?」


 シンが不安そうに見てきました。シンは怖くありません。ただの迷子の子どもです。リーリは首を縦に振りました。


「ありがとう」


 二人は笑顔で笑いあいました。


「オコジョおばさんのところ行こう。動物園の場所知っているかもしれないよ」

「うん。わかった」


 オコジョおばさんは前に遠くから来たと言っていたので、知っているかも知れません。


「それで、ラオお兄ちゃんはどうすろの?」

「ついていくよ、危険はなさそうだし。だけど、リーリ、あまり知らない動物に話しかけたら駄目だからな。危ないんだから」

「はーい」


 リーリからはシンに話しかけていません。ながれでなったのです。


「そういえば、ラオお兄ちゃん、どこに行ってたの? リーリずっと探してたんだよ」

「ちょっと良い匂いがしたもんで、様子を見に行ってたんだ。まさか、リーリがそんなに早く支度が終わるなんて思わなかった」

「外で遊ぶの楽しみだったから、急いで支度したの」


 ラオお兄ちゃんが見つかって良かったです。


 三匹はオコジョおばさんの所へ歩き始めました。


「ラオお兄ちゃんは、動物園がどこにあるか分かるの?」


 リーリがラオお兄ちゃんに尋ねると、シンも身を乗り出してラオお兄ちゃんを見ます。


「いや、大体の場所は聞いたことがあるけど、そっちはあまりいかないからな。分からない」

「そっか」


 リーリとシンは首を項垂(うなだ)れました。


「あっ、オコジョおばさん、こんにちは。いつもリーリがお世話になっています」

「あら、こんにちは。さっきリーリがあんたを探していたよ」


 オコジョおばさんです。二人は一斉(いっせい)に顔を上げました。


「オコジョおばさん!」


 これで、動物園に行けます。


「リーリ、良かったわね。ラオお兄ちゃんが見つかって」

「うん! オコジョおばさん! あのね、シンが動物園に帰りたいんだけど、動物園の場所分かる?」

「シン? おや? 何であんたがこんなところにいるんだい」


 シンは目を丸くして固まっていました。


「シン、どうしたの?」


 一度空気を吸い、シンは話始めました。


「あなたは、もしかして昔動物園にいましたか? 一度だけ会ったことがあると思います」

「おやまあ、覚えていたのかい。まだ赤ん坊だったのに、大きくなったものだねえ」

「はい。オコジョさんこそ、お元気そうで何よりです」


 リーリとラオお兄ちゃんは、なにがなんだか分かりません。

最初に口を開いたのはラオお兄ちゃんでした。


「じゃあ、オコジョおばさんは動物園から来たのかい? 突然森に現れたのはそういうわけだったのか」

「ああ、そうさ。秋に動物園から抜け出して、これからどうしようか迷っているときにリーリと会ったのさ」


 オコジョおばさんは、最初に会ったときリーリから離れようとしなかった。あのときはどこに行こうか困っていたのでしょう。


「オコジョさんは何で動物園を抜け出したの?」

「私は(せま)いところが嫌いだからさ。産まれたのは、遠い森の中だったから、動物園は(せま)すぎてねぇ」

「そうなんだぁ」


 オコジョおばさんが動物園から来たなんて、驚きです。リーリはオコジョおばさんと(はな)れるのは嫌でした。


「じゃあ、オコジョおばさんは、動物園に帰らないの?」

「ああ」

「そっかぁ」


 リーリは嬉しくなりました。しかし、シンは寂しくなりました。オコジョさんにせっかく会えたのに、お別れしなければならないからです。


「じゃあ、ぼくが動物園に行ったら、オコジョさんと会えないの?」


 オコジョおばさんはまっすぐシンを見て答えます。


「柵の近くまでたまには見に行くよ。そうしたら、顔は見れるだろう?」

「うん!」


 リーリもシンに会いたいです。


「シン、リーリもそこに行けば会える?」

「うん! また会おうよ。ぼくが動物園に帰ってからも」

「うん! 約束だよ」


 二匹は両手を重ね、約束を交わしました。


「じゃあ、そろそろ動物園に行くぞ。今ならつく頃には日が暮れるだろう」

「はーい!」


 カラス、リス、オコジョ、ホワイトタイガーの四匹は、動物園に向けて歩き始めました。

 ひたすら、森の中を歩いていきます。リーリはこんなに遠くまで来たのは初めてでした。いつも暮らしているところとは、違った匂いがします。あたりもだんだん暗くなってきました。


「オコジョおばさん、まだつかないの?」

「もう少しだよ。リーリ、シンを見送るんだろ? がんばれ」


 もう少しってどれくらいでしょうか? リーリは疲れてしまいました。それに、(まぶた)が重たくなってきます。


「リーリ、大丈夫?」


 シンは優しく声をかけてくれましたが、もう限界です。リーリはその場で座ってしまいました。


「よし、一回休憩しよう。ずっと歩いてきたしな」

「ごめん、ラオお兄ちゃん、ありがとう」

「おう」


 リーリ以外はまだまだ元気があります。三匹は木の実を集め始めました。リーリはいつの間にか夢の世界へ、引き込まれていきました。

 三人の様子を見ているうちに、眠ってしまったリーリが起きたのは、完全に日が沈んでからでした。


「リーリ、おはよう」

「うーん、おはよう、ラオお兄ちゃん」


 月明かりに照らされたのは、ラオお兄ちゃんの顔でした。なんで、外で寝ているのでしょう? リーリは始め分かりませんでした。


「ゆっくり休めたかい?」

「おはよう、リーリ」


 オコジョおばさんと、シンもリーリの方を向いていました。

 思い出しました! 動物園へ行くのです!


「うん! もう大丈夫!」


 すぐに起き上がるとリーリは言いました。


「動物園、行くんだよね。さあ、行こう!」

「ま、待って、リーリご飯食べてから出発しよう」 

「ご飯?」

「見て! ぼくたち、こんなにったんだよ」


 シンは両手を広げています。その中に山盛りに入っているのは、木の実でした。冬なのにこんなに見つかるとは、驚きです。


「すごい! よくこんなに見つかったね」


 得意そうに笑うと、シンはみんなの真ん中に、木の実を置きました。 


「じゃあ、食べましょう。そしたら、すぐに出発だよ!」

「うん」


 みんな、自然と笑顔になります。


「いただきます!」


 どんどん、どんどん、木の実はなくなっていきます。シンも、木の実は食べれるようです。みんなで仲良く食べました。


「ごちそうさまでした!」


 出発です。


「リーリは、ぼくが運ぶよ。歩くの疲れちゃうでしょ?」

「えっ、だけど……」


 みんなが歩いているのに、リーリだけ楽をするのは嫌です。みんなと一緒に歩きます。


「リーリ、のせてもらえ」

「ラオお兄ちゃん」


 リーリは、ラオお兄ちゃんに言われてしまいました。


「リーリが歩くと進むスピードがゆっくりになる。それに、帰りは歩くんだ。シンがこう言っているんだから。のせてもらえ」


 みんなに迷惑をかけるなら仕方ありません。


「分かったよ」


 リーリは渋々頷きました。


「本当にいいの?」

「もちろん!」


 リーリはそっと、シンによじ登りました。毛は滑りやすいので、ラオお兄ちゃんが支えてくれます。


「シン、重くない?」

「うん。軽いよ!」


 リーリはそっと、息を吐きました。


「うごくよ!」

「うん!」


 景色は一気に高くなりました。シンの毛はとても暖かく、布団みたいです。このままではまた眠ってしまいそうなので、リーリはお話をすることにしました。


「シン、始めての木の実の味はどうだった?」

「んーとね、美味(おい)しかったけど、粉っぽいと思った。ぼくは、やっぱりお肉がいいや」

「そっかぁ。シンは動物園に帰るんだよね? そうしたら、ご飯もしっかり食べれるね」

「うん」


 もうすぐお別れです。あとどれくらい、一緒にいられるでしょうか? 考えただけで、目に涙が浮かんできます。


「リーリ、また絶対に会おうね」

「うん」


 明かりが見えてきました。徐々に大きくなっていきます。

 前を歩くオコジョおばさんが、立ち止まりました。


「ここから先は、おしゃべりしないほうがいい。明かりがあそこに見えるだろ? あそこが動物園」


 みんなが口を閉ざしました。


「オコジョおばさん、あのさ、しゃべらなければ、近くまで行ってもいいんだよね?」

「ああ」


 なら、シンを送りに行きます。


「シン、リーリここからは歩くね」

「あっ、うん」


 リーリはシンの背中から、降りました。冷たい風が吹き付けてきます。


「あっ、そうだ!」


 いいことを思い付きました。リーリは、赤いマフラーを(はず)すと、シンの足に巻き付けました。


「これはね、友達の印だからね。離れていても忘れないから。リーリのこと覚えていてね。ぜったい会いにくるから」

「うん! 忘れない。リーリまた会おうね」

「うん!」


 リーリはシンの体に顔を(うず)めました。とても暖かく柔らかくリーリを包み込みます。

 ずっと離れたくありません。

 シンもまた、リーリの体を抱き締めていました。


「そろそろ行きましょ」

「リーリ、それくらいにしなさい。シンが困ってしまうだろう?」


 そっと顔を離すと、リーリの顔があったところが濡れていました。


「今までありがとうございました」


 シンが言いました。シンの目も赤く()れています。


「ぼく、森に来れて楽しかった」


 光に向けて足を進めます。もう、話すことはできません。ただ、心の中は繋がっています。だから、体は寒くても、心の中は暖かいのでした。

 大きな柵が見えてきました。動物園です。

 シンは三匹のほうに頷き、走り出しました。どんどん、どんどん距離が離れます。あっという間に柵の前に着いたシンは、一度こちらを向き、大きく手を振りました。

 リーリも負けじと手を振り返します。

 それを見るとシンは、柵の前の草がたくさん()えているところに、頭を突っ込みました。体も草の中に吸い込まれていきます。

 やがて、柵の反対側にシンの顔が現れました。

 シンが(くぐ)ったさらに奥の柵の中に白い動物が見えます。シンのお母さんです。シンのお母さんはシンのお迎えに来たのでした。

 もうひとつの柵も楽々(くぐ)り抜けたシンは、お母さんのもとへ帰ることができました。


 三匹は帰路に着きました。話しても大丈夫なところに来て、最初に口を開けたのは、オコジョおばさんです。


「あの子、私の抜け道を使っていたなんて」


 どうやらシンは、オコジョおばさんが抜けだしたときの道を使ったようでした。


「リーリ、もう泣き止め。心の中で繋がっているんだろ?」

「だって、だって」


 ラオお兄ちゃんはこう言いますが、止まらないのです。繋がってるって分かっていても、涙は止まらないのです。


「止まらないのなら、思い切り泣きなさい」


 リーリはオコジョおばさんを見上げました。オコジョおばさんは大きく頷きます。目から涙が溢れてきて、リーリは我慢ができませんでした。


「んっうわーん!」


 リーリは大声で泣きました。

 そんなリーリをオコジョおばさんとラオお兄ちゃんが抱き締めてくれます。涙は、どんどんあふれていきます。

 どれくらい、泣いたでしょうか? 空には雲が広がり、雪が舞い降りてきました。


「リーリ、大丈夫か?」

「う、うん、もう大丈夫」


 涙はゆっくりと引いていきます。

 リーリは上を見上げました。


「うわぁー! きれい」


 雪は、月の光に反射して、輝いていました。 



 春になりました。

 リーリは動物園へ向かいます。今日は、ラオお兄ちゃんと一緒です。オコジョおばさんには、行かないといわれました。カラスとリスなら、動物園の近くでも話していいそうです。


「ラオお兄ちゃん、行こう」

「ああ」


 外の風は気持ちよく、暖かくなりました。緑も、鮮やかで花も多く咲いています。


「シン、リーリのこと覚えているかな?」

「覚えているさ」


 二人は、あの冬の日に歩いた道を歩いていきます。賑やかに騒ぐ動物たちの声が聞こえます。春の訪れを喜んでいるのでしょう。

 木漏れ日も、キラキラと輝き、とても美しいです。


「もうすぐだね」

「ああ」


 柵が見えてきました。近くまで行くと、あの日シンが潜っていた草がありました。しかし、穴は塞がれており、もう潜れなくなっていました。


「シン!」


 リーリは叫びました。シンに届くように。


「リーリか?」


 ホワイトタイガーの大きな体が近づいてきます。


「シン?」

「ああ」


 柵を挟んでいますが、シンに会えました。


「ほんとに?」

「ああ」


 リーリは嬉しくなりました。


「シン、大きくなったね。声も低くなった」

「まだ、大きくなるよ。母さんよりまだ小さいんだ」


 リーリが目線を下げると、赤い色の布が見えました。


「それ……」

「リーリのマフラー。まだつけてるよ」

「ありがとう、シン」


 シンは、ずっとリーリのマフラーをつけていてくれたのです。


「これからも大切にするから」

「うん」


 二匹はしばらく見つめ合いました。

 遠くで、シンを呼ぶ声がします。


「母さんだ。もう行かなきゃ」

「そっか」


 もうお別れです。


「あのさ、また来てもいい?」

「もちろん」

「じゃあね。バイバーイ!」


 遠くなる背中に、リーリは叫びました。また会える日に願いを込めて。


「バイバーイ! シン! また会おうね!」


 ラオお兄ちゃんも、カーと一鳴きしました。


「リーリ! またな」


 リーリの耳にもシンの声は、しっかり届きました。

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