騎士、虫を討伐する 上
今回は虫と戦います。食前、食後、食事中の閲覧には十分に注意してください。
じきに夜が明ける。
町の入り口に立つと、カルドは既に人で溢れ返っていた。活気のある町だな。
……違った。
ガチャガチャという鎧のこすれる音、荷車で運ばれていく松明の油の臭い、聞こえてくる男たちのやり取り。
これはあれだな、魔物討伐の直前だ。しかも装備から見るに相手にするのは魔物の中でも最悪の部類だ。あれらの討伐任務では必ず重傷者が出る。
げんなりした気分になり、脇に避けておこうとしたとき、誰何の声がしてオレは足を止めた。目の細かい鎖帷子を身に付けた中年の聖堂騎士だ。おそらく分隊長クラスだろう。
「そこのお前、見ない顔だな。旅人か?」
「ええ、まぁ、はい」
「何だ、歯切れの悪い。……その剣、もしかして聖堂騎士か? 所属は?」
「……聖堂騎士団、第六小隊、第三分隊のラペルマだ」
「第六? ああ、墓守りか!」
間違ってはない。間違っては、な。
野伏せりよりは墓守りの方が聞こえがいいし。それで良しとしよう。
「ちょうど今からスウォーム退治だ。手を貸してくれないか。後ろからの援護だけでも構わない」
「やっぱりスウォームか……。種類は?」
「はは、肉食蝿だぞ。嬉しいだろ」
「ははは、知ってた。蜂よりマシ、ですかね?」
「まぁな。巣を作らないだけ、な」
お互い乾いた笑いしか出ない。
飛行し群隊で行動する昆虫の魔物を総じてスウォームと呼ぶ。
一体一体ではさして強くもない魔物だが、群れで攻撃してくることから脅威度は高い。武器による攻撃では一体ずつしか屠れず、魔術や火による攻撃手段が推奨される。スウォームにはいくつか種類があり、今回は肉食蝿と戦うようだ。装備を見た段階で気付いていたが、気付かずにいたかったなぁ。だがまぁ、居合わせたんだからしょうがない。
肉食蝿は林檎サイズで大人が手で握りつぶせるくらいの弱い魔物だが、いかんせん数が多い。群れが現われたらこの辺りで飼っている家畜――臆病で素早い羊はともかく、鈍感な牛はやられてしまう。あいつらは平然と人間にも襲い掛かってくるので、早期発見しては群れを潰すのだ。それでもそのうち卵から孵って増えるのだが対処しないと大変なので仕方ない。
蝿は生きものにたかって肉を食むので、一番目の細かい鎖帷子を着てそれを防ぐ。とはいえ噛まれたら痛いので上に板金も着込むことになる。主に守るべきは頭だ。耳、鼻、目、これらは特に柔らかいために奴らの好物である。兜それも必ずフルフェイスを着け、目の出る部分には銀で編んだ布を当てる。もしくは自分で金を出して水晶蜘蛛が吐き出す糸を加工した透明な覆いを取り付けるか、だ。備品に「使いやすさ・過ごしやすさ」を求めてはいけない。
蜂でなくて良かったというのは、蝿と違いヤツらは針で刺してくるがその場合、鎖帷子の隙間、もしくはそれそのものを破って針が刺さり、毒を受けることになるからだ。高速で飛行してくる毒持ちのピアッサーなんて冗談じゃない。もし旅の途中で麻痺蜂に襲われたら悪夢どころの話じゃなく、毒が体に回ると奴らは犠牲者の体に卵を……。殺してから卵を産み付けるだけ、肉食蝿の方がマシ、だな。
おっといけない。大事なことを言い忘れていた。
「申し訳ないが、装備もないし役には立てない。オレは術が使えないんだ」
「はぁ? そんなまさか、術が使えないのに聖堂騎士になれるはずがないだろう」
「それが、聖堂騎士になった後で術を失くしてしまって」
「事故か何かか。分かった。だが、援護は頼む。見たところ経験者だろう? ウチの新人はまだ戦ったことがないし、今回は手数がほしい。町人にも協力を求めているんだ」
「……わかった、援護を引き受ける。その代わり口も出すぞ」
「よし、助かる! 自分はマックスだ。よろしく」
「よろしく、マックス」
マックスはオレの背を力強い手で三度叩くと、オレを町人の有志のいる場所へ連れて行った。そこには有志だけでなく聖堂騎士も何人かおり、武器を扱う際の注意点などを町人に指導していた。挨拶をし、軽く自己紹介をする。聖堂騎士にはある意味序列がない。あるのは自分の所属する隊での上下だけだ。ここではオレは客人であり、砕けた言葉遣いも特に気にはされない。
細かい金属製の網を体に纏わせていく。旅装とはいえオレは皮製の上衣だから、布の服よりは頑丈だ。念のために騎士団の用意しているダブレッドに替えても良いが……そもそも今回の討伐でオレは数のうちに入っていなかったために予備がないか。篭手がない代わりに厚手のグローヴをはめておく。指も狙われやすい。そして食いちぎられやすい部分でもある。手袋だけはきちんとしておくように町人にも言い含めておいた。
程なくして聖堂騎士二分隊、町人からの有志十六名、それにオレが加わって総勢二十七名での討伐隊が結成された。有志は討ち漏らしの報告や松明での牽制、片付けや荷物持ちなど、そういう役割でついて来るようだ。それならあまり心配せずとも大丈夫だろう。
マックスの所属は第四小隊で第六分隊を率いている。仲間は第二分隊だそうだ。小隊にはそれぞれ第六までの分隊があり、数字の大きい方が強い。経験の乏しい新人がいるのは第二分隊の方だろう。たしかに若い。二十に届いてなさそうな少年騎士たちだ。緊張している彼らに声を掛けると、ガチガチだった。そうだなぁ、肉食蝿は嫌だよなぁ。でも、そうも言ってられない魔物は実は多いんだよなぁ。
「お前たち、喜べー! 黒術使いのお姉さんたちが応援に来てくれたぞ~!!」
「おおおおおお!」
大層な喜びようだ。そうだな、黒術の専門家がいれば戦いは楽になる。聖堂騎士も黒術を修めているとはいえ、元々が適性の乏しい分野だ、女性の方が黒術をすんなり使いこなせるならば手助けしてもらえば良い。それに……
「お、女のひとが来る!?」
「やったー! やったーっ!!」
女っけのない聖堂騎士団のことだ、黒術士になれる程の女性には有能かつ美人が多いし、恋愛のチャンスなんだろうなぁ。
「美人はいるか?」
「押すな、見えない!」
飢えてるんだな……。
若い騎士に思わず生暖かい視線を向けつつ、オレはあることに気付いた。
エトワール! 黒術の最高位の使い手の彼女が、この戦いに参加しないワケがない。急に現われた“炎の尾持つ殺戮者”に冷静に対処していた彼女だ、自分の住む町の近くでの任務になら……。そんなことを考えて、だが、高揚していた気持ちがふと冷める。
もし、彼女が探してくれるなと言ったことが、この町の聖堂騎士に関係があったりしたら……。彼女がオレに惚れていて、現在の恋人との関係を清算している最中だったら。オレがここに来た事は良くなかったかもしれない。
男たちの歓声を浴びて、こちらへ向かってくる数人の女性たち。オレは複雑な思いで彼女たちの中からエトワールの姿を探した。よく見えない。前の男を掻き分け、そして……!
歓声が弱くなる。
やってきたのは五人の老女たちだった。そしてその後ろに一人、黒髪の……ちんまりした幼女がいた。
お読みくださりありがとうございます。
ちなみに自分で書いたくせに推敲中にパン食べていて気持ち悪くなった馬鹿は自分です。