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夏の楽しみ

 武術大会の予選に向けて、オレたち聖堂騎士が各々練習に励んでいるときのことだ。エトワールから手拭いを受け取って汗を拭いていると、遠くからハンドベルと喚声が聞こえてきた。もうそんな季節だったかと思うと共に、財布を持ってきていないことに気がつく。しまったな。


「賑やかですね。トムさん、あれはなんでしょう」

「おっと、エトワールは知らなかったか。あれは、棒アイス売りだ」

「棒アイス、ですか?」


 きょとんとするエトワール。小首を傾げた拍子に、ひとつにまとめた三つ編みが揺れて可愛らしい。じゃなくて、まさか棒アイスを知らない? そこからなのか……まぁ、西部大森林の庶民の楽しみをアウストラルの侯爵令嬢が知るわけもない、か。


「棒アイスっていうのは、果汁の入った器に一本棒を差し込んで、黒術で凍らせるんだ。シャーベットよりかは固いが、棒を持って齧れるから手頃でなぁ。ここらへんじゃよくあるオヤツさ」

「まぁ、そうなんですね!」


 上品に両手を合わせて相槌を打つエトワール。そのサファイアのような瞳がキラキラ輝いて眩しい。食べてみたいんだろうなぁ、興味津々って感じだ。


「残念ながらオレには手持ちがない。エトワールは?」

「わたしも忘れてきてしまいました……」


 しょんぼりと肩を下げるエトワール。ううん、仕方がないな。オレは少し声を張って、その辺で練習用の模造剣を振るっている弟分を呼んだ。


「お~い、ジェレミア。悪いちょっと金貸して」

「練習に来たのに財布なんか持ってきてないぞ!」

「だよな~」


 ロクフォールとベイジルもそれぞれ首を横に振る。だが、お調子者のポモドゥオーロのやつが手を挙げた。


「ハイハイ、俺お金持ってる~! 立て替えとくから全員で休憩にしません?」


 全員でってとこがミソだな。ポムのやつ、分隊長(ジェレミア)直々にこってり絞られてるからこの特訓から逃げたいんだろう。いつもならお叱りが飛んでくる場面だが、今回は甘味に目がないベイジルと棒アイス初体験のエトワールが期待の眼差しでジェレミアを見ている。


「……わかった、休憩にしよう」

「よっしゃあ!」

「ありがとうございます、分隊長殿」


 堅物の分隊長も決して鬼じゃないということだ。口々に礼を言われて照れくさそうにしているジェレミア。目があったのでウィンクしてやると、唇の動きだけで「バカ」と返された。可愛いやつだ。






 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ 






 棒アイスの屋台には、オレたちと同じく練習中の聖堂騎士たちが集まってきていた。それはいいとして明らかに仕事中の隊長がいるのはどうなんだ。後で副長にお小言を頂戴することになるってのに自由なひとだ。そんな隊長を横目にしながら列に並んでいると、後ろから声をかけてくる奴がいた。


「やぁ、ジェレミア」

「フレデリック!」


 こちらも休憩中か練習終わりか、現れたのは黒髪の変態貴公子フレデリックとそのお守りのドゥケスだった。フレデリックは我らが第三分隊長ジェレミア・リスタールに懸想しているのでロクフォールやベイジルとは仲が悪い。今も睨まれているが面の皮が厚いので気にしてやしない。


「君たちも涼を取りに来たのか。良かったら一本ずつ、私から差し入れさせてくれないかい?」

「いや、それは困……」

「いやっほう! あざ~す、ゴチになりま~す!」


 ジェレミアの言葉を遮ってウチの財布が大声を上げた。取り消そうとしても既に手遅れ、フレデリックは棒アイス屋のお嬢さんに支払いを済ませてしまった。ジェレミア、ポムの胸ぐらを掴んで揺すぶっても何も出てこないぞ。


 と、オレの袖をくいくいと引っ張る手がある。エトワールだ。不安そうに上目遣いで覗き込んできている。思わずその艶やかな黒髪をクシャッとしたくなるのを我慢した。


「わたしたちまで……よろしいんでしょうか、トムさん」

「いいんじゃないかな。せっかく奢ってくれるって言ってるわけだし、御相伴にあずかろう。アイツはどうせジェレミアにいい格好したいだけだ」

「まぁ! ふふふ、じゃあ、お言葉に甘えます」


 フレデリックの奴は丁度よく強引で、遠慮なんかはさせてくれない。それに、他のことで頼ってきたりして、一方的な貸し借りにしないソツのなさがあるから、奢られても嫌な気持ちにならない。どうしても金の貸し借りをしたくないヤツに無理強いはしないしな。


 オレは色とりどりの棒アイスの中から適当に一本引き抜いて口に入れた。林檎の爽やかな甘さが広がる。


「うん、ウマイ」


 そんな横をドゥケスが走り抜けていく。その手には銅で出来たケース、どうやら買い出し係だったようだ。奪い合うようになくなる棒アイス。そして売れていく端からどんどん作られていく。屋台を覗き込んでその手際に見惚れながら、ジェレミアとエトワールは最後までどの味にするか悩んでいるようだ。


「で、お前さんは食べないの?」


 水を向けたのは先ほどから木の幹に寄りかかってジェレミアだけに視線を注いでいるこの男だ。フレデリック・ガルム、こいつが変態たる所以(ゆえん)は男色だからじゃない、スカした顔してジェレミアの尻を目で追いかけてるとこだ。


「生憎と苦手なんでね。集中力の切れかけた部下をシャキッとさせるにはいいかと思って買いに来ただけさ」

「じゃあさっさと帰れよ」

「つれないことを言うなよ。せっかくジェレミアと出会えたんだ、可愛い姿をこの目に焼き付けておかなくては」

「……あっそ」


 長身の美丈夫は撫でつけたオールバックに手をやりつつ気障ったらしく笑う。だがその外見に反して中身は大変残念だ。困った奴め。そんなフレデリックがいきなり目を見開いて口許を押さえたので何事かと視線を辿れば、アイスを選び終えたエトワールとジェレミアが互いに舐め合いっこしているところだった。


 まったく、キャッキャキャッキャと楽しそうに……。


 ジェレミアはそんなつもりじゃないし、エトワールだってそういうつもりなんてないと知っているのに、一瞬、嫉妬で心臓が変な動き方をした。


 それにしても、よほどウマが合うんだろう、棒アイスの味について盛り上がっているようだ。はじける笑顔と転がる鈴のような声に引き込まれる。ぺろっと舌を出して葡萄色のアイスを舐めているエトワールと目が合った。すると、焦ったようにそのアイスを後ろ手に隠したエトワールは、ふにゃっとした笑みを浮かべた。


 別に隠すことないだろうに。どうしてこんなに可愛いらしいのか……。


 オレはエトワールに手を振りつつ、横のバカの脇腹に肘鉄を入れた。


「いだっ!? 何するんだ、トム」

「さっきからボソボソ気持ち悪いんだよ」

「仕方がないだろう? あんなに扇情的に舐め回されては……!」

「アイス食ってるだけだろ」

「あああっ、ジェレミアの棒アイスになりたい!」

「……ヘンタイ」

「せめて食べ終わった棒を貰えないだろうか」

「お前、崖下に投げ棄てるぞ。マジで」


 じろりと睨めつけてやると、「冗談だよ」と微笑む変態貴公子。嘘つけ、コノヤロウ。何が「せめて」なんだ、何が。まったく、コイツらと馬鹿をやれるのもあとどのくらいだろうか。


 木陰で涼風を感じつつ、日増しに熱を孕んでいく太陽を眺める。予選大会はもうすぐそこに迫っている。熱い夏になりそうだった。

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