騎士、酒場に行く
“風の墓所”に一番近い町はリリオという。そこにオレたちの聖堂騎士団第六小隊の宿舎があり、旅人のための宿があり、娯楽の場がある。西部大森林は基本的に半農耕半狩猟採集と、森の恵みから生活の糧を得ているために大きな町は出来難い。この町もアウストラル王国の手が入って初めて石造建築物が発達したという歴史がある。
大森林の民は森を手入れしてそこに住みつつも、長い目で見れば「森に飲まれて避けて開拓して」の繰り返しに生きている。雪と氷に閉ざされた聖火国から来たオレとしては、「聖火は堅苦しく融通が利かず」「大森林はおおらかだが一貫性がなく」「アウストラルは格式張って中身がない」といったところか。
他の小国は行ったことがないから分からないが、まあ、そんなことはどうでも良い。
今大事なのは、リリオには酒場があり、休みの隊員はここへ来て飲むのも自由ということだ。聖典に仕えその教えを遵守するのが聖堂騎士であるが、飲酒についてはあまり細かく書かれてはいない。精々が『飲みすぎると害があるので雪に頭でも埋めてろ(意訳)』くらいか。
元々が雪の深い国からもたらされた聖典であり聖堂だ、酒は文字通り『生命を再び甦らせる水』である。体に入れて悪いことなんてない。
「トマス=ハリス、ずいぶんと過ごしているんじゃないか? 宿舎には這ってでも戻ってこいよ!」
「……ジェレミーちゃんじゃないか」
「誰がジェレミーちゃんか! 貴様、ひとが心配してわざわざ来てやったというのに。大体、酒が飲みたいならば誰かを誘って飲むべきだ。一人だとこうして量を見誤るし、それに何かつまみでも食べながらでないと体に悪いではないか。
酒を飲むのは良いが飲まれてはいけない。そもそも、そうした精神状態の時には酒でやり過ごすのではなく誰かに話しを聞いてもらった方が結果的に心に溜まったものが軽くなるという場合もあるんだぞ。ほら、お前には気の置けない仲間が側に居るじゃないか! ……僕とか。
つまり! 何が言いたいかと言うとだな、お前はここに一人で居るべきではないということだ!」
「……はぁ。エトワールって名前だけじゃあなあ…」
「聞いているのか!? 聞いているのか、貴様ぁっ!?」
「まぁ飲めよ、ジェレミーちゃん」
「む? 何の酒だこれは?」
オレの渡した火酒を飲んでからは、ジェレミアは「兄さんのばか」しか言わない飲んだくれ状態になってしまったので放っておいた。愚痴るだけで酒もつまみも頼まないこいつは店にとっては迷惑だろうが、酔いが覚めれば何か頼むだろう。
ちなみに、こいつの兄貴も親父殿も母御も姉御も全員が見事な赤い髪の持ち主なので、そこにオレが並ぶと大変笑えない。特にジェレミアの兄貴からは「いっそ本当に弟になれ」としつこくされるので本当に笑えない。
しかし、連日のようにここへ来ては飲んでいるものの、エトワール嬢に関する情報は耳に入ってこなかった。積極的に聞き回ってみても、やはり限られた情報じゃあ役には立たなかった。
他の隊員に「意外に似ているな」と評された木炭画も「これだけじゃちょっと……」と突き返されるのが毎度だ。
そろそろひと月になる。彼女と出会って別れて……。
どうしてこんなに気にかかるのかも分からない。ただ、もう一度会えば答えが出そうな気がするのだ。
「トマス=ハリス……。そんにゃにフラダ嬢のことが、気に、かきゃるのか……?」
「喋れてないぞ、大丈夫か?」
「大丈夫だっ! ……ぅん……」
駄目だった。
「今、エトワールのことを何て言った?」
「フラダ……。白い馬のマークの……灰色だっけ?」
「……お前ってやつは」
ちゃっかりと家名まで聞き出していた女たらしっぷりにびっくりだ。お前にそんな行動力があったとは思わなかった。
「僕は役に立つだろ~? ふはは~」
「うん、もう寝ろ」
卓につっ伏している分隊長の頭を撫でてやると、満足そうに笑って本格的に寝入り始めたので置いて帰った。
翌日、涙目でどつきにきたので頑張って避けていたら分隊全員に追加訓練が課されたので、とばっちりの隊員たちにはとんでもなく恨まれた。仕方なかったんだ。うん。
オレは次の休みにまた酒場に出かけることにした。フラダという名前に心当たりが全くなかったのだ。馬のマークとかジェレミアは言っていたが……。こういう事は知っている奴に聞くのが早い。そうだろう?
看板にただ「酒」とだけあるこの店の主人は、代々ここを営んでいるダルダムンドという一族の十二代目だ。皆「ダルの店」と略して呼ぶし、主人のことも「親父殿」と呼ぶので彼が何て名前なのか実は知らない。気のいい、のんびりした四十がらみの男で奥さんと子ども五人と暮らしている。
「よう、邪魔するぜ」
「あ、トマスじゃねぇか。困るぜ、この間はよぉ」
「すまんすまん。まさか寝たきり起きないとは思わなくてな」
「他の隊員さんが介抱してたからいいけどよ。可哀想に。弟なんだろ?」
「はは……」
結構可愛い系の顔をしているジェレミアは男女問わず受けがいい。吊り気味の目が大きいのがそう思わせるんだろう。愛想もいいし、丁寧だし、よく気が付くし。あいつの作る朝飯は第三分隊だけじゃなく他所からもたかりにくるぐらいだからなぁ。「俺の嫁」だと公言して憚らない奴の多いこと多いこと。
しかし、小言と説教と抜き打ちの掃除チェックと。言葉遣いを正されたり姿勢を正されたり……。おかんか! 第三分隊にとってはありゃ「嫁」じゃなく「母親」だ。
「で、今日は何しに? まだ店は開けないよ」
「ああ。フラダって、馬のマークの家を探してる」
「フラダ……、フラダねぇ」
「白だか灰色だかの馬らしい」
「ああ! そりゃファラダ商会だよ、アウストラルのそこそこ良いとこの大店だよ」
「へぇ。ま、酔ってたから聞き間違えたかな」
言い間違えともいう。
「主に何を扱ってるんだ?」
「何でもあるなぁ。雑貨というか……。オリーヴの商品が多いかな。石鹸やら軟膏やら」
石鹸なんかはここらじゃ珍しくはない。森の中に似たような成分の樹液を出すサボンの木があるから、大森林の民は専らそれを使っている。奥さん連中はこの樹液に好みの香料なんかを入れて楽しんでいるようだ。アウストラルの最東端、山岳部まで持っていけば高値で飛ぶように売れるオリーヴ製品をここにも売りに来るということは、だ。
「じゃあここから近い?」
「近い近い。アウストラルとこっちとの境にあるから、あの商会の拠点は」
「町の名前も教えてもらって良いか?」
「カルドだよ」
「ふぅん……」
カルドといえば、確かに近いな。ここからなら仕事が終わって夜通し歩けば朝には着く、か。そこから仮眠して、彼女を探して、乗り合いの馬車に上手く乗れればその日のうちに戻ってこられる。乗れなくても馬を借りるなり多少無理すれば帰ってこられる距離だ。
「あんまり近くて歯止めが効かないよなぁ」と冷静な自分が脳裏で呟いている。「探すなと言われて、なお追い求めるのは何のためなんだ?」とも。
まぁ、いい。実際に彼女の顔を見れば分かることだ。オレの心はすでに決まっていた。
今回の教訓:友人を置き去りにするのはやめましょう。
お読みくださりありがとうございます。来週も木曜日に投稿出来たらいいなと思います。頑張ります。